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終焉のパンドラ  作者: 萩オス
巨茴香の火 - Fire of the Giant Fennel
18/21

2.15の真実

 首都福岡。

 青の終焉以降に起こった様々な要因が重なった結果、多くのエリアでは首都が比較的安全な他の場所へと移されていた。エリア3もまた例外ではなく、九州は福岡に首都が移されて久しい。ソゴルのエリア3支部もここにある。

 帰還ポイントから一番近かった事もあって、アルファとニコラは支部内の医務室へ保護された。二人とも目立った怪我はない。強いて言えば、アルファの暴走を止めるのにニコラが肘を痛めてしまっていた。幸い程度は軽く、治療もすぐに済んだ。


 ソムニウム施設の件では、二人の信号が突然途絶えた事を不審に思った英生が支部へ応援要請をし、本人も単独で後を追ってきたために事なきを得た。

 あの後ソムニウム施設にはソゴル軍が突入したものの、当然既に蛻の殻だった。だが施設内には稼働前のマキナントがそのまま残されていた。アルファ達とスペロ――ジョージとのやり取りも端末に録音されており、マキナントの実態も明らかになったともあって支部内は騒然としていた。


 医務室の扉が開き、職員達の声や足音、通信の機械音などが雑多に聞こえてきた。そして扉が閉じてしまうと、また元の静寂が訪れる。

「何かあったら呼んでください」

 傍に居た看護師は入って来た人物へアルファの向かいの椅子を勧め、隣室へと去って行った。暫くして、俯いたままのアルファの視界に見慣れた足元が現れる。

「アルファ」

 英生の声に、アルファはぼんやりしたまま顔を上げた。抗不安薬が効いている事もあってか、意識はまだどこかふわふわしている。アルファの装備は全て外され、いつでも横になれるよう、今はソゴル職員用の上下スウェットを着たままだ。英生もまた既に装備を解除しており、いつものジャケットを羽織っている。

「大丈夫か?」

「頭がふわふわしてる以外は……」

 そう答えてから、アルファは視線を外して考えを巡らせる。そうだ、ニコラは怪我をしていた筈。それも、自分のせいで。

「ニコラは」

「心配ない。ご両親が迎えに来て、さっき一緒に帰ったところだ」

 ニコラの負傷の手当の様子を思い出したところから急激に記憶が遡り始める。宙を見たまま一拍の間を置いて、アルファは再び口を開いた。

「人殺しに、なるところだった」

「あれだけ挑発されたんだ。無理もない」

 英生はため息をついてアルファの肩を軽く叩いた。折角薬で落ち着いていたのに、また思い返してぞっとする心持ちの中、その単純な慰めは有り難いものだった。


「今回の一件は緘口令が出た。理人にも教える事は出来ない」

 視線を落としながら、アルファは頷いた。ジョージは自分にとっての両親の仇で、それは理人にとっても同じ事だ。我を忘れてしまったのを思い返すに、とても理人に聞かせられる筈も無かった。しかし、彼にだけ知らされないというのも不公平にも思われる。

「いつかは話せる時が来る?」

「わからない。だがご両親が亡くなった真相について知る権利はあいつにもある。いずれ私から伝える」

「そう……」

 アルファは小さく呟いてふと顔を上げた。


「リカードを指名手配出来ないの。今回の件、世界中に報道したらすぐ捕まるんじゃない」

インターポール(国際刑事警察機構)に連絡した時点で圧力がかかった」

 淡々とした答えにアルファは息を飲んだ。英生は眉間に皺を寄せたまま一瞬視線を落とし、改めてアルファを見つめる。

「だから緘口令が敷かれた。あの男の行方は、引き続きソゴル内で追うしかない」

「圧力って……なんで」

「いくつかの企業がバックについている。ソムニウムの活動以前から莫大な利益供与があったようだ。恐らくは奴が内々に開発している、アンドロイドへの投資だ」

「マキナントを開発してるって、教えても?」

「ああ」

 アルファは目を見開いたまま絶句する。

「企業側としては、2.15の被害は結局事故で、それ以降は誰も被害者が居ないのだからと軽く見ているようだ。ただ、圧力のかかる前に情報は各エリアの警察上層部には流れていて、一部が『独断で』捜査の手を回してくれている。しかしそれも限界がある」

