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1-5 桜花隊救出へ

永井上飛曹は、助けた一式陸攻に接近して様子を見てみた。被弾の跡はあちこちにあるが、エンジンも快調そうだし、火災も生じていない。これならば帰投できそうだ。操縦席からは機長だろうか。こちらを見て敬礼をしてきた。片手拝みのように見えたのは、気のせいだろうか。こちらも挙手の礼を返す。


「いやー、地獄に仏だ!零戦さまさまだ」

という機長の声には、いかにもホッとしたという響きがある。接近してきた零戦に手を振って感謝の意を表すと、零戦はバンクしてから上昇し、援護の位置についた。これで安心だ。


「おい!誰かやられていないか?」

操縦席に血が飛び散っているのを見つけた機長が、驚いて叫んだ。その血は前席からしたたり落ちているようだ。

「やられました・・・」

操縦員の戸田二飛曹が、力なく答えた。

その怪我を確認した、機長の山戸上飛曹が、

「おい!誰か操縦を代われ!・・・岡井、オマエやってみろ」

と命令した。「桜花」の搭乗員、岡井飛行兵長は、それまでの精神的ショックを押しやって、

「ハイ!やってみます!」

と云って、左側の副操縦席に座って操縦桿を握った。

「楠田兵曹!戸田兵曹を手当てするぞ!手伝ってくれ!」

機長が楠田二整曹を呼んで、二人で戸田二飛曹を座席から助け出す。戸田二飛曹の腹部は出血で真っ赤に染まっている。傷を刺激しないように、そーっと助け出したのだが、動かしたことで傷に響いたのだろう、戸田二飛曹は、ウウッと呻き声を出した。床に寝かせてから傷の部分を改めたのだが、出血がひどくて、楠田二整曹には手のつけようがない。

「どうしましょうか?」と、

機長に目で聞いたが、山戸上飛曹はかすかに横に首を振った。これは助からないと。

「楠田兵曹、オレはもうダメです・・・」

戸田二飛曹が、小さなかすれた声で云った。

「何を云っているんだ!こんな傷、浅いぞ!しっかりしろ!」

三角巾を傷口に押し当てて、圧迫止血をしながら、楠田二整曹は努めて明るい声で云った。

手当てによる激しい痛みのせいか、あるいは大出血のせいだろうか。戸田二飛曹の意識は混濁していった。


エンジンは好調。天候の急変もない。ベテラン偵察員である機長は、乱戦の中でも機位を失せず帰投針路の指示も万全。万事は順調なのだが、たった一つ問題が残っている。それは、着陸ができないことだ。今、操縦桿を握っているのは、経験のまったくない「桜花」搭乗員だ。同じ操縦員といっても、岡井飛行兵長には一式陸攻を着陸させる技術がないのだ。

「おい岡井、オマエ、飛行時間は何時間だ」

そういう機長の質問に、岡井飛行兵長は、少し恥ずかしそうに答えた。

「はい、50時間です」

その答えを聞いて、皆、目をむいて驚いた。そんな飛行時間では、中間練習機で単独飛行したばかりのようなものだ。岡井飛行兵長は、本当に「桜花」で打ち出されて突っ込むだけの技量しか教育されていないのだった。これでは大型機の着陸などできるはずはない。

「まだオレがやったほうがましか・・・」

海軍の飛行機搭乗員は、操縦と偵察に分かれて教育される。機長は偵察員だから、操縦はできないようなものだが、最近では操縦員の戦死や負傷に備えて、出撃の前後に簡単な操縦訓練をしているのだ。

機長の航法はドンピシャリで、やがて出撃した鹿屋基地が見えてきた。

「よし、オレがやろう」

と、岡井飛行兵長を副操席に追いやって、機長が正操席に座った。なれない手順でフラップや脚出し操作をし、飛行場の上をフライパスする。着陸許可を求める動作だ。操縦員の負傷と緊急着陸は、既に無線で知らせてある。地上では、緊急態勢が取られているはずだ。

口には出さないが誰もがみな、無事に着陸できるとは思っていない。滑走路の手前で失速して墜落するか、滑走路をオーバーランして激突か、どっちにしてもまず助かる見込みはない。それは、操縦桿を握る機長が一番よく知っていた。

「お前ら、オレがミスしても恨むなよ!」

これまで何十回何百回と、着陸操作を見てきたのだが、やってみるのとは大違いだ。第一旋回を終えて、ここまでは大丈夫だ。機速も高度も普段通り。ただここからが分からない。冷や汗が背中を伝っているのが分かる。両手には脂汗が浮いてきた。

その時だ。人事不省になっていたはずの操縦員、戸田二飛曹が、ムクムクと起き上がったのだ。

「オレがやります・・・」

立ち上がり、正操席に着いた戸田二飛曹は、力を振り絞るようにして着陸操作をおこなった。第三旋回、第四旋回と、多少ふらつきながらも、着実な操作でパスに乗って順調に降下を続ける。そして通常の接地点よりもよほど手前、滑走路に進入してすぐの地点で、失速するように接地した。普通の着陸よりはよほど衝撃は大きかったが、着陸としては許容範囲内だ。接地とともにスイッチをオフにして火災を未然に防ぐ。機は、指揮所の前までタキシング(地上走行)することなく、滑走路途中で停止した。

ハラハラと着陸を見守っていた地上員は、すぐさまトラックで飛んできて、へたり込んだ一式陸攻に横付けする。真っ先に乗り込んできたのは、マラリアの熱発で倒れているはずの操縦員、河本一飛曹だった。

「みんな!大丈夫か!」

無事の着陸に安堵して、へたりこんでいたペアは、その声に我に返った。機長の山戸上飛曹は、

「おお、河本兵曹。何とか帰ってきたよ。他に、何機くらい戻っているんだ?」

大損害を出しているのは間違いない。今後の作戦を考えると、野口隊長も頭が痛いだろう。でも、あの人さえいれば、精強な中攻隊はいくらでも再建できる。

投げかけた質問に、河本一飛曹は視線を落として黙り込んだ。

「おい、河本!何機帰ってきたんだ?」

顔を上げて山戸上飛曹の目をみつめた河本一飛曹は、一呼吸置いてからこう答えた。

「この機だけです。他、全機未帰還です」

(あの不死身の野口隊長まで・・・)

がく然とした山戸上飛曹は、視線を宙に泳がせて云った。

「オレたちは、戸田のおかげで帰ってこれたよ。戸田が負傷を押して、着陸操作をしてくれたんだ」

それでハッと気がついた山戸上飛曹は、座ったままの戸田二飛曹を手当てするために、正操席に急いだ。

「戸田!よく頑張った!」

声をかけた山戸上飛曹は、戸田二飛曹の肩にそっと手を置くと、ハッとして動きを止めた。

「戸田よ・・・」

海軍二等飛行兵曹、戸田和男は、右手で操縦桿を持ち、左手をスロットルレバーに添えたままで、その18年の短い人生を終えていたのである。

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