その5
「いやー、歓迎会もいいですねー」
明るく告げたのは安定の神楽勇武であった。
これで歴史の紋章を持つ歴史学者である。
青夜はその隣で
「結構LDK広いとおもってたけど」
流石に7人になると手狭かも
と慌てていた。
輪廻は咲良家康の隣に座り
「父の大事、料理が上手」
美味しい
とニコッと笑った。
家康は微笑むと
「それは御相伴にあずからないとですね」
と答え
「輪廻ちゃんはきんぴらごぼう好きですか?」
と聞いた。
輪廻は笑顔で
「初めて、食べる」
と答えた。
二人の横で蒼槻きずなが
「しかし、今の日本でこんな持ち寄り会があるなんて」
押しかけて申し訳ない
と告げた。
それに輪廻の隣に座っていた四季が
「いやいや、文学の紋章とは」
紋章持ちは網羅していると思っていたが
「初めてお目にかかった」
と言い
「正直驚いている」
と告げた。
そして、愛おし気に家康を見ると
「しかも、綺麗な方だ」
女性の従者も初めて見た
と笑みを浮かべつつ、勇武をチラリと一瞥し
「まあ神楽の従者も見たことがないけどな」
開けっぴろげな割に意外ときっちり秘密主義なんだ
と告げた。
きずなはそれに苦笑いをする勇武を見て
「なるほど」
と呟き
「まあ、俺は元々社交的ではなかったので」
知らなくても仕方ないかと
と答えた。
「でもこういうのは悪くない」
「ですよねーいいですよねー」
お見知りおきを!
「早速、乾杯しましょう!」
料理が冷めますよ
「生徒諸君!!」
と勇武が呼びかけた。
蓮は彼らを見ながら
「…なんて言うか」
少し前まで住んでいる人の顔なんて思い浮かびもしなかったのに
「今は忘れることが出来ないくらい癖の強い人たちが集まっている気がする」
と心で突っ込んだ。
考えれば、文月四季と輪廻親子と会った時から運命の輪は回り始め、蓮は彼らと出会う前の自分が思い出せないほど確かにどこか突き抜けた天井を目指して生きている気がしていたのである。
部屋の中は冷房が効き、外はすっかり夏の生暖かい夜の様相を見せていた。
名探偵の紋章
蓮の日課は朝と昼に入ってくる相談や緊急通報や死亡情報に目を通すことであった。
その中に違和感のあるモノがあれば調べる。
つまり案件として持ち上がる。
ただ、最優先は探偵の紋章のレベル上げで鷲尾惣が持ってくる案件の解決であった。
ただここ数日はそれほどのものはなく代りに文月四季が
「輪廻と海水浴へ行きたいと思う」
と夏のバカンス提案が飛び出したことであった。
それに蒼槻きずなが
「でしたら、俺の千葉の家で数日海水浴兼バカンスをするのはどうです?」
と告げた。
確かに海辺の高台にある家なので海水浴場も近い。
神楽勇武もそれに
「確かに!」
且つて7月後半から9月初めまで学校では夏休み!
「バカンス月間でした!!」
いいですね~海水浴!!
と告げた。
青夜と蓮は顔を見合わせると
「「そんな月間があったんだ」」
と驚いた。
今までの自分たちはレベリングレベリングで娯楽という娯楽をしたことが無かったのだ。
輪廻は咲良家康に
「海水浴、父と」
良い?
