大きな船に乗って新しい街に行こう
俺はルーティーンの畑の見回りを終え、隠れ里に持っていくポーションを自宅の工房で合成していると端末が鳴った。
「主、お電話なのです」
「ありがと」
俺の合成をじっと見ていたリンネが言った。タロウは精霊の木の根元でお昼寝をしておりランとリーファは俺の船の上に座っている。リンネだけがいつも律儀に俺の合成をそばで見てくれている。
通話はクラリアからだった。時間があったら森の街に来ないかというお誘いだ。何でもスタンリー達が新しい街を見つけたらしい。俺は行くと答えるとポーション合成を中断してタロウとリンネで森の街に飛んだ。
ギルド経由で森のコテージエリアに入ると大きなコテージ、情報クランのオフィスの前にいつもの2人が立っていた。
「タクのコテージで話をしましょうか」
「そうだな。そっちの方が落ち着いて話ができる。情報クランのオフィスは人の出入りが多いんだよ」
挨拶を交わした後でクラリアがそう言った。俺は全然構わない。
そのまま俺のコテージに入ると庭のウッドデッキに出る。タロウとリンネは早速庭で2体で遊んでいる。遊んでいるのを見ているとまだまだ子供だな。
クラリアとトミー、そして俺が庭にあるテーブルの椅子に座るとクラリアがスタンリー達攻略クランが無事に新しい街、水の街に着いたという話を聞かせてくれる。途中のサハギンNM戦のことも含めてかなり詳しく教えてくれた。
「スタンリーはもう水の街に戻ってるの。攻略クランで市内を探索するって言ってたのよ。タクには木工船を作ってもらったから本当は直接お礼を言わないといけないんだけど向こうの街で攻略クランメンバーが待っているからって言伝を頼まれたのよ」
「相変わらずというか律儀だな」
「それだけタクには世話になったと思っているんだろう」
俺はヘンリーと2人で船を作っただけなんだけどね。
情報クランも詳細までは聞いていないが水の街は大きな川の中にいくつかある中洲を橋で繋いで街にしているらしい。
「具体的な報告はまた来るとは思うのよ。それより定期船が再開されればその船に乗って水の街に行ける。ということでこっちでも船の情報が取れないかとこの街の桟橋に行って、そこにいるNPCに聞いてみたの」
流石に情報クランだ。動きが早いな。
「なるほど。で、どうだった?」
俺が聞くとトミーが答えてくれる。
「明日から再開すると言っていた。桟橋にいたNPCによると定期船は大きくて馬力があるのでこの街と水の街との間を1日で移動するらしい。今日向こうを出て明日この街に着く、そして船は水の街に2隻あるらしいんだよ。だから明日からは毎日1便で運行するという話だ。乗船料は1回2,000ベニー」
情報クランは新しい街の情報とその街に向かう船の予定をプレイヤーに開示するらしい。もうすぐ発表するということで今メンバーが情報開示の準備をしているそうだ。
「船に定員があるのかどうかは知らない。ゲームだから全員乗れるという見方もあるし定員を厳密に守るという事もあり得る」
乗れなかったらまた待てば良いだけの話だ。1日1便なら急がなくてもいいかな。船賃も妥当っちゃ妥当なんだろう。
「主、大きな船に乗るのです?」
タロウと庭で遊んでいたリンネには俺たちのやりとりが聞こえていた様で、タロウと2体で俺の近くに寄ってくるなり聞いてきた。
「人が沢山いたら最初の船には乗れないかもしれないけど、大きな船に乗って新しい街に行こうと思ってるよ」
「タロウとリンネも一緒に行くのです」
従魔が乗れるかどうかは分からないが行くならもちろん一緒だ。俺がそういうと隣にいるタロウもいつの間にか頭の上に乗っているリンネも尻尾をブンブンと振る。試練の街に来てからは常に従魔達と一緒にいるからこのエリアでは一緒に船に乗られるとは思うんだけどな。
クラリアとトミーはこれからこの情報を売りに出す準備があると自分たちのコテージ兼オフィスに戻って行った。
せっかく森の街にいるので2人と別れた後、桟橋に足を向ける。もちろんタロウもリンネも一緒だ。桟橋にはいつものNPCのおっちゃん2人がそこに立っていた。
「定期船が復活するって聞いたんだけど」
俺がそう言うとそうなんだよと2人のおっちゃんが俺の方を向いた。狼人のおっちゃんが話してくれる。
「明日の12時にこの桟橋に来る。出港は1時だ」
「乗船券とか買う必要はあるのかな?」
「プレイヤーはいらないぞ、船に乗るときに勝手に乗船料が引き落とされる。あんたの場合は従魔が2体いるから全部で6,000ベニーになるな」
