森小屋
「ここは森小屋です」
山小屋は聞いたことがあるけど森小屋とは。
「えっと、ここはセーフゾーンなの?」
全員橋を渡って今は小島にあるログハウスの中だ。中に入ると受付がありエルフのNPCの女性が2人いた。
「この小島全体がセーフゾーンになっています。そしてここで登録をすると森の街とこことの間を転送盤を利用して移動することができる様になります」
その言葉を聞いて皆驚いた表情になる。もちろん俺もだ。NPCの説明ではここの転送盤はどこにでも行ける訳ではなくて森の街の決まった場所にしか飛べない、逆にこちらに来る場合も森の街の中にある専用の転送盤でないと来られないらしい。
「つまり森の街とこの小島との間だけを転送できる転送盤ということね」
クラリアが確認する様に言うとその通りだと答える2人。
とりあえず登録をしようと受付の横にある転送盤の上に乗って登録する。俺が乗ると脳内で声がした。
『森の街との転送盤を登録しますか?』
という問いかけがウィンドウに出て、その下にはい、いいえ。の選択肢が出た。当然はいをタッチする。
「俺が一度飛んでみよう」
全員の登録が終わると情報クランから参加しているパラディンのオズマがそういって転送盤から消えた。しばらくするとその場に戻ってきた。
「転送先は森の街の釣り池の用具が入っている小屋だったよ。小屋の中の床に転送盤が現れた。それに乗るとここ、森小屋に飛びますかというウィンドウが出る」
森の街の冒険者ギルドじゃないんだなという声がする。ここと街との転送ならギルドにする必要もない。
「ここを登録して初めてあの釣り池の小屋の中に転送盤が現れるのね」
最初にここを登録する必要がある。山裾の街から開拓者の街の間の坑道の中にあった転送盤と同じだ。ただあちらと違ってここっちはまずここの転送盤を登録しないと森の街の小屋の転送盤が現れない、或いは見えない仕組みになっている。
森小屋の中は受付の隣が広いホールになっていた。椅子やテーブルはないが4、50名は余裕で入れる広さがある。そこに全員が移動した。
「さぁ、どう考える?」
スタンリーのその言葉でこの場にいるメンバー達が自分の思ったことを言う。椅子もないので全員が立ったままだよ。
「連続ログインに引っかかるからセーフゾーンにしている。つまり目的地はまだ遠い可能性があるよな」
「だとしてもさ、なぜ普通のセーフゾーンにしなかったんだろう?」
「転送盤を置く必要があるから小屋にしているんじゃないの?」
「いや、転送盤だけなら別にフィールド上でもいいだろう?」
「しかも小屋にNPCが2人いるぞ。その意味は?」
「クエストが隠れている?」
「転送ができる。その理由は何?」
「転送も森の街との間だけだ。この意味は?」
「経験値稼ぎに便利な様に?」
「いや、それがメインの目的じゃ無い気がする、NPCがいることにも関係している何かがありそうだ」
「俺もそう思う。でもじゃあ何だと聞かれたら分からないとしか言えないんだけどな。クエストがらみの可能性はあると思う」
「土の街とは関係があるかな?」
「それだったら土の街からも来られるだろう」
「今は見えていないだけで、土の街に行ったらまた新しい転送盤が出てくるかもよ」
「それはあり得るな」
俺は皆のやりとりを黙って聞いていた。タロウは俺の足元でゴロンと横になってリラックスモードだし、リンネは頭の上に乗っている。それにしても次から次へと疑問や推測が出てくる。自由闊達な議論が交わされているよ。聞いているだけでも楽しいし、なるほどと思うことが多い。
流石にPWLで双璧と言われているトップクランだけあるなと思いながら話を聞いているとスタンリーが言った。
「印章NM戦ができる場所がこの近くにある、もしくはこの近くのフィールドを彷徨っているNMがいるというのは?」
「その可能性もあるか」
誰かが受付に聞くが当然彼女達は何も教えてくれない。土の街からもここに飛んで来られるのかという質問についても同じく無回答だった。
「まずは土の街に行きましょう。そこで情報を集める。皆が言う様に普通のセーフゾーンにしていない、転送盤を置いてある。この2つには必ず意味があるはず。土の街に到達して調査することでより詳しい情報が得られるかもしれないし」
そう言ってからクラリアが俺に顔を向けた。
「タクは何か思うところある?」
全員がこっちに顔を向けてきた。振られても困っちゃうよ。
「想像がつかないよ。クラリアの言う通りに土の街に行ったら何かが分かるかもしれないよな。ちなみに転移の腕輪を触ってみたけどこの場所は出てこない。AIに聞いても情報を出してくれない」
