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1-3 桜花隊救出へ

海軍の搭乗員は落下傘すら携帯しない。降下して捕虜になることを恐れるからだ。不時着水して生存のチャンスを窺うことすらしないのだ。被弾したら急降下して自爆する。敵艦船に届けば体当たりするし、いなければ海面に向かってダイブするのである。これまで何十機の自爆を見てきただろうか。今度は自分たちに、その順番が回ってきただけのことだ。

急降下に入っても、心は不思議に冷静だった。

「よく燃えるものだなあ」と、

翼いっぱいの炎を眺める余裕があったくらいだ。

「機長、とうとう雷撃はできませんでしたね」

と、楠田一整曹は機長に云った。『雷撃を三度したものはいない』といわれるほどに、一式陸攻での雷撃には危険が伴う。たとえそれが夜間雷撃であっても、生還率は1割にも満たないのだ。それでも搭乗員は雷撃に生命をかける。生還率5割の飛行場夜間爆撃と、ほとんど帰ってこれない夜間雷撃の、どちらがいいかと問われれば、答えは最初からわかっている。『雷撃隊出動!』の声に、勇躍出撃していくのだ。だから、まだ雷撃をしたことがない搭乗員は、まだ一人前に成り切らないような引け目を覚えるほどだったのだ。

機長の山戸上飛曹は、苦笑いを浮かべ、表情には諦観を浮かべながら答えた。

「まあ、そんなもんだよ・・・」

楠田一整曹は、巨大な炎と化した主翼を見直した。だが不思議なことに、その炎がなぜだか先ほどよりも小さくなってきた気がする。いや、気のせいではない、確かに小さくなってきたぞ。急降下の風圧で消火されてきたのだろうか・・・いや違う! 燃料が漏れ切ってタンクが空になったんだ! 火災は消滅した!

「自爆待て!自爆待て!」

楠田一整曹は、大声で叫んだ。火災が消えたのだから、自爆することはない。戸田二飛曹は自爆覚悟のダイブを、ビックリして中止して、必死に操縦桿を引き起こす。海面はドンドンと近づいてくる。引き起こせるか、間に合わずに海面に突っ込むか、ギリギリの所だ。

「ああ、もうダメだ・・・」

そうあきらめて目をつぶったほどだったが、本当にギリギリで引き起こしに成功した。海面すれすれの水平飛行。

「うまいことタンクが空になったもんだ」

「こりゃ命拾いをしたなあ」

追ってくる敵戦闘機はいない。大火災で急降下したならば撃墜確実だと思ったろうし、いつの間にか空戦圏を外れたようで、視界内に敵味方双方の機影が全く見えない。

機長の偵察員、山戸上飛曹は、被害を報告させたが、右主翼の被弾と燃料漏れ以外には異常がなかった。被弾して半分に減った燃料は、帰投するには充分だ。

「このまま超低空で避退しよう。見張りを厳重にしろ。まだグラマンが出てくるぞ」

これでまた闘える。その闘う武器が「桜花」では気が進まないのだが。そう思った楠田二整曹は、投棄した「桜花」搭乗員の特攻隊員、岡井飛長に視線を向けた。背を丸め肩を落として腰掛けている彼は、視線を落としてうつろな表情を浮かべている。

「おい!岡井!ボーっとしてるんじゃない!オマエもしっかりと見張るんだ!」

死を決意して出撃したのは皆同じだが、「桜花」搭乗員とでは深刻さが違う。おめおめと生還することに呆然自失の体なのであろう。楠田二整曹は、あえて厳しく岡井飛長にカツを入れた。死ぬよりも生きる方が困難な場合もあるのだ。


その頃、永井兵曹も、自分の零戦の状態を点検していた。列機とは乱戦ではぐれてしまい、今はただ一機だ。機体の被弾もひどいが、急所は外れていたようで、エンジンは快調、機体の操作にも異常は認められない。しかし機銃の残弾だけは不足である。主翼の20ミリ機銃は撃ち尽くしてしまい。胴体の7.7ミリ機銃弾だけが少し残っている。空戦空域からは外れたようで、敵も味方も全く姿を見かけない。

