その3
「い、いいのか?」
荷物を運び入れる相羽大事を見ながら睦月青夜が隣に立つ土方蓮に呆然と聞いた。
蓮は笑顔で頷くと
「ああ、是非手伝って欲しいんだけど」
睦月さんは嫌だったかな?
と聞いた。
青夜は首を振りながら
「いやいや、俺としては助かる」
事務称号のレベルペナルティー喰らったから
と答えた。
「あ、そうだ」
土方さんは俺のオーナーになるから睦月って呼んでくれ
蓮は笑って
「あ、じゃあ」
俺と睦月は同じ年だから
「俺のことは土方って呼んでくれる?」
その方が気分的に楽
と答えた。
青夜は笑うと
「変な奴だな」
でも分かった
「よろしくな、土方」
ありがとう
と告げた。
大怪我から動けるようになった文月四季はアパートから姿を見せると
「お、どうだ?」
大事は役に立ってるか?
と聞いた。
蓮の横に立っていた輪廻はパタパタと走ると四季の前に行き
「役に立ってる」
大事、エライ
とニコッと笑って告げた。
初めて会った頃は無表情で粛々と手術をするというトンデモナイ少女だったが、最近は笑ったり、怒ったり、少しずつだが表情が現れるようになった。
四季は輪廻を抱き締めながら
「そうかぁ、輪廻が喜んでくれるのが俺は嬉しい」
と告げた。
青夜も四季のところへ行くと
「荷物の運び入れに相羽さんをお貸しくださってありがとうございます」
と頭を下げた。
四季はにっこり笑うと
「ああ、構わない」
本来ロボットはそういうものだ
と言い、目を細めた。
蓮はそれを聞きながらふっと仕事を手伝ってくれている鷲尾惣と四季の従者と言う七尾汎のことを思った。
人間と思っていたのだが…もしかしたら彼らは。
「ロボットなのか?」
蓮はそれを本人に確認することが怖くてできずにいたのである。
梅雨の開けた7月初旬。
じりじりと陽光が照り付ける夏の始まりであった。
名探偵の紋章 ~Coat of arms of Detective~
睦月青夜の部屋は301号室で、103号室に新しく作った探偵事務所で事務処理をしてもらうことにした。
先日のスカイルーフ株式会社の騒ぎで会社をクビになり称号のレベリングにペナルティが課せられることになったので蓮が惣に彼を事務員として働くことができるように頼んだのである。
同時に佐久間明日海を殺したと自供し彼女の死亡時間に彼女の住むマンションへ入っていくのが映っていたことでほぼ確定した鈴木一郎のことで悩む蓮でもあった。
このままでは『殺した』と分かっただけである。
それ以上でも以下でもない。
明日からもこれまでと同じ生活することになるのだ。
もちろん、鈴木一郎と柿崎瑞恵に関してはレベル不正があったのでかなり厳しいペナルティが課せられるが、佐久間明日海のこととは別である。
蓮は青夜が荷物の運び入れが終わり室内の小物の整理をしにアパートに戻っていくのを見送り、隣で立っている文月四季に
「話があるんですけど」
と告げた。
四季は「ん?」と蓮を見ると
「じゃあ、輪廻と俺の部屋へ行くか」
と歩き出した。
蓮は輪廻と手を繋ぐと
「良いかな?」
輪廻ちゃん
と聞いた。
輪廻は頷くと
「良い」
と答えた。
三人で四季の部屋へと入り、蓮はこれまでの疑問をぶつけることにしたのである。
四季は蓮よりも10歳くらい年上で色々なことを知っていた。
最上級探偵の紋章を蓮にくれたのも彼なのだ。
部屋に入りテーブルを挟んで四季と向き合うように座ると
「実は俺は考えもしていなかったんですけど」
先の依頼で佐久間明日海さんと言う女性が鈴木一郎と言う男性に殺されていたんです
と告げた。
四季は腕を組み
「なるほど」
と答えた。
蓮は息を吐き出し
「けれど彼女が殺されたという事実は彼が…睦月が俺に知らせなかったらそれすらも知られることもなかった」
と告げた。
「しかも確かに鈴木一郎が殺したことが分かったけれど…ただそれだけと言うのが」
四季は蓮を見て
「つまり、誰かが私益の為に他の人を殺しても全くペナルティが無いということに疑問を持っているということか?」
と聞いた。
蓮は頷いた。
