主の敵ではないのです
エリアボスの土竜がパラディン2人に突っ込んで来た。ジャックスとリックが並んでその突撃を受け止める。ボスの勢いに押されて盾を構えたままずるずると後退するがしっかりと受け止めている2人。盾で受け止めながら同時にリックが片手剣を突き出すとボスの頬に突き刺さる。流石に突撃の片手剣だ。突きにSTRのボーナスがつくので硬い皮膚の上からでもダメージを与えている。
「いけるぞ」
「そうそう、大丈夫だ。十分耐えられる」
ジャックスとニックが声を出した。
2人のパラディンががっちりとボスの動きを受け止めてOKのサインを出したので本格的に戦闘が始まった。前衛ジョブの連中は広場に出るとボスを囲む様に散会して位置どりをしてから攻撃を始める。俺はサブ盾の仕事もあるのでパラディンの横に立って刀を振るが表皮が硬いせいかなかなか深い傷がつけられない。ただそれでも新しい装備の効果は大きく、少しずつだがボスにダメージを与えていた。
タロウは俺の横でボスに蹴りや前足での攻撃をし、リンネはタロウの後ろから精霊魔法を撃っている。
マスターモンクのダイゴが蹴りを入れるとボスの身体がぐらっとする。流石にモンクだ。硬い表皮の上からでもしっかりとダメージを与えているよ。タロウも反対側から蹴りや前足で引っ掻く様な攻撃をしている。
ある程度タゲが固定したと判断したのか魔法使いが精霊魔法を打ち始めた。最初は魔法の威力を落としてボスの弱点を探る。
「氷が弱点かも」
「そうね。氷弱点よ」
各種魔法を撃ってその反応を見ていた魔法使いの連中。魔法使い同士で確認が終わるとマリアが大きな声を出した。弱点を聞いたので俺は氷遁の術を唱えてみる。最初は顔にぶつけたが魔法使いの連中が顔を狙っているので目標を後ろ足にしてそこに撃ってみると一瞬足と床とが凍ってボスの足の動きが止まる。思わず声を出した、
「後ろ足に魔法を撃ったら凍って足の動きが一瞬止まるぞ」
俺のその言葉で魔法使いが2組に分かれ、顔を狙う組と後ろ足を狙う組になる。
「リンネ、後ろ足に氷の魔法だ」
「はいなのです。あいつの後ろ足に氷の魔法をぶつけてやるのです」
俺の氷遁の術とは威力が全然違う魔法がリンネから飛んでいく。直撃すると足と床とが一瞬凍り、その間ボスNMの動きが止まる。ボスは体を動かして尻尾を振り回そうとするが2回に1回はその尻尾の攻撃が氷で凍ったことでキャンセルされている様だ。
「いい感じよ。そのまま続けて」
全体を見ているクラリアから声が飛ぶ。彼女はジョブの特性を活かして背後から不意打ちを撃って大きなダメージを出していた。不意打ちはリキャストがあるので連続して打てないがそれでも撃った時のダメージはでかい。
「60分経過」
戦闘が始まって1時間だ。ボスの強さから見てまだまだ序盤だろう。今のところボスは突撃と尻尾を左右に振り回す攻撃しかしていない。表皮が硬いが少しずつダメージを与えている俺たち。時間制限がないので焦る必要はない。ただ攻撃をまともに受けているパラディン2人は疲労が溜まってきている様だ。
途中でパラディンが交代して攻略クランと情報クランから次のパラディンが前面に立つ。ジャックスとリックの陰に隠れているがこの2人も上級25装備を身につけていてかなりのPS持ちであるのは俺は知っている。パラディンの交代もスムーズにいけたのでタゲが他に移らない。たいしたものだ。両クランともメンバーのレベルというか質が高いよ。俺も頑張らないと。
氷遁の術を後ろ足にぶつけながら両手に持った片手刀で顔に切りつけるが今のところボスの動きに大きな変化はない。ボスだけあって体力は多そうだ。
「100分経過」
「タク頼む。神官の連中の魔力量が減ってきている」
「分かった。このタイミングで爆弾を投げるぞ」
俺の叫び声で全員が後退する準備をする。俺はジャックスとニックの間に立つとボスの顔に爆弾を投げた。顔に命中すると派手なエフェクトと共にボスの身体が大きく揺れる。と同時にボスが頭から突っ込んできたそれを躱わしながら刀を振る。