しかしひどい戦闘だった。上昇力に勝るグラマンが先手を取って、上から大群でかぶさってこられた時に、もう大勢は決していた。その後、零戦隊はバラバラとなって追いまくられるだけの戦闘になってしまった。最初のうちは、かろうじて付いて来た二機の列機も、その後、連続して受けた攻撃ではぐれてしまった。射弾回避で左に切り返した時に、動きに付いて来られなかったのだ。空戦機動では、どれだけトリッキーに動けるかで生死が分かれる。その動きに付いて来られなかったのだ。

その後は、もう夢中だった。多くのグラマンが中攻隊に襲いかかったではあろうが、申し訳ないが、中攻隊の援護どころではなかった。三対一以上の圧倒的な劣勢での空戦だ。射弾回避に追われているだけだったが、あれだけグラマンが多い乱戦だと、ヒョイッと射撃照準機の中に飛び込んで来るグラマンも居る。そんな時に何度か機銃を撃ったくらいで、後はほぼ、追いまくられたのだった。

これでは零戦隊も帰ってこないのが多いだろう。

そんなことを考えながらも、永井上飛曹は無意識に周囲に視線を送り、おこたらずに見張りを続けていた。先に敵を発見できれば生き残ることも勝つこともできる。その逆ならば待っているものは敗北と死だけであるからだ。すると、海面すれすれを避退していく一式陸攻が眼に入った。全滅したかと思った中攻隊が、一機だけでも生き残っていたのだ。ホッとした気持ちと、護れなかった申し訳なさとが、心の中に涌き上がりかけた途端、その光景を見直して永井上飛曹は凍りついた。グラマンF6Fが一機、一式陸攻の後ろに取り付いて、送り狼のように忍び寄っていくところだったのだ。


「左後方! 敵戦闘機! 突っ込んできます!」

完全にくつろいでいたモードは、その報告によって一発で吹き飛んでしまった。飲みかけのサイダーを放置した楠田二整曹は、急いで配置の側方銃座に取り付いて射撃準備をした。

「超低空で避退しろ!」

「むだ弾を撃つなよ! 引きつけてから撃て!」

「敵戦がセットしたら横滑りさせろ! 楠田!しっかりと見ていろよ!」

上方と尾部の旋回銃は二十ミリ機銃だ。二十ミリ機銃弾には炸薬が入っているから、当たりさえすれば被害は甚大だ。だがこの恵式20ミリ機銃を命中させるのは、容易なことではない。初速が小さいので弾道が悪い。真っ直ぐに飛ばないで弾道がおじぎをしてしまうのだ。それに比べて、グラマンのコルトブローニングは傑作機銃である。弾道が低伸して命中率がとても高い。ただでさえ旋回機銃の命中率は、戦闘機の固定銃の七分の一だと云われているのだから、このグラマンとの打ち合いでは、完全に分が悪いのである。


グラマンは、かなり遠くから射撃を始めた。

(ははあ、こいつはまだ新米だな)

ベテランならば、射程距離外から撃ち始めることはない。充分に肉薄してから必殺の射弾を送り込むのだ。機銃弾には、数発に一発の割合で曳光弾が含まれているから、撃ってくる弾道は明白だ。アイスキャンディーような光の筋が、連続してこちらに向かってくる。それが真正面から向かってきて、寸前で左右に分かれるのだった。これが最後まで来れば「命中」ということだ。さあ、そろそろヤバイぞ。グラマンのブローニングの撃ち頃だ。

「セットした!」

楠田二整曹が叫ぶと、一式陸攻は右に横滑りした。敵の射弾をずらすために、バンクさせないで機体を横に滑らせるのだ。グラマンのアイスキャンディーは、左へと大きくそれる。グラマンのパイロットが新人だからだろうか。横滑りへの射撃の修正ができないのだ。

一式陸攻は下面に機銃がないので、下からの攻撃には無防備だ。だから防御の死角をなくすためにも、海面すれすれの超低空飛行で避退する。プロペラが波頭を叩きそうな高度ゼロを、エンジン全開で飛行するのだ。時速で100キロは優速になるグラマンで、この海面飛行の一式陸攻を攻撃するためには、後ろ上方からの反復攻撃しかない。しかも海面に突入しないようにするために、早めの引き起こしが必要となる。だから射撃可能な時間は限りなく少なくなるわけである。


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