V.UPの案内が来た
その後も1日に1度は渓谷の街予定地に顔を出して経験値稼ぎをしていた俺たちはやっと上級レベルが27になった。確かになかなか上がらない。その頃には弱体化されたエリアボスを倒して続々とプレイヤー達が予定地の森小屋に乗り込んできていた。情報クランが詳細な攻略方法を公開というか販売したこともありエリアボス戦も戦略が確立されているらしい。新しいエリアに人がどんどん増えるのはウエルカムだよね。
「これからも毎日このエリアに来てくれるわよ。そうなると街が出来上がるのも早くなるわね」
皆一応にどんな街になるのか楽しみだと言っているらしいが、もちろん俺だって楽しみだよ。
情報クランとそんな話をしていた3日後、ログインすると運営からメッセージが発信されていた。
・5日後の⚪︎月⚪︎日の午前0時から24時までの24時間の間メンテナンスを行います。その間はログインをすることができません。尚、メンテナンス時間は延長となる可能性があります。
・今回のメンテナンスではサーバーの強化とV.UPを行う予定です。
・予定しているV.UPは次の通りです。
① 『渓谷の街・予定地』だった場所が正式に『渓谷の街』となります。
② プレイヤーがフィールドでテイムした従魔の成長率を調整します。またこの世界の全ての街の中を従魔を連れて歩ける様になります。
③ 開拓者の街にバザール広場を新たに設けます。このバザール広場は週に1度日曜日に開催され、プレイヤーの皆さんが合成した商品や釣り上げた魚などを自由に販売、購入できる場所となります。バザールでの出品に関しては決まり事があり、戦闘に直接使用できる装備品や薬品などは出品できません。詳細はV.UP後の『バザールについて』という案内をご覧ください。
俺は自宅の縁側に座って目の前に浮かんでいるウインドウを見ていた。色々とあるな。
まずは渓谷の街だ。エリアボスを倒したプレイヤーが続々と新エリアに足を踏み入れたことで条件が整ったのだろう。どんな街なのか、そして街ができたことで周囲がどう変わるのか、あるいは変わらないのか。これは楽しみだね。
②についてはタロウとリンネを連れてどの街の中も歩けるというのは嬉しい。V.UPの後は彼らと新しい街を回ってみよう。フィールドでテイムした従魔の調整か。この書き方から見ると今までよりも強くなりそうな意味にも取れるかな。まあ俺の期待というか願望だけど。でももしそうだったらフィールドでテイムしたプレイヤーにとっては良い話だよ。
③のバザール広場についてはこれを見ただけだとよくわからないが要は今までは店売りや身内で売り買いをしていたアイテムがバザールに出品することで誰にでも売ることができ、買うことができる様になるんだろう。俺の場合は売れるとしたら農産品、木工品、そして焼き物くらい?農産品は農業ギルドのネリーさんに卸しているし、焼き物は窯業ギルドのサラームさんに卸している。そっちの量を減らしてまでバザールに出品するかどうか。フレの上忍たちが従魔の置物は売れると言ったけど試しに出してみるかな。戦闘に関するアイテムの出品はできないとなっているが、そうなると出品するプレイヤーはいるのかな?木工品は船しか作った事ないからまあ出品することは無いな。
それにしてもバザールが開拓者の街だというのもなかなかだよ。自宅を持てる場所であればできた品物を持ち込みやすい。多くの合成職人達が開拓者の街の自宅で合成をしているのは皆知っているし。
この日の夕方、自宅に活動を終えたいつもの4人がやってきた。やっと上級28になったよなんて言っている。
「いらっしゃいませなのです」
庭に入ってきた4人を見てリンネが言った。マリアはいつも通り来るなりタロウをわしゃわしゃと撫で回している。
「いらっしゃい」
「運営からの通知を見たでしょ?」
縁側に座った4人にお茶とイチゴを出し終えて俺も縁側に腰掛けるとクラリアが言った。
「見た見た。渓谷の街がいよいよオープンだね」
「どんな街になるのか。それとフィールドに変化があるかどうか。楽しみなんだよな」
どうやら俺がインしていない間に渓谷の街・予定地を訪れたプレイヤーの数が一定数を超えましたので正式に渓谷の街になることになりましたというワールドアナウンスがあったみたいだ。
スタンリーらは予定地の北側を探索しているが羊のレベルが上がるだけで変化はないらしい。セーフゾーンもなく渓谷はずっと北に伸びているだけなんだよと教えてくれた。
「ひょっとしたら街の両側にある渓谷に新たに洞窟や道が現れるかもしれない。あるいはセーフゾーンができてもっと北への探索ができる様になるかもしれない」
いろいろな可能性があるんだな。単に街ができるだけじゃなくてその周辺の状況が変化する可能性もあると見ている4人。
「通知の中にサーバーの強化ってのがあるだろう。第3次の追加募集があるかもしれないぞ」