四季はふっと笑うと
「言っておくが」
そんなこと日常茶飯事だし
「ペナルティが課せられる事柄には入っていない」
と告げた。
蓮は四季を見つめ
「そうなんですよね」
睦月が彼女の死を調べてもらうようにシステムに言っても『死の処理は済んだ』ということで終わったと言っていたので
「今のシステムはどこの誰がどんな死に方をしても『問題ではない』ということなのではないかと思います」
と告げた。
「でもそれは何か間違っている気がします」
俺は誰かの私益の為に殺されたくない
「抗う」
同じように佐久間明日海さんも悔しかったと思うし悲しかったと思う
「なのに…彼女を踏み躙って殺した相手はその事を反省することすらない」
誰かの未来を奪ってもペナルティがないとなると
「世界は奪ったもの勝ちの世界になっていると言わざる得ない」
…それは無法地帯と同じではないかと思う…
「そんなシステムは間違っている」
四季は蓮を見つめて
「確かにそうだな」
と言うと
「実は302号室に親友が越してくるんだ」
彼は歴史に造詣が深い
「面白い話が聞けると思う」
と告げた。
「神楽勇武というんだが彼に聞いてみる方がいいだろ」
蓮は「神楽勇武…」と呟き頷いた。
四季は笑みを深め
「だが、君がそういう思いを持ってくれて俺は嬉しいと思う」
今の日本を支配するAIシステムには心が無い
「いや、そもそも機械に心を求める方が間違っていると俺は思う」
と告げた。
蓮は不思議そうに
「心…ですか」
でも俺はこの17年何一つ不可解に思ったことはなかった
と呟いた。
四季は頷いて
「確かにな」
人間を
物事を
「合理的に効率的に処理し回すだけならAIの方が優れているだろう」
と告げた。
「だがその中で生きる人間は機械の部品…駒と同じ扱いになる」
死は使い物にならない部品だ
「取り替えれば良いだけだ」
今のAIシステムはそう作られているんだな
…だが人は部品ではないし部品となってはならない…
「AIが支配する今の世界は根底で狂っている」
四季は笑むと
「だから俺は敢えて最上級探偵の紋章を作ったんだ」
と告げた。
蓮は大きく目を見開くと
「…え!?」
と呟いた。
四季は笑みを深め
「君が最上級探偵としてもっと深く深く世界を探り見つめ」
答えを出してほしい
「俺は期待している」
と告げた。
蓮は驚きながら
「お、れにできるか分かりませんが…頑張ります」
と告げ
「先ずは神楽勇武さんから聞いてみます」
と答えた。
「文月さん、ありがとうございます」
俺、睦月の様子を見てきます
そう言って立ち上がった。
四季は「ああ」と答え
「大事が必要になったらいつでも声を掛けてくれと言っておいてくれ」
と告げた。
蓮は「はい」と頷いた。
輪廻は手を振って
「いってらっしゃい」
と蓮を見送った。
四季は笑顔で見送る輪廻を優しく撫でながらフッと表情を変えると外に目を向けた。
「…何処まで役目を果たせるかわからないが」
それが良いかもわからないが
「…この狂った世界を更に狂わせないために」
彼を導かなければ
蓮は301号室へ向かって青夜と合流して部屋を片付けながら
「睦月、事務だけでなく」
俺の片腕にもなって欲しい
と告げた。
青夜は驚いて目を見開いた。
「俺でいいのか?」
蓮は頷いた。
「ああ、是非」
それで今度引っ越してくる神楽さんっていう人から話を聞くからそれも一緒に聞いて欲しい
「佐久間明日海さんのことに関わることだから」
青夜はジッと暫く蓮を見つめた。
そして微笑むと
「ああ、ありがとう」
と答えた。
「よろしく頼む」
蓮もまた
「俺の方こそよろしく」
と答えた。
その時、鷲尾惣が姿を見せて
「部屋と文月氏のところにいなかったのでこちらだと判断しました」
依頼がございます
と告げた。
蓮は頷いて
「鷲尾さん」
これからは依頼内容も睦月に聞いてもらうことにしました
と告げた。
「報告書を作ってもらうのに必要なので」
鷲尾惣は目を一度閉じて直ぐに開くと
「承知いたしました」
と答えた。
