土の街へ行こう
3日後の朝、俺たちは森の街のクランのオフィスにいた。今回の土の街の探索メンバー16名と従魔2体だ。
この2日の間俺は水の街の外で魔獣を倒して上級レベル18になっていた。両クランの連中は20でまだ差があるが少なくとも17の時よりは迷惑をかけないだろう。と信じたい。
「これから新しい街と思われる場所に向かって進んでいくが、途中から敵のレベルが高くなることが予想される。危なくなったら指示をするので転移の魔法で戻って欲しい。もちろんこちらの指示を待たずにパーティで判断してもらって構わない」
「16名と従魔のタロウとリンネ。かなり強いパーティだけど、今スタンリーが言った様に無理しない様にしましょう。私たちの予想通りなら1日歩いたあたりでセーフゾーンがあるはず。なかったら腕輪で戻って出直しね」
情報クランは俺の情報を聞いた翌日に、水の街を出る船にクランメンバーが2名乗り込んで同じ様に森の奥から立ち上る煙を確認したらしい。しっかりと情報の裏付けをとるあたりがプレイヤーからの信頼が厚い理由の1つなんだろう。
今回土の街探索に参加するメンバーとジョブはこうなっている。それぞれのパーティに転移の腕輪持ちがいる。
【攻略クラン】
ジャックス パラディン
スタンリー ウォリアー
ダイゴ マスターモンク
ルミ 神官
マリア 魔法使い
【情報クラン】
リック パラディン
トミー ウォリアー
クラリア 盗賊
ユーリ 神官
ワビスケ 魔法使い
オズマ パラディン
ケン ウォリアー
ケイト ハンター
アクネ 神官
ラックス 魔法使い
このメンバーに加えて俺とタロウとリンネだ。
打ち合わせの結果、俺たちが先頭を歩くことになった。タロウのレーダーを使って敵を探索しながら進む。敵が見つかれば背後の3パーティも合流して数の暴力で倒しながら奥に進んでいく作戦だ。
情報クランや攻略クランのメンバーからタロウ頼むぞと声をかけられてガウガウと尻尾を振りながら吠えている。見る限りではタロウはやる気満々だな。
「リンネも頑張るのです。任せるのです」
俺の頭の上に乗っているリンネが言った。
「おう、リンネちゃんも頼むよ」
「はいなのです」
声をかけられたリンネも尻尾を振りながらしっかり答えている。うん、2体とも大丈夫そうだ。
俺たちは森の街の西門から外に出てまずは釣り池を目指して歩いていく。この道は魔獣が出てこないと分かっているので歩くペースは早い。
池が見えてきて小屋のあるセーフゾーンに入った俺たち。
「このまま右手から池の周りを歩いてみましょうか。右側に注意して。綺麗な道があるとは限らないから。何かあったら遠慮なく声を出し合いましょう」
「「了解」」
目的地がある、その場所が分かっているというだけで探索のモチベーションは上がるね。
セーフゾーンでの軽い打ち合わせを終えると池を左手に見ながら森の中を進み始める。当然だがそこには魔獣が徘徊しているがこちらは俺たち以外は上級レベル20の集団だ。このあたりの魔獣は既に敵ではない。
魔獣は森の中から襲ってくるがその前にタロウが吠えるので奇襲を受けない。普通なら木々の間からくるので発見が遅れることがあるがそれがない。
今もタロウが吠えると同時に森の中に入って行って敵を倒したところで1人が声を上げた。
「ここに道があるぞ」
たった今魔獣を倒した場所から少し離れたところに土の道があり、奥に道が伸びていた。試練の街から森の街に伸びているのと同じ様な道だ。道が始まっているのは池から数十メートルは離れている場所だ。周囲は深い草が生えている。
「池の周りは草木で道を隠していたのか隠れているのか、森の中に入って行って初めて道が見える様になっていたのね」
道を見ていたクラリアが言った。この道が見つかった場所は池の東側になる。土の街の方角だ。皆が言っているがこれがあの街に続く道だろう。
土の街の情報を得て初めて道が現れるという事もあるんじゃないかなと誰かが言った。PWLはいやらしいゲームだからその可能性も十分ありそうな気がするよ。
「行こうか」
スタンリーの言葉で再び俺たちが先頭になって道を進んでいく。相変わらずそれなりの頻度で接敵するがそれらを倒しながら進んでいくと時間で言えば夕刻前に道の脇に柵で囲まれたエリアが見えてきた。セーフゾーンだ。
「決まりね」
「ああ、間違い無いな」
「ここは元気になる場所なのです」
セーフゾーンに入ったリンネが言った。タロウも尻尾を振って機嫌が良さそうだ。セーフゾーンの中で打ち合わせをする。
「明日以降は敵のレベルがあがるだろう。今日はここでしっかり休んでおこう」
例によって、凭れてこいと言うタロウの腹に上半身を預け、両足を広げるとその間にリンネが入ってきて顔を太ももに乗せる。
「タロウ、重くないか?」