 そこまで言って、英生は肘を両ひざについて俯いた。

「私がもっと早く見つけて止められていたら――」

 絞り出すような言葉は、アルファに聞かせていると言うよりはただの独り言、そして、さながら罪の告白のようでもあった。


「――かくてゼウスの御心からは逃れ難し」

 宙を見つめたままのアルファの呟きに、英生は弾かれたように顔を上げた。

「これ、前にヒデちゃんも言ってたよね。スペロを名乗って理人に連絡してきたリカードも。あの施設でリカードが言った『滅びは免れない』のとおり、もう地球は駄目なんじゃないかって。そういう意味で言い合ってるのかと思ってた」

「それは……」

 英生は目を逸らして口をつぐみ、アルファは縋るように体を乗り出す。

「でもその前にリカードは私のこの変な力の事をピトスって言った。自然現象として地球の破滅が確実だから嘆いているんじゃなくて、私の力に何もかもの原因があるみたいに思える。そうしたら、最初にヒデちゃんが呟いたのも合点がいく。

 スペロとしてリカードが言い残したのだって、結果として私の事を知っていたわけだから、私の存在を嘆いて、だったんじゃないの?」

 言いながらアルファの声は上ずり、息は切れ切れになる。涙こそ出ないが、感情が弾けて体の奥から何かが溢れそうだった。

「だからわざわざ、災厄を齎したもの、『パンドラ』なんてコードネームに」

「ピトスに入っていたものが善なのか悪なのか、ヘシオドスの詩には明確に書かれていない」

 途切れ途切れのアルファの声が終わると同時に、英生ははっきりと言った。そうして、目を潤ませたまま戸惑うアルファを見つめ、言い聞かせるように頷いて見せた。


「先ずヘシオドスの著作自体、偏見によって書かれたものという認識になって久しいだろう。エピメテウスに引き合わされたパンドラはその名の通り、善悪の区別なく『全てを与えるもの』の神格だったと考えるのが今の一般的な解釈の筈だ。……専門家ではないから、間違っているかもしれないが」

 そこまで言って英生は漸く少しだけ笑って見せた。

 確かに、偏見によるものという事は古典の講義で聞いていた。未だ真贋が疑われているとはいえ『神統記』、そして『仕事と日』と『名婦列伝』全ての記述でつじつまが合わない箇所があるからだ。だからニコラや理人と考察しあった時にも触れていた。なのについヘシオドスの偏見による見解を多く見てしまったのは、きっと今、投薬されてなお心が乱れているからなのだろう。


「少なくともパンドラというコードネームにも悪意は無い。ただし、『未知のもの』には変わりない。だから便宜上、そういう名付けになっただけなんだ」

 英生はそこまで言うと、再び曇った表情で少しの間目を閉じ、またゆっくりと開いた。

「あの男の言う事は真に受けなくていい。ニコラが言ったとおり、殆どの事は『殺させようと』わざと煽った言葉や嘘ばかりだった。録音したものを文章にも起こしてある。落ち着いたら確認してみなさい。矛盾点だらけで、ニコラはそこに気付いたんだろう」

「矛盾……。嘘……?」

 言葉を反芻するように、アルファは掠れた声で繰り返す。まだ頭の中に靄がかかったようで、はっきりしない思考の中、アルファは訝し気に英生を見上げる。英生は上体を屈めると真っすぐ視線をアルファに合わせた。


「2.15はチーム・エテルナの実験事故だ。そしてあの男が起こしたものでもない」


+++


 耳が痛くなるほどの静寂の中、看護師が去って行った隣室の生活音だけが微かに聞こえてくる。アルファは目を見開いたまま、ただただ、英生を見つめる事しか出来なかった。

「世間で知られているとおり事故に変わりは無いんだが、機密に関わる以上実験事故という事実を伝えるわけにはいかない。この真相を語れるのはソゴル内部でだけだ。だから、モニュメントの前で理人に伝える事も出来なかった。これから話す事も、誰にも話さないように」

