夜釣り
この日は昼前から夕方まで水の街の外で経験値を稼いで街に戻ってきた俺たち。レベルは上がらなかったがそれなりの数の敵を倒したのでタロウとリンネも満足気な仕草をしている。
「主はこれからどうするのです?お休みするのです?」
水の街の商業中洲の通りを歩いているとタロウに乗っているリンネが聞いてきた。夕方は活動を終えたプレイヤーで商業中洲は賑やかだ。最近は虎や狼を連れて歩いているプレイヤーも珍しくなくなっていた。フェンリルと九尾狐を連れて歩いているプレイヤーは珍しいけど。
「夕食を食べたら釣りをしようと思ってる。釣りギルドの人が言っていただろう?大きな魚は夜に釣れたって」
釣りをする、つまり船に乗れると聞いてタロウが尻尾をブンブンと振り、リンネは何故かタロウの背中から俺の頭の上に飛び乗ってきた。
「お船に乗って大きなお魚さんを釣るのです」
「その通り。釣れるかどうかわからないが頑張ろう」
「主なら出来るのです。主にできない事はないのです」
「ガウガウ」
リンネがそう言うとそうだと言わんばかりに尻尾を振りながら吠えるタロウ。相変わらずこの2体は俺に対する評価が高い。
夕食を終えると俺たちは港中洲に足を伸ばした。桟橋には人族と狼人のNPCのおっちゃん二人が立っていた。ゲームだからな。きっといつもこの場所にいるんだろう。
「夜釣りかい?」
狼人のおっちゃんが聞いてきいた。
「そう。いいかな?」
「もちろん。前にも言ったけどブイの方にはいかないでくれよ」
わかったのですとリンネが答えている間に俺は端末の収納から木工船を出して浮かべる。俺が乗って、その後にタロウとリンネが乗ったところで人族のおっちゃんが桟橋から話かけてきた。
「夜釣りってことはレインボーフィッシュ狙いか。滅多に釣れないらしいからな。腰を据えて頑張るんだな」
「わかった、ありがとう」
「行ってきますなのです」
夜に船を出すといっても真っ暗じゃない。桟橋には煌々と灯りが付いているしそれぞれの中洲にある街灯が水面を明るく照らしている。
俺たちは船を湖から中洲のある川に入ったところまで移動させるとそこで大物用の竿を取り出すと川に投げた。ルアーが川の中に落ちると竿を動かしてルアーを川の中で泳がせる。あとは待ちだ。
「大きな魚は滅多に釣れない。だから釣れなくてもしょんぼりすることはないぞ」
竿を動かしながら水面を見ているタロウとリンネ。
「主はやってくれるのです」
「嬉しいけど今回は時間がかかりそうだよ。のんびりやろう」
「わかったのです。のんびりやるのです。タロウもリンネも主のお船に乗るのが大好きなので問題ないのです」
従魔達にそう言われて気が楽になったよ。川が緩やかに流れているのでその流れに任せて船が移動して、釣りのポイントが移動していくが全く当たりが来ない。
滅多に釣れないと言っていたから釣れないのは仕方がないのだがそれでも面白くない。釣りに来たら魚を釣り上げたいじゃない。
1時間ほど大物竿を垂らしていたが全くダメだったので竿をいつもの中型、小型用のにかえた。するとすぐに当たりが来た。
「釣れたのです。お魚さんが釣れたのです」
「ガウガウ」
それまで黙っていたタロウとリンネだが魚が釣れると大喜びだ。2体とも尻尾をブンブンと振っている。もちろん俺も嬉しいよ。大型は無理だったけど中型の魚を何匹か釣り上げて俺たちは桟橋に戻ってきた。
「釣れたかい?」
桟橋に上がったところでおっちゃん達が聞いてきた。
「大型はダメだった。中型を何匹か釣ってきたよ」
「大きなお魚さんはお休みの時間だったのです。いなかったのです」
「そうだな。休んでいたんだろうな」
おっちゃん達とのやりとりを終えるとその足で港中洲にある釣りギルドに顔を出して釣った魚を買い取ってもらった。
「レインボーフィッシュがそう簡単に釣れたら幻の魚にならないだろう?気長にやるんだね」
「そうしますよ」
釣りギルドを出て商業中洲に移動する。街灯や店の灯りで夜とは思えないほどに街が明るくて賑やかだ。プレイヤー達も街の中を歩いている。滅多に夜の街を歩かない俺には新鮮な景色だ。
「タクが夜街を歩いているのは珍しいな」
後ろから声がして振り返ると情報クランのトミーだ。一緒にいるのはクラリアではなくてパラディンのリックだ。二人を見て隣を歩いているタロウが尻尾をブンブンと振る。俺の頭の上に乗っていたリンネが言った。