蓮は青夜と共に輪廻を迎えに行き、その足で一階にある103号室へと向かった。
依頼内容は『4日前から午後9時から10時のあいだ同じ音楽が流れてくる』というものであった。
蓮は椅子に座って鷲尾惣からそれを聞き
「はぁ、恐らくアラームかタイマーでその間だけなるようにしただけでは?」
と聞いた。
鷲尾惣はそれに目をと閉じて開き
「可能性は大なのですが、音楽がなっているだろう部屋の住人の気配がないということです」
と告げた。
青夜は蓮を見ると
「まるで苦情係だな」
と感想を述べた。
蓮はフムッと考えて
「確かに、耳鳴りの後にグラスが粉砕した件にしても、壁に青い人影の件にしても…今回の定時に音楽がなる件にしても」
そう考えたらそうだよね
と答えた。
青夜は冷静に
「つまり探偵って苦情係の称号なんだ」
と呟いた。
蓮は惣を見ると
「そうなのか?」
と聞いた。
惣は首を振ると
「違います」
と冷静に返した。
「出来事の裏にある真実を探求し見つけるのが探偵の称号の本来の在り方です」
狭義には事件や事故の解明です
「しかし、事件や事故という現象が無い現在は…不可解な出来事の報告や相談、困った相談でも常時とは違う状況のものを選択しております」
それが、今回は『居住者が出てこない部屋から午後9時から10時まで聞こえてくる音楽』なのだ。
蓮は立ち上がると
「でもやるよ」
と答え
「その住人が出てこない部屋に案内してもらえるかな?」
と告げた。
惣は頷くと
「はい」
と答えた。
青夜も立ち上がり
「じゃあ、俺も記録係で同行するな」
と告げた。
輪廻はそれを見ると
「探偵は苦情係で事務は記録係」
と呟いた。
…。
…。
蓮と青夜は同時に
「「違うから」」
と告げて、顔を見合わせると笑った。
三人は惣の運転する車で東京の江戸川の方にある住宅街の一軒家へと訪れた。
惣は車を止めると
「この家の水島達男と言う男性が依頼主です」
と告げた。
蓮は頷いて
「じゃあ、先に話を聞こう」
と降り立ち、インターフォンを押した。
少し前まで低級事務の称号で働いていた蓮には一戸建てに住むことがどれほどレベルの高いことかを良く知っていた。
上級以上でないと一戸建てには住めない。
もちろん、上級以上の人間でも高級マンションの方が良いと一戸建てに住まない人間もいるのだがそれ以下の称号だと先ず一戸建てに住むことは許されていないのだ。
日々の買い物や住宅などは称号によって決まっており、選ぶことが出来ない。
その範囲内であれば何を選んでも何を購入しても良いだ。
住居や電気ガス水道についての使用料金は基本的に自分が感知することはないが、日々の買い物は利用できる金額が決まっており近付くと携帯などで警告がでる。
利用金額を超えると店に入る前に警報が鳴るので店に入ることすらできないということだ。
もちろん、そこまで使う人間はそうそういない。
つまり働いた分だけ金が手に入るわけではなく称号のレベルに合わせてどれだけ働いても働かなくても使用金額が決まっておりその範囲内ということになる。
ただ働かないと称号が上がらないので良い暮らしは出来ないということだ。
蓮は中から出てきた男性を見ると
「依頼を受けて状況をお聞きしようと来ました」
と告げた。
「お話をお聞かせいただけますでしょうか?」
それに男性は頷くと
「私は水島達男と言います」
どうぞ中へ
と招き入れた。
二階の一戸建てで一階にリビングがあった。
そこのテーブルに座るように勧められて蓮と輪廻と青夜は座り、惣は窓側に控えた。
達男は息を一つ吐き出し
「4日前の夜の9時に行き成り大きな音で音楽流れて10時に止まったんですが」
かなり音だったので私だけではなくて近隣の数名が外へと出てきました
と告げた。
「初日は何処の家か分からなかったんですが、二日目の同じ時間に同じ音楽が流れて取り敢えずどの辺りか聞きながら移動して」
この前の通りを左にいって直ぐの角を右折して二つ目のマンションだと分かったんです
「ただマンションの住人も部屋の前いて戸を叩いていたんですが出る気配が全く無くて」
