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#001 英雄、ライア=ドレイク その1

たとえ世界が 君を悪と呼ぼうとも

俺だけが一人

君の名前を 叫び続ける

 頭部に銃弾を撃ち込まれ、溢れ出す血液。

 全身から力が抜け落ち、気づけば地面に倒れ込んでいた。


 ──なんだ……このまま死んじまうのかよ、俺。


 全ては一瞬の出来事だった。

 しかし何が起こったのかは嫌でも理解できる。


 銃の引き金を引いたのは俺の”父親”だ。


 大好きだった。

 たった一人の家族だったんだ。


 なのに俺は裏切られた。

『お前はもう用済みだ』と言われ、ゴミのように捨てられた。


 ──どうしてこんなことになった……。


 悔しくて、情けなくて。

 抑えきれない量の感情が溢れ出す。


 しかし、死にかけの体からは涙の一滴もこぼれ落ちやしなかった。

 指先一つ動きもしない、瞬きさえもできやしない。

 

 目も、耳も、言葉も、皮膚の感覚も。

 死にかけの俺の肉体からは、ありとあらゆる機能が奪い去られていた。


 ──死にたくない。


 どんなに強い感情だろうと、それを発露する方法が俺には残っていない。

 意識がここまでハッキリとしてるのがおかしなくらい、明らかな死。


 それでも俺は生きたいと思った。

 こんな死に方は嫌だと思った。


 やりたいことの一つも叶えられちゃいない。

 何が本当にやりたいことかすら分かっちゃいない。


 理由なんてどうでもいいと思った。

 このどうしようもない状況で、ただ俺はひたすらに生を望んだ。

 

 ──助かりようがないことなんて、自分が一番理解してる癖に……。


 思考すらも放棄して、このまま眠ってしまおうか。

 何も考える必要のない場所へ行けば、きっと今より楽になれるだろう。


 ──ふざけんじゃねぇ……んなこと、誰が……。


「その願い、しかと聴き入れたぞ」


 突然、聞こえるはずのない耳に、誰かの声が飛び込んでくる。

 同時に、何も見えないはずの俺の瞳に、眩い光が映り込んだ。


 熱く、轟々と燃えたぎる赤い炎。

 いや、違う。それは確かに赤い長髪の少女の形をしていた。


 これは……魂、なのだろうか? 

 俺は確かに、少女の魂の形を捉えているのだ。


「なるほど、貴様は実に強い魂を持っている。であれば問題ない」


 どこか幼さを残しながらも、威厳に満ちた力強い声。

 俺の頬に優しく触れる、柔らかな手の感触。


 その全て、少女の一挙手一投足が……たまらなく愛おしい。


「余が貴様を助けてやろう」


 慈愛に満ちたその声に、


「良いのですか? 彼が”魔王”の力に適合できる保証は……」


 もう一人の誰かが答えた。

 こちらは穏やかな印象を感じる、落ち着いた大人の女性の声。


 しかしその魂を知覚するより先に、

 

「なに、心配はいらない。この者ならば、きっと……」

 

 俺の頬に触れる少女の手のひらから、暖かな熱を感じた。

 荒々しく燃えたぎるように、しかし柔らかなぬくもり。


 なんとも心地良い気分に包まれながら、俺の意識がゆっくりと失われていく。

 このまま俺は死んでしまうのか? 


 いや、違う。


 俺が少女の一部となるような、不思議な感覚に身を焼かれながら目を閉じる。

 生まれ変わった俺が、再び目を覚ましたその時──物語は、始まる。



 *



 魔獣の大群に蹂躙されつつある街があった。

 建物が倒壊し、瓦礫の山と化した大通り。


 そこに逃げ遅れた母子と、二人を守る兵士がいた。

 その三人を取り囲むように、無数の魔獣が姿を表す。


 狼のような姿形をした、大型の魔獣。

 一匹でも人の手に余るような猛獣が、見渡す限り一帯を覆い尽くしている。

 

 絶望に身を震わせながら、娘を庇うように抱きしめる母親。

 せめて我が子だけでも助かるように、と。


 しかし魔獣は容赦無く襲いかかってくる。

 母子を守ろうと、兵士が魔獣に向かって銃弾を発砲するが簡単に弾かれた。


 魔獣の牙が兵士の顔面に到達する、直前。

 絶体絶命かと思われたその瞬間、


 ドゴッ!


 一筋の黒い閃光──少年が放った一発のパンチが、魔獣の横っ面に炸裂する。

 凄まじい勢いで遠くへ吹っ飛ばされ、瓦礫に激突し絶命する魔獣。


 母子を守るため、魔獣を前にして少年が立ち塞がる。

 黒い髪に黒い軍服、魔獣を睨みつける鋭い眼光をした少年の姿。


 それを確認した兵士が、驚きの表情で声を上げる。


「ありがとう、ございます……き、君は!? まさか、そんな……何故こんなところに……」


 まるで絵本に描かれたヒーローを実際に目撃したように、目を輝かせながら少年の背中を見つめる兵士。


 それもそのはず。

 目の前にいるのは本物の”英雄”。


 長年に渡って敵対し続けてきた人類と魔族。

 本能のままに人類を殺戮する魔獣は、人間にとって敵そのもの。


 その魔獣と戦う兵士の中でも、一際目を引く英雄譚の持ち主。

 誰もが知っている伝説の英雄が、確かに眼前へと現れた。


「軍に所属している人間なら、誰もが噂くらいは聞いたことがあるだろう……たった15歳の小柄な少年が、極北の激戦地で魔族を相手に戦っていると……」


 その話を聞いてか聞かずか、残る魔獣に向かって少年は真正面から突撃していった。


 自分の倍以上は身長差がある巨体を前に、臆することなく少年は拳を振りかぶる。


 バギッ!

 

 少年の拳が魔獣の腹部を貫く。

 たった一撃で魔獣は絶命し、その場へ倒れ込んだ。


 全身を魔獣の返り血で真っ赤に染めながら、屍の山を築くその姿は──まさに鬼神。


「間違いない、この圧倒的な強さ! 君は本物の……魔界と人間界の境界、極北の前線を守護する陸軍最強の師団──シャロア帝国陸軍第一師団の英雄、”ライア=ドレイク”ッ!」

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