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終焉のパンドラ  作者: 萩オス
巨茴香の火 - Fire of the Giant Fennel
19/21

人の弱さ

 マキナントによる襲撃が唐突に激減した。エリア3では皆無になった。工場本体、或いはその一つを潰したのだから当然の結果ではある。しかし真相を知りえない世間一般では、疑問を含みながらも束の間の平和に安堵する空気が広がっていた。そのためか、十二月に入り、待降節の雰囲気も例年より明るい雰囲気に包まれているようにも思われた。

 理人はというと、大学入学に向けて書類の作成に追われるようになり、他の友人らと遊びに行く機会も減っているようだった。テストと違って書類と面談で全てが決まる。テストなら余裕の理人であっても、さすがに書類作成は英生に相談しながら慎重に行っていた。


 漸く暇な時間が取れるようになった事もあり、ある日の休日、アルファとニコラは久しぶりに隣町へ出かけた。ニコラが見たかったというミニシアター系映画を見た後、何とも言えない余韻に浸りつつ二人はドーナツ店に立ち寄った。クリスマスムードでどこか浮かれている店内で、二人を気に留める者は居ない。

「面白かったけど」

 甘すぎるドーナツを齧りながら、アルファは明後日を向いたまま呟く。

「ミニシアター系ってリアリティがあって、ちょっと疲れるね」

「エンタメに振ってないからさ」

 ニコラも同様に宙を見たまま、アイスコーヒーを一口含む。

「別にエンタメが嫌いなわけじゃないよ。ただ派手な娯楽って一時的に現実から目をそらすとこあるから。いい事もあるけど、浸りすぎると現実がおろそかにもなるよね。それに、特定人物が祭り上げられることで偏見だって強化されていく」

「あー……」

 アルファは頬杖をついて目を閉じる。娯楽、ガス抜きと言えば、自分達のしている活動がまさにそれかもしれない。ヒーローが現実に存在し、人々はそれに熱狂する。エオースもゼーロスも基本淡々と仕事をこなしているだけに過ぎないが、特異な力を持つエージェントの存在は嫌でも目立つ。自然と抱かれる複雑な感情は、地に足の着いた考えから乖離してしまう可能性は十分にある。


「あたし達は確かに人を助ける仕事をしてる。でも、羨望や嫉妬の対象になるし、あたし達自身がそういう人達を信じられなくなる」

 ニコラは目を閉じてため息をつき、明後日の方を向く。暫くの沈黙の後、逡巡した様子で言葉を紡いだ。

「あたしが人によく絡まれてた時、ずっと一緒に居た子いたじゃん」

 アルファは視線だけぐるりと回し、記憶を探る。そういえば一人、腰巾着のように甲斐甲斐しくニコラの世話をしている同級生が居た。

「あんた達と付き合うようになって、絡んできてた人達が離れて行った後だったかな。その子が他の子に言ってるところ見ちゃったんだよね。『ニコラの世話するのほんとにめんどかった!離れられて清々した』って」


 アルファは驚愕の表情でニコラを見た。ニコラは同情とも哀れみとも、憤りともつかない表情で続ける。

「あたし一言も『世話してほしい』なんて言った事ねーよ。あたしの周りはいつも人が居て、中学からリーダー格だった子も男女問わずその中に居た。結局さ、所謂スクールカーストっていうの?あれの上位に目をかけられてる、上位と同等だとあたしがみなされてたから、自己保身のためにあたしにくっついてきてただけじゃん。あたしもそれを薄々感じてたから、つっけんどんにしてた。そりゃまあ、色々『世話』してくれた事に恩義が無いわけじゃない。たとえそれが保身目的だったとしたってね」


 ニコラが言及している女子は、忌憚なく言えばあまりパッとしない子ではあった。交友関係は広く社交性はあるが、恐らく容姿の事でコンプレックスも感じていたのかもしれない。

「で、それ聞いてた他の連中も『そうだよねー、せっかく世話してあげてるのに塩対応されて、大変だったねー』って笑ってたわけ。あたし何か悪い事した?あたしはその子の事態度でしか判断してない。なのに勝手に被害妄想募らせてさ。媚びて来てたってわかってたから暗に避けてただけだよ。それの何が悪いわけ?『構わないで』ってはっきり言えば良かった?違うよね」