そう言うと俺以外に転移の腕輪を装備しているクラリアらが腕輪を触っている。他のメンバーはAIに聞いている様だ。何も言ってくれないねという声がしていた。
「やっぱり特別な転送盤ってことね」
連続インの警告が出るのにはまだ時間的余裕があるが、一旦戻ってログアウトしておこうという話になった。転移の腕輪も使えるが皆転送盤を使って森の街の釣り小屋にワープするという。確かに一度飛んでいた方が良さそうだ。
タロウとリンネと一緒に転送盤に乗って無事に森の街に戻ってきた俺たち。その場で一旦解散となった。ログアウトしてタイムリセットをしてから再び攻略を続けることになる。皆の予定を聞いて3時間後に森小屋で集合することになった。
俺はそのまま自宅に戻って留守番をしていたランとリーファらと一緒に畑の見回りをし、しばらく皆で遊んでからログアウトする。お留守番をしていた妖精達をしっかりと労ってあげないとな。依怙贔屓はしないよ。
再びログインすると2体の妖精にお留守番を頼んで俺たちは森の街に飛んだ。西門から出て釣り小屋に入ると床に転送盤が浮き上がっている。
「主、あれに乗るのです?」
「そうだ。あれに乗って森小屋に行くぞ」
「行くぞ、なのです」
「ガウガウ」
森小屋に飛ぶと、半分くらいのメンバーが集まっていた。マリアは早速タロウを撫で回している。それから10分程で全員が揃ったところで森小屋から土の街を目指して再び森の中の進軍を開始する。
「スタンリーが言っていたけどNMが徘徊している可能性もあるから周囲の警戒をよろしくね」
「タロウ、頼むぞ」
クラリアの言葉を聞いた俺がタロウの背中を軽く叩きながら言う。
「ガウガウ」
「任せろと言っているのです。リンネも警戒するのです」
と頭の上から声がした。タロウとリンネに任せておけば安心だろう。
森小屋を出てしばらくすると魔獣のレベルがまた上がった。今は上級レベル22から24の敵がランダムに出てくる。四つ足の虎やゴリラの魔獣だ。この辺りは敵のレベルが高い。戦闘の合間に他のプレイヤーがゴリラをテイムしようとしているが何度トライしても成功しない。その前に別のプレイヤーが虎をテイムすることに成功していた。
「ゴリラはテイムできないのかしら」
「虎はテイムできているからな。何か理由がありそうだ」
情報クランは新しい魔獣はとりあえずテイムをトライして情報を集めている。テイムできた魔獣を全て従魔にはせずに中にはテイマーギルドでリリースをすることも多いそうだ。
「変な言い方だけど欲しいのは情報なのよ。もちろんメンバーがテイムしたいと思っている魔獣については従魔にしてもらってるわよ。でもリリースすることも結構多いのよ」
その話を聞いた時は、テイムとリリースばかりしていたら貢献度が下がるんじゃないのと言ったのだが、情報クランもそこは心配だったのでテイマーギルドで聞いたらしい。リリースする際に従魔が虐められていたかどうかがテイマーギルドでは分かるらしく、虐待していなければ問題ないと言うお墨付きは貰っているんだと言っていた。
そうは言っても彼らもテイムをトライするメンバーが偏らない様に配慮しているらしい。
その後も敵を倒しながら森の中の道を進んでいくと柵に囲まれたセーフゾーンが見えてきた。全員がその中に入って休憩する。
「ここは柵なのよね」
「やっぱりあの森小屋は特別な何かがありそうだ」
食事をとりながらそんな話をしているメンバー達。俺はタロウの背中にもたれてリラックスタイムだよ。リンネもいつもの様に顔を太ももに乗せてリラックスしている。
「倒している相手のレベルからみてここが最後のセーフゾーンになるかもしれないな。森小屋周辺は敵のレベルが高く、ここに来てレベルが下がっている」
トミーが言ってるのが聞こえてきた。なるほど、そう言う見方もできるんだな。それが正解だとしたら森の街から土の街まではセーフゾーンが3箇所あることになる。
情報クランの予想では土の街から見て森側については水の街の郊外のレベルに合わせている可能性が高い。なぜなら森の街からの分岐で両方の街に行ける様にしているとなると魔獣の強さにそれほど差をつけるとは思えないというのがその理由らしい。
いろんなことを考えているんだな。聞いている俺は感心しきりだよ。
「あくまで予想だ。正解かどうかは行ってみないとわからないんだよな」
そう言って笑うトミーだが聞いている俺にとっては納得できる話だ。
セーフゾーンでしっかり休憩をとって再び敵を倒しながら森の中の道を進んでいくと、俺たちの目の前に新しい街、土の街と呼ばれている街が姿を現した。