その6
アモルファ文具の監禁事件などがあったものの、その後はゆったりと海水浴を楽しみ二週間ほど蒼槻きずなの千葉の家で滞在をした。
蓮と青夜と輪廻を始めとした中野アパートで暮らす面々がバカンスを終えて日常を取り戻したのは9月に入る前日のことであった。
蓮と青夜は既に定例となった青夜の部屋での食事会の席で9月から学校へ行くことを告げた。
蓮はこれまで行っていた東川崎高等学校へ出戻り、青夜は編入という形で東川崎高等学校へ行くことにしたのである。
元々AIシステムが政治を行うようになって学校などの位置づけも大きく変化した。
3歳で適性検査を受けて、紋章認定を受けなかった人間は養育施設に入所し学問の称号か運動の称号かに振り分けられてレベリングするようになるとその後の小学中学高校もその流れを組んで各人がタブレットで授業を受けてレベリングする形となった。
なので同じ学校の同じクラスだから顔見知りかというとそう言うわけでもない。
毎日、全員が出席しているのかというとそう言うわけでもない。
まして、休んだからと言って、レベルが上がらないというデメリットはあるが他のペナルティはないのである。
蓮の場合は野良紋章であっても紋章を持ち、今や探偵の紋章のレベルが6になっているので本来ならば学校へ行く必要はもうないのである。
が、蓮としては『いや、ギフテッドじゃなくて野良だから』ということで自らが勉強する必要性を感じていくことにしたのである。
青夜の場合は単に『レベリング忘れてた』ということであった。
特に青夜の場合は20歳で受ける最終適性検査後の最終選択に大きく関わるので行かなければならなかったのである。
二人は9月1日にタブレットを鞄に入れ見送りに出てきた輪廻と四季と勇武ときずなに手を振ると惣の運転する車で学校へと向かった。
「いや、歩いていくし」と言ったがそこは従者である惣が「それはいけません。レベリングの手伝いは私の使命です」と送迎を強制執行したのである。
四角い校舎と大きな体育館が併設された東川崎高等学校の門前で車から蓮と青夜は降り立ち校舎へと向かった。
その様子を一人の少女が見つめていたのである。
少女の名前は黄翁ゆり。
蓮や青夜と同じ17歳であった。
名探偵の紋章
17歳というと高校2年生。
校舎は三階建てで一階は一年、二階は二年、三階は三年と至極わかりやすい。
教室はそれぞれの学年で4部屋。
一部屋縦横4列の16人が入れるようになっている。
ゆったりスペースであった。
蓮と青夜は二階の一番右端の部屋に入り一番後ろの窓際とその隣の席に座った。
それぞれタブレットを出すと電源を入れて授業アプリを立ち上げた。
学問レベルを上げるための勉強は学校という特定地域内でタブレットを開き勉強しなればレベリングにはならない。
もちろん、アプリの起動もその場所以外で開けてもデータはダウンロードされないので別の場所で勉強をすることができないのだ。
蓮はアプリの中の授業項目の中から物理を選んだ。
探偵の紋章を取得してから理数系に関連した事象が多かったのでそのことを踏まえての勉強であった。
青夜は反対に国語を選んだ。
蓮の相棒として報告書の作成などがあるので文章力をつけるためであった。
二人は隣に座りながら別々の授業を受けるのである。
それが普通の風景であった。
一時限目の授業時間開始のチャイムが鳴り、レベリングに来た生徒全てが椅子に座ってタブレット授業を始めた。
通常、授業が終わっても誰も声をかけたりはしない。
休憩時間も話をすることはないのだ。
だが、一時限目が終わると蓮と青夜は顔を見合わせて小さく息を吐き出した。
青夜は「久しぶりで、疲れた」と笑いながら告げた。
蓮も頷き「それな」と答えた。
その時、教室の扉が開き鷲尾惣が姿を見せた。
蓮と青夜は同時に顔を向け
「「鷲尾さん」」
と呟いた。
もちろん、それに反応する人間は通常はいない。
現に一人の女性以外は三人に目を向けることはなかった。
それが黄翁ゆりであった。
彼女はタブレットに顔を向けながら、そっと視線を三人に向けていたのである。
しかし、蓮はそれに気付くことなく惣が前に来ると
「何かあった?」
と聞いた。
惣は頷き
「いまレベリング案件が入りました」
と冷静に答えた。
…。
…。
ん?今学問のレベリング中ですが?
