#007 夢の中で君を抱きしめる
民衆も満足げな顔で、カレーライスを次々と平らげている。
そして、グロリアさんの料理の凄いところはここからだ。
「むにゃむにゃ……ライア、余はなんだか眠くなってきたぞ」
アリシアが突然ウトウトし始めたかと思えば、
俺の膝上に頭を置いてすぐに寝むってしまった。
辺りを見渡すと、料理を平げた人が次々とその場に倒れていく。
これは決して危険な状態、というわけではない。
グロリアさんの料理には、人体へ十分に栄養を摂取させ、
後はゆっくり眠るだけで凄まじい回復力を発揮させる効力があるのだ。
それこそ瀕死の重傷を負った怪我人が沢山いるこの避難所において、
目覚めた頃には皆、一人残らず完治していることだろう。
「お疲れ様です。やっぱり凄いですね、グロリアさんの魔術は……」
皆が寝静まった後、調理を終えたグロリアさんに声をかける。
「いえいえ、何度も言ってるでしょう? ライアさん、貴方が魔戦術を扱えるようになればきっと、私なんかよりもよっぽど強い能力が発現するはずです」
微塵の疲れも見せずに答えるグロリアさん。
「だって、貴方はアリシア様の一番の下僕なのですから」
そう、グロリアさんと俺が話していると、
「うぅ……ライア、どこだ……早く、きてくれ……余は、ここに……」
アリシアが辛そうな顔で寝言を呟いた。
「おっと、ごめんなさいグロリアさん」
「ええ。私が見張りをしておくので、ライアさんは、ライアさんにしかできないことをお願いします」
言って、笑顔でその場を離れるグロリアさん。
調理を終わらせたばかりなのに、またすぐ見張りまで、か。
「まったくあの人には敵わないな……っと、先にアリシアを……」
アリシアの体を優しく支えながら、その横で寝そべる俺。
俺とアリシアは魂でリンクしている。
だからアリシアがうなされてる悪夢の中に入ることができるのだ。
グロリアさんのおかげで、目を閉じればすぐに眠れてしまう。
ゆっくりと意識を闇の中へと沈めていき……
……少しずつ聞こえてくる、アリシアの声。
視界の先に、ただひたすらに大粒の涙を流すアリシアが見えてきた。
これが嘘偽りのない、アリシアの本心。
「どうして、どうしてみんな余を置いていく……」
年相応の子供のように泣きじゃくるアリシア。
「ライアも、グロリアも……”父上”も……」
「……」
アリシアの父親、先代魔王様は既に亡くなっている。
母親はアリシアが顔すら見る前にいなくなってしまったそうだ。
そんなもん、泣きたくなるに決まってる。
アリシアは魔王である以前に、ただの女の子なんだ。
「もう、どうすればいいか分かんねぇよな」
俺だって実の父親に裏切られて、むごたらしく殺されてるんだ。
腹は立つし、悲しいし、憎しみに押しつぶされそうになった。
ずっと心がモヤモヤしていた。
いつまで経っても、それを晴らす方法が見つからないでいる。
アリシアだってそうだ。
何をどうすれば分からないから泣いているんだ。
「今は泣いていい、それでいいんだ」
言って、アリシアを優しく抱きしめる。
俺にできること、それはアリシアの側にいること。
というか、俺にはこんなことしかできないんだ。
「俺もお前と一緒になって笑ってやる、泣いてもやる。俺はずっと、お前の側から離れないから……」
ふと、アリシアに抱きしめ返されるのを感じる。
震えた手で、しかしどこか力強く俺の体に縋りつくアリシア。
「ありがとう、ライア……」
俺は目覚めた後も記憶がハッキリしているが、アリシアがここで起こった出来事を覚えているかは分からない。
普段のアリシアは絶対に弱音を吐かないからだ。
本心ではこんなに怯えているのに、態度には毛ほども表さない。
それがアリシアの強いところであり、脆いところでもある。
俺にはただ、この脆さがどうしようもなく綺麗に見えた。
同情、とは少し違うかも知れない。
俺はただ、全てを知った上でアリシアを愛しているのだ。
だから俺はアリシアのために何でもする。
アリシアが涙を流さなくて良い世界を作る、ってのが俺の目標かな。
「大好きだ、アリシア」
ともかく今は君を抱きしめよう。
それが一時の夢に過ぎなくても。
君の隣で笑い続けよう。
ずっと君の笑顔を見続けていたいから。
…………。
………………。
気がつくと、俺はいつの間にから眠りから覚めていた。
どうやら辺りを見渡しても、目を開けているのは俺だけのようだ。
「あんまり疲れてなかったからかな……グロリアさんの料理の効果は出ているみたいだし、一安心……っと」
すぐ横で眠っているアリシアを確認する。
「むにゃむにゃ……ライア、余は嬉しいぞ……もっと褒めるが良い」
気持ち良さそうなトロケ顔ですやすや眠るアリシア。
「良かった、アリシア様も落ち着いたみたいですね」
そこへ現れるグロリアさん。
アリシアの寝顔を優しく撫で、安心したように続ける。
「ずっと寝る時は辛そうだったのに……こんなに穏やかな顔でアリシア様が眠るようになったのは、ライアさんと出会ってからなんですよ?」
そう語るグロリアさんの表情も、実に晴れ晴れとした良い笑顔だった。
「そう、ですね……」
俺はこの人たちの笑顔を守りたい。
改めて、強くそう思った。
たとえ世界が君を悪と呼ぼうと。
俺だけは必ず、君の隣に立ち続ける。
*
死傷者こそ少なかったものの、甚大な被害を受けた街。
ほとんどの建物は倒壊し、インフラは破壊された。
復興にはかなりの時間を要することだろう。
しかし、この街を襲う悲劇はこれだけでは済まなかった。
積み上がった瓦礫の上。
二人の男が崩壊した街の有様を見下しながら、嘲笑う。
「いいねこのザマ、笑えるだろ?」
その内の一人、渋い顔でサングラスをかけた男が言う。
「あの魔獣人ども、人間の街一つ潰せず犬死にたぁ情けねぇこった」
「で……でもよ、感じるんだ……」
もう一方の、ボロ布を全身に覆った小男が掠れた声を出す。
「いる、この街に……魔王様、が……」
「マジかよ、ドンマイ! 贄の第一号おめでとさん!」
小男の背中をバシバシと叩きながら男が言う。
「だが、お前が”魔王の座”を奪い取れば話は別だ。つーか、お前が生きるにはそうするしかねぇんだろ?」
「……ああ、やるよ。やってやる……」
気合を入れたように瓦礫の山から飛び降りる小男。
「気をつけて行けよー!」
それを見送るサングラスの男。
「魔獣でも人間でもいい、死肉を貪り魂を喰らえ! そうして我らが王様の”黒き魂は”……より深く、輝きを増していく」