#003 魔王、アリシア その1
──まず、俺が死んだ後の出来事について語ろう。
見覚えのない真っ白な部屋、見覚えのないベッドの上で目を覚ますと、
俺の真横にはツノと尻尾の生えた美少女が、スヤスヤと眠っていた。
「……ん?」
俺はポカンとした顔で、目をパチパチとさせながら少女を見つめる。
赤い、燃えたぎる紅蓮のように紅く荒々しい長髪。
歳は十歳前後だろうか、幼いながらも美しい顔をした少女だ。
正直言ってめっちゃ可愛い。
しかし顔の幼さとは反対に、体はスリムかつ巨乳の大人びた体型をしている。
きめ細かくなめらかな白い肌からは、もっちりとした柔らかな感触を、剥き出しになった俺の太ももに当たる乳房から感じて……
「というか! なんで俺もこの子も全裸で寝てるんですか!」
「あら、どうやら目が覚めたようですね」
素っ頓狂な叫び声を上げてから、俺はベッドの横の椅子に座っている女性に話しかけられたことに気がついた。
こちらは見るからに大人の女性で、おっとりと優しそうな表情をしている。
大胆に胸元の開いたメイド服を身につけた、金髪ストレートの美人さんだ。
「初めまして、ライア=ドレイクさん。私、”グロリア”と申します。以後、お見知り置きを」
柔らかな笑顔で丁寧な挨拶をされる。
俺もぎこちない顔で、軽く頭を下げながら挨拶を交わす。
「こ、こちらこそ……って、この状況はいったい?」
「ええ、突然のことで色々と混乱されていることでしょう。しかし、それを説明するのは私の役割ではありません……」
グロリアさんが言うと、手元で先程の少女がもぞもぞと動き出すのを感じる。
笑顔で少女を見つめながら、グロリアさんが言った。
「おはようございます、”アリシア”様」
「むにゃむにゃ……ん、グロリア……もう朝か……」
どうやら少女も目を覚ましたようで、眠そうな顔で目をゴシゴシと擦っている。
アリシア、それがこの子の名前か……
見た目からして普通の人間じゃないってことは分かる。
だが俺の記憶が正しければ、この子は……
「ん? んんん? この匂い、まさか!」
急にテンションが上がったように、満面の笑みを浮かべるアリシア。
そして手探りで俺の手に触れ、登ってくるように胸、顔の順に手を伸ばす。
「ふむ、ふむふむ……この形、この匂い、この味……」
両手で俺の顔をガッチリと掴みながら、体全体をスリスリとなすりつけて、頭をクンクンと嗅いだり、顔をペロペロとする犬のようなスキンシップを取るアリシア。
「え、嘘……ナニコレ……分かんない、分かんないけど……」
物凄く興奮する。
嬉しさというか、喜びというか……ともかくアリシアと触れ合っていると、どうしようもなく心地良い感覚が、体の奥底から湧き上がって全身を駆け巡る感じがした。
「うふふ、すっかり仲良くなってしまわれたようですね」
この光景を見て、微笑みながらグロリアさんが言う。
「いやそんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!」
声を荒げながら俺がツッコミを入れる。
「どう見てもアウトな状況でしょうこれ!」
「よし、しかと覚えたぞ! ライア=ドレイク、貴様の魂の形をな!」
力強く言って、俺の顔をベッドに向かって雑に投げ捨てるアリシア。
「ひどい!」
「お疲れ様です、ライアさん。アリシア様」
アリシアの涎でベトベトになった顔に、グロリアさんがサッとタオルをかけてくれた。
「……ありがとうございます」
俺は涙を流しながら、グロリアさんの優しさに感謝した。
ぐちゃぐちゃになった顔をタオルで拭いながら、俺は改めてアリシアに尋ねる。
「さてと、アリシア……」
「ん、どうしたライア?」
ベッドの上に座る俺の膝の上にちょこんと飛び乗るアリシア。
足をバタバタと、尻尾をフリフリと動かしながらの満面の笑み。
あまりに可愛いので俺の顔も自然と笑顔になってしまう。
って、違う違う……俺が意識を失った時のことを思い出すんだ。
俺の記憶が正しければ、俺は一度死んでいる。
そしてこの状況から察するに、何らかの方法で蘇ったのだろう。
アリシアの姿形だって、明らかに人間のそれじゃない。
考えられるとすれば、彼女はおそらく……
「……お前は魔族なのか?」
「うむ、そうだぞ!」
屈託のない笑みを浮かべながら、元気良く答えるアリシア。
すると次の瞬間、アリシアの全身が綺麗な紫色の光に包まれる。
光が消えて現れたのは、可愛いフリルのついたゴスロリ風の衣装。
その服に腕を通したアリシアが、俺の膝から離れてベッドの上に立ち上がる。
「余は魔界を統べる王──魔王、アリシアである!」
両手を腰に当てた可愛いポーズで、ニヒッと笑いながら宣言するアリシア。
「なんとなく魔族ってことは分かったが、まさか魔王だったとはな……」
下を向きながら静かに呟く俺。
俺は兵士として、最前線で沢山の魔族を殺してきた。
だが、普通の魔族に人間を生き返らせるような力はない。
そんな芸当ができるのは、本当に彼女が魔王様だから……なのかもしれない。
「余と貴様の魂は今、繋がっている。この繋がりが断ち切られない限り、ライアは魔族として永遠を生きることができるのだ」
慈愛に満ちた、とても優しい声で俺に語りかけるアリシア。
その繋がりを通じて、ずっと感じていたことがある。
この子は優しい子だ。
柔らかく、暖かい木漏れ日のような魂の形をしている。
しかしどこか感じる、今にでも崩れてしまいそうな危うさ。
それは俺を見つめるアリシアの真剣な眼差しが、それを無言で物語っていた。
「だから余を助けろ、ライア」
少女の魂からの願い。
それを断りゃ男が廃る。
「……よくわかんねぇけど、助けてもらった恩もあるしな。いいぜ、俺で良ければ力を貸す」
俺が笑ってそう言うと、満面の笑みでお互いに目を合わせる二人。
そしてアリシアはとびっきり喜んだ様子で、俺の顔に抱きついてきた。
「ありがとうだぞ、ライア! 余はライアが大好きだ!」
俺の顔にペッタリとくっつく、アリシアのもっちりふわふわほっぺた。
全身でアリシアの熱を感じながら、鼻血を垂らして俺は思う。
ああ、俺……あの時、殺されててよかったなぁ……。
──こうしてアリシアの下僕となった俺は、なんやかんやあって魔族から人間の街を守っている今の状況に戻るのであった。