流石に4日連続となるとどうしていいのか分からなくてシステムに相談したら探偵という称号があって
「その称号の方に調べてもらえるという話だったので代表して私が依頼を」
蓮は頷いて
「そう言うことだったんですね」
と言い
「わかりました、調べます」
と立ち上がった。
「問題のマンションの部屋は」
達男は「マンションの3A号室です」と答えた。
蓮は惣に
「近いみたいだから歩いていくことにするよ」
と言い
「良いかな?輪廻ちゃんに睦月」
と聞いた。
輪廻は頷いて
「大丈夫」
と答えた。
睦月も笑顔で
「俺もOK」
と答えた。
三人は惣と共に問題のマンションへ行き3A号室の前まで訪れた。
瞬間に輪廻が目を細めた。
蓮と睦月は少し顔を顰め
「何か匂いが」
「ああ、するな」
と呟きあった。
輪廻は二人を見ると
「多分、後二日もすればシステムが処理したと思う」
と言い
「恐らく中で亡くなっている」
と告げた。
蓮は惣を見ると
「この部屋をすぐに開けてください」
と告げた。
惣は目を閉じて直ぐに開けると
「かしこまりました」
と答え
「今、この地区の施設管理を呼びます」
10分程お待ちください
と告げて目を閉じた。
10分程して作業服の男性が現れるとカードを手に
「このマンションのセキュリティドアキーです」
開けます
と蓮に確認するように言い戸の鍵を解除すると開けた。
蓮は輪廻を見ると
「あ、俺達が先に入るから」
と青夜と中へと入り周囲を見回しながら進んだ。
部屋は玄関を入ると直ぐに水回りのトイレやバスルームがあり、その奥にリビングダイニングと部屋が二部屋あった。
蓮はリビングを抜けて隣の寝室へ向かいかけて不意にリビングダイニングのシンクの横に視線を向けた。
それに輪廻が
「どうかした?」
と聞いた。
蓮は驚いて
「輪廻ちゃん!」
と声を零した。
輪廻はすっと寝室のベッドの上で死んでいる青年を見ると
「もう亡くなっている」
と言い、頭や顔、後頭部を見た。
青夜は震えながら
「だ、大丈夫なのか?」
と聞いた。
輪廻は頷くと
「大丈夫じゃない」
この人は亡くなってから恐らく数日たってる
「調べないと分からない」
ただ亡くなった原因は
と布団を捲りながら
「後頭部殴打による頭蓋骨損傷か脳内出血だと思う」
と告げた。
「ちゃんと調べないとこれも正確には言えないけど他に外傷がないから頭の傷が原因と思う」
蓮は「そうか、輪廻ちゃんは医学の紋章を持っていたんだよね」と呟いた。
輪廻は頷いた。
「だからわかる」
青夜は驚いて
「そうなのか!?」
2人とも紋章持ちか
と言い
「凄い」
と呟いた。
蓮は周囲を見回して惣に
「すみませんが、この部屋をこのままにしておいてください」
と告げた。
「それから、この男性の正確な死因を調べられるようにお願いします」
輪廻は冷静に
「私が調べる」
けど
「ここでは無理」
病院のような設備が必要
と告げた。
惣は輪廻を見ると
「かしこまりました」
この近くに江戸川区病院があるのでそこを使用できるように手配いたします
と告げた。
「称号のレベルアップにもつながるので問題はないでしょう」
蓮は輪廻を見ると
「大丈夫?」
と聞いた。
輪廻は頷いた。
「私、調べてくる」
蓮は頷くと
「じゃあ、お願いするね」
俺はこの部屋を調べるから
「後で情報を合わせよう」
と告げた。
「鷲尾さん、輪廻ちゃんに付いて彼女の安全と補助をお願いします」
惣は頷くと
「かしこまりました」
と答え、連絡を受けて下で待機していた施設管理の人間と共に輪廻を連れて立ち去った。
青夜は蒼褪めながら
「…悪い、ちょっと」
とフラフラと壁に額を付けた。
蓮はそれに
「あ、無理しなくて部屋を出て良いから」
と告げた。
青夜は肩越しに
「土方は平気なのか?」
と聞いた。
蓮は窓を開けながら
「平気じゃないけど…気になることがあるから」
と男性が死んでいたベッドの横手の紙を見て
「何だろ、この花丸の紙」
と呟いた。
青夜はそれを見て
「花丸…?」
俺は見たことない絵だけど
