NEXTが多くなっている
『渓谷の街 予定地』を見つけた後、俺は開拓者の街の自宅で農業と合成、時々釣りをし、その後は渓谷の街予定地に飛んで、北の草原で大きな羊さんを相手にするという日々を過ごしていると上級レベル26に上がった。
人が多く訪れないと街にならないという話だがそれが延べ人数なのかそれとも1人1回とカウントされるのかは分からないけどとりあえずやれる事はやろうとログインしている日は必ず1度は予定地に顔を出している。
この日もタロウとリンネを連れて自宅から渓谷の街にある森小屋の転送盤に飛んでホールに出ると情報クランと攻略クランのメンバー達が集まっていた。小屋の中は最初と変わっていない。カウンターにはNPCが2人。ホールはだだっ広いままだ。
「ようやく両クランのメンバー全員がこの街に来ることにできた」
挨拶を済ませるとスタンリーが言った。どちらのクランも鍵を取りエリアボス戦を経てこちらにやってきているがエリアボスは弱体化されており上級レベル25装備をきちんと揃えればNM、ボス戦ともに苦労することはないという話だ。ボス戦も爆弾なしでクリアしていた。
「ただプレイヤー側の装備が不十分だとレベルが下がっていると言ってもボス戦では苦労するだろう」
「体力があるボスだからね」
エリアボスを倒したのはいないが門の鍵を手に入れたプレイヤーは出始めているということだ。情報クランがしっかりとした攻略データを公開しているのでそう遠くないうちにここも賑やかになるだろうと彼らが言っている。
確かに上級25装備をしっかりと準備できれば鍵を落とすファングタイガーはそれほど難しい敵じゃないだろう。
エリアボスはレベルが上級レベル50だったのが40に下がってどれほど弱体化されているかは分からないがレベルが下がっていると舐めているとやられてしまうのはどこのエリアボスでも同じだ。プレイヤーも分かっているだろうから準備を整えてから挑戦するのかも知れないな。
「それで渓谷の北側はどんな感じ?」
「この渓谷がずっと続いている。魔獣はビッグホーンシープで変わらないが進んでいくとそいつのレベルが上がってくる。今のところそれだけなんだよ。左右の渓谷も見ているが道や洞窟らしいのはまだ見つかっていない」
北側にある渓谷を横切っている川を超えたところにいた羊は上級レベル30だ。それが奥に進んでいくとレベルが上がり、彼らが今相手をしているのは上級レベル31や32の羊だという。ただ両クランにいるプレイヤーのレベルが上級27だと聞いてちょっとびっくりしたよ。もっと上がっていると思ってたんだけど。
「このエリアになって一段とNEXTの必要経験値が増えているみたいでなかなかレベルが上がらないんだよ」
スタンリーが言った。エリアが変わるとクランの連中は攻略に本気を出すから普通ならもっと差が付くんだけどそうじゃない理由はレベルを上げるために必要な経験値の量が大きく増えているからだそうだ。今のところ渓谷は真っ直ぐに北に伸びているが左右の山に洞窟があるかもしれないとそちらもチェックしながらゆっくり探索をしているらしい。ただここのエリアの魔獣も印章を落とすそうだ。このエリアか先のエリアで印章NM戦があるのかもしれない。
「あるいはこの小屋があるエリアが拡大して街にならないと次の何かが起こらないのかもしれない」
なるほど。そういう可能性もあるのか。
翌日、自宅に後続組の上忍のフレンドがやってきた。以前ここにきた4人だ。アカネ、ジンム、リンリン、ムサシ。皆試練を終えて無事に上忍になっている。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
門から入ってきた4人が挨拶をするとタロウは尻尾をブンブンと振って歓迎の意を示す。
「お邪魔していいのです。主の家でゆっくりすると良いのです」
とリンネ俺の膝の上でミーアキャットポーズで言う。ランとリーファは精霊の木から俺の両肩に飛んできた。
「無事に試練を終えて上忍にジョブチェンジしましたので報告がてら遊びに来ました」
「おめでとう。遊びに来てくれるのは大歓迎だよ」
俺が見ると4人ともモトナリ刀匠の店で買った刀と防具を身につけている。決して安い品物じゃないんだけどしっかり金策をしているんだな。
畑で採れるお茶と梨を陶器のお皿に入れて4人に出すと皿を見たリンリン。
「これ、先輩が作ったんです?街のショップに陶器のお皿なんて売ってない」
「そうだよ。試練の街があるエリアに土の街ってのがあってね、そこには窯業ギルドがあるんだよ。そこに加入して窯を買って自宅の工房にセットして作っているんだよ」
相変わらず俺の事は先輩と呼ぶのか。いい加減やめてもらいたいんだけど。彼らが工房にある窯が見たいというので4人を工房に案内する。
「ゲームとは言え本格的なんだな」
「格好いいな。俺も土の街に行ったら窯業ギルドに入ろう」
そう言って窯を見ているムサシとジンム。女性2人は窯をちらっと見てから工房の中を見て回っている。
「これ全部先輩が作った食器ですか?」
顔をそちらに向けるとアカネとリンリンは工房にある製品棚を見ていた。
「そうだよ。窯業ギルドに登録すると作ったものを買い取ってくれるんだよ。そうしてここで作ってる間にスキルが上がってだんだんと様になってきた。リアルではやったことがなかったけどゲームならできるってのはいいよね」
「えっ?何これ」
「うわぁ、タロウちゃんとリンネちゃんだ。妖精ちゃん達もいる。めっちゃ可愛い」
皿や食器の棚の隣は以前から作っていた従魔達の置物が並べてある。女性2人のテンションが上がってるぞ。
「主が作ってくれたのです。主は何を作っても上手くやるのです。名人なのです」
「ガウガウ」
リンネとタロウがどうだと言わんばかりの態度と口調だ。肩に乗っているランとリーファも羽根をパタパタさせているな。肩に風が来ているよ。
従魔の置物と聞いてジンムとムサシもやってきて4人で置物を見ている。棚には結構な数の従魔の置物が置いてあるんだよね。暇な時に焼いていたら沢山出来ちゃったんだよ。俺の4体の従魔を1セットとすると全部で30セット位の置物が棚に並んでいる。最初の作品から時系列的に並べてあるんだ。
「先輩、これって売り物じゃないんですよね」
「これは売れないだろう」
「いえいえ、これ売ったら売れますよ」
「そうそう。絶対売れる」
いやいや、売るたってどうやって売るんだよ。それに他人の従魔の置物を欲しがる人っていないだろう?
