その8
探偵レベルが8になり蓮の生活水準も実際はかなり上がっている。
が、生活は以前と変わらず中野アパートで暮らし、食べ物や着る物も特段の変化はない。
蓮は学校へ行く準備をしながら不意に鏡に映る自分を見て
「俺自身は変わってないけど…称号レベルは上がって使えるお金や居住区域は広がっているんだよな」
移る気はないし
「今は贅沢したり東京に住んだりすることより皆と生活することの方が楽しいし」
と思いながら
「でも不正や人を蹴落としてもレベルを上げて生活水準を上げようとする人はいる」
と心で呟いた。
しかし、その為に反対にペナルティを受けて生活が立ち行かなくなる人も出ている。
蓮は毎日届けられている全国新聞を見て目を細めた。
そこには青夜が前に勤めていたスカイルーフ株式会社で不正をした上に佐久間明日海さんを殺した鈴木一郎と柿崎瑞恵の2人が多摩川の河川敷で亡くなっているのが見つかった記事が載っていたのである。
職場は解雇になり、ペナルティを受けて住む場所も使える金も以前よりも格段に減ったがそれでも以前のように生活しようとして立ち行かなくなったという内容であった。
蓮は新聞を机に置いて
「俺も以前は東京で住むことや豪華な一軒家や贅沢を羨ましく思って腐ってたから誰の心にもそう言う欲はあるんだろう」
けど今の生活の方が幸せだと感じてる
「本当の幸せって何なんだろう」
と心の中で呟いた。
それでも一つ言えることは…レベリングをして住む範囲が広がり生活に利用できる資金が増えたとしても『幸せ』を感じている人は少ないのではないかという事である。
教室でも。
会社でも。
道を歩いていても。
まるでロボットのように他人に無関心で無表情で…笑顔を浮かべている人を蓮は殆ど見たことが無かったからである。
名探偵の紋章
高校へ行くと相変わらず黄翁ゆりと朱雀章が待ち構えるように席に座っていた。
章は運動の称号なので授業が始まるチャイムと共に体育館へと向かうのだが、それまでは他愛無い話をしている。
彼は2人を見ると
「よ、おはよう」
と声を掛け、ゆりもまた
「おはよう」
と蓮と青夜に声を掛けた。
蓮と青夜も応えるように
「「おはよう」」
と返し、2人の横手の席に座った。
それが最近ではこの教室の定例となり入ってきた他の生徒もチラリと彼らを見ると
「うっす」
やら
「よ」
やら声を掛けるようになっていた。
そして、そこへ鷲尾惣が姿を見せ
「土方様、案件が入りました」
と告げたのである。
今回はチャイムが鳴る前であった。
が、これも定例となっていた。
…。
…。
青夜とゆりと章は同時に蓮を見て、他の面々は4人を見ていた。
蓮は困ったように笑みを浮かべつつ前に立った惣を見ると
「それで、案件っていうのは?」
と聞いた。
惣は頷き
「名古屋市の那古野二丁目の一戸建て住宅の住人から隣の廃屋から声が聞こえるという案件です」
と告げた。
蓮は心の中で
「これは…幽霊案件ふたたび?」
と突っ込んだ。
同じように青夜も同時に
「この前は暗号案件で幽霊案件脱却かと思ったけど幽霊案件に戻ったな」
とチラリと蓮を見た。
ゆりはあっさりと
「その隣の家に人が実はいたとかじゃないのかしら?」
と告げた。
蓮はそれに
「それもあるけど」
多分そこは調べてると思う
「鷲尾さんが持ってくる案件は意外と摩訶不思議案件が多いから」
と答えた。
惣は表情を変えずに
「はい、隣の廃屋に人がいるかどうかを声がしている時にサーモグラフィーで調べましたが熱の反応はなかったということです」
と答えた。
つまり生体反応がなかったという事である。
青夜は思わず
「やっぱり、幽霊案件だ」
と声に出した。
蓮は立ち上がり
「名古屋だよね」
と携帯を見て時間を調べると
「今が9時だから到着するのが昼過ぎか」
話しを聞いてその音を聞いて
と呟き
「それから帰って来るのも難しいし解決できるかどうかもわからないし」
宿泊も考えないとだめかも
と告げた。
それに惣は一度目を閉じて開けると
「宿泊場所を確保しました」
と答えた。
ゆりと章は同時に
「「はやっ」」
マルチさん
と呟いた。
蓮は頷くと
「じゃあ、行こう」
と言い
「あ、輪廻ちゃんは」