「主は今まで釣りをしていたのです」
「ほう、夜釣りか」
通りを歩きながら俺は釣りギルドで聞いた話を二人にする。
「なるほど。大物狙いだったんだな」
「滅多に釣れない魚らしいからね。気長に釣るよ」
二人は遅めの夕食の帰りらしい。情報クランは森の街の郊外にある木のダンジョンを攻略している組と水の街の周辺を探索している組に分かれて活動をしているそうだ。
「ダンジョンの方は10層を攻略中。クラリアが転移の腕輪をそっちのパーティに貸しているので彼らも動きやすいだろう」
転移の腕輪があるとないとでは本当に活動範囲が変わるよ。帰りを気にしなくても良いというのは大きなメリットだ。
一緒に歩いてそのまま水の街にある俺の別宅にやってきたトミーとリック。周囲の探索をしていると上級レベルが19に上がったらしい。庭に出るとマリアがやってきた。彼女も遅くまでインしているみたいだ。
「そろそろ落ちようかなと思ってたところだったのよ。タロウがいるのなら撫でてからログアウトしないとね」
彼女なりのルールがあるらしい。タロウを見て無視はできないんだとさ。タロウを撫で回しながらマリアが自分達も19になったと教えてくれた。先行組は順調だな。
「タクが言っていた20に上がったら装備や武器が更新できるかもしれないってのを確認したいしね」
「そうだと決まった話じゃないよ」
そこはきちんと言っておかないと。俺がそういうとこの場にいた3人がそれは分かってると口を揃えて言った。
「上級レベル20で何もなかったらなかったで構わないんだよ。25かもしれない30かもしれない。そうやって検証していくんだから。それで20で装備が更新できるとなれば今後の攻略が変わる。ということで攻略クランも俺たちもレベル上げに勤しんでいるって訳だ」
「そうそう。20まで上げてそこでどうなるかだな。今後の方針は20に上がった所で決まるだろう」
トミーに続いてリックが言う。情報クランも攻略クランも水の街の次の街はそう簡単には辿り着けない様にしていると考えているらしい。森の街から水の街が見つかったタイミングが早いのがその理由だそうだ。
「この試練の街があるエリアはかなり広い。街以外の森の中にも他に何かあるかもしれない。実際に印章NMフィールドも見つかっているしフィールドを徘徊しているNMもいる。ダンジョンも見つかった。もっと探検しろってことなんだろうと見てる」
トミーがいうと二人も頷いている。
「タクはどうしてるの?」
「適当に外で敵を倒して、あとは釣りかな。まぁ今まで通りだよ」
「主はお魚釣りの名人なのです」
俺が言ったあとで頭の上に乗っているリンネが言った。頭の上に乗っているリンネを抱き抱えて膝の上に乗せると7本の尻尾をブンブンと振ってくる。そのリンネの背中を撫でながら言う。
「名人ではないと思うけど、ここは魚がよく釣れるよ。釣りギルドに入ったので釣った魚を買い取ってくれる。小遣い稼ぎにもなるよ」
「そうらしいな」
情報クランや攻略クランのメンバーでも釣り好きなメンバーはこの街の釣りギルドに登録したらしい。活動のない時間に桟橋から釣り糸をたらせているそうだ。この2つのクランは先行組だが毎日朝から晩まで活動をしている訳じゃない。リアルの都合を優先しているしちゃんとメンバーがプライベートでゲームを楽しめる時間も作っている。そのプライベートの時間に釣りをしたり、テイムした従魔達と遊んだりしているらしい。
ちなみにマリアはプライベートの時は女性プレイヤー同士で街にある喫茶店に行って話をすることが多いのだそうだ。
「いろんな情報。ゲームだけじゃなくリアルの情報とかも交換してね。クラリアも来るわよ。気分転換にいいのよ。攻略ばかりだと飽きちゃうでしょ。プライベートがあるから攻略も頑張れるって感じ」
「なるほど」
俺が前にやっていたゲームからは想像もつかないよ。先行組が複数組いて常に競争をしていた。相手よりも少しでも長い時間活動して前に進む。それが先行組、攻略クランだった。インしていなくてもラインでガンガンスケジュールが入ってくる。5回欠席すると除名という決まりもあった。その当時はそんなもんだと思うと共に俺たちはゲームの先頭を走ってるんだという自負というか自慢というか。それだけでゲームをやっていた気がする。
あのゲームをやめてこのPWLを始めて正解だった。改めて姉と義兄に感謝だ。