水の街
1時になると汽笛が鳴って船がゆっくりと動きだした。と同時に強制的に個室に戻された俺達。俺が部屋にある大きな窓を開けるとすぐにタロウとリンネがバルコニーに出てそこに座って風を浴びながら川面や向こうの森を見る。
「主、この場所は気持ちが良いのです」
「そうか。じゃあ俺も座ろう」
部屋の椅子をバルコニーに置いて座る。確かに風が気持ちよくてそして景色がいい。今までの木工船よりもずっと高い場所から川や森を見ることができる。相変わらずゲームとは思えないほどにリアルなんだよな。
「これは快適だな」
「快適なのです」
「ガウガウ」
大きな船は船側も高いので魔獣の魚が甲板に飛び込んでくることもなさそうだ。そしてスピードも速い。当然だよな。櫓やオールで漕いでいる小船と一緒にするなって話だよ。
船は出航してしばらくすると川から大きな湖に出た。
「主、森が無くなったのです。ここは大きな池なのです」
「ここは湖と言って池よりもずっと大きいんだぞ」
「凄いのです。初めてなのです」
感激しているリンネ。タロウもガウガウと言いながら尻尾をブンブンと振っていて2体並んでバルコニーから湖を見ている。そうやって見聞を広げていくんだ。
俺はしばらくすると部屋に戻ってのんびりするがタロウとリンネは飽きもせずに並んでバルコニーから湖を見ていた。さすがに日が暮れると部屋の中に戻ってきた。個室はパーティメンバーが余裕で入れる広さがあるので俺と従魔2体なら広すぎるくらいだ。
ベッドに横になるとリンネがベッドの上に上がってきて俺の足の間に体を入れて顔を太ももの上に置く。タロウはベッドのそばの床の上でゴロンと横になっていた。
目的地の水の街の冒険者ギルドで転送盤を登録すれば次からは船に乗らなくでも移動ができるが個人的にはたまには船でのんびりするのも悪くないなと思うほどに快適な船旅だ。
翌日の12時に船は定刻に水の街の桟橋に接岸した。
個室を出るとそこは船の乗降口で目の前に桟橋まで伸びているブリッジがあった。
「新しい街に着いたぞ!」
「ガウ」
「着いたぞ、なのです。主、まずはどこに向かうのです?」
ブリッジから降りるとそこは桟橋と船の待合所の様な建物や倉庫がある中洲だった。建物の中を抜けるとその先に次の中洲に渡る橋が見えていた。
「まずは冒険者ギルドに行って転送盤を記録する。それからテイマーギルドとこの街の宿を探すんだ」
「分かったのです。参るのです」
そういうとタロウの背中から俺の頭の上に飛び乗ってきたリンネ。他のプレイヤー達もいて一応に皆小走りというか急いでいる様に見えるがこっちはソロだし決まった予定がある訳でもない。左右の景色を見ながらのんびりと歩いていく。
2つ目の中洲は大きくてここに冒険者ギルドの建物があるそうだ。というのは街の中にいるNPCのおっちゃんに聞いたんだよね。そのおっちゃんはドワーフで露店をやっていたんだよ。店で鹿の肉の串刺しを1本買った時に聞いたら教えてくれた。
「この中洲が水の街の中心になるんだよ。商業中洲と呼ばれていて大きな中洲になっていてたいていの建物や店はここにある。それ以外は今あんたがやってきた船が着いたのが港中洲、他に居住中洲や公園中洲らがあるんだ」
「中洲から森の中にいく道というか橋はあるのかな?」
「あるよ。森の街じゃなくて奥に行く道が伸びている。ただ危険だって話だ」
強い魔獣が徘徊してるってことだな。
俺はありがとうとお礼を言ってまずは冒険者ギルドを目指した。同じ船で着いたプレイヤー達がギルドの前に集まっていた。これからの行動について相談しているんだろうな。ギルドに入ってきた俺たちを見てくるがもう慣れたよ。
ギルドでの転送盤の登録が無事に終わると今度は市内の探索だ。マップ作成クエストを受けて市内をうろうろしてテイマーギルド、そして店の確認をしないといけない。新しい街に来たらこれは必須だ。
大きな商業中洲だけど今までの街よりは小さい。今回は比較的早い時間でテイマーギルドを見つけることができた。
「こんにちは」
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
今回は俺が一番早く挨拶できたぞ。扉を開けて中に入るとカウンターに座っていた猫人の2人が立ち上がった。相変わらずテイマーギルドの受付は猫人、ぶれない。
「タクさんと従魔さん達、いらっしゃい」