というか授業中に平然と??
と蓮と青夜は同時に首を傾げた。
が、惣はそれに関して何かを気にした様子も見せず
「この学校の体育館で誰もいない倉庫から出火がありました」
と告げた。
二人は同時に立ち上がり
「「え!?」」
と声を上げると、蓮が駆け出し
「それで、火は?」
と聞いた。
惣はそれに
「火は小火の上に発見が早かったので消火しました」
と告げた。
青夜も蓮について走りながら安堵の息を吐き出していた。
蓮は体育館の中に仄かに残っている煙が開けられた窓や扉が抜けていくのを見つめ周囲を見回した。
小火で今日のレベリングが出来ないと判断した学生がバラバラと帰っていくのが目に入り
「あー、ちょっと」
待って
と言いかけて、彼らの前に立ちはだかる様に現れた少女を見た。
ポニーテールの眼がぱっちりとした綺麗系の少女であった。
彼女は学生たちに
「ちょっと待った!」
とバーンと迫力ある声をかけると
「小火が出た時にいたんでしょ?」
詳しく状況聞かせて欲しいんだけど!
とシュタッとメモパッドを取り出した。
蓮は驚きながら
「誰!?」
俺が聞こうとしたこと言ってる
と突っ込んだ。
それに惣は彼女を視界にとらえ一度目を閉じて開くと
「土方さまと同じ高校2年17歳です」
学問の称号レベル15
低級キーパンチャーの称号レベル7
「名前は黄翁ゆり」
と告げた。
蓮は「黄翁、ゆりか」と呟き彼女の元に行くと
「黄翁さん、俺の名前は土方蓮」
一緒に彼らの話を聞きたいんだけど
と告げた。
黄翁ゆりはそれに目を向けると
「そう言うと思ってた」
とにっこり笑い、怪訝そうに立ち止まっている面々を見て
「はいはい、並んで!」
一人ずつ
「小火の時の状況を教えて!」
と告げた。
青夜は腕を組んで遠巻きに見ながら
「というか、何故彼女が聞いているのか分からないが」
有無を言わせない迫力がある
と感心しながら突っ込んだ。
蓮は隣に立ち
「あ、それとその体育館に入った時からの話も」
と告げた。
それにゆりは
「?何故?」
と聞いた。
蓮は笑むと
「小火が起きる前に常と違うところがあったかどうかは重要だと思うけど」
常と少しでも違うというのは
「小火が起きると起きないの差に関係するかもしれないよね?」
と告げた。
ゆりは目を見開く
「なるほど!」
と感心するように驚いた。
それに惣が横から
「土方様は探偵の紋章を持っております」
指示に従ってください
と告げた。
途端に全員がザッと並び事情聴取に応え始めたのである。
青夜は遅れながら二人の横に行き、メモを取り出して
「紋章パワーすげぇ」
と感心した。
1人目は朱雀章という同じ高校2年の男子学生であった。
「えー、と先ず一番最初に体育館に入ったのは俺」
俺、運動の称号レベル14で初級体育指導の称号レベル6で
「少し低めなんだよな」
まあ…良いけどさ
「でも後3年で最終だから少し頑張ろうと思って」
蓮は「分かる」と頷いた。
章はそれに蓮の手を握ると
「分かるか?」
本当はさ
「坑道計測の称号が欲しかったんだけど…選択筋に無かったんだよなぁ」
と言い
「俺、意外とボルダリング得意だからさ」
と告げた。
蓮は驚きながら
「そ、なんだ」
と答え
「確かに俺も事務以外の称号が良いと思ってたけど…そう言うの思ってる人はいるんだな」
と心で呟いた。
それにゆりがベシッと章の手を叩く
「はいはい、それよりも状況説明」
と告げた。
蓮も章もハッとすると手を離して同時に頷いた。
蓮は咳ばらいをすると
「最初に体育館に入った時に倉庫は開いてたかどうかを知りたいんだけど」
と告げた。
章は考えながら
「閉まってたから俺が鍵を貰って開けた」
と答えた。
蓮は腕を組むと
「閉まってたんだ」
と言い
「じゃあ、倉庫の中から何か取り出したんだよな」
その時にいつもと違う事とかは?
