レインボーフィッシュ
彼らに言った通り、ダンジョンの攻略は続けるがそれ以外にもやることが沢山あるのがこのゲーム。最近は開拓者の街の自宅のある農業エリアにもプレイヤーの家が増えてきている。皆畑を持って農業をしているんだろう。農業は楽しいし安定した金策にもなるよ。
畑の見回りを終えた俺はそのまま自宅の工房にこもっている。タロウとリンネはもちろん、ランとリーファも近くで俺の合成を大人しく見ていた。
「お皿ができたのです。綺麗なお皿なのです」
たった今窯から取り出した皿を見てリンネが褒めてくれた。うん、自分でもなかなかの出来になったと思う。
窯業スキルが25になって自分でも納得できる焼き物ができる様になったタイミングで俺は自宅で使っている食器を自作の陶器のものに変えた。お皿はもちろん、湯呑みや湯呑み受けも陶器の物に替えた。急須も作ったよ。スキルがもっと上がれば窯業ギルドでいい値段で買い取ってくれるくらいの出来栄えになるかもしれないな。
早速新しい急須にお茶を入れて縁側で飲む。なんとなく美味しい気がする。お茶も急須も湯呑みも全部自宅で作ったものだ。
「主、新しいお湯呑みで飲むお茶は美味しいのです?」
俺がお茶を飲んでいると膝の上に座っているリンネが顔を上げて聞いてきた。
「うん、美味しいぞ。湯呑みも急須も自作だからな」
「やったーなのです」
リンネが言うとタロウ、ラン、リーファが喜んでくれた。作ってよかったよ。
縁側でお茶を飲みながら従魔達と一緒にしばらくのんびりと過ごしてからランとリーファに留守番をお願いして俺たちは水の街に飛んだ。焼き物作りで時間を食ってしまってもう夕方近い時間だったんだよ。なので釣りをすることにする。
「お船に乗るのです」
釣りと聞いてリンネが言ったが今日は違う。
「今日は河岸から釣るんだ。この前みたいに船が引っ張られるからね」
「わかったのです。主の傍で釣りを見るのです」
「ガウガウ」
水の街に飛んだ俺たちは商業中洲から別の中洲に移動した。ここは小さな中洲で人が住んでいない。ただ釣りスポットになっているという話を釣りギルドのギルマスのサニーさんに教えてもらった。もちろん狙いはレインボーフィッシュだ。
中洲に行くと数名が釣りをしている。NPCもいればプレイヤーもいる。俺たちは挨拶をしてから中洲の一角に座った。周りを見るとお互いにある程度の距離を置いて釣りをしている。釣り人のマナーなんだろうな。もちろん俺たちが座った場所も他の人やNPCからしっかりと離れた場所だよ。
「ここでやろう。釣れないかも知れないけど頑張るよ」
「主ならできるのです。応援するのです」
「ガウ」
河岸で釣りをするので自作した釣り用の椅子を取り出してそこに座ってルアーを川と湖の境目から少し川に入ったところに放り投げた。釣りスキルが上がったこともあってある程度狙ったところに投げられる様になっている。もちろんまだスキルが低いのでピンポイントで投げ入れるの無理だけどね。
「のんびり待つよ」
椅子に座っている左にはタロウが後ろ足座りしていて、リンネは今は俺の頭の上に乗っている。陽は大きく傾いていた、そろそろレインボーフィッシュが活動する時間だ。
ルアーを投げ、竿を上下や左右にゆっくりと動かす。しばらくすると一旦竿を上げてまた違う場所に投げ入れて同じことを繰り返す。
リアルで釣りの経験はないがTVの釣り番組を見ていても入れ食い、なんてのは滅多になくて皆辛抱強く待っている。そんなとこまで似せなくてもいいのにと思うがレアフィッシュだから仕方がないのかな。
途中で竿を変えて餌をつけて投げるとすぐに中型サイズの魚が釣れた。タロウもリンネも大喜びだ。狙っている大物じゃなけどやっぱり魚が釣れると嬉しい。中型を数匹釣ると再び大きな竿に変えて遠くにルアーを投げ入れる。いつの間にか日は暮れて中洲の釣りスポットにある街灯に火が灯っていた。
この場所に来た時に座っていたプレイヤーはもう帰ったみたいで座って釣りをしているのはNPCばかりだ。彼らはここで日がな一日釣りをするNPCなんだろうか。
そんなことを思っていたら突然強い当たり、引きが来た。
「おおっ」
思わず椅子から立ち上がって両足で踏ん張って立つ。頭の上に乗っていたリンネは地上に飛び降りると今度はタロウの上に乗った。
「大物が釣れたのです」
「ガウ」
「かも知れない。今度は糸を切られない様にするぞ」
前回と違って今回は土の上だ両足でしっかりと踏ん張って竿を上に上げながらリールを巻いていると後ろから声がした。