ここのテイマーギルドの受付嬢はライアさんとスーザンさんという2人だ。
「フェンリルのタロウ、九尾狐のリンネ。2体は元気に育っていますか?」
俺が聞くと2人がカウンターを回ってこちらに近づいてタロウとリンネを見る。
「2体とも立派に成長していますね」
「どちらも元気ですよ」
2人の受付から聞いてほっとする俺。タロウは尻尾を振っていてリンネは2人の受付嬢の顔を見ながら言った。
「リンネはいつも元気なのです。タロウとリンネは良い主に育てられているのです」
「本当ね。素直に育ってますよ。良い人でよかったね」
俺の従魔への接し方が間違っていなかったと分かって一安心だよ。
「この街で従魔と一緒に泊まれる宿はありますか?」
「居住中洲に試練の街と同じく別宅があります。そこを買えば外から自宅に直接飛んでこられますよ」
おっ、この街には別宅があるんだ。それは買わないとな。
「主、この場所でも家を買うのです。タロウとリンネは主と一緒に住むのです」
「もちろん。俺もそのつもりだよ」
不動産屋さんは居住中洲にあるというのでまずはそこを目指す。タロウは隣、リンネは頭の上と定位置だ。
不動産屋さんの事務所は居住中洲に繋がっている橋を渡ったすぐのところにあった。早速現物を見に行きましょうというドワーフの担当者と一緒に歩いていくと同じ様な建物が並んでいるエリアに来た。試練の街の別宅は白で統一された家屋だったがこちらは森の街と同じく木で組まれたログハウス風の建物が並んでいる。家の大きさは試練の街の別宅と同じくらいで中に入って見ると間取りもほぼ一緒だ。
「ここは良いお家なのです」
「ガウガウ」
別宅と同じく庭があるのを見つけたタロウとリンネ。早速庭で2体で遊んでいる。不動産屋さんによるとこの別宅は2,000万ベニー。それに転送盤代として100万。合計で2,100万ベニーだそうだ。家の代金が試練の街よりも少し上がっているが端末を見るとなんとか払える金額だ。聞くと試練の街で設置していある自宅の転送盤が利用できるのでここではこの別宅に転送盤だけを設置すれば良いらしい。転送盤が1つで良いから100万ベニーなんだな。
「さっきの船で多くのプレイヤーさんが来ましたけどみなさんお金が足りないと言うことで売れたのはまだ2軒だけなんですよ」
不動産屋さんにお金を振り込むとドワーフのおじさんが教えてくれた。
試練の街のエリアに来て以降金の出費が半端なく多くなっているのは分かる。開拓者の街で自宅を買ったプレイヤーは次に試練の街で別宅を買う。そして試練を受けるために85装備を揃える。それだけでも結構な金額になる。さらに上級レベルが10を超えるとまた新しい装備を揃えなければならない。
俺の様に農業で安定した収入があり、アルバイト的に情報クランから情報料をもらっていれば別だが多くのプレイヤーはクエスト代金やアイテムの店売りくらいしか収入源がないんじゃないかな。上級レベル10以上の装備もまだ揃えることができないプレイヤーが多いんだろう。
今は多くのプレイヤーが森の街でレベル上げと金策をしている、その時に新しい街が見つかったという情報が出た。とりあえず来て登録だけしておこうとこの水の街までやってきたが別宅を買うお金が足りてないということか。
予想通りというか当然というか、この街の別宅を買ったのは情報クランと攻略クランだった。彼らは別宅エリアの入り口、通路を挟んだ左右の建物を買ったので俺は攻略クランの隣の別宅を買った。マリアのことを考えるとこっちがいいだろうと思ったんでね。
不動産屋さんにお金を払って別宅は俺たちの物になった。俺は早速庭のウッドデッキに転送盤を設置する。タロウとリンネが転送盤を設置している俺の近くに寄ってきた。
「これは試練の街にある転送盤と同じだ。今設置したからこれでここから自宅か試練の街の別宅かどちらか好きな方に飛ぶことができるぞ」
「主、早速やってみるのです」
リンネもタロウも尻尾をブンブンと振っている。
「オッケー。まず俺が自宅に飛ぶから後から来るんだぞ」
そう言って自宅に飛んだ俺。すぐに転送盤にタロウ、リンネと現れた。これでばっちりだ。昨日は船で夜を過ごしたので自宅は1日ぶりとなる。縁側に飛ぶと木の枝に座っていたランとリーファが縁側に飛んできた。
しばらく彼らを撫でてやってから俺は縁側から立ち上がった。
「まずは畑の見回りからやろうか」