と聞いていた。
家康は微笑み
「お待ちしております」
と答えた。
こうして急遽。
夏休みバカンス海水浴計画が発動したのである。
既に7月は終わり8月に入っていた。
蒼槻家は先月に青夜が持ってきた緊急通報案件の解決の際に訪れた。
だから蓮と鷲尾惣と青夜は知っていた。
海辺の高台にある平屋の一軒家。
蓮や青夜、輪廻に四季、勇武や各人の従者が行っても十二分に寝起きが出来る広さがあった。
蓮と青夜と輪廻は鷲尾惣が運転する車に乗り、四季と勇武ときずなは咲良家康が運転する車に乗りこんで千葉県木更津にある蒼槻家へと向かったのである。
そこで思わぬ出来事が待っていたとはこの時は流石に誰も想定もしていなかったのである。
青い海に青い空。
ギラギラ輝く太陽は世界全てを明るく照らし出していた。
しかも…暑い。
木更津にある蒼槻家の家から歩いて20分少々のところにある砂浜に全員で訪れパラソルを広げて文月四季と神楽勇武と蒼槻きずなは日影で座っていた。
全員海水パンツを履いて何時でも海にロックオンできる状態でであった。
が、三人の内の誰もが汗を掻きながら最初に四季が
「いや、暑いな」
「そうですねー、しかし、若者は元気ですねー」
「本当に…俺は物書きなのでこうやって海の音を聞いているだけで満足ですけどね」
ハハハと三人は笑いながら
「「「波の音を聞くなら涼しいところが良かったかもしれない」」」
と心で突っ込んでいた。
蓮は輪廻と青夜と家康と海に入りながらビーチバレーをしていたのである。
家康がビニールのボールを用意し
「ビーチバレーというのを且つてしていたと情報があります」
と告げたからである。
彼女は蒼槻きずなの従者である。
蓮は以前輪廻の従者で四季に改造された大事や自分の従者である鷲尾惣がロボットであることを知ったので従者は全員精巧に出来たロボットだと思っていた。
その証拠に鷲尾惣は海には近寄らない。
もちろん風呂にも入らない。
食事もしない。
だが、家康は海に入っている。
平気そうである。
蓮は時折首を傾げ乍ら
「彼女、何者なんだろう」
と思わずにはいられなかったのである。
その実、一番それを思っているのはロボット工学の紋章を持っている文月四季であった。
ただ、彼には一つの疑惑があったので蓮のように疑問符だけが脳内を駆け回っている訳ではなかった。
彼はジッと家康を見つめ
「まさか…な」
と小さく呟いた。
その呟きを、きずなは一瞥したものの藪の蛇を突く真似はせずにただ黙って沈黙を守っていた。
蓮は飛んできたボールを手で叩くと
「おっしゃ!」
と声を出した。
が、それに飛びかかり青夜はレシーブすると
「負けるか!」
輪廻ちゃん行け!
と声をかけた。
輪廻はムンンッと大きく手を伸ばしてペシッと
「輪廻、叩く」
と叩いた。
ボールはふわわ~と上がり砂浜にある小さな小屋の方へと飛んでいった。
青夜はそれを見ると
「よし!」
土方が取れなかったからこれはこれでよし!
と頷いた。
蓮は走ってボールを取りに向かいながら
「…いや、普通は取れないから!」
と心で突っ込んでいた。
輪廻は足を踏み出すと
「輪廻のボール、大きかった」
と言い蓮の後を追うように足を進めた。
蓮は小屋の前でボールを掴まえると
「輪廻ちゃん、今から戻るから待ってて」
と声をかけて、不意にがたんと響いた物音に一瞬息を吸い込んだ。
「いま心臓止まった」
と心臓止まったら俺がヤバいな!と一人突っ込みしつつ、ボールを手に音のした小屋を振り返った。
ボロボロの小屋である。
というかもう使われている雰囲気のない小屋である。
青夜は立ち止まって小屋を振り返る蓮に足を踏み出して
「おい!どうした?」
と駆け寄った。
遠巻きに家康が輪廻の手を掴んで立ち、だらけていた大人軍団の3人も蓮と青夜に目を向けた。
蓮は青夜が横に来ると
「今、小屋の中から音がした」
と告げた。
青夜はハハッと乾いた笑いをして
「こんなボロボロの廃墟に人が住んでいないだろ?」
というかここ倉庫みたいな雰囲気だし
と告げつつも足を踏み出し近付いた。
蓮も固唾を飲み込みながら近付き戸の前で
「誰かいますかー?」
と叫んだ。
青夜は思わず笑いながら
「いたら怖いって!」
とビシッと蓮の腕を叩いた。
瞬間に再びガタンと音が響いた。
二人は顔を見合わせると固唾を飲み込み、警戒しながら戸を開けた。