と聞いた。
章は考えながら
「俺はマットを出しただけ」
と言い、不意に
「そう言えば誰かが端っこに置いてた踏み台の上に水筒忘れてた」
と告げた。
蓮は腕を組むと
「水筒、か」
と呟いた。
章は頷いた。
「それくらいかなぁ」
青夜とゆりは同時に蓮を見た。
蓮は章に礼を言うと次に待っている生徒に順に話を聞いた。
全員が章と同じで水筒以外に特段変わったことはなかったと告げたのである。
蓮は惣を見ると
「消火は終わったんだよね」
と言い
「現場を見に行きたいんだけど」
と告げた。
惣は頷くと
「こちらへ」
と案内しかけた。
蓮は慌てて最初に話を聞いた朱雀章を見ると
「あ、朱雀さん」
貴方も一緒にお願いします
と呼び、青夜と序でにゆりを入れた4人で惣の後に付いて体育館の中へと入った。
蓮は周囲を見回しながら体育館に幾つかのカメラがあることに気付いた。
蓮は惣に倉庫の入口も入る位置にあるカメラを指差し
「あのカメラは?」
と聞いた。
惣は目を閉じて開くと
「あのカメラは運動の称号レベル確認用のカメラです」
人を認識し映像から判断しています
と告げた。
蓮は考えながら
「そうか、学問の場合はアプリに入力していくからカメラが無くても問題ないのか」
けど運動の場合はアプリを立ち上げただけじゃ分からないってことか
と呟いた。
惣は頷くと
「その通りです」
と答えた。
蓮はそれに
「じゃあ、あのカメラの映像を後で見せて欲しい」
と言い
「三日前から今日の小火後一時間までのモノを」
と告げた。
惣は目を閉じて開けると
「かしこまりました」
と答えた。
黄翁ゆりはそれを見ながら目を輝かせて笑みを浮かべた。
惣は倉庫の前に来ると
「こちらです」
と示した。
蓮は中に入り章が言っていた倉庫の端を見た。
小火は踏み台のあったらしい周辺が焦げており踏み台は黒く炭となって周辺の壁も黒ずんでいる。
蓮は近寄り水筒を手に蓋を持つと外して中を見ると
「なるほど」
と呟き、踏み台の周辺を見回した。
章も恐る恐る近寄りながら
「それそれ」
水筒
と指をさした。
蓮は踏み台の上にあったU字型の金属を見ると
「これは?」
と聞いた。
章は首を振り
「知らない」
というかそれの上に水筒置いてたな
と告げた。
蓮は冷静に
「そうか」
音叉なんか普通置かないよな
と言い、同じように燃えていたらしい倒れている手押し車を見た。
「朱雀さん、これは?」
章は「ああ」というと
「それはラインカーで線を引く時に使うもので何時もは向こうに置いていた気がするけど」
誰か移動させたのかも
と告げた。
蓮はそれを見ると
「恐らく原因はこれだと思う」
と告げた。
それに章もゆりも青夜も目を見開いた。
蓮は惣を見ると
「このラインカーの中の物質を調べて欲しい」
と言い
「もし消石灰じゃなくて生石灰が入っていたら水と反応してかなりの高温になったはずだし」
それがこの踏み台を燃やしたなら説明がつく
と告げた。
惣は目を閉じて開くと
「かしこまりました」
直ぐに上級鑑識の称号を持つ者を手配します
と告げた。
蓮は冷静に
「このラインカーを移動させて水筒の蓋を締めたように見せながら開けて」
恐らくこの音叉はチャイムの音で共鳴するようになっていたと思うから
「それでこのラインカーの中に水筒の水を入れるようにしていたとしたら」
間違いなく時差発火装置だ
と告げた。
惣はそれに一度目を閉じて開いた。
しかし、沈黙を守ったのである。
章は驚きながら
「すっげぇ、そんなことが分かるんだ」
とジッと蓮を凝視した。
ゆりは蓮に
「それで、それを仕組んだ人は分かるの?」
と聞いた。
蓮は頷くと
「チャイムの音に反応するようにしていたとしたら、昨日の最後のチャイムの音から今朝のチャイムの音の間にこの仕組みを作ったはずだから」
と倉庫から出るとカメラを見た。
「あのカメラに出入りが写っている」
その時にあの水筒も持っていると思うからわかるよ
ゆりは「すごい!」と言い
「私を、助手にして!!」
と告げた。
蓮と青夜は驚いて
「「はぁ!?」」
と後退った。
ゆりは笑むと
「私、本当はキーパンチャーより人の話を聞いて知らないことを知っていく仕事をしたかったの」
でも選択筋に無くて
と告げた。
「凄く、興味湧いた!」
お願い!!