「だって先輩の従魔達の置物ですよ。売れないわけがないですって」
4人がそう熱く語ってくれるんだけどそこまでなのか?悪いが信じられないよ。それに売れると言っても売る手段がない。俺の従魔、特にタロウとリンネが有名なのは知っているけどそれでも置物として持ちたいと思うほどなのかな。
「売れる、売れないは別にしてうちの従魔達の置物が欲しいのなら4人のために作ってあげるよ」
「えっ。いいんですか?」「お願いします」
4人に頭を下げられたよ。棚に置いてあるのは俺自身の制作の記録だからこれとは別に彼らには新しく作ってあげることにした。あれだけ褒めてくれたら作ってあげようという気になるよ。もちろんお金を取るつもりなんてないからね。
出来上がったら連絡をするとことにして俺たちは工房から縁側に戻ってきた。縁側の隅の方にも4体の置物が置いてありそれを見て、こんなところにも置いてあるんだ。可愛いと言っている4人。気がつくのが遅いよ。
「エリアボス戦はどうしたの?野良参加?」
新しく入れたお茶を勧めてから聞いた。4人が顔を見合わせてからアカネが言った。
「もちろん野良募集に忍者で参加して他のジョブの人たちと一緒にクリアした忍者もいます。それとは別に忍者だけを集めてクリアした人たちもいるんです。ここにいる4人は掲示板の忍者スレで集まった忍者だけのメンバーでクリアしました」
詳しく聞くとレベルが70に上がる前から忍者スレッドでは忍者パーティでボス戦をやろうという話が出ていたらしい。それで70になった時に掲示板でアカネが声をかけて集まってきたメンバーで挑戦して初見でゴーレムを倒したそうだ。
「先輩達が一番最初に挑戦した時の映像もありましたし、情報クランがボス戦の情報を売っていたのでそれも買って事前に検討しました」
確かに忍者パーティは有りかもしれない。近接攻撃になると石を投げてこなくて腕の振り回しがメインになる。それを蝉で躱わしながら交代でボスの前に立てばずっとノーダメだろう。他のメンバーが太ももを集中的に攻撃して倒す。うん、理に適ってる。
彼らによると第2陣として500名ほど忍者がいて、今試練の街にいる忍者は100名程らしい。まだレベルが足りていない人もいるので最終的に上忍になる人はもっと増えるだろうと教えてくれた。上忍が増えるのは同じジョブとして嬉しいよ。
話題が試練の街の郊外の池にいるサハギンNMになった。ムサシとジンムはレベル81と82の時に野良募集で参加をして討伐したという。女性二人は未挑戦らしい。上忍になった今ならそう難しいNMじゃなくなってるとは思うけど。
「あれってすごい勢いで水鉄砲を吹いてきましたけどよくあれを素で避けれましたね」
男性二人は無理だったらしい。蝉があるので被弾はしないが素で避けるのは相当技術がいるという話をしている。
「先輩はアイテム、装備関係も充実しているんでしょう?」
「そうだね。素早さが上がるアイテムは身につけているよ」
ヤヨイさんからHQを貰ったとは言えないからぼかして話をする。
「後はなんと言うか勘。ん?とかあれっ?と思ったらとりあえず右か左に体を寄せたら避けれたこともあったよ」
「勘かぁ」
「それって戦闘経験がないと無理ですよね」
俺はちょっと考えてから4人の顔を見た。
「忍者ってさ、蝉があるから敵の攻撃を無効化できるよね。これって素晴らしいんだけど、どうせ分身が対応してくれると思いながら戦闘をしていると素早い身体の動きができなくなる。蝉の前に素で避けられないか。それを普段から魔獣を倒す時にやってみたらどうかな。蝉に頼らない鍛錬というのかな。素で避ける努力をして避けられなかった時に蝉で躱した。こんな感じ?」
偉そうな事を言っちゃったかなと思ったけど聞いていた4人はなるほどと大きく頷いている。
「確かに蝉があるから無敵、みたいな感じにはなっていたな」
「普段でもとりあえず2回は攻撃させても良いやって感じて敵対してたかも」
「それも戦法の1つだけど先輩の様に素早さを上げようとしたらやっぱり素での動きも覚えないとね」
そんな話をしている4人。
「主はいつも鍛錬しているのです。だから強いのです」
「ガウガウ」
やりとりを聞いているリンネとタロウが言う。この2体に助けられている部分がすごく多いんだけどな。俺のことを褒めてくれたからタロウとリンネを撫でてやる。
「リンネちゃんの言う通りね。普段からしっかりと鍛錬しないとね」
「その通りなのです。皆頑張るのです」
俺に撫でられて目を細めているリンネが言った。
彼らが帰った翌日とその次の日の2日かけて従魔達の置物を5セット作った。そのうち4体は約束通りに上忍になって家に遊びにきた4名の上忍にプレゼントする。皆大喜びしてくれて作った側としても嬉しいよね。
1セットは工房の棚に並べた。4体の従魔達の置物が増えてきたよ。