そこに一人の女性が猿轡をされ、両手両足を縛られた状態で寝転がされていたのである。
「うーうー」
蓮は慌てて駆け寄り猿轡と両手両足を縛っていたテープを剥がした。
「大丈夫ですか?」
言われ、女性は泣きながら
「私、殺される」
としがみついた。
青夜は驚きながら
「殺される!?」
と聞いた。
彼女は何度も頷きながら
「今日、会社で点検があるので昨夜残業して調べていたら…在庫が合わなくて」
それを言いに行ったらいきなりこんなことに
と告げた。
わらわらと他の面々も集まってきた。
蓮は一瞬クンッと鼻で息を吸い込み
「ん?」
と思ったものの、彼女を立たせて
「詳しく話を聞かせてください」
と言い、四季と神楽と蒼槻を見ると
「彼女の話を詳しく聞いてきます」
と告げて青夜を見ると頷いた。
輪廻は家康と蓮に近付き
「探偵、する?」
と聞いた。
蓮は頷いて
「でも、取り敢えず話を聞くだけだし」
輪廻ちゃんは家康さんと海水浴してていいよ
と告げた。
青夜も頷いて
「そうそう」
じゃあ行こうか
「土方」
と呼びかけた。
蓮は頷いて
「あ、蒼槻さんの家かります」
と蒼槻きずなの家の方へと坂を上って行った。
鷲尾惣もそっと三人の後ろについて歩いて行ったのである。
四季は輪廻を見ると
「じゃあ、輪廻」
お父さんとビーチバレーしようか
と笑いかけた。
輪廻は頷くと
「輪廻、四季に、勝つ」
と笑みを浮かべた。
四季はそれに
「よーし、お父さんも負けないぞ」
と笑って応え
「神楽に蒼槻さんも宜しくー」
と呼びかけた。
若者チームが仕事に入ったので、年配…と言っても全員20代チームが本格的海水浴へと乗り出したのである。
蓮と青夜と惣は女性と共に蒼槻家の中へと入りリビングダイニングで彼女から話を聞いた。
名前は山田世津子と言い車で10分ほど行った先のアモルファ文具の経理課の女性であった。
彼女は中級経理の称号を持っており毎日の在庫報告の入力していたのである。
1年に一度監査が入り在庫の実数確認を本社の人間がするのだが、それが今日だったのでコンピューター上の在庫数と実際の在庫数を確認したらあっていないことが分かり、上司の花山和之に相談していて気を失って、ここへ閉じ込められたということであった。
蓮はそれを聞くと
「つまり、実際の在庫が少なかったということですね?」
と確認した。
世津子は頷き
「はい、それもかなり差があって」
と告げた。
青夜は蓮を見ると
「つまりそれって」
と聞いた。
蓮は冷静に
「横領だよな」
と答えた。
青夜は「犯人は花山って上司だな」と告げた。
蓮は少し考えながら
「かも知れないけど…」
と言いつつ
「何か不自然だよな」
と心で呟いていた。
彼女の上司である以上は1年に一度監査が入ることも入る日も分かっているのに何故?と思わずにはいられなかったのである。
それに彼女の言葉をそのまま信じるとすると状況がおかしい。
彼女を助けた時に鼻に触れた香りも彼女の匂いというよりは残り香のようであった。
ただ、どちらにしてもその花山という上司に会う必要と会社に行く必要があると理解した。
蓮は立ち上がると
「とにかく、会社へいくか」
と惣を見た。
惣は頷いて一度目を閉じて開くと
「お送りいたします」
と答えた。
蓮と青夜と山田世津子は惣の運転で会社へと向かった。
アモルファ文具は様々な会社で使われている文具用品の取り扱いをしており倉庫と3階建ての本社ビルがあった。
到着した時にはちょっとした騒ぎが起きており、蓮と青夜と世津子と惣は車から降りると本社の入口に足を進めた。
すると受付の女性が世津子を指差し
「あ!山田さんです!!」
と叫んだ。
入口からざわざわと5,6人の社員が姿を見せた。
その中の男性が驚いた表情で彼女を見た。
「…山田、さん」
世津子は男性を見ると
「花山課長…」
と呟き
「貴方が文具をぬすんだんですね!」
と震えながら訴えた。
それに男性…花山和之は他の人々の視線を受けて顔を顰めると視線を落とし
「…それは」
と呟いた。
蓮は彼と世津子を交互に見て
「やっぱりおかしい」
と心で呟いた。
その時、女性が世津子に駆け寄り
「いま、貴女が文具を盗んで逃げたと花山課長が言っていたの」
と告げた。
世津子は顔を伏せると
「そんな!」
私、盗んでいません!