と告げた。
探偵の紋章と医学の紋章は対でレベリングなのだ。
前回は学校にいる時に学校での案件だったので輪廻は参加しなかったが通常は一緒に行動することになっている。
惣は目を閉じて開けると
「名古屋へ出向く前に迎えに参ります」
と答えた。
更にゆりと章が何故か張り切って
「私も!」
「俺も!」
と付いてきて、輪廻が加わると後部座席がギュウギュウの状態でいったん東京駅へ出てそこから新幹線で名古屋へと向かった。
ゆりは章を見ると
「何で朱雀さんがくるの?」
と聞いた。
章は笑って
「何となくノリで」
あの場で話を聞けば俺も!って言いたくなるだろ?
と答えた。
蓮も青夜もゆりも
「「「そんなものか?」」」
と思った。
が、輪廻は蓮の横に座り
「蓮、友達増えた」
嬉しい、ね
とニコッと笑った。
蓮は笑むと
「ああ、そうだね」
確かに嬉しい
と答えた。
青夜は冷静に
「なるほど」
友達のノリで朱雀さんはきたってことか
と告げた。
章はそれに
「あー、そのさん付け止めよう」
と言い
「俺のこと朱雀で良い」
と答えた。
「土方も睦月もさん付けてないだろ?」
蓮と青夜は頷いた。
章は腕を組んで
「俺もそれで」
と告げた。
「輪廻ちゃんは、輪廻ちゃんでいいだろ?」
輪廻は冷静に
「ダメ」
と言い、ガーンと驚いた章に笑って
「嘘、輪廻、それでいい」
と答えた。
それにはゆりも加えて全員が苦笑を零したのである。
名古屋に着くと早速連絡があった住宅へと直行した。
それほど距離が離れていないので車をレンタルする必要もなかったのである。
徒歩で15分程である。
那古野は一戸建てが多く立っている簡素な住宅街である。
しかも新築と言うよりは築年数が経っているものが多い。
木々や花が植わった庭にレンガ作りの塀。
門に表札。
それには4人全員が「おおお」と言いながら見回した。
全員がマンションやアパートが密集する場所で生活しており、こういう一軒家は高級住宅の位置づけでこんなに建ち並んでいる住宅街を見たことが無かったからである。
惣はその一戸建てばかりの住宅街の中にある一つの家の前に立つと
「ここの住人から連絡がありました」
と言い、隣の鬱蒼とした木々が茂る場所を指して
「その隣が問題の声が響く家です」
と告げた。
全員が顔を向けて同時に
「家と言われても」
と突っ込んだ。
木々が小さな森のようにこんもりと茂り家の影も形も見えない。
ただ朽ちたレンガの塀の欠片が敷地内に見えて「ああ、家があったんだな」というのを感じさせる程度であった。
ただ、そんな場所は周囲ではその一角だけであった。
だからこそ反対に意味のないオドロオドロしさを感じさせた。
ゆりは輪廻を抱き締めると
「声が響く家とか言われて廃墟?っぽい場所を指されたら怖いよね~」
何か本当に出てきそうだし
と告げた。
輪廻は冷静に「…輪廻、幽霊、いないと思う。だから怖くない」とさっぱり答えた。
ゆりは驚いて「なるほど!強いね、輪廻ちゃん」と言い
「すごーい」
とぎゅうぎゅうと抱きしめた。
蓮は苦笑しつつインターフォンに手を伸ばした。
とにかく話を詳しく聞かない事には分からないのだ。
それを見て、ゆりはパッと輪廻から離れて切り替わると
「あ、じゃあ私は情報収集者として他の家の話も聞いてくるわ」
とビシッと手を上げると問題の廃屋を挟んだ反対側の家へとシュタッと走って行った。
「あ?」と思う暇もないほどの切り替えであり、行動である。
本当に活動的である。
章もそれを見ると
「俺も!行ってくる」
とゆりの後に付いて行った。
蓮と青夜は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
章は自分達に付き添っているというより彼女に付き添っているのかもしれない。
蓮はそんなことを考えながら
「じゃ、宜しく」
と小さな声で告げて、インターフォンを押した。
音が鳴り終えると中から一人の中年の女性が姿を見せた。
一戸建てに住んでいるだけあってきっちりとした身形の少し福与かな女性であった。
蓮は彼女を見ると
「隣の廃屋から声が聞こえるとお聞きしたのですが」
詳しくお話いただけますでしょうか?
