宝箱
自宅の畑の見回り、世話を終えて縁側でのんびりしていると端末が鳴った。
「主、お電話なのです」
精霊の木の枝で横になっているリンネが教えてくれる。
「おう。ありがとう」
相手は情報クランのクラリアだ。
「情報クランのメンバーで森の街のエルフに聞いてまわったの。数名のエルフからあの森小屋の話が聞けたわ。どうやらキーワードは森小屋と小島とエルフのNPCが2人。このキーワードが揃ったら情報を出してくれるみたい。もちろんプレイヤーのレベルも関係しているとは思うけど」
1つでもキーワードが足りないと教えてくれないそうだ。情報クランはこの情報を早速無料で公開した。多くのプレイヤーがあの森小屋に立ち寄るとあの小屋はNPCが増えていろんなサービスを提供するのでこれはお金を取る情報じゃないという判断らしい。
「どんなサービスが増えるのかは確認する必要があるけど、プレイヤーにとって間違いなくメリットのある話だから皆協力してくれると思うの」
彼女の言う通りだろう。街以外でいろんなサービスが受けられるとなればプレイヤーにメリットがあるのは間違いないからね。ただ最初からそのサービスを提供しないところがこのPWLの面白いところだ。
クラリアとの通話を終えるとランとリーファに留守番を頼んだ俺はタロウとリンネを連れて森の街経由で木のダンジョンに向かった。
入り口の転送版を使って一気に11層まで飛ぶ。今日は11層のフロアの続きを探索だ。
前回探索を終えた場所はタロウが覚えているので階段を上がったところからひたすら真っ直ぐに森の中を進んでいく。相変わらず上からや草の中、そして木々の間から魔獣が襲いかかってくるがタロウのレーダーと蹴りリンネの魔法、そして俺の蝉と片手刀で倒しながら進んでいく。攻略を開始してから2時間ちょっとで前回転移の腕輪を使った場所にやってきた。ここからは左に向かって壁を目指して進んでいく。
戦闘大好きなタロウとリンネが嬉々として敵を倒しながら壁までいき、少し進んでから今度は反対側の壁を目指して森の中を進んでいくことを繰り返した俺たちは結局宝箱を見つけられないまま12層に上がる階段に到達した。
「宝箱はこのフロアにはなかったな」
「次のフロアにはきっとあるのです」
「ガウ」
「そうだな。あるといいな」
11層から12層に上がるとそこにも転送盤があった。11層から上は各層にありそうだ。12層はまた景色が変わっている。ここは森の中全体に霧というか靄がかかっている。今までのフロアよりも視界が悪い。
「視界が悪いフロアだ。注意しながら進もう」
階段を上がったところで2体の従魔をしっかりと撫でてやる。
「問題ないのです。タロウとリンネが敵の気配をばっちり感じ取るのです。任せるのです」
「ガウガウ」
確かにタロウとリンネの気配感知は霧だろうが靄だろうが関係ないな。俺たちにとってはややこしくないフロアだが普通のプレイヤーにとっては厳しいだろう。そしてここはまだ12層だ。上に行くともっとややこしくなる可能性だってある。もちろん敵のレベルも上がっているのは間違いない。
フロアに11を足した数が敵のレベルの目安だと情報クランが言っていた。となるとここ12層は敵のレベルが上級23、24となる。俺たちは21だ。レベル差は2つ3つだが靄がかかっている視界の悪いジャングルだ。普通なら厳しいが2体の従魔達がいるからなんとかなるだろう。と思いたい。
俺たちはフロアに出ると左方向に進み出した。靄っているので視界は11層の半分くらいかな? 出てくる魔獣の種類に変化はないがレベルは上がっている。ただこっちのレベルも上がってるからね。それにタロウとリンネが先に敵の気配を見つけてくれるので不意打ちを喰らうことがない。
今もタロウが左前方を見ながらうなり声をあげてこちらが構えていると靄に向かってリンネが魔法を撃った。その直後に敵の姿が見えたが既に大きなダメージを喰らっているのは一目瞭然だ。そこにタロウの蹴りが入って敵の魔獣がその場で消えていった。今の戦闘は、いや今の戦闘も、俺は何もしていないぞ。
敵を倒すと傍に寄ってくる2体。これは最初から変わらない。しっかりと撫でてやる。
「タロウ、リンネ。凄いぞ」
「ちょろいものなのです。タロウとリンネでしっかりと主をお守りするのです」
「ガウガウ」
12層を行ったり来たりしながら進んでいると靄の中で下草が生えてないエリアが見えてきた。そこにはちょこんと宝箱が置いてある。右側の壁の近くにそれがあった。
「宝箱だ!」
「ガウ!」
「やったのです。見つけたのです」
宝箱があったんだ。でも鍵がかかってるやん。どうやって開けるんだ?こっちは盗賊じゃないぞ。
(ミント、宝箱の開け方は?)
