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終焉のパンドラ  作者: 萩オス
巨茴香の火 - Fire of the Giant Fennel
11/21

祖父との再会

 そして数日後。アルファ、理人、英生の三人はエリア1のソゴル本部に到着した。

 かつては外の景色を眺めるのが楽しみの一つだったというフライトも、青の終焉以来薄暗い曇り空でなんの代わり映えもしない。しいて言えば雪が降っているかいないかの違いで、欠航も多い。そのため、現在基本的には地下に張り巡らされたリニアを使っての移動が主流とはなっている。


 いくら幼少期僅かに居た経験があるとはいえ、土地勘のない理人をエリア1の首都に放置しておく事もできない。そのため、本部ゲストフロアに留まるよう指示し、アルファと英生はエオース本部のある上階へと移動した。

 理人は当初退屈そうだったが、ゲストフロアは商業テナントも多く入り、恐らく持参したゲーム機も活躍の機会はないだろうと思われる。


 本部は青の終焉を機に高層ビルへ建て直されており、十六年経過した今もモダンに洗練されている。さすがに上層部へ向かうに従って内装は無機質になっていくが、アルファにとっては数年ぶり、懐かしい光景でもあった。


 辿り着いたエオース本部はやはり白を基調としたもので、広い室内にはそれぞれすり鉢状に座席が配されている。既に他支部のエージェントも集まっており、名札を頼りにしたアルファの席は英生の隣になるよう配慮されていた。

 ざっと見渡す限り、全体的に二十代以下の若者が多いように見える。


 暫くは英生と雑談していたが、室内のざわつきが突然おさまったのに気付いてアルファは顔を上げた。


「本日は遠路はるばるご苦労。直接会うのは初めての方も多いと思うので、改めて自己紹介を。コードネームアルファ、こと、ニカノール・フォトプロスだ」


 最下部の机に登壇した男は笑顔でそう言い、会場を見回した。年の頃は五十代と言ったところか。これまでの作戦会議でも見慣れていた、温和そうなグレイヘアの紳士だ。

 さすがにリーダーなだけあって、マキナント討伐に出る事はない。何より、エオースを統括するチーム・プロトスとでソゴルの二大チームをなす片方である、チーム・エテルナの部長という立場もあっての事だ。



「こうして直接顔合わせする事も大事だからね。今日の議題は各自端末に配布した資料のとおり、マキナントの増加に対するこれからの戦略についてと、ゼーロスとの協力との件だ」



 先にニコラから聞いていたのも災いした。既に聞いていた話は退屈で、アルファは時折時差ぼけで意識を失いながらも、何とか話を聞いていた。質疑時間が訪れるたび、各エリアのエージェント達は質問を立て続けに飛ばしており、議論は活発だった。

 人種も、元の国籍も様々なエージェント達だが、国際公用語が英語と定められてから既に久しい。通訳の必要もなく、議論はスムーズに続いた。


 その一方、ゼーロスの話題になった折は場の雰囲気が少し変わった。

 ゼーロスとの協業や共同作戦に関するトラブルについてが話題として多く、先日のエリア3での大事件を引き合いに出して問題視する声が多数出た。

 ゼーロスもよく統率された組織と言えるのだが、現場でエージェントとトラブルになるケースも稀に発生している。協力してくれるのは助かるが、やはり個々の仲間意識や倫理観に問題があるのではと疑問視する者が多かった。



 会議は大幅に時間をオーバーして終わり、予定されていた交流の時間はそこそこに終わった。時刻は既に十八時をまわり、さすがにぐったりとしていたアルファだったが、


「アルファ!」


 聴きなれた、そして懐かしい声に一気に意識を引き戻された。

 声の主は誰であろう、かつて世話になっていたうちの一人、キアンその人だった。浅黒い健康的な肌も、ウェーブした長い黒髪も以前とちっとも変っていない。深いブルーの目を彩るメイクも洗練されていて、まさにアルファにとっては正反対の、憧れの大人だった。

「キアン姉ちゃん!」

 アルファはパッと顔を輝かせ、キアンに飛びついた。キアンは大柄な上にハイヒールを履いている事もあり、その豊かな胸元に顔が埋まってしまうのがどことなく気恥ずかしく、アルファは頬を紅潮させながら一歩引いた。