と聞いた。
彼女は「ん?」と蓮と青夜と輪廻を見た。
惣はすっと前に出て
「探偵の紋章の持ち主です」
システムから連絡があったと思います
と告げた。
それに彼女はハッとすると
「あ、ああ」
というと
「そう、そうなんです!ええ!そうなんです」
と答えた。
蓮は彼女に
「先ず、その声は何時頃から?」
と聞いた。
彼女は考えながら
「確か、台風の後だったから二週間ほど前からね」
と答えた。
「もう、雨が酷くて…そこの下水から始めて水が噴き出すのを見たわ」
もしかして昔あの家で誰か台風で亡くなったとか
蓮は苦い笑みを浮かべると
「いやいや、それ本当の幽霊案件になるし」
今だから冷静に思えるけど
「もう探偵の紋章が解決できる話じゃなくなるよね、実際」
と心で突っ込み
「それで声のする時間は決まってますか?」
と聞いた。
彼女は首を振ると
「いえ、決まってないわね」
と言い
「それも『あぁあ』と短い時もあれば『ああぁああ』って長い時もあるのよ」
あぁ怖いわ
と身体を震わせた。
青夜は隣で
「俺も震える」
まじ怖い
と小さく呟いた。
輪廻は冷静に
「青夜…本当に幽霊、怖い」
と言い
「でも、大丈夫、幽霊は枯れ芒」
と告げた。
「怖いと思った時に幽霊なる」
そう言って青夜の手を握りしめた。
青夜は「おおお」というと
「安心」
と呟いた。
蓮は2人を見て心の中で
「輪廻ちゃんが一番大人に見える」
と突っ込んだ。
彼女の話を聞き終えると蓮は
「時間はバラバラ聞こえ方も時々で違う」
と言い
「気になるのは…台風の後からってことだよな」
と呟いた。
そこへゆりと章が走って戻りメモを見ながら
「周辺の家の人にも聞いてきたわ」
報告してもいいかしら?