「兄ちゃん、力任せに引いたらダメだ。力を緩め、竿を下げて、その瞬間にリールを巻くんだ」
「なるほど」
ちらっと振り返るとさっきまで釣りをしていたNPCだ。2人とも人族のNPCで彼らが近くに寄ってきていた。言われた通り両手で持っている竿を上に上げてからおろすタイミングでリールを巻く。
「そうそう、その調子だ、頑張れ」
「でかい竿にかかってる。こりゃレインボーフィッシュかも知んねぇな」
背後のやりとりを聞きながらも少しずつリールを巻き上げていく。タロウとリンネは糸が伸びている水面をじっと凝視している。
ルアーを咥えている魚は前後左右、時に深く潜るのか不規則な動きをするがその度に竿を下げたり上げたりしつつ、時に自分も左右に移動しながら魚と格闘していた。
「いい感じだぞ、もうちょっとだ」
巻き上げていると糸の色が変わった。少しずつだけど巻き上げているのは間違いない。
「ガウガウ」
「主、頑張るのです。もうちょっとなのです」
「おう、ここまで来たら負けられないぞ」
もうどれくらい魚と格闘しているのか時間がわからないがかなりの時間が経過しているのは間違いない。ゲームとは言え疲れてきた。糸はかなり巻き上げていてもうすぐだというのが分かる。最後の力を振り絞って魚と駆け引きをしているとついに魚が水面近くまで浮かび上がってきた。
「兄ちゃん、レインボーフィッシュだ。最後まで気を緩めるなよ」
水面近くで暴れている魚を見たおっちゃんの声がする。
レインボーフィッシュと聞いて元気が出てきたよ。さらにリールを巻き上げていると隣からNPCのおっちゃんが釣り網みを伸ばして水面まで浮かんでいた最中を網に入れて引き上げてくれた。
「やったぞ!」
「ガウ!」
「やったーなのです。主が成し遂げたのです。すごいのです」
釣りあげたのは90センチほどのレインボーフィッシュだ。街灯の光に当たって表面が虹色に光っている。水槽に入れるとNPCのおっちゃん2人と俺たちがその中を覗き込む。
「兄ちゃん、やったな」
「レインボーフィッシュが釣れたのは久しぶりだ。最後までよく頑張ったぞ」
俺の肩を叩きながらそう言ってくれるNPCのおっちゃん。
「いえいえ、色々アドバイスありがとうございました」
「ありがとうなのです」
「ガウガウ」
おっちゃん達がその場から離れると俺は水槽にいるレインボーフィッシュのスクショを撮ってから水槽を端末に納めて釣りギルドに足を向けた。ギルドに入るとサニーさんがいた。
「レインボーフィッシュを釣り上げたよ」
と言うと驚いた顔をする。見せておくれと言うのでその場で水槽を取り出した。
「間違いない。レインボーフィッシュだよ。90センチくらいかな、いいサイズのを釣り上げたね」
久しぶりのレインボーフィッシュだと言いながら水槽を覗き込んでいるギルドマスター。顔を上げると俺たちに聞いてきた。
「前にも言ったと思うがこれは滅多に釣れない魚なんだよ。そして珍味で美味しい魚でもある。どうする?タクが自分で食べる?それともギルドで買い取ろうか。ちなみに買い取り価格は3万ベニーだよ」
「3万!?」
魚1匹にすごい金額だ。普段釣っている魚の買い取り価格と全然違うよ。タロウもリンネも俺と同じ様にびっくりしたのか両耳をピンと立てている。
「そう。まずこのサイズ。90センチはある。そして滅多に釣れない幻の魚だ。水の街のレストランにレインボーフィッシュが釣れたという話をしたら取り合いになるのは間違いないね」
う〜ん、どうしようかな。お金も魅力的だけど、それよりも食べてみたいんだよな。俺が今の気持ちを言うとサニーさんが言った。
「迷っているのならこうしたらどうかな?このレインボーフィッシュはギルドで買い取る。この魚を買い取ったレストランにはタクが行くから食べさせてやってくれと言うのはどう?」
なるほど。それなら売った代金は入るし、レストランで食べる権利もあるってことか。
「わかりました。それでお願いします」
話がついた。サニーさんはまずレイボーフィッシュの魚拓(と言ってもゲームだからサニーさんが端末の様なものをかざすとすぐに魚拓ができた)を撮ってから、水槽に入っていた他の魚も一緒に買い取って、代金を支払ってくれた。
「明日の夕方にギルドに来てくれるかい。それまでには売れているからこいつを買い取った店を教えてあげるよ。タクが行けば食べられる様にこっちで話はつけておくよ」
「お願いします」
魚拓をもらった俺たちは最後にお礼を言ってからギルドを出た。