そう言ったのはトミーだ。一般的なVRMMOのゲームの話になるがという前置きで彼が説明してくれた。
「PWLは登録ユーザー数が最大で2.5万人だ。実際はもう少し少ないだろう。それに対して他のゲームだと4万とか5万人の登録数になっている。PWLは課金がない代わりに毎月お金を支払う定額制だから一概に比較はできないがそれでも2.5万人は多い数でない」
綺麗なグラフィックとNPCのリアルの動き、彼らとのやり取りが売りになっているこのゲームだから4万、5万という人数にはならないだろうがそれでも後1万人位は募集をする。その準備のためにサーバーを強化するんじゃないかと言うのが彼の読みだ。
他の3人もそれは十分にあり得る話だと言っている。
「PWLは今最大で2.5万人の人が登録出来るはずだけど実際はそれよりも1,000人、ひょっとしたら2,000人以上は少ないんじゃないかな。ゲームをやめた人もいればアカウント停止、追放処分を受けた人もいるからね。だから次回募集人数はキリの良い数字とは限らないわよ」
これはクラリアの意見だ。実際のところ今何人が登録しているかなんて運営でないと分からないからあくまで推定なんだけどねと付け加えている。
経営的にみるとゲームをする人数が多い方がいいのは決まってる。収益の採算分岐点は分からないがサーバーを強化することであと1万増やせるのであれば会社の収益は良化するだろう。俺は今のPWLのクオリティが落ちなければ人が増えても問題ないと思う。
テイムした従魔の成長率についてはここにいる全員が成長率がアップするだろうとみていた。ソロや少人数プレイヤーへの救済処置だろうと。もしそうなら忍者、上忍はソロや少人数でプレイしているだろうし、助けになるな。全ての街の中で従魔と歩けるのも俺は嬉しいんだよ。
「タロウとリンネは主と新しい街を探検するのです」
と2体の従魔達も楽しみにしているよ。
「そしてバザールよ。合成職人のプレイヤーは皆歓迎してるわ」
「でも戦闘に使用する合成品はダメなんだろう?」
俺はあのアナウンスは合成職人には不評なのかと思っていたがどうやらそうじゃないみたいた。
「それは気にしていないみたいよ。むしろ戦闘に関係のないアイテムを出品できるのが楽しいって感じている人が多いのよ。裁縫のマイスターは私服を出品しようかなんて言ってるし彫金マイスターに聞いても髪飾りとか売れるアイテムはいくらでもあるって言ってる。皆自分の合成品を周りの人に使ってもらいたいのよ。戦闘関係じゃないから作る側も気楽にやれる、楽しめるってね」
なるほど。趣味で使ってもられるのも嬉しいんだろうな。俺がランとリーファに小舟を作ったみたいなものか。
「それにPWLでは装備関係の数値は非公開だ。合成職人が作った装備、武器が優れていると確認するには買って比較するしかないんだよ。そこまでして買うプレイヤーはいないだろう。HQでも出来りゃ別だな」
「それでタクはバザールに出品する考えはあるの?」
スタンリーに続いてマリアが聞いてきた。
「畑で採れる農産物はそれぞれのギルドに買い取って貰ってる。ギルドとの関係もいいし、まずは農業ギルドに相談かな。釣り好きな人は俺よりもっと多くの種類の魚を釣っているだろうからこっちは俺の出番はないかもしれないね」
「焼き物を売ればいいじゃない。お皿やコップは自分のデザインでオリジナルになるしさ。それよりも従魔達のこの置物。これを出品すれば絶対に売れるよ」
マリアはそう言ってから私は絶対タロウの置き物を買うと宣言した。他の3人も俺の従魔の置物は間違いなく売れるという。ここでも4人が言っている。本当かよ?
「タクが思っている以上に従魔達は有名よ。タロウやリンネなんて他にいない従魔だし2体の妖精達も公式の映像に映ったのをきっかけに人気があるのよ」
俺よりも従魔達が有名なのはわかっている。忍者のフレンド達もそう言っていたけど、だからと言って本当に俺の従魔の置物が売れるんだろうか。
「まだバザールの詳細が分からない。ひょっとしたら店舗使用料、参加料みたいなのを取られるかもしれないけどそう高くはならないでしょう。一度お試しでやってみたら?」
この4人はやけに勧めてくるな。
俺は庭で遊んでいる従魔達をそばに呼ぶと縁側に置いてある4体の置き物を見せながら彼らに聞いてみる。
「このお前達の置物をお店で売るとなったらお前達は賛成か?それとも嫌か?」
ランとリーファはその場で歓喜の舞を舞っている。妖精は賛成だ。
「ガウガウ」
タロウはブンブンと尻尾を振り回している。こいつも賛成だ。そしてリンネ。
「主、売るのです。従魔の置き物を沢山売ってがっぽり儲けるのです」
リンネの言葉に皆笑った。お前、趣旨を間違えてるぞ。
「リンネは自分の置物が売られるのはかまわないんだな?」
「もちろんなのです。それよりも主の置物も売るのです。きっと売れるのです」
いやそれは絶対にないぞ。