と告げた。
その後ろで章が震えながら
「まじ幽霊案件だぜ」
こえぇ
と呟いていた。
青夜も頷いて
「わかる」
と震えていた。
輪廻は2人を冷静に見て
「青夜、朱雀、似てる」
と心で呟いていた。
蓮も輪廻と同じで
「二人のパッションが似ているんだろうな」
と思いつつ、ゆりに目を向け
「聞き込み、ありがとう」
報告お願いします
と告げた。
ゆりは頷いて
「聞こえ出したのは台風の後からで声らしいものは短い時もあれば長い時もあって…時間もまちまちですって」
と告げた。
青夜はそれに
「俺らも今同じことを聞いた」
此処の人も同じこと言ってた
と告げた。
ゆりは「やっぱりそうなのね」と言い
「それから、この廃屋の区画には手を出すことが出来ないみたい」
更地にして新しく家を建てるとかダメみたいなの
と告げた。
それに蓮は驚いて
「え!?」
と聞き返した。
ゆりは頷いてメモを見ながら
「反対側の家の二つ向こうの人なんだけど」
この廃屋を壊して家を建てて住もうとしたんだけど
「不動産屋がそこについては取り扱いが出来ないって」
システム上アクセスできない土地らしいの
と告げた。
蓮は少し考えて
「なるほど」
と言い、惣を見た。
システム上アクセスできない土地というのが気にはなった。
これまで聞いたことが無かったからである。
もしかしたら他にもそう言う土地があるのかもしれないが恐らく多くある場所ではないだろうというのは容易に想像できる。
だが、踏み込まない事には原因を調べることはできない。
やはり現場百回なのだ。
蓮は惣を見ると
「鷲尾さん、この家に踏み込んでもいいですか?」
と聞いた。
「声に関して調べるにはやはり中に入らないとだめだと思うんですけど」
惣は一度目を閉じて開くと
「確かに取り壊しや住むことに関して規制はありますが、中に入ることに規制はないようですので許可できます」
と告げた。
蓮は頷くと時計を見て
「じゃあ、今日はホテルに泊まって明日朝一から中に入って調べよう」
と告げた。
その時、ざわっと風が流れて声が響き渡った。
『あぁああ』
5人全員が顔を向けた。
青夜と章は互いに抱きつくと
「「マジ声!」」
こわっ
「「幽霊案件幽霊案件」」
と震えた。
蓮は辺りを見回し冷静に
「これが案件の声か」
と呟いた。
ゆりも怖がる様子もなく
「そうね」
確かに『ああぁあ』って言ってるわね
とあっさり告げた。
が、輪廻は少し考えながら
「声、何か、違う」
と呟いた。
蓮は輪廻を見て
「何かって?」
と聞いた。
輪廻は冷静に
「今は分からない」
でも、声帯の、声、違う
「気がする」
と答えた。
蓮は頷いて
「そうなんだ」
それも入ってから調べることになるけど
「取り敢えず、声も聞いたし」
明日朝一から探索もするし
「その準備もしないとな」
と告げた。
青夜はそれに
「準備?」
と聞いた。
蓮は頷いて
「廃屋だから家が崩れていたり、足場が悪かったりするかもしれないからね」
と言い
「ヘルメットと長靴と万一用にロープとかは持っていた方が良いかと思って」
あとライトと中に入るために邪魔になる木や枝を切るためノコギリとかかな
と告げた。
惣はそれを聞くと
「かしこまりました」
私が準備をいたします
「先ずホテルへご案内いたします」
と告げた。
ホテルは駅前にあり徒歩圏内だったので全員が歩いてホテルへと向かった。
恐らく高級ホテルなのだろうフロントから品があって隅々まで綺麗であった。
しかもベルマンもいて彼らを丁重に出迎えたのである。