 ふー、と、大きなため息をついてニコラは椅子の背に凭れて天を仰ぐ。

「誉めて貰えるのはそりゃ嬉しいよ。だけどさ、それで『イージー人生』だとかの底意地悪い憶測もされるわけ。あんたの動画のコメ欄にしてもそうだけど、悪い事してるわけでもないのに、他人を勝手にジャッジする人間って何なわけ?そういう人達まで、あたしは守んなきゃなんないの?ってもう爆発寸前だったの。だから、あそこでジョージって野郎に言われた時、一瞬『選別の何が悪いの』って思っちゃった。馬鹿みたいだよね。あたしも所詮同じ穴の狢でさ」


 結露したグラスを緩慢に持ち上げて揺らしつつ、ニコラは再びコーヒーを口にした。どこか後ろめたいような、所在ない気持ちからか、眉根を寄せつつため息をつく。

「って、自分の『弱さ』を見たショックと、生活が滅茶苦茶になってる原因作った野郎だってわかったのも合わさってカッとなっちゃったけど、あいつ、その『選別』が悪い事だって認識してたよね」

 あの後聞いた録音と、文字に起こされた文章を反芻しながら、アルファは無意識にドーナツを齧る。


 ジョージは方舟に乗せる人員を選別する事を「酷い話」だと言っていた。にも拘わらず、「ああいう馬鹿みたいな人間が生き残るくらいなら」とも言った。後者がマキナント製造の動機として真であるのなら前者は成り立たない。また、その後も「君達を下品に品評している」事を問題視している点からして、心変わりの形跡も見られない。

 それを踏まえると「醜い人間なんかより、アンドロイドの方がよっぽど『生き残る』に相応しい」事が真意である可能性は低い。少なくともアルファやニコラが下品な品評をされる事に対する問題意識との辻褄が合わない。アルファもニコラも「醜い人間」に含まれてしまうからだ。この事から、人間という存在を裁こうとする価値観自体に矛盾が生じてしまう。

 ゆえにジョージに人間への敵意は見られず、煽るようにまくしたてた事は全て芝居だと見ていいだろうと、アルファにも実感出来た。


 結局の所、未だ「なぜアルファに自分を殺させようとしたのか」は推測しか出来ない。出来ないが、以上の仮定を踏まえると、悪意からではなく、何かしらの贖罪めいたものすら感じられた。仮定と仮定の話であるがゆえに、憶測に過ぎないのだが。

 思考を一旦頭の片隅に置いたまま、アルファもコーヒーを一口飲んだ。


「だから何となくの直観でしかないけど、あいつはあんたに敵意は無かった。結果的にもしあんたが行動を起こしていたらあんたが悪者になる可能性もあったわけだから、なんていうのかな。保身の強さが表に出ただけ。くっついてきていたあの子やあたしと同じような、弱い人。普通の人間なんだなとは思ったよ」

「そうだねえ……」

 アルファは両手で頬杖をつき、目を閉じる。英生はジョージの事を、気が弱い、と言っていた。その事からしても、ニコラの推測は当たっている。果たしてそんな人間が、自らの意思だけでマキナントの製造を行い、人を害しようと思うものだろうか。

 どうにも考えれば考えるほど、その裏にはジョージを操っている、もしくは言いくるめている人間がいるように思えてならない。


「天文学的な見地からの意見も聞いてみたいよね」

 ドーナツの最後のひとかけを口に放り込み、アルファはぼやく。地球型惑星などありはしない。そう断定した事も真実なのか、出まかせなのか。

 青の終焉以来、何故かNASAの機能は停止している。各国の人工衛星や探査機の情報も一切入ってこない。であるのならジョージが言いきった事の根拠が不明だ。

「考える事が多すぎてもうめんどくせ。頭の限界」

 そう言ってニコラはテーブルに突っ伏した。

「ニコラは頭いいと思うよ。あの場でも冷静だったし」

 アルファは苦笑いしながら首を傾げる。

「そーだといいけどね」

 小さくため息をついてニコラは苦笑いした。


「そろそろ帰ろっか。今日の夕飯当番私なんだ」

「お土産買ってこかな」

 そう言いながら、アルファとニコラは二人そろって苦笑いしながら席を立つ。

「理人はイースト生地チョコ派、ヒデちゃんはオールドファッションかな」

「えー、英生さんドーナツ食べるんだ」

「食べるどころか好物に近い気がする。ニコラの家は?」

「うち皆イースト生地好きー。クリーム乗ってるやつ」

 談笑しつつ、二人は再びカウンターへ向かう。まだ夕方と言うには早い時間だが、既に日は傾きかけていた。再現された冬の澄んだ空気が、束の間の平穏をより和らげていた。

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