(端末を近づけると箱が開いて中のアイテムが収納されます)
そうなってるんだ。箱の中に手を突っ込んで自分で取る訳じゃないんだ。とにかく端末を近づければいいんだ。俺が端末を近づけると箱が開いて脳内で音がした。箱が開いたのを見たタロウとリンネが興奮して尻尾をふりまくりだよ。
見ると宝箱から取り出したアイテムがリスト化されていた。と同時に宝箱が消え下草が生えていなかった場所にあっという間に下草が生えた。宝箱の場所がランダムに移動しているんだな。
100,000ベニー
力の腕輪(HQ)
端末を見るとお金とHQの腕輪が入っている。
「主、宝箱には何が入っていたのです?」
「ガウ?」
興味津々と言った感じでリンネとタロウが寄ってくる。
「うん、お金が10万ベニー、それとこれだ。力の腕輪のHQだぞ」
俺は収納から取り出した腕輪を見せた。確かに裏側にSの刻印がある。
「ガウ!」
「やったのです。タロウもでかしたと言っているのです。リンネもでかしたと言うのです」
俺は早速力の腕輪のHQを右手に装備する。ゲームの仕様で腕に幾つ腕輪をしてもビジュアルでは1つしか装備していない様に見える。腕輪をジャラジャラさせている様にはならないみたいで安心したよ。
しかし宝箱からHQが出るとは。そういえばクラリアが言ってたな、NMが回復の腕輪のHQを落としたって。運もあるんだろうけどこれはモチベが上がるよ。
力の腕輪はSTRが上昇する効果がある。装備してから12層の敵に刀で切りつけた時に今までよりも相手にダメージを与えている感覚があったよ。もちろん右手に装備していても左手の刀にも有効だ。
この日はまた12層の半分ほどを攻略した俺たちは一旦ダンジョンから脱出し、翌日に再挑戦をして無事に12層をクリアした。レベルも上級22に上がった。そして13層に上がったところにも転送盤があった。しっかりと記憶してからダンジョンから脱出する。
ダンジョンを出たところから転移の腕輪を使って土の街に飛んだ俺たち。別宅に飛ぶとすぐにマリアがやってきた。いつもの通り。少ししてからクラリアとトミー、スタンリーといつもの4人が庭にやってきた。
クラリアとトミーがこの土の街にいるのがわかったから事前にメッセージを送っていたんだよ。
「木のダンジョン、タクが攻略一番手よ」
テーブルに座るなりクラリアが言った。メッセでは12層を攻略して次から13層だと言ってある。もちろん宝箱のこともメッセには書いた。
「えっ?マジ?」
「うちのクランの連中はやっと11層をクリアしたところ。12層って霧がかかっていて視界が悪いんでしょ?」
「その通り。俺にはタロウとリンネがいるから問題ないけど今までの半分程度の視界しかないよ」
プレイヤー5人での攻略なら慎重になるよな。
「タロウとリンネがいるから問題ないのです」
膝の上に乗っているリンネが言った。確かに従魔達が優秀だからねという4人。
ちなみに自宅にあった椅子を1つこの別宅に持ち込んだので俺も今は椅子に座っている。最初からこうすればよかったんだよな。
「それで12層の宝箱からHQの腕輪が出たんだって?」
「それがこれだよ。力の腕輪のHQだとAIが教えてくれた」
テーブルの上にHQの腕輪を置くとそれを手に取って見るスタンリーら。
「確かにSの刻印があるな」
スタンリー、マリア、トミー、クラリアと順に腕輪を見てからクラリアが俺にありがとうと返してから言った。
「木のダンジョン、10層以下のフロアでも宝箱は見つかっているの。片手剣とか短剣が出ているみたい。あとはベニーが出てるわね」
LV85以上のレベル制限付きの武器だが彼らトップクランから見ればあまり魅力的なものではないらしい。相変わらずよく調べているよ。
「上級レベル9以下のプレイヤーにとっては有用な武器よ。その武器で頑張って上級10に上がったらお店で買い替えるという流れ」
「転送盤が現れる11層から上になると宝箱の中身もグレードアップするということが証明されたな」
彼らは上級レベル24に上がっていた。24なら木のダンジョンの攻略も難しくないと思うんだけど。俺がそう言うとスタンリーが頷きながら言った。
「その通り。ただ今は土の街の周辺と森小屋の付近で経験値と印章を集めているところだ。今回タクがダンジョンの12層でHQのアイテムをゲットした。これは良いモチベーションになる。俺たちも近々攻略を復活させるつもりだよ」
攻略クランが本気を出せば強いのは知っている。それで森小屋について変化があったかと聞くとまだだという。
「ただ情報クランが公開してから毎日の様に森の街から森小屋を目指しているプレイヤーがいる。初めて移動する人もいれば経験値を稼ぎながら森小屋を目指しているプレイヤーもいる。小屋の訪問人数は増えているのでそのうちに変化が現れるだろう」
初回訪問者の数かもしれないが延べ訪問者の数かもしれない。だから情報クランからは森小屋に行ける人は何度でも行って欲しいと言っているそうだ。
「それで13層はどんな感じなんだ?」
トミーが聞いてきた。
「階段を上がったところから見た限り、13層は熱帯雨林のジャングルだ」
またややこしそうだなと言う声がする。俺もそう思うよ。密林だよ。
「タクはこのままダンジョンを攻略し続ける予定?」
「そうだね。せっかく13層まで上がってきた。何階あるのかは分からないけどもう少しダンジョンに挑戦するつもりだよ。でもダンジョンばかりするつもりはないよ、自宅で農業やら合成もやりながらの攻略になると思うよ」