と両手で顔を覆った。
蓮は女性を見ると
「貴方は?」
と聞いた。
女性は蓮と青夜と惣を見ると
「私は山田さんと同期の経理課の水野と言います」
彼女を助けてくださってありがとうございます
と頭を下げた。
青夜は慌てて
「いえ」
と告げた。
蓮は彼女の横に立ち匂いを嗅いだ。
そして、彼女に
「貴女が文具を盗んだ犯人なんですね」
と告げた。
水野由香は驚いて蓮を見た。
「え?私は関係ありません」
今朝来て課長から山田さんが文具を盗んで逃げたと聞いて
「驚いていたんです」
世津子も頷いて
「そうです、彼女は同じ課で」
私は課長と話をしている時に気を失わされてあそこに運ばれたんです
と告げた。
蓮は息を吐き出すと
「俺はそれがおかしいと思っていたんです」
と言い
「先ず、貴女を助けた時に水野さんがしている香水の香りがしました」
それに課長と話している最中ということは課長とは向かい合っていた
「ならば殴られるのを見ているはずだ」
でも貴方はそれを見ずに気を失ったということは話している最中に背後から殴られたかしない限りそういう状況にはならない
と告げた。
それに世津子は目を見開いた。
由香は視線を逸らせると
「…でも、私と彼女は隣の席ですし」
香りが移るのあると思います
と告げた。
それに和之は息を吐き出し
「俺が、盗んだんです」
と告げた。
「山田さんには迷惑をかけて…」
由香は彼を見ると
「課長もそう言っているのよ」
と顔を背けた。
周囲ではほかの社員がざわめいて顔を見合わせていた。
惣は目を一度閉じて開くと
「この方は探偵の紋章を持っており、今回の会社の件を調べております」
と告げた。
蓮は彼を見るとにこっと笑み、和之に視線を移して
「どうして水野さんを庇うんですか?」
と言い
「貴方が彼女を庇っても彼女の為になりません」
と告げた。
「会社のモノを盗んで反省もせずに人に罪をなすりつけ」
未だに彼女を守ろうとした貴方に平気で罪を押し付けようとしている
由香はキッと蓮を見ると
「私、本当に関係ないわ」
何故、私だというの?
と告げた。
青夜は蓮と彼女と花山和之を交互に見た。
蓮は息を吐き出すと
「俺に礼を言いましたよね?」
と告げた。
彼女は「ええ」と答えた。
「だって花山課長に監禁されていた山田さんを助けてくださったんですもの」
蓮は腕を組んで
「何故、俺が監禁された彼女を助けたと分かったんですか?」
と聞いた。
「あの状況なら逃げた彼女を捕まえて引き戻したと普通なら考えますよね?」
俺も山田さんも一言も監禁されたようなことは言っていないし
「山田さんが文具を盗んで逃げたという話だけだった」
普通なら『彼女を連れ戻してくれてありがとう』ではないんですか?
青夜も他の人々も驚いて彼女を見た。
由香は目を見開いて蓮を見た。
和之は息を吐き出し
「水野君」
と言い
「もう、辞めよう」
と告げた。
彼女は和之を睨むと
「は?」
貴方、私があの事を言ったらどうなるか分かってるの?
と告げた。
和之は笑うと
「もう、構わない」
と言い
「君に脅されて従ったのが間違いだった」
確かに俺は部下がした経理の仕事を自分がしたように申告してレベルアップの不正をしていた
「ペナルティは受けるつもりだ」
と告げた。
「君に脅されて君が文具を盗んで闇取引しているのを見逃していたのは間違いだった」
そう言って山田世津子を見ると
「山田さん、申し訳なかった」
と頭を下げた。
由香は震えながら
「私はレベルの不正をしてないわ」
文具を取っただけだもの
「ペナルティは低いわ」
と顔を背けた。
惣はそれに
「今回の件は報告しました」
後程二人にそれぞれペナルティが課せられると思います
と告げた。
蓮と青夜は顔を見合わせると複雑な面持ちで惣を見た。
世津子は二人に頭を下げると
「ありがとうございました」
と告げ、他の社員たちが心配そうに声をかけるのに淡い笑みを浮かべて応えていた。
惣は蓮に
「それでは戻りましょう」
と言い
「今回はアモルファ文具の不正も暴いたということでレベルが上がりました」
と告げた。
蓮はそれに
「わかった」
と答え、惣の車に乗ると頭を下げる世津子をミラーで見ながら立ち去った。
確かに人の仕事を横取りした花山和之の行為は正しいことではない。
だが、会社の物品を盗んで自分の利益にし、且つ、それを見つけた同僚を監禁し、更に他の人に罪を擦り付けようとした彼女の行為も正しくはない。
人を害した時点でレベルアップ不正よりも重いはずだと蓮には感じられた。
なのに。
なのに。
蓮は走る車の中から
「やっぱり、このAIシステムの世界は間違っている」
と心で呟き
「だけど、どうすれば良いんだ?」
と思いをはせた。
そんな蓮の様子をミラー越しに惣は見つめていたのである。
彼らが海に戻ると四季や勇武やきずなは疲れ果ててパラソルの下で倒れており、家康と輪廻が笑顔で彼らを出迎えたのである。
輪廻は蓮と青夜の手を掴むと
「輪廻、勝った」
父、負けた
とにっこりと笑った。
蓮は年配チームの散々たる状態に苦笑し
「輪廻ちゃん、凄いな」
と微笑み返した。
空は青空。
海は穏やかな波を讃えていた。
9月に入り、再び学校へ行き出した蓮と青夜に大きな転機が待っているとはこの時誰も考えていなかったのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。