前日
24時間メンテナンスの日まで俺は昼間は自宅で畑仕事や焼き物を作ったりして過ごし、昼過ぎから夕方にかけて渓谷の街・予定地の北側で経験値稼ぎをした。俺の上級レベルは27で変わらない。ちなみにトップの両クランの連中は29になっていた。相手は羊で変わらないらしいが北側はライバルがいないので狩り放題らしい。ただこのエリアに来て一段とレベルが上がりにくくなっているみたいで本当にレベルが上がらないんだと言っている。
今夜の真夜中からV.UPがあると言う日の夕方、自宅に戻るとしばらくしていつもの4人がやってきた。彼らも活動を終えてあとはV.UP待ちだそうだ。
縁側に座って話をするが、話題はやっぱり今夜行われるV.UPになる。こうかもしれない、こうなるんじゃない?と好き勝手に予想するのが楽しいんだよな。
「ゲーム関連のサイトじゃPWLが第3次募集を予定しているというニュースが出ている。今回のサーバー強化はその事前準備だとな」
「やっぱりそうなんだ」
PWLに関するネットニュースも見ていない俺にとって今のトミーの言葉は初耳だったけど、俺以外の4人は知っていたみたいだ。
俺はその話を聞いて情報クランと攻略クランは新規にはどんな対応をするつもりなのか聞いてみた。両クランとも第2陣でやってきたプレイヤーの中にいるクランメンバーが対応することになるだろうと言っている。
「俺たち第1陣が直接出ることはしないよ。クランにいる第2陣の連中に任せた方がいいだろうというのがクランの考えだよ。実際彼らもそうしたがっている」
スタンリーが言うとクラリアが情報クランも同じ考えだと言った。
「うちのクランに所属してくれている第2陣のメンバー達に聞いてみたらやっぱり新規の人にお手伝いしたいと考えているの。自分たちが第1陣の人たちにお世話になったからってね」
なるほど。引き継ぎみたいなものか。ネット情報では相変わらずこのPWLは人気のゲームになっているので募集をすると大勢申し込むだろうと言われている。
「確かに凝っているゲームだよな」
「他のVRMMOとは毛色が違う。そして毛色が違っていてここまで凝っているのはPWLだけだ。他のゲームはゲーム内課金があり、条件は色々とあるがPKもOKというのが多い。以前にも言ったがPWLは廃人仕様にはしていない。ライト層でこのゲームをしたいと考えている人はまだまだいるよ」
そう言ったトミー。彼の言う通りだろう。このゲームには廃人と呼ばれている人たちがいない。あえて廃人に近いと言えばここにいる4人だが、彼らは朝から晩まで毎日攻略をしている訳でもない。廃人というよりは探検、新しい敵と戦闘をしたり探したりしたりという事を楽しんでいるクランだ。
別に次々と新しいエリアに攻略に行かなくてもそれなりに楽しめる仕様になっているというのはよく分かる。俺の周辺だってエミリーの様に畑でりんごを育てるのをメインにしてそれを楽しんでいるプレイヤーもいるしね。遊びの選択肢が多いんだよ。
「バザールを開拓者の街に設置するというのもその現れよね」
「街を移動する手間がいらないと言うことで合成職人達からは概ね好評だよな」
なるほど。開拓者の街には自宅を買った合成職人達が多く住んでいる。俺は合成職人ではないがそれでも開拓者の街に自宅があり畑や工房があるのでほぼ毎日自宅には顔を出しているし。
「試練の街があるエリアは広くて攻略に時間をかけさせた。次の渓谷のある街のエリアも同じかもしれないわね」
「マリアの言っている可能性は高いぞ。次々と攻略させるというコンセプトじゃないだろう。1つのエリアでゆっくり楽しんでくれという運営の意図を感じるからな」
俺は4人が話しをしているのを聞いているが彼らの言う通りだと思う。となると渓谷の街のあるエリアでのレベル上限も結構高めの設定をしているかもしれない。俺がそう言うと4人とも恐らくそうだろうと言った。
「試練の街のエリアがレベル70から上級レベル25までだった。次のエリアもかなり高いレベルに上限を設定しているでしょうね」
「そうなればそのエリアの中に色々なコンテンツが詰まっているということだ。楽しみだよ。またダンジョンがあるかも知れない」
そう言っているスタンリーの表情は楽しそうだ。やっぱり彼は探検好きだよ。彼らは新しいエリア、渓谷の街が正式にオープンした後は街とその周辺の探索をしつつ、森の街の郊外のダンジョンクリアを目指すらしい。これもゲームの楽しみ方の1つだ。