 声を潜める英生に、アルファは無言のまま頷いた。

「チーム・エテルナが開発していたのは方舟とアンドロイド。それは間違いない。そして2.15のあの日、アンドロイドの暴走事故が起きた。

 あの男は――ジョージは、あの日偶々本部の会議に出かけていて、無事だった。突然の事にショックを受けたジョージはパニックになり、暫く休職していた。その後休みがあける前に突然辞職届だけを残して失踪し、どういう経緯で始めたのかわからないものの、マキナントの開発を始めた。だから我々の敵ではあるが、お前達の両親の仇じゃあない」


 拍子抜けするような一言に、アルファはゆっくりと大きく息を吸い、深いため息をつきながら肩を落とした。視線は宙の一点を見つめたまま。

 ニコラが激昂したとおり、大迷惑には変わりない。人的被害はなくとも、町が破壊されているし、多大な負担をかけられている。秋口の頃、初めてマキナントに襲われた時の事がふと思い出される。が、もう考えるのも疲れてしまった。


 英生は何とも言いようのない複雑な表情で視線を落とす。

「キアンと私、そしてジョージとは大学以来の友人だった。ジョージはただちょっと気が弱い程度で、特筆するような悪人でも無かった。しかし失踪から暫く経ってマキナントが出現するようになり、関連性を疑った私は独断でジョージの行方を追った。一人で探偵の真似事をして。危ない目にも何度かあった。

 同時にマキナントの実態解明調査もしていて、以前機械工学を専攻していたキアンに頼んで解析したところ、チーム・エテルナで開発していたアンドロイド技術がそのまま使われていた。――ジョージの仕業である証拠が集まり、そこからシグマ局長を通じて、ジョージの追跡は我々チーム・プロトス内の正式な任務になった。

 とはいえ主に動いていたのは私とキアンで、キアンを危ない目にあわせるわけにもいかず、捜査は実質私一人という体制のままだった。

 ジョージの足取りや痕跡を追えば追うほど命の危険も増えた事から、何かしら資産家がバックについている事はわかっていた。そして最近やっと、ソムニウムで使われている製品にジョージの技術が使われていると判明した。そこでソムニウムの実態調査をメインにしていたところが、この事態に繋がったという次第だ。……内部に居るだろうと思っていたものの、首魁だとは思いたくなかったな」


 英生もまた大きくため息をついて、首をゆるく横に振りながら項垂れる。

「あの暴走事故から、チーム・エテルナでのアンドロイド開発は中止された。今は方舟に搭載する制御系AIのみを制作している。それだけやはり衝撃的な事故だったんだ。

 ジョージも当時あれほどショックを受けていたのに、何故、その技術を悪用し始めたのか。未だにわからない」

 深い悔恨に満ちた表情で、英生もまたアルファ同様宙を見るばかりだった。


 疲れた。

 未だぼうっとした頭の中、今のアルファに思い浮かべられる言葉はこれだけだった。あまりにも色んな事が一日のうちにありすぎた。今はただもう、一刻も早く家のベッドで眠りたい。



キュウウウゥ~~……



 そんな静寂の中、蚊の鳴くような腹の虫の声が室内に響いた。腹の虫の主、アルファは腹に手を当てて情けない顔で眉を歪める。

「もういい時間だな」

 端末の時刻を確認して、英生が苦笑いした。時刻は十九時をとうに過ぎていた。

「どうする。今日の料理当番は私なんだが」

「……駅弁買って帰ろうよ。理人、かしわめし好きだから」

 未だぎゅうぎゅう鳴き続ける腹を押さえ、アルファは英生に手を借りて立ち上がった。


 ジョージの行いは未だ不可解で、味方でない事も明白だ。インターポールに圧力がかかっている以上、これからもマキナントの襲撃は続くのだろう。

 それでも、暗く影を落としていた出来事がやはり事故だったとわかっただけでも十分だった。人為的かどうかの違いはあれど。いつか知らされる事になる理人も、いくらか折り合いはつけやすい……筈だ。

 事故の詳細についても、間違いなく辛い話にはなるが、英生に問えばいずれ話してくれるだろう。


 結局のところあの引用は何だったのか。地球の未来の展望はどういうものなのか。自分の持つこの力についても、そして何より何故ジョージは『自分アルファに殺させようと』していたのかも、未だ謎が残ったままだ。

 また改めて、あの施設でジョージが言った事を検証する際に何とか聞き出したい。そんな事を考えながら、アルファは英生と共に支部を後にした。

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