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終焉のパンドラ  作者: 萩オス
巨茴香の火 - Fire of the Giant Fennel
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束の間の日常

 日ごとに風が冷たくなってゆくある日の放課後。生徒達の話し声でざわつく教室の窓際の自席で、アルファはぼんやりと校門を見下ろしていた。

 校門から入ってすぐの楠の葉が視界を遮るが、なにせ田舎だ。校門の外は小さな畑と民家が並ぶのみで、あまり人の通りもない。

 校内には空調が効いているし、日の当たる席は時折暑く感じるほど暖かい。

 大あくびをしながらポッキーを一つ袋から取り出すと、丁度伸びてきた手が二つ。細くて白い手と、細いがゴツゴツした手。


「もーテスト最悪……」

 細くて白い手の主、ニコラはぼやきながら自棄のようにポッキーを齧った。

 あの後延期されたテストはしっかり実施され、今日結果が返ってきたばかりだった。学校では未だに紙で成績表が配られ、一々それを自分で封して家へ送らなければならない習慣が残っている。


「なにが悪かった~~?」

 半分眠い頭でアルファがニコラへ問うと、ニコラは苦虫を噛み潰したような表情で視線をそらした。

「数学が赤点……」

「わお」

 などとわざとらしく驚いてみせたのはもう一つの手の主、理人だった。煽るようにポッキーを振りながらニコラを斜めに見ており、ニコラは理人を思わず睨む。

「そういうあんたはどうよ」

「俺はいつも通り大体90点なんで」


 理人は勉強も几帳面にコツコツするタイプで、そういうところがフィジカル面にも出ている。が、ゆえにゼーロスの適性試験にも合格したのだろう。

 本来こういう努力の人にこそ、ヒーローの栄誉が与えられるべきだとは思うのだが。と、アルファはぼんやり思う。


「アルファには聞かねーの」

「修士様に聞いても仕方ないでしょ」

「んあ~~」

 アルファは間延びした声でがっかりしながら二本目のポッキーを手に取る。高校の教科はとうの昔に通ったため、普段の成績は理人よりやや悪いのだ。が、今回オール満点、文句なしの学年一位だった。

 自分でも驚いているので自慢したかったのだが、聞かれない&ニコラが凹んでいる以上言う事も憚られた。


「まあでも仕方ないよね。エオースの戦闘シミュレーションプログラムとか、振り返りとか、量多すぎ……」

 アルファはそう言いつつ再び大あくびをした。


 あの後武器も支給され、プログラムも履修し、アルファは何度か実戦を経験した。

 エージェントの能力というのは身体機能の爆発的向上なのだが、アルファはそれに加えて対象物を操る――重力を操作していると思しき妙な能力があるらしい。

 これについては今もソゴルで調査中との事で、アルファ自身はとにかく安定して力を発現する訓練の方が面倒だった。


それだけでも大変なのに、戦闘後の会議やらなんやらがあり、やる事が多すぎるのだ。

 昨日も戦闘の振り返りを聞いているうちに明け方近くなってしまい、この凄まじい眠気である。

 一通り学習済みの自分はさておき、この状態ではニコラの赤点もやむなしと思われた。



「大体なんで上級生様がここに来てんの」

「落ち込んでいるであろうニコラさんを励ましに?」

「煽りに来たの間違いじゃん」


 アルファの席で二人がやり合う光景も日常的になってきた。マキナントを倒す使命のある同志だからと言ったところだろうか。恐らくそれはただの切っ掛けにすぎないとは思うのだが。


 ニコラの周りの取り巻きも自然と離れてゆき、今のニコラは前より随分楽しそうに見える。持ち上げられてちやほやされているよりも、自然体で話が出来る方がそれは楽に決まっているだろう。


 アルファもアルファで、今までの友人みたいに気を使う必要がない、この関係性が楽だった。

 修士であるという事実は既に知られ、それなりの見た目もあって何かというと地味な嫉妬の対象になっていた。

 友人らの事は今でも友人だと思っていて好きなのだが、なるべく角を立てないようにと気を使いながら話すのも、正直面倒ではあったのだ。

 それに、背の高い自分が身を縮こめて輪の中に居たのも、傍からみたらきっと滑稽だったのだろうな、とも。


 マキナントの襲来は面倒で危険も伴う。

 先日廃工場に出たマキナントは巨大で、ニコラと理人の三人がかりで漸く倒せた。

 ただ、それさえ除けば実に充実した毎日で、こんな穏やかな日がずっと続けばいいと、アルファは密かに思っていた。



+++



 ニコラを励ます会と称してファストフード店に寄ってから帰宅すると、重吉が難しい顔をしたまま店のカウンターで何やら考え込んでいた。

「ああ、二人ともお帰り」

 二人に気付くとすぐにいつもの笑顔になったが、

「どしたの?」

 気になったアルファは問うた。

 重吉は困ったような表情で暫く黙っていたが、再び口を開いた。


「もしかしたら、近いうちに店じまいしなきゃならんかもしれん」



 青天の霹靂とはまさにこの事だった。そして悪いニュースはさらに続く。


「ソゴルにまた呼ばれているんだ」

「呼ばれてるって……エリア1に行っちゃうの?」

 重吉は口元を引き結んだまま頷く。


「お前達の保護者代理として、目野君が代わりに来ることにはなると思う。だが目野君に店を押し付けるのも気が引けてね」


 言葉を失う二人に重吉は俯き、ぽつりと呟いた。


「やり残した事がまだあったんだよ」

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