蓮はう~んと考えると
「確かに先の行動力は役に立ったし」
と言い
「話を聞いて情報収集するのも人では欲しいし」
と呟いた。
「でも、職を変えるとペナルティがあるよ?」
ゆりは頷くと
「それは覚悟の上」
20歳になったらそうしようと思ってたから
「やりたいと思わない事でひっくい天井の人生を歩むのなら」
同じヒックい天井の人生でも好きな職で低いのが良い!
と笑顔で告げた。
それは…かつて自分が思ったことである。
蓮は笑むと
「わかった」
俺の探偵の称号のレベリングの時に情報活動してほしい
と告げた。
そして、惣を見ると
「彼女をそう言う形でレベリングの協力者にしたいんだけど」
と告げた。
惣は目を閉じると暫く立ち尽くした。
青夜は蓮に
「何時も何しているんだろ」
と聞いた。
ゆりも序でに章も見つめた。
蓮は問いかけに
「恐らくAIシステムにアクセスして承認できるかの返答を待っているんだと思う」
鷲尾さん自体が
「AIシステムの端末なんだ」
と告げた。
青夜はギギギと蓮を見ると
「俺、鷲尾さんってただ慎重な人だと思ってた」
と告げた。
蓮も苦笑し
「最初は俺もそう思ってた」
と答えた。
10分程して惣が目を開くと
「情報収集という称号はありませんが情報管理という称号が一番近いと判断します」
と言い
「変更申請は出せますが」
低級キーパンチャーの称号のレベルは保持されますがこの先は上がることがありません
「かつ低級情報管理の称号のレベリングに関しては上がりにくいというペナルティがあります」
それを承諾するのであれば探偵の紋章の協力という特別申請で変更いたします
と告げた。
ゆりは頷いて
「わかったわ」
それで
と告げた。
惣は頷き
「かしこまりました」
と告げ目を閉じて直ぐに目を開けると
「申請しました」
今から低級情報管理の称号となります
と告げた。
「レベリングに関しては探偵の紋章のレベリング時に情報収集及び管理を行った場合に上がる形となります」
ゆりは笑顔で蓮を見ると
「宜しくね」
とパンッと肩を叩いた。
新しい仲間の誕生であった。
その後、カメラの映像から運動の称号を持っているがレベリングが上手く行っていなかった学生が水筒を持って倉庫に入り、長い時間出てこなかったことから話を聞くとその仕組みを作ったと自白したのである。
もしも。
もしも。
それが小火でなかったら…体育館にいた多くの生徒が犠牲になっていたかもしれない。
だが、彼のペナルティは体育館倉庫の損壊に関することだけだったのである。
蓮は学校から戻り輪廻と共に自主勉強をしながら高くなった青い空を窓の外から見つめた。
恐らく、学生がそれで亡くなっていても…同じペナルティだっただろうと容易に想像できたのである。
惣に聞くとその答えが返ってきたからである。
『損壊の範囲が広がるのでペナルティは重くなります』
それだけだったのである。
「人に関係するルール…法が無い」
きっと、このままで良いはずがない
「だけど、どうすれば良いのか」
輪廻は考える蓮を見るとそっと手を掴み
「焦る、良くない」
と笑みを向けた。
蓮はそれにハッとすると
「ありがとう、輪廻ちゃん」
と微笑み返した。
時は9月から10月へと移り変わろうとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。