煙だ!
攻略の具体的な話は攻略クランと情報クランの間で詰めるというので俺は彼らの方針決定待ちだ。タロウとリンネは今すぐにでも突撃したそうだが色々と打ち合わせがあるんだよと話をすると分かったのです。と納得してくれた。
畑の見回り、水の街の外で経験値稼ぎ。これをインしてからまずやろう。その後は時間を見ながら釣りや他の事をすればいい。ソロだから時間管理がアバウトで良いのがいいね。
朝から経験値稼ぎを終えた俺たちは昼前に水の街の市内を歩いていた。タロウとリンネも短い時間だったけど外で暴れたせいかご機嫌だ。
「主、これからどうするのです?」
「どうしようか」
と言いながら何となく港中洲の方に歩いていくと港にここと森の街との定期船が止まっていた。時間を見るともうすぐ出港時間だ。
「あの船に乗って森の街に行こうか」
ふとそう思い立って従魔に顔を向ける。船を見ちゃったからね。思いつきだよ。俺が言うと2体の従魔がこれでもかと言うほど激しく尻尾を振る。
「行くのです。大きなお船に乗るのです」
「ガウガウ」
従魔達も喜んでくれるので俺たちは出港直前の定期船に乗り込んだ。船内のロビーに出てみると他のプレイヤーの姿がない。一度この船で移動したら後は転送盤で行き来ができるから誰も1人あたり2,000ベニー払って時間がかかる船に乗らないか。リアルなら採算赤字の航路だろうけどこれはゲーム。客がいなくても問題ない。
5分ほど待ったところで出港すると強制的に部屋に戻された俺たち。部屋の窓を開けるとタロウとリンネは早速そのバルコニーから外を見る。俺も椅子を持ってそこに座った。
船が出港して気がついたけど行きと帰りとで景色が違う。どうやら客室は船の片側に集まっている設定になっていて往路と復路で違う景色を見られる様になっているみたいだ。
「湖は大きいのです」
風を受けて体毛を靡かせなているリンネ。タロウもバルコニーの上にゴロンと横になって顔を外に向けている。
こうしてのんびりと船旅をするのも悪くないよね。俺も椅子に座って従魔達と一緒に広い湖をぼんやりと眺めていた。
日が暮れてきたので皆部屋の中に入る。俺がベッドに上がるとリンネが足の間に体を入れて顔を太ももに置いた。タロウは床の上でゴロンと横になる。
「船旅もいいな」
「はいなのです。タロウもリンネもお船に乗ってのんびりするのが大好きなのです」
「ガウ」
タロウもリンネも尻尾を振っている。本当にご機嫌の様だ。俺の小さなボートでも喜んでくれるしこの大きな船でも喜んでくれる。ランとリーファといい船は従魔達にとっては気持ちのいいアイテムなんだろう。
ベッドでしっかりと休んだ俺が起きるとタロウとリンネも起き上がる。
「外に出るのです」
「分かった」
そう言って窓を開けてバルコニーに出るとまだ湖だった。タロウはその場でゴロンと横になり、リンネはタロウの背中の上に乗って外に顔を向ける。
心地よい風を浴びながらのんびりしていると前方に森が見えてきた。湖が終わって川に入ったんだな。そう思いながら見ていると森の中から煙の様なのが立ち昇っているのが見えた。森の街はまだまだずっと先だ。そして煙が立ち上っているのは川からは随分と離れた森の奥の方の様だ。何より煙が出ているのは森の街とは川を隔てた反対側の森の中だ。
「ありゃ何だ?」
俺が声を出すとリンネが頭の上に飛び乗ってきた。落ちるなよ。タロウもすぐに起き上がる。
「煙なのです。あそこに誰かが住んでいるのです」
「ガウガウ」
リンネの言う通りだろう。場所をしっかりと覚えないととバルコニーから何枚もスクショを撮る。水の街から見ると大きな湖から川に入ったところ、右手の森の奥だ。方向で言うと森の街から北東の方角になる。水の街は森の街から東の方向になるので水の街からは北西の方向だ。
あの辺りまでは流石に情報クランや攻略クランは攻略していないだろうな。途中から船での攻略に切り替えているし。
船は時間通りに森の街の桟橋に着いた。船から降りたのは俺たちだけだった。降りると桟橋にいるNPCのおっちゃんに声をかける。
「水の街から船に乗っていたらちょうど湖から川に入った所の森の奥で煙が立ち昇っていたのが見えたんだよ」
「ああ、あれか。お前さん達が見たのは窯から立ち上る煙だろう。あそこは土の街と言ってな、同じ森の中なんだがあの辺りは土の質が良いらしいんだよ。だからここらと違ってあの街じゃ建物は皆レンガでできているそうだ」
いきなりとんでもない情報が入ってきたぞ。
「主、土の街に出向くのです。タロウとリンネがお供するのです」
やりとりを聞いていたリンネが頭の上から言った。タロウもやろうと体をグイグイと押し付けてくる。
「いや待て。流石に俺たちだけじゃ厳しいぞ」
「あんたの言う通りだ。あそこに行くには森の中を進んでいくしかない。いくら優秀な従魔と一緒でもこのメンバーだけじゃ厳しいぞ」