「ガウガウ」
「大丈夫だと言っているのです。タロウは主にこうやってもたれられるのが大好きなのです」
「ならいいけどな」
リラックスしているとスタンリーが近づいてきた。立ちあがろうとするとそのままでいいよと俺の隣に腰を下ろす。
「明日の午後あたりから俺たちがまだ進んでいない森の奥になって魔獣のレベルが上がると見ているんだ。タロウにしはしっかりと休んでもらって警戒してもらう必要がある」
背中のタロウに明日は頼むぞと言うと尻尾をブンブンと振りながら顔を擦り付けてきた。
「主のために頑張ると言っているのです。リンネも頑張るのです」
「うん 頼むぞ」
俺はタロウの好きにさせながらリンネの背中を撫でて上げた。
「それとセーフゾーンが2つとは限らない。その場合は連続ログインの規制に引っかかってセーフゾーンでのログアウトになるかも知れないがタクは構わないかな?俺たちや情報クランはセーフゾーンでのログアウトには慣れている。タクがリアルの用事があるのならどこかのタイミングで転移の腕輪で戻って出直しするつもりだ」
スタンリーが気を使ってくれているがこっちは基本暇だ。
「いや、セーフゾーンでのログアウト、そしてログインでもこっちは大丈夫だよ。このまま一気に新しい街を目指そう」
俺がそう言うと安心した表情になるスタンリー。
翌日、道を進んでいくと遭遇する敵のレベルが上がってくる。それまでは自分たちよりも下のレベルの魔獣だったのが同じレベルになり午後からは格上が登場し始めた。ただこちらは16名と2体の従魔だ。レベルが2つ3つ格上の敵であっても蹴散らしながら道なりに森の奥に進んで行った。
魔獣のレベルは上がるが景色は変わらない。ひたすらに森の中に伸びている道を進んでいくだけだ。普通なら飽きてくるだろうが俺たちはこの先に土の街と呼ばれている新しい街があることを知っている。俺も含めて誰も文句を言わずに奥に進んでいく。
タロウは相変わらず見事な気配感知能力を披露していて魔獣がこちらを見つける前に敵を見つけてくれる。
「前方右側」
タロウの耳が立って顔を向けた方向に敵がいる。俺はそれを声に出して後ろに伝えると戦闘準備をした10名、時に15名がその方向に出向いては敵を殲滅する。
「タロウがいてくれて助かるな」
「本当だよ。普通なら警戒しながら進むからもっとスピードが落ちるはずだけどタロウのおかげで緊張し続ける必要がない。精神的に疲れない、これは大きいぞ」
皆がタロウを持ち上げてくれる。持ち上げられている当人は褒められると尻尾を振って喜んでいた。うん、俺もしっかりと撫でてやるよ。
スタンリーの予想通り午後にあると魔獣のレベルが更に上がってきた。そして複数体が固まっている様になってきた。タロウは周囲を警戒しているがリンネは戦闘となると嬉々として精霊魔法を撃ちまくっている。
「やってやったのです」
敵が倒れるとどうだと言わんばかりに飛びついてくる。
「すごいぞ、リンネ」
褒めながら撫でると尻尾をブンブンと振り回してくる。
「リンネはできる九尾狐なのです。これくらいどうってことないのです」
いや本当に魔法がすごいんだよ。ほとんどレジストされずにフルヒットしている。そして従魔の特性なのか魔法を撃ってもヘイトをあまり稼がないんだよな。レベルが上がるたびに敵対心が下がっているのでは無いかと思うくらいだよ。
こんな調子で森の中を進んでいった俺たち。そろそろセーフゾーンがあってもおかしくないなと思いながら歩いているとタロウが耳をピンと立てた。ただ今までの敵を見つけた時の耳の立て方じゃない。それが証拠に尻尾を振っている。
「前方に敵じゃない何かがありそうだよ」
そう言うと後ろからクラリアとスタンリーがやってきた。そうなのか?と聞いてきた。
「間違いない。敵だったらタロウは耳を立てながら尻尾は振らないんだよ。今は振っているだろう?つまり敵じゃない何かがあるってことになる」
俺がタロウの背中を撫でながら言うと、2人が俺の言葉を聞いてタロウを見た。
「リンネも分かるのです。敵ではないのです。魔法の準備をしなくても良いのです」
「そうか、リンネも分かったのか」
俺がリンネを抱き抱えて撫でてやると分かるのですと俺の腕の中で尻尾をブンブンと振る。
「セーフゾーン?」
クラリアが聞いたがセーフゾーンだけであれば尻尾は振らない。
「敵じゃ無いとしたら何かしら。とにかく前に進みましょう」
そのままタロウを先頭にして俺とクラリアとスタンリーらが森の中を歩いていると木々の先に池が見えてきた。その池には中央に小島がありそこに通じる橋がかかっている、そしてその小島の中には大きな小屋があった。小島と言っても結構広い。その広い島の中央にログハウス、森の街で情報クランや攻略クランが借りている様な大きなログハウスが建っていた。