「俺が今狙っているのはタクが今装備しているバンダナだよ。ダンジョンボスからはそれ以外でも剣や杖などの魅力的なアイテムが出ている。それに何より自分たちの前に未クリアのダンジョンがあるのならクリアしたいじゃない」
そりゃそうだ。でも新しいエリアになるとまた優れた装備が売りに出るんじゃないのかな?俺がそう聞くとそうかも知れないがそうだと決まった訳じゃない。
「渓谷の街で売っている装備品を見てからの判断になるだろう。ただ個人的にはダンジョンボスが持っているとわかっているバンダナは欲しいんだよ」
確かにこのバンダナは全てのステータスが上昇する超が付く優れものなのは間違いないよ。
「攻略クランでパーティを組んでいるメンバーの同意は必要になるよ。でも今までも1つのことばかりやってたら飽きてくるし作業になる。休養日もそうだしたまには違う場所で活動をするということはしていたんだ」
このゲームを楽しもうというのが一番上にあって、そのために攻略クランとして活動をしている。一番上にある楽しもうというのを忘れちゃダメなんだよとスタンリーが言った。隣でマリアもその通りだと言っているしクラリアやトミーも同じだ。
「そう言う点から見るとタクは羨ましいくらいにマイペースで楽しんでいるよな」
「それでいてポイントは外さずにしっかりと良い情報を手に入れてくる」
スタンリーとトミーが言うが、それについては前から言っている通りたまたまなんだよな。俺の膝の上に乗っているリンネは主が一番なのですと言っているが自分ではそうは思っていない。皆と同じでPWLというゲームを楽しんでプレイしているだけだよ。
「第2陣で忍者になった人たちも次々と上忍にジョブチェンジしてるじゃない。彼らとは連絡を取り合ったりしているの?」
「アカネを含めた4人はフレンド登録していてね。ついこの間も上忍になったってここまでわざわざ報告に来てくれたよ」
クラリアが聞いてきたのでそう答える。第二陣の人達のサハギンNM戦では忍者が活躍していたみたいよと言っている。
「それも聞いている。フレのうち男性2人は盾をして無事に倒したらしい。レベル81とか82の時に呼ばれたと言ってたな」
「でも彼らはあの水鉄砲は避けられないだろう」
スタンリーが俺を見ながら言った。
「そうみたいだ。避けられないと言っていた。俺は素早さが上がるHQの腕輪を持っているけどそれは言えなかったから適当に誤魔化して返事しておいたよ」
「HQの腕輪だけで避けられる攻撃じゃないんだけどな。装備品はもちろんだが、それに加えてタクのスキルが高いから避けられているんだろう」
トミーが言うと他の3人もその通りだと頷いている。以前にもそれを言われたことはあるけど自分ではPSがそれほど高いとは思っていないんだけどな。
「聞かれたから彼らにも言ったんだけど蝉に頼りすぎるなってね。普段から避ける練習は必要だよと」
俺がそう言うとその通りだと皆言った。ここにいる4人、俺も入れると5人か。第1陣は知識が無いところから試行錯誤しながらエリアを開拓し、強い敵を倒して来ている。後続組は公式の映像や情報クランの資料をベースに攻略する。
「模倣がダメとは言わないけどそれに加えてオリジナリティを出して欲しいわよね。私たちが知らない攻略法があるかも知れないしさ」
クラリアの言う通りだよ。武器や防具については数値を開示していないから逆に個性を出せるけどNM戦やボス戦ってのは情報クランのデータがテンプレになっている。これがゲームの難しさだよね。主催としては確実に勝利したいだろうし、そうなると先人の戦法を踏襲するのが確実性が上がる。誰だって負けたく無いし、戦闘不能にはなりたくない。
公開されている情報以外に、こんな方法でも倒せましたよという話は今まで情報クランには持ち込まれていないそうだ。
「かと言って情報の公開を止めるということはしないつもりだよ。勝てる方法があるのならそれに乗っかって前に進んだ方が楽だというエンジョイ勢が多いからな」
「所詮ゲームだし。当人が楽しんでいるのならそれが一番よね。私たちは今のやり方を楽しんでるし。楽しみ方は十人十色だよ」
トミーに続いてマリアが言って話を締めてくれたよ。