やりとりを聞いていたおっちゃんが言った。
これは情報クランと攻略クランに言わねばなるまい。俺たちは森の街の外に出るとそのまま転移の腕輪で自宅に戻ってきた。ランとリーファが早速お出迎えしてくれる。
クラリアとスタンリーにメッセージとスクショを送ってから畑の見回りをしているとクラリアから通話が来た。
「すごい情報ね。タクは今開拓者の街の自宅ね。これからいつもの4人でお邪魔するわ」
「ほい、待ってるよ」
ビニールハウスの見回りも終えて4体の従魔達と縁側で休んでいるといつもの4人が家に入ってきた。
「閉塞している局面を打開するのはやっぱりタクだったな」
挨拶を終えるなりスタンリーが言った。
「偶然だけどな」
「その偶然がタクの場合はとても多い。運がいいんだろう」
スタンリーが言うと他の3人がタクは当たりIDだからねと言う。それ都市伝説だよ。
4人が揃ったのでもう一度水の街から船に乗って移動していた時の話をする。
「なるほど。あの船は往路と復路で違う景色を見せる様になっていたのか」
トミーが感心している。
「普通なら船は単なる移動の手段。景色を見ると言ってもすぐ飽きちゃうし、しかも水の街から船で森の街に移動するなんて考えない。盲点だったわね」
「船での移動となると丸1日潰れるしな」
情報クランの2人も同じ様に感心した声だ。
「スタンリーらが移動した時は小さな木工船だった。だから森の木に隠れて見えなかったんじゃないかな」
「あるいは夜だったか。いずれにしてもあの客船に乗って水の街から森の街に向かわないと見つからない仕様になっているのね。しかもあの場所を通る時に外を見ていないといけない」
クラリアの説明にそうだろうと頷く他のメンバー。
「スクショを見る限りだと森から湖に出る手前を北に進んだ場所だな」
「その近くまで船で移動したとしても、そこから結構距離がありそうね」
「森の街から行くルートがあるはずよ。船を使う前提にはしていないはず」
「言われてみればそうか、そうだよね」
こうなると俺の出番はなくなる。4人が話し合いしているのを膝に乗っているリンネを撫でながら聞いている俺。タロウは興味がないのか精霊の木の根元、いつもの場所でゴロンと横になっていた。ランとリーファは俺の船に乗っている。
「その森の中の煙という言葉がトリガーになって森の街のNPCが教えてくれたのね。となると水の街の港中洲のNPCにも聞いてみないと」
クラリアはそう言うと端末を手に取ってクランメンバーと話を始める。メンバーの1人にスクショを転送してそれと俺の話を港中洲のNPCに話をして反応を聞いてほしいと指示を出していた。クラリアというか情報クランのフットワークの良さは相変わらず凄いよ。
「土の街か。同じ森でも地面の土の質が違うという話だよな。川が流れていてそれが土の質が変わるサインになっているとか」
「十分にあり得る設定だな」
スタンリーとトミーがそんな話をしている。
「いずれにしても土の街、ここが当面の攻略ポイントね。ひょっとしたらそこからエリアボスに繋がる情報が手に入るかもしれない」
そんな話をしているとクラリアの端末が鳴った。端末を耳に当てて報告を聞いているクラリア。ありがとうと通話を終えると俺達に顔を向けた。
「予想通りだったわ。港中洲にいるNPCに話をしたらそれは土の街だろうという言葉が出たの。そして土の街に行くには水の街から行くルートはなくて森の街からしか行けないみたい」
「つまり森の街は水の街と土の街の2つの街に向かう分岐点になっていたのか」
俺がそう言うとそうなるわね。とクラリア。”Y”の字の下が森の街で右上が水の街、そして左上が土の街。こんな感じかな。
「主、リンネもタロウもいつでも行けるのです。煙が出ていた街に早速向かうのです」
「うん。でもいろいろ準備が必要だ。あそこには向かうけど今じゃないぞ」
今すぐにでも行きたそうなリンネだ。タロウを見ると尻尾を振ってこっちもOKだ、今すぐ行こうぜと言っている様だ。だからちょっと待て。
「タクの言う通りに準備は必要ね。かなり奥になるからレベルも高いでしょうし」
その後の打ち合わせで転移の腕輪を持っているパーティで行こうということになる。万が一の時に戻れるというのは攻略において必須だよね。気持ちが楽になる。
転移の腕輪は俺が1つ、情報クランが2つ、そして攻略クランが1つ持っている。つまり3パーティと俺たちだ。
メンバーの選定やインできる日程のすり合わせをすることになった。俺はいつでもOKだと言ってある。
「森の街からのルートだけどあの西門から出た先にある釣り池をぐるっと回ったら北東に進む道があるんじゃないかしら」
クラリアが言うとその可能性は高いな。土の街を探しに行く時はあの池から探索を開始することになる。