蓮も青夜もゆりも章も薄っすらと汗を浮かべつつ懸命に周囲を見回した。
蓮は「凄いね」と呟いた。
青夜も大きく頷いて
「鷲尾さんのセレクトが何時も凄すぎて、俺ビビってる」
と答えた。
「中級レベルの人間じゃ泊まれないレベルだと思う」
ゆりも両手を合わせると
「そうねー」
一生に一度の機会かも知れないから堪能しなくっちゃ
と意外と前向きだ。
章はほへーと言葉なく歩いていた。
輪廻は一番冷静で傍から見れば一番大人な態度であった。
生来の紋章持ちと野良紋章の差なのかもしれなかった。
用意された部屋はスイートルームであった。
一部屋はゆりと輪廻の2人、もう一部屋は男性軍と分かれた。
5人は豪華な食事を終えると一旦男性軍の部屋に集まり明日の打ち合わせをして眠りついた。
ゆりは輪廻と寝ながら
「輪廻ちゃんは土方君のこと好きなのかな?」
と聞いた。
「何時も土方君の側にいるよね」
輪廻はそれに頷くと
「輪廻、蓮、大切」
輪廻と四季、助けてくれた
とにっこり笑った。
そう、懸命に立ち向かってくれたのだ。
輪廻はそれを考えると僅かにふわりと表情を変えた。
ゆりは微笑むと
「やっぱり、女の子だね」
と言い
「土方君はちゃんとわかっているのかな」
女の子は何歳でも女なんだよ~
と心で突っ込んだ。
そして、輪廻に笑みを向けて
「じゃあ、おやすみ」
と目を閉じた。
輪廻も目を閉じて
「おやすみ、なさい」
と眠りについた。
翌日、5人は惣からそれぞれヘッドライト付きヘルメットと長靴とロープを貰い、先頭を行く章は小型のノコギリを受け取って声のする廃屋の敷地内へと足を踏み入れた。
茂って全てを覆い隠すような木々の枝を切りながら中へと進み、少し行くと廃屋が彼らの目の前に現れたのである。
緑の間から朝日が射し込み、幾歳月を唯々佇み続けた残骸を無言で照らし出している。
屋根だった部分は既に朽ち落ち割れた瓦が辛うじて屋根がある建物だった事を教えている。
柱の木々も既に苔むした緑色になっておりかつての面影は何処にもなかった。
蓮は廃屋で幽霊探索と言う案件だが恐怖感よりも清涼感のある雰囲気に
「なんか、怖くないな」
と思いつつ、後ろでビクビクとしている青夜と章を横目で見た。
ゆりと輪廻は意外なほど冷静で輪廻は
「廃屋、より、緑」
と呟いた。
ゆりも頷くと
「うん、おどろおどろしさはないわね」
と青夜と章を見て
「だらしないのが二人いるけど」
とビシッと告げた。
青夜は「いやいや、やっぱり廃屋でしょ」と突っ込んだ。
章は頷き「だよな、不気味だよな」と同意した。
足元に散らばる陶器の欠片のような物体。
何か分らなくなっているが人工物だという事だけは認識できる。
蓮は歩きながら
「まあ、確かに廃屋の雰囲気がまるでないわけではないけど」
と言い、足を進めかけて踏んだ石のような四角いものに目を向けた。
『立花』と『志』という文字は読めるが一文字読めない状態の朽ちた表札であった。
蓮は足をどけて見つめ
「立花…?」
ここは立花って人が住んでいたのかな?
と呟いた。
更に足を進めると陶器などの残骸があり、ガチャ。ガサっと一歩ごとに音が響いた。
だが、『あぁああ』と声を出すような雰囲気のものは見当たらなかった。
蓮は息を吐き出し
「何だろ…何もなさそうだよね」
と言い、他のところを歩いている面々に
「足元には気を付けて」
と呼びかけた瞬間に声が響いた。
「どわっ!!」
と章がスッと消えたのである。
それに蓮と青夜は慌てて足を進め掛けて章に
「くるな!」
地下室がある!!