「大きくなったね。元気そうでよかった」

「へへ」

 と、何か思い出したかのようにキアンは周囲を見回した。

「あっ、欧野部長!」



 その声にアルファが驚いて視線の先を見ると、丁度重吉が会場のドアから現れたところだった。アルファに気付くと相好を崩し、アルファもまた重吉へ駆け寄った。

 重吉の様子は以前と変わらず、健康状態も悪くないようだった。


「じいちゃん、元気だった?」

「お前こそ」

 たまに動画を見るが、ヒヤヒヤしているよ。と、重吉はため息を漏らす。

「理人も変わりは?」

「元気元気。連絡した通り今日も来てるんだけどさ」

「そうか……」

 さすがにゲストフロアまでは行けないと見える。重吉は苦笑いしながら頷いてみせた。やはり多忙らしく、こうして再会できたのも、こちらを微笑ましい笑顔で見守っているキアンからの配慮だったのだろう。


「じいちゃん、今何してるの?」

「……やり残した事をね」

 期待はしていなかったが、以前と同じ答えしか返ってこなかった。

「チーム・プロトスってエオースの統括してるんでしょ。具体的には何してんの?」

 不満げに追及するアルファに、重吉は目を丸くする。

「知ってる通り、みんなの安全を守る活動だよ。ドームの維持も含めて、マキナント実態解明のための調査もしている」

 珍しくはぐらかさず答えたことに今度はアルファが目を丸くする番だったが、何故かキアンや英生もやや驚いた様子だった。


 英生もキアンも、元はと言えば重吉と同じチーム・プロトスの科学者だ。その驚きぶりからすると、秘匿事項でもあったのだろうか。



「重吉さん」



 突然聞こえた声は、これもまた聞きなれた、しかし流暢な日本語だった。

 その冷たく通る響きはまさしく局長、シグマ。

 三つ揃えのダークスーツのジャケットの代わりにソゴル技師用の制服――白衣を纏った姿は一切隙が無く、長身に端正な顔立ちも、その佇まいも、どこかのモデルか何かにしか見えない。ただ一つ、全く感情がわからない表情だけを除いて。


「そろそろ次の会議が」

「あ、ああ。すまない」

 重吉は複雑そうな表情でシグマの方を振り返った。よく見ると、重吉の腕に着けている端末には着信を知らせる表示が何件もあった。



「アルファ、また次の機会に」

 重吉はそう言い残してシグマと共に会場を後にする。


 会場を出る寸前。シグマはふと振り返り、アルファを一瞥した。その灰色の瞳の冷たさは相変わらずだったが、今日は不思議と和らいでいるように見えた。



「……忙しいんだね、じいちゃん」

「そうだな」

 英生はアルファを慰めるように、背後からその両肩に手を置いた。

「研究って、そんなに言えない事なの?」

 ソゴルの中枢部の事を、たとえ家族だとしてもただの子どもに言える筈もない。そんな事は重々承知ながら、アルファは疎外感でいっぱいだった。

 英生とキアンは顔を見合わせ、やり切れないような表情でアルファを見る。

「ごめんね。でも、アルファ達のためなんだよ」


「あとあと!!」

 アルファは英生の手を振りほどくようにして二人の方を振り向いた。

「局長ってじいちゃんとどういう関係?なんか近くない?」

 唐突な質問に面食らって英生とキアンは再び顔を見合わせるが、英生は苦笑いしながらため息をついた。

「チーム・プロトスとチーム・エテルナは保安局の中枢だ。特にプロトスは局長の専門でもあるからな」

「それと欧野部長は、シグマ局長の恩師にあたるから」


 キアンの一言に英生は思わずキアンを見た。プライベートな情報にあたると思ったのだろうか。しかし、これくらい言ってもいいでしょ、と言わんばかりにキアンは肩を竦めた。


「恩師……じいちゃんどっかで教鞭とってたことないよ?」

「恩師的な存在、ってこと」

 そう言ってキアンは目くばせする。


「そろそろ理人の所に戻ろう。あいつも退屈している頃じゃないかな」

 英生はアルファを促し、二人はキアンと別れた。

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