上忍をなめんなよ
周囲はいろいろとこっちに期待しているかもしれないけどマイペースは崩さない。自分のペースでゲームをするのはストレスフリーだからね。
最近は朝から農業をし、そのまま窯で焼き物を作成してから自宅から外に出るという活動パターンになっている。窯業スキルが10を越えると焼き物もそれなりに”様”になってきた。来客用の湯呑みや果物を入れるお皿なんかを焼いては自宅でストックしている。それまでお皿はほとんどが木製だったので陶器のお皿が増えるのは嬉しい。しかも自作だし。
「綺麗なお皿なのです」
「ガウガウ」
今も釜から取り出した2枚のお皿を見てリンネが尻尾を振りながら言ってくれた。タロウも同じ様に尻尾を振っているしランとリーファも羽根をパタパタとさせている。
「いい感じになってきたな。だいぶ慣れてきたよ」
焼き上がった皿を倉庫に作った棚に置く。自分でも最初の頃に比べると随分良くなったと思える程だよ。しばらく出来あがった焼き物を見ていた俺は倉庫から出るとランとリーファにお留守番を頼んで水の街に飛んだ。
別宅に飛んだ俺は一緒に移動をしてきたタロウとリンネを前にして言った。
「今日はこの街の外で敵を倒して、夕方から釣りをするぞ」
「やるのです。敵をとっちめてからお魚さんをいっぱい釣るのです」
「ガウガウ」
タロウとリンネも不満はない様だ。早速街の外に出ると森の奥に進んで遭遇する魔獣を手当たり次第に倒していく。戦闘となると元気になるタロウとリンネがいるから全く問題ない。俺は蝉を張って魔獣に片手刀を振り回しているだけだ。ほとんど攻撃も喰らわないしこちらに向かってきても避けることができるので4体の分身がなかなか減らない。もちろん減らない方がいいんだけどさ。
レベルは上がらなかったが結構な数を倒して満足して夕刻に水の街に戻ってくるとそのまま港中洲に移動して船を出す。何度もここで船を出しているのでNPCのおっちゃんとも顔見知りだ。最初の頃は行き先を聞いてきたり行ってはいけない場所を教えてくれていたが最近はそれもない。
「レインボーフィッシュが釣れるといいな」
俺が船を浮かべるとそう声をかけてくれる。従魔達が飛び乗ると
「頑張ってきますよ」
俺はそう挨拶をしてから櫓を漕いで湖と川との境目を目指した。まだ日が暮れていない中、目的の場所に着くと最初はいつもの釣り竿を手に持つ。タロウとリンネは船側から川の中を覗き込んでいた。
この辺りは水深が深いので船に積んでいる棒を川底に突き刺して船を固定することができない。なので緩やかな流れに任せて釣り糸を垂れていると反応が来た。引き上げると前にも釣ったことがある中型の魚だ。俺が釣り上げると尻尾をブンブン振って大喜びしてくれるタロウとリンネ。このリアクションは最初から変わらないな。
「お魚さんが釣れたのです」
水槽で泳いでいる魚を見ているリンネ。タロウもリンネと一緒に水槽を覗き込んでいる。
「そうだ。これは料理をすると美味しいんだぞ」
何匹か釣り上げてから俺は大物狙いの竿を手に持った。陽は暮れていて街の灯りが水面を照らしている。
「今から狙う魚はなかなか釣れないと言われているからな、焦らずのんびりとやるよ」
「分かったのです。タロウとリンネものんびりと待つのです」
「ガウガウ」
俺は2体の背中をしっかりと撫でてからルアーを投げた。今まで数度トライしているが大物が掛かる気配が全くない。さて、今日はどうなるか。
竿を左右に振ってルアーを水の中で動かすが、10分、20分と何の反応もない。船は緩やかな川の流れに乗って下流にゆっくりと移動しており、教えてもらったポイントから離れると櫓を漕いで元の場所に戻ってはまたルアーを投げるということを繰り返す。
それを繰り返して1時間ほど経った頃、突然竿が強烈に引かれた。船が左右に大きく揺れた。
「うおっ」
川底に持っていかれそうになるのを何とか踏ん張って堪える。いきなり船が揺るとタロウは船の上で四つん這いになって大きな身体を落として踏ん張る姿勢になった。リンネは船が揺れた瞬間に俺の頭の上に乗って四つ足で頭をしっかりと掴んできた。何とか視界があるから許してやるよ。それよりも、
「タロウ、リンネ、水に落ちるなよ」
「ガウ!」
「主にしっかりと掴まっておくのです」
今までにない強烈な引きだ。これがレインボーフィッシュかどうかは分からないが大物に間違いないぞ。負けるもんかと思っていると予想外の事が起こった。魚が引っ張る力で船まで引っ張られる。これはまずい。