と止められた。
章は反射神経を生かして落ちるところを咄嗟に上の部分のコンクリートに手をかけてぶら下がり事なきを得たのである。
そして、手を離して下へと飛び降り、ヘッドライトをつけて周辺を見回した。
「すっげ、地下室は生きてるみたいだ」
そう言ってロープを上へと投げた。
「土方に睦月」
それを木に括りつけて降りて来い
蓮は青夜からロープの端を受け取って木に括りつけるとそれを手に下へと飛び降りた。
密閉された空間だったのか上よりも当時の様子を残している。
蓮は部屋の中を見回して奥に二つ置かれているスピーカーを見ると
「これは」
音響装置だよね
と呟いた。
青夜もジーとみて
「古い型みたいだけどな」
とトントンと枠を叩いた瞬間であった。
ボォーンと音が響いた。
上ではゆりが
「今聞こえたー」
と叫んだ。
「幽霊でたの!?」
蓮と青夜と章はそのスピーカーの前に立ち
「「「…これだ」」」
と叫んだ。
蓮は部屋を見て
「恐らく、嵐の時の水害でこの音響装置に水が入ったんだ」
そのせいで風や何かの外部の影響を受けると音が鳴って…地下室で反響して人の声のように響いていたんだ」
と告げた。
青夜と章は安堵の息を吐き出すと
「「幽霊じゃなかった…良かった~」」
とその場に座り込んだ。
蓮は小さく笑って
「まさに幽霊は思い込みだったね」
と言い、スピーカーの後ろのカバーを外してコイルや振動版などを外して解体した。
「これで鳴ることはないな」
そう言って、不意に部屋の端にあった金属の箱に視線を向けた。
原因はスピーカーだったので案件には関係がない。
だが、こんな誰も住まなくなった廃墟に金庫とは、である。
蓮は足を進めて金属の箱の前に立ち
「これ、金庫かな」
と呟いた。
青夜も近付いて
「あ、ダイヤルあるしそうだな」
と答え
「すっげぇな、地下室に金庫なんて」
余程重要なものが入っているとか
と恐る恐るダイヤルに手をかけて
「開けゴマ!とかな」
と笑いながら引っ張った。
それを見て章は
「おいおい、金庫がそんな易々と開くかよ」
暗証番号が必要だろ
と指摘した。
蓮も頷いて
「だよね」
と笑った。
が、次の瞬間にパコンと開いて中からバサバサと色々なものが落ちてきたのである。
…。
…。
蓮も章も驚いて青夜を凝視した。
青夜は一歩退いて
「うぉ、開いた!」
マジか!
と叫び、床に落ちたモノを見つめた。
写真やら紙やら…宝石などはなかったが青夜は足元に落ちた一枚の写真を手に取った。
そこには愛らしい少女を抱いた綺麗な男性が写っていた。
裏には『改新結成 黒崎零里 茜』と書かれていた。
そして、書類が入っている分厚い封筒も落ちていた。
蓮はそれを拾い封筒の中から書類を出して
「何だろ?」
と見つめ
「機械の何かみたいだけど…」
と目を細めながら呟いた。
「後で文月さんに聞いてみよう」
輪廻の父である文月四季はロボットを修繕したり、かなり機械に詳しい。
紋章持ちで何の紋章かは分からないが蓮は十中八九そういう機械系だと思っていた。
三人はロープを使って上に登り、待っていたゆりと輪廻の二人と合流した。
輪廻はにっこり笑って
「皆、無事、良かった」
と告げた。
蓮も青夜も章も彼女に
「「「心配かけてごめん」」」
と答えた。
一緒に待っていたゆりは蓮が持っていた封筒を見ると
「その封筒どうしたの?なに?」
と聞いた。
蓮は中から書類を出して
「これが地下の金庫にあって…輪廻ちゃんのお父さんに聞いてみようかと思って」
あ、写真もあって
と手渡した。
ゆりは受け取ってパラパラと見て
「んー、なんだろ」
何かの取説っぽいけど全然わからないわ
「それに二つあるみたいね」
それぞれ違う場所に設置されているって感じみたいだけど
「大きなモノっぽいわね」
と言い、蓮に返した。
「鞄に入れておいたら?」
蓮は少し考えて
「そうだね」
と頷いて鞄に入れた。
再びガチャガチャと陶器などを踏みながら外へ出ると待っていた惣を見た。
「原因が分かりました」
そう告げた。
惣は一度目を閉じて開き
「はい」
と答えた。
蓮は金庫のことを抜いてスピーカーに水が入ったことによる誤動作だと説明した。
案件はスピーカーの不具合からの音だったからである。
蓮は