「それが何かあんのか?」
と聞いた。
蓮は頷きながら
「う~ん、俺も見たことない」
と言い、その更に横手のオーディオステレオに視線を向けて
「音の原因は…これだよね」
と操作パネルを見て目を細めた。
「恐らく誰か来ていたんだろうな」
青夜は玄関に向かいながら
「そうなのか?」
と聞いた。
蓮は呟きリビングダイニングに戻りシンクの横の籠を見て
「うん、カップとか皿が二つある」
と告げた。
青夜はそろりと戻って近付き
「あ、そうだな」
と呟いた。
蓮は腕を組むと
「枕元の花丸印の紙…亡くなった人か一緒にお茶を飲んでたもう一人の人か…どっちが描いたんだろ?」
青夜は「は?」と首を傾げた。
「それが何なんだ?」
蓮は腕を組むと
「ん」
何で枕元に態々花丸の印?と思ってさ
と呟いた。
青夜は肩を竦めると
「いや、どうでもいい気がするけど」
と言い
「取り敢えず、俺…ちょっと外の空気すってくる」
と部屋を後にした。
蓮は「気をつけてな」と見送りリビング内を見て回った。
物事を探りその中にある真実を見つける。
それが探偵。
蓮は唸りながら
「どういうことなのか分からないけど…とにかくあの男の人が何故どのように亡くなったかを知る手がかりを調べるしかない」
と言い
「一つは来客が来ていた」
と言い、リビングの低いチェストの角を手前で足を止めて
「こんなところに血痕」
と呟いてチェストの角を見た。
「ここにも」
この角で頭をぶつけたってことかな
「それが原因だとしたら」
蓮は周囲をぐるっと見回した。
そして、部屋の中の棚を探って男性のノートや手帳などを探した。
そこへ青夜が戻ると
「おお!何しているんだ?」
と聞いた。
蓮は男性のノートを見つけて手にすると
「ああ、やっぱり花丸が気になって」
と呟いた。
…。
…。
青夜は「…そ、うか」と答え
「探偵ってそういうものなのか?」
と心で突っ込んだ。
花丸が何なのだ?
何が気になるんだ?
青夜には分からなかった。
蓮は男性のノートを見て
「彼が描いたものじゃないんだ」
と言い
「だとすれば来ていた人が描いたものか」
と呟いた。
そして、青夜を見ると
「この花丸を描いた人を探そう」
と告げた。
青夜は「へ?」と首を傾げた。
蓮は笑みを浮かべて
「恐らく後頭部の怪我はこの部屋のこの場所で負ったんだと思う」
枕に血が付いていて顔には血が付いてなかったから後頭部
「滑った後が無いからもう一人…そう来客者が知っているんじゃないかと思って」
と告げた。
「その人に会おう」
青夜は驚いて
「…あ、ああ」
分かった
と答え
「どうやって?」
と聞いた。
蓮は笑むと
「俺もだけど青夜は知らない人を部屋に入れて紅茶でもてなしたりしないだろ?」
と告げた。
青夜は頷いた。
「ああ」
蓮は花丸の絵を手に
「先ずはこのマンションの人だな」
と部屋を出ると隣の家の戸を叩いた。
隣の家の住人はインターフォン越しに
「どちら様でしょうか?」
何か御用ですか?
と聞いてきた。
蓮はインターフォン越しに
「隣の部屋の方の音量のことで依頼を受けた探偵の称号を持つ土方と言います」
と告げた。
住人は驚いて戸を開けると
「あの音の原因を調べて…それで?」
お隣の人に言ってくれたんですか?
と聞いた。
蓮は笑みを浮かべると
「今夜からは大丈夫だと思います」
と答えペンと紙を出すと
「すみませんが、この紙に花丸を描いてもらえますか?」
と聞いた。
住人は不思議そうに
「それは何ですか?」
と聞いた。
蓮は「あ、丸を書いて周囲に花びらを書いたものです」と説明した。
住人は意味が分からないといった具合にペンを手にすると花丸を描いた。
が、それは蓮が手にしている花丸と違っていた。
蓮は「すみません、ありがとうございます」と言い
「4日前に隣に誰か訪れたとか気付かれませんでしたか?」
と聞いた。
が、住人は肩を竦めると
「隣どころかマンションの人自体わからないわ」
と答えた。
蓮は「なるほど」と言い
「あ、最後に」
4日前の6時から10時まで何しておられました?