正面に立って攻撃を避けながら刀を振り回していると突然ボスが体を震わせ、口から炎を吐いた。強烈な炎が俺に向かってきたが分身がその攻撃を受けてくれた。すぐに蝉を張り直す。やばかったよ、分身が最後の1体だった。
「狂騒状態だ。タク、大丈夫か?」
スタンリーの声が飛んできた。
「大丈夫。問題ない」
声をかけてきたスタンリーに答える俺。俺が前面に立っていてよかった。パラディンなら盾を構えてダメージを軽減できたかもしれないがそれでも大きなダメージを喰らう事にになっただろう。
3回に1回は分身が消されるが新しい装備はその素早さを十分に体感できる。ボスの攻撃を3回に2回避けられるのは大きいよ。
「全員で総攻撃しよう」
スタンリーの言葉で全員がヘイト無視で攻撃を始めた。パラディンの4人も俺から少し離れた場所で並んで攻撃を受け止めながら片手剣を突き出す。魔法使いの氷の魔法が足に命中しているからか狂騒状態になってもボスが派手に動き回らない。凍る、それをボスが無理矢理に剥がす、すぐにまた凍る。の繰り返しだ。
総攻撃になるとタロウは横から何度もボスの腹に蹴りを入れる。反対側からはマスターモンクのダイゴが同じ様に腹に蹴りを入れていた。リンネは体を震わせて氷の精霊魔法を後ろ足に打ち続けていた。魔法使いとリンネの魔法が絶え間なく命中している。リンネは最初からヘイトを無視した様に魔法を打ち続けているがその魔力量の多さとヘイトを取らない敵対心の低さには感心するよ。
顔を前に突き出すしか攻撃方法が無いボスがもう一度火を吐いてきたがそれも分身で躱わす。火を吐く前に全身を震わせるので注意していると蝉がなくても避けることができるだろう。連続して火を吐くことはできない様で一度吐くとしばらくインターバルがある。その間に攻撃を続けていると全身を震わせたボスがそのまま地面に倒れ、光の粒になって消えた。
「勝ったぞ」
「「おおっ!!」
エリアボスを倒した俺たちはその場で勝鬨を上げる。戦闘時間は140分だったそうだ。
「空蝉の術があったからノーダメに近かったな」
近づいてきたトミーが言った。他のメンバーもあの時に前に立っていたのがタクでよかったよとか言っている。自分でも少しは貢献できたかなと思っているとそばに寄ってきていたタロウとリンネ。リンネはジャンプして俺の頭の上に乗ると周りを見て言った。
「主は一番強いのです。エリアボスでも主の敵ではないのです」
「本当だね。リンネの主は強いよね」
クラリアが言った。勘弁してほしいよ。
「ガウガウ」
「そうなのです。主が一番強いのです」
「リンネ。分かった分かった。もういいだろう」
そう言って頭に乗っているのを抱きしめてやると主が一番なのですと言いながら尻尾をブンブンと振る。タロウも尻尾を激しく振っていた。
「リンネの言う通りだぞ。このボス戦は狂騒状態で火を吐くのが特殊攻撃だがそれを空蝉で完全に無効化したからな」
トミーが言うと周りがその通りだと言う。パラディンの4人も俺たちだったら盾で防ぐにしても間違いなくダメージを喰らっていただろうと言った。
誉められているのは嬉しいんだけど、だんだんと恥ずかしくなってきたよ。優秀なのは俺じゃなくて空蝉の術なんだから。
ボスが消えるとその場所に転送盤が現れていた。
「これが新エリアに移動する転送盤だよね、移動しようよ」
俺は自分から話題を変えた。
「タクの言う通り。反省会というかレビューは後でゆっくりとするとしてとりあえず移動しよう」
スタンリーを先頭に21名と2体の従魔が順に転送盤に乗った。飛ばされた先は洞窟だが数十メートル先に出口が見えていた。皆で洞窟を抜けた場所から外を見る。
洞窟の出口は山裾に近い場所だった。
その場所に立っている俺たちの目の前には初めて見る新しい景色が広がっていた。
『ワールドアナウンスです。新しいエリアが開放されました』