なるほど。従魔も住民扱いだから当然乗ればお金はかかるわな。6,000ベニーなら全く問題ない。お礼を言って桟橋から離れた俺たちは今度は街のシーナさんの忍具店に顔を出してそこでも定期船の話をする。
「プレイヤーが湖の強い魔獣を倒したらしいね。おかげで定期船が復活して物の交流が盛んになるよ」
スタンリーらの攻略クランならやるだろう。レベルは高いし装備が良い。そして何よりPSの高い連中ばかりだ。
「森の街と水の街の間は船しかないの?」
「もちろん森の中を進んで行けばいずれは水の街には着ける。ただ森には道がない。そして森に住んでいる魔獣のレベルが高い。休む場所も無いって聞いてるよ。昔から船を利用して行き来してたからね。道を作ってないんだよ」
まさかの船しかないルートだったのか。俺が黙っているとシーナさんが言った。
「タクと従魔達でもここから森を通って水の街に行くのは厳しいだろうね。森の中を通ると5日から6日、下手すりゃ1週間以上かかるかもしれない。無理だろう?」
「確かにそれは厳しいな」
「休む場所が無いってのも昔から言われてることでね。ひょっとしたらあるかも知れない。でも見つからなかったら終わりだね」
シーナさんの言う通りだ。ただ探検してみたい気はする。とりあえずは水の街という新しい場所に行って様子を見ながらこっちのレベルを上げて、それからまた考えよう。
礼を言って彼女の店を出た俺たち。船が出るのは明日だしせっかく森の街に来ているんだからと外で魔獣でも倒すかというとタロウとリンネが尻尾をブンブンと振って賛同してくれる。戦闘大好き従魔達だからな。
この日はレベルは上がらなかったがそれなりの数の魔獣を倒してタロウもリンネも満足した様だ。明日の船の移動を考えてこの日はコテージで泊まることにする。
翌朝11時頃に桟橋に出向くと結構な数のプレイヤー達が列を作って並んでいた。そして俺たちの後ろにも続々とプレイヤーが集まってくる。皆情報クランから情報を買ったんだろう。タロウとリンネは指輪でリターンさせて水の街で呼び出すということもできるんだけど試練の街から常に一緒にいるからリターンさせるのは可哀想な気がしてね。それに当人達も船に乗る気満々だし。先頭はどうなってるのかなと見れば見慣れた顔、情報クランの連中が並んでいた。
桟橋には大きな船が接岸されていた。50人以上は乗れそうな大きな船だ。ただ乗船待ちの列を見ると100名程はいる。全部乗れるのだろうか。俺の隣にタロウ、俺の頭の上にはリンネ。2体とも大人しく列に並んでくれている。
「タロウちゃんよ」
とか
「リンネちゃんだわ」
とか言っている女性プレイヤーの声が聞こえてくる。目立っているのは間違いないからね。俺の名前を言われないのはもう慣れているから気にならない、大丈夫だよ。
12時になって乗船が始まった。乗船のために桟橋と船の間にかかっているブリッジを渡って船に乗った瞬間に脳内にアナウンスが来た。
(3名分、6,000ベニーを支払いました)
中に入るといきなりそこは5人用個室になっていた。おそらくパーティごとに個室が割り当てられるのだろう。サーバーに負荷をかけないためかな?タロウとリンネは他に誰もいないのをみて大喜びだ。部屋には扉と反対側に窓がありそこを開けるとバルコニーがあって船の外が見える様になっていた。
「貸切なのです」
「ガウガウ」
「パーティ毎に部屋割りされているのかな?」
個室のドアを開けようとすると目の前にロビーに出ますか?下船しますか?という選択肢が出る。ロビーに出ますか?を選択してドアを開けるとそこは広いロビーだった。多くのプレイヤー達が集まっていた。彼らの話を聞いていると予想通りパーティ事に個室を与えられている様だ。
「タクも無事乗れたみたいだな」
その声に振り返るとトミーとクラリアが立っていた。彼らも5名単位で個室を与えられたらしい。知り合いを見てタロウはブンブンと尻尾を振り、リンネはこんにちはなのですと2人に挨拶をする。
「1日かかるということだ。個室でリラックスしてくれということだろう」
情報クランによると乗船希望者は皆無事に乗船出来たらしい。この辺はゲームだから上手くやるよね。ただこのロビーは船が出航するまでの間しか使えないらしい。船が港を出ると強制的に部屋に戻されるそうだ。
「サーバーに負荷がかからない様にしているんでしょうね」
俺が思っていたことと同じことをクラリアが言った。