と聞いた。
住人は考えながら
「4日前かぁ」
確か仕事が8時頃に終わって買い物して9時ごろ帰ってきて家に
と告げた。
蓮は頷いて
「ご協力ありがとうございます」
と立ち去った。
青夜も横で立ちながらメモを取った。
1階から4階までの住人に聞いて回ったが、全員同じ花丸ではなかった。
しかも殆ど仕事と外食であった。
蓮は終わると死因を知らせに来た惣と輪廻から
「脳内出血」
後頭部、何かの角でぶつけた
「でも、暫く意識、あった」
その後亡くなった
と告げた。
「所見、これ」
蓮は受け取り見て
「やっぱり、あのチェストの角で頭をぶつけたんだ」
と言い
「ありがとう、輪廻ちゃん」
と頭を撫でた。
そして惣に
「音についてはオーディオで9時から10時の間に鳴るように設定したので解除しておいた」
と言い
「それで被害者のことを」
名前と会社を
と告げた。
惣は目を一度閉じて開くと
「それは死因解明の時に調べておきました」
と言い
「名前は三原啓二。男性。年齢は27歳」
称号は学問と初級営業と上級営業を持っています
「会社はTOK工機株式会社で営業をしていました」
と報告した。
蓮は頷くと
「連れて行ってもらえるかな?」
と告げた。
青夜は蓮に
「マンションの人じゃないってことか?」
と聞いた。
蓮は頷くと
「全員に花丸書いてもらったけど違っていたし」
同じマンションに住んでいても関係は希薄だったと思う
「俺も同じだから分かるんだけど隣に住んでいてもどんな人が住んでいたか分からなかった」
今は違うけど
「どっちかと言うと会社の人の方を覚えている」
と告げた。
「聞きに行くのは間違いじゃないと思う」
青夜は考えながら
「確かにそうだな」
俺もそうだった
「彼女にしてもそうだったな」
と呟いた。
蓮は頷いた。
車に乗り込みマンションを離れると三原啓二が勤めていたTOK工機株式会社へと出向いた。
そして、そこで一人の女性が無断で休んでいるという話を聞き彼女の机を見せてもらうとあの花丸を書いた紙が見つかったのである。
彼女は何か仕事が一つ終わると花丸を描いていたようである。
蓮はそれを見て
「彼女だ」
というと惣を見て
「彼女の家へ連れて行ってくれ」
と告げた。
惣は一旦目を閉じて開けると
「わかりました」
と答え
「彼女の居住地の住所は把握しました」
と足を踏み出した。
蓮も輪廻も青夜も惣の車で共に向かったが、彼女がベッドの上で眠るように死んでいるのが見つかった。
部屋の棚には日記があり、調べると4日前に三原啓二の元へ訪ねたことが書かれていた。
職場で出会い息子であることが直ぐに分かり訪ねて行って彼にお別れの時に渡した花丸印のことを話したと。
今更そんなこと知らないと言われて思い出してほしくて揉み合いになり彼が頭を怪我したと書かれていたのである。
怪我は大丈夫だろうか?と明日職場でちゃんと話をしようと書かれて終わっていた。
病死だったのか。
それとも…。
蓮は静かに日記を閉じて棚に直すと
「やはりそうだったんだ」
と呟いた。
青夜は驚きながら
「三歳で社会保育施設へ預けて終りの母親と息子が同じ職場になるなんてあるんだな」
と言うか
「彼女…息子を覚えていたんだな」
何でだろ
と呟いた。
蓮は笑むと
「啓二さんも覚えていたと思う」
だから彼女を部屋から追い出したのに
「あの紙を態々枕元まで持っていたんだ」
と呟いた。
「もしかしたら懐かしかったんじゃないかな」
母親と息子。
今まで考えたこともなかった。
蓮はふと
「俺の両親は…今どうしているんだろう」
と呟いた。
青夜もまた
「俺は薄っすらとしか覚えてない」
と言い目を細めた。
蓮は惣に
「二人を同じ場所に葬ってあげてもらえるといいけど」
と告げた。
惣は頷いて
「かしこまりました」
と答えた。。
そして、4人がアパートに戻ると一人の人物が暮らし始めていた。
神楽勇武…歴史の紋章を持つ学者であった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。