この辺りは水深が深いので船に積んでいる棒を底に突き立てられない。それが故に船が魚に引っ張られてしまう。それでも何とか少しずつリールを回して引き上げていくんだが、こいつ、相当力あるな。
「主、頑張るのです」
頭の上からリンネの鼓舞する声がする。言われるまでもない。両足で踏ん張りながらリールを巻き上げていくが魚が動き回る度に船が大きく左右に揺れる。これは下手したら転覆しそうなほどだ。木の葉の様に前後左右に揺れる船の上で何とか竿を掴んでいる俺。
ルアーに魚が喰らい付いてから30分は経っているだろう。リールはほとんどと巻き上げられていない。竿を持っていかれない様にするのが精一杯だよ。最初は踏ん張っていたけど今は揺れている小さな船の船首側と船尾側を何度も行ったり来たりしている。時に左右にも移動する。それに合わせて後ろを着いてくるタロウ。お前はじっとしてていいんだぞ。
これは体力勝負か?体力勝負なら受けてやろうじゃないか。
「上忍を舐めるんじゃないぞ」
俺は声を出しながら竿だけは離すまいと両手でしっかりと握っている。
「ガウ!」
「舐めるんじゃないぞ、なのです!」
俺の後ろと頭の上からも声がする。従魔の声を聞くと元気が出るよ。
それから20分程経った頃、突然竿から力が抜けた。思わず後ろに倒れそうになる。タロウもグラグラしてるしリンネは4本の足で頭を締め付けてくる。
「糸が切られちゃったよ」
竿の先から伸びている釣り糸を巻き上げると途中からなくなっていた。ルアーも無い。
「お魚さんが逃げちゃったのです?」
「ガウ?」
頭の上から船の上に飛び降りたリンネが俺を見て聞いてきた。タロウも俺に顔を向ける。
「そうだ。釣り糸を切って逃げてしまったよ」
糸が切れると揺れていた船も落ち着いてきた。その船の上でタロウとリンネが両耳を垂らせている。
「逃げたのはいい。また釣りに挑戦すればいいからな。それよりも船が転覆しなくてよかったよ。お前たち、大丈夫だったか」
「問題ないのです。主が作った船は沈まないのです」
「ガウガウ!」
俺はありがとうなと言って寄ってきた2体を撫でてやる。呼吸も落ち着いてきたので港中洲に戻ることにした。
桟橋についておっちゃんに今の話をする。
「そりゃレインボーフィッシュだな。あんたの釣り糸を切るくらいなら1メートル越えの大物だったかもしれない」
「船の上だと不安定だから次は陸地か桟橋から挑戦しますよ」
その足で港中洲にある釣りギルドに顔を出して釣った魚を買い取ってもらい、その時にギルマスのサニーさんに今の話をもう一度する。ギルマスは買い取ってくれた魚の代金を支払ってくれてから言った。
「それは間違いなくレインボーフィッシュだね。残念だったね。でもルアーにかかったってことは釣れるチャンスがあったってこと。これに懲りずに頑張るんだよ」
ギルマスの言う通りだ。次は船じゃなくて桟橋か陸地から挑戦してみるよと言うとアドバイスをくれた。桟橋や陸から挑戦する場合は糸の長さを長くしてできるだけ遠く、沖に向かって投げるといいらしい。
「レインボーフィッシュは水深の浅い場所には来ないって言われてるからね」
そう言ってからサニーさんが続けて言う。
「あと、釣りスキルが上がるとルアーにかかる確率が上がるよ」
なるほど、釣りスキルね。
彼女の説明ではスキルが上がると餌に掛かる確率が上がり、釣り上げることができる確率も上がるそうだ。
「100%保証はしないよ。でも釣りスキルが高い方が大物を釣りやすいのは間違いない。もちろん普通の魚も今以上に簡単に釣れる様になるね」
(ミント、今の俺の釣りスキルはいくつ?)
(はい。タクの今の釣りスキルは20です。今の釣りでスキルが2上がっています)
釣れなくてもスキルがあがるのか。しかも大物だったからかな。そして今のスキルが20か、30くらいまで目指して頑張ってみるかな。
「なるほど。よく分かりました。ありがとう」
「ありがとうなのです」
俺は礼を言って釣りギルドを後にしてそのまま釣具店に顔を出す。リグさんに話をして釣り糸を長いのにし、リールも今よりもパワーのあるのに買い替える。こうなったら意地でも釣ってやろうって気になってくる。
「良い装備になってる。期待してるぞ」
「主に期待して良いのです」
リンネが代わりに答えてくれた。