「スピーカーはならないように解体しておいたので大丈夫だと思います」
と告げた。
惣は蓮の説明に更に目を閉じて少しして開くと
「わかりました」
地下室で解体したスピーカーを回収するように手配いたします
と答えた。
蓮は頷いて
「宜しくお願いいたします」
と答えた。
その後、案件を解決した蓮たちは名古屋駅に出ると新幹線に乗って東京へと戻った。
その日の夜。
何時もの食事会の席で蓮は四季に書類を手渡したのである。
「これ、多分何か機械系の取説だと思うんですけど」
廃屋の地下室の金庫の中にあって
「そうだ、写真もありました」
そう言って青夜が拾った写真も渡した。
四季はそれを受け取りパラリと捲って息を飲み込んだ。
「これは」
横で覗き込んでいた蒼槻きずなも目を細めると
「…まさか」
AI政治システムの
と呟き、写真も手にして裏書を見ると
「今日の依頼は何処で?」
と聞いた。
四季ときずなの空気が変わるのに蓮と青夜は固唾を飲み込んだ。
蓮はきずなの問いかけに
「名古屋市の那古野2丁目の廃屋だったんですけど」
でもこの写真の裏書に書かれている黒崎って苗字ではなかったと思います
「表札があって立花…何とか志って書いていました」
中の一文字は削れてて読めなくなってました
と告げた。
青夜はそれにウンウンと頷き
「そうそう」
それになんか、新しい家を建てるのもダメって変なところだったよな
「だから木もめっちゃ生い茂って鬱蒼として家も朽ち果ててあれはお化けが出てもおかしくない場所だった」
と告げた。
きずなは「改新…黒崎零里…」と呟き、四季を見ると
「申し訳ないが、その書類を今少し借りていいですか?」
と告げた。
四季は少し考え
「わかった」
ときずなに渡した。
きずなはそれをそのまま隣に座っている家康に渡した。
「名古屋市那古野2丁目だ」
家康は書類をバラバラと一通り捲って写真を見て、きずなへと返した。
「データでは100年近く前になりますが最終の登記書類では『立花聡志』となっております」
当時の戸籍謄本では養女に黒崎茜を引き取っております
「彼女は現AI政治システムを作ったあの…黒崎零里の娘です」
写真は間違いなく黒崎零里と娘の茜です
きずなは息を吐き出すと
「そう言う事だったのか」
と呟いた。
勇武はハッとすると
「つまりそれって…まさか」
今のAI政治システムの原型の情報書類ってことじゃ
と呟いた。
それにきずなは冷静に頷き
「黒崎茜は、AI政治システムを作った黒崎零里の娘だった」
立花聡志との関連は見えないが恐らく娘を預けても良いくらいの関係の人間だったんだろう
「同時に誰にも分からないように娘に現AI政治システムの根幹と言えるこの書類を託したんだと考えられる」
と告げた。
それには蓮も青夜も驚いて彼らを見た。
四季は表情を曇らせると
「これは、不味いことになったかもしれない」
と勇武を見た。
「AI政治システムにこれがここにあると分かれば…抹殺対象になる」
それほど重要なものが、あの家の地下に眠っていたのである。
蓮と青夜は顔を見合わせて姿勢を正した。
AI政治システムの根幹を揺るがす書類。
それを持ち帰った事がAIシステムに分れば書類ごと見た人間も抹殺されるという事だ。
だが、事態はその最悪の方向へと転換していたのである。
AI政治システムから派遣された回収業者から地下室にあった金庫が開いており、書類が散らばっている報告がされたのである。
残っていた書類によってAI政治システムは蓮が最重要書類を手にしたと判断したのである。
AI政治システムの抹殺規定はAI政治システムを破壊しようとする反乱思想、システムの改変や根幹にかかわる領域へのアクセス、システムが収集する運用上の重要データの多大な不正などがある。
そして、一番の抹殺規定がAI政治システムの基本情報を知るという事であった。
それに蓮は触れたのである。
惣はAI政治システムから調査後の報告を受けると目を一度閉じて再び開いた。
「危険者観察からフェーズを進めるという事ですね」
AIシステムの回答は『YES』であった。
自体は大きな展開を見せようとしていたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。