表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1-1 桜花隊救出へ

「久々に見る大編隊やな」

海軍上等飛行兵曹、永井浩二は、彼が操縦する零戦-零式艦上戦闘機-のコックピットから、眼下を飛行している濃緑色に塗られた中攻隊(中型攻撃機隊)を見て、そう思った。ソロモンから中部太平洋そしてフィリピンと、歴戦の戦闘機搭乗員である永井兵曹の戦歴は、日本海軍の負け戦の歴史とちょうど重なっている。まだソロモン航空戦の頃ならば、数十機ていどの攻撃隊くらい、いくらでも編成できたのだが、米軍に押しまくられている最近では、この19機だけの編成でも大編隊の部類だといえるのだった。

「しかし、こんな攻撃にかりだされるとはなあ・・・」

開戦劈頭、英戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を撃沈する等、一式陸攻(一式陸上攻撃機)は、その長大な航続力と運動性を生かした攻撃力で、大戦初期には大活躍を示した。しかしソロモン戦以降の大戦中期、米軍との航空決戦では、その脆弱性が幾多の悲劇を生んだのだった。主翼の燃料タンクに全く防弾がない本機は、一撃で簡単に火災を生じてしまう。昼間攻撃をかける度に全滅に近い損害を出してしまったのだ。それゆえに大戦中期以降、本機は昼間作戦には使用されず、事実上、夜間攻撃専用機種となっていたのだった。

その中攻隊が白昼堂々、編隊を組んで米機動部隊を強襲するのだ。少なくとも百機、多ければ二百機くらいの敵護衛戦闘機が邀撃してくるだろう。こちらは、32機いた護衛の零戦のうち、エンジン不調で何機か引き返している。ここまで戦力差があったのでは、到底、中攻隊を最後まで護り切れるとは思えない。これがかつてのベテランぞろいの零戦隊ならば、まだ暴れようもあるだろう。しかし零戦の搭乗員も、練成途上のようなヒヨッコ搭乗員がこれほど多いのだ。これでは、護衛の零戦隊ですら全滅しかねない。

永井兵曹は、後ろを振り向いて、左右後方で編隊を組んでいる、二機の列機の搭乗員を見やった。二人ともそろって表情が固い。懸命に編隊を維持しているのがよく分かる。二人とも初陣だから仕方がないことだ。出撃前によく言い聞かせておいたが、分かったかどうか。

「機銃なんか撃とうと思うな。ただオレについて来ることだけを考えろ。絶対に編隊からはぐれるな。単機になったらオシマイだぞ!」

何とか列機だけでも生かして連れて帰りたい。だが、あいつらは護り切れるかどうか・・・

永井兵曹の視線は、進撃する中攻隊に注がれる。

ただでさえ足の遅い中攻隊なのに、今日は、ことさらにひどい。上から見たのでは分からないが、あんなモノをぶら下げてちゃ、遅くなるのは当り前だ。それは800キロある80番の航空爆弾よりも大きく、1000キロを越える九一式航空魚雷改七よりもさらに重い。中攻隊が腹の下にぶら下げている攻撃兵器は、生きた人間が操縦して敵艦船に命中させる特攻兵器、人間爆弾の「桜花」だった。

「桜花」とは、全長約6メートル、全幅約5メートル、自重2200キロの滑空機である。

母機である一式陸攻24型丁に懸架されて、目標手前で投下される。射程は30キロ超。尾部には推進用の3本のロケット。そして、頭部には1200キロの炸薬。一度、母機から発進すれば、もはや回収の方法はない。特攻専用機、というよりは人間爆弾と云ったほうがより正確な兵器である。


この「神雷特別攻撃隊」は、米高速機動部隊撃滅の任務を与えられ、人間爆弾「桜花」による必死必殺の特攻攻撃をかけるのだ。


中攻隊一番機の操縦席の後ろ、指揮官席に座って双眼鏡をのぞいているのは、攻撃711飛行隊長の野口少佐だ。戦闘機の見張りには双眼鏡は使用しないのだが、大型機の空中見張りには使う場合が多い。そろそろ敵の迎撃戦闘機が、お迎えに出てくる頃だから、見張りも真剣そのものとなる。進撃高度は三千メートル。こんな高度を編隊で悠々と飛んでいたら、いいカモになるのは眼に見えている。高高度飛行か超低空飛行ならば、まだ邀撃される可能性も少ないのだが、「桜花」を発進させることを考えると、この高度以外には考えられない。この高度で敵戦闘機が出てきたら、それでオシマイだ。昨日の航空攻撃で甚大な損害を与えた(であろう)敵機動部隊に、追い討ちをかける好機として、この神雷特攻隊の出撃となった。だが、航空攻撃の戦果報告には過誤がつきものだ。敵機動部隊が「手負い」でなかったとしたら、米機動部隊の直衛戦闘機隊は大群で襲い掛かってくるはずだ。勇猛果敢、歴戦の中攻隊指揮官である野口少佐には、この攻撃が成功する可能性を、どうしても信じることができなかった。しかしその一方では、奇跡を待望しているのも事実だ。敵機動部隊の、水も漏らさぬ警戒網を突破して、何とか30キロまで接近できないものだろうか。「桜花」が届く距離まで、何とか忍び寄れないものだろうか。電探できれいに探知されているだろうが、万が一の敵のミスは期待できないだろうか。

敵機動部隊に夜間雷撃をかけるなら、飛行隊が全滅してもやってのける自信と覚悟はある。それだけの技量と経験を持っている大切な部下たちだ。でも、こんな人間爆弾ぶら下げての任務には、やはり気がノラネエ。

白昼堂々、大編隊で昼間強襲なんかさせやがった航空艦隊司令部の参謀どもめ、あいつらを同乗させてやればよかった。「桜花」を打ち出した後、母機の中攻隊だけがノコノコと帰るわけにはいかねえ。その後は母機もろとも全機で空母に突入だ。「桜花」の搭乗員だけを死なせておいて、おめおえと生きて帰れるものかい。

そんなことを考えながら、索敵していた指揮官の双眼鏡に、チラッとゴマ粒のような影が見えたような気がした。

「右10度、機影らしきもの」

同様に双眼鏡で眼を凝らして前方を索敵していた偵察員が、冷静に報告する。

やはり敵か。そうウマクはいかねえよな。何とも、いくさだから仕方がねえ。

ピントを調整して、その「ゴマ粒」を眺めてみると、その点々はドンドンと増えていく。

「右10度、機影に間違いなし。戦闘機らしい・・・およそ百機」

双眼鏡の中のゴマ粒には動きが見え始めた。どうやら、あきらかに敵戦闘機群は接敵運動に移ったようだ。こちらが発見されたのは、これで間違いない。

索敵機の報告では、まだ敵機動部隊までは100キロはあるはずだ。30キロまで近づいて、空母が目視できなければ「桜花」は発進させても届かない。敵戦闘機は時速320ノット、こちらは160ノット、このまま進撃を続ければ、全滅するのは眼に見えている。まあこれでゲームセットだな。無駄死にまでは任務に含まれていない。「桜花」を投棄して避退しよう。

「おい通信、全機に命令、攻撃中止、『桜花』を投棄して避退する」

「機長!しっかりと逃げろよ!」

やがて、ガクンという衝撃が伝わると、中攻は機体を一瞬浮かび上がらせた。重い「桜花」を投棄したからだろう。

「桜花」を投棄して、身軽になった攻撃隊は、少しでも敵戦闘機の攻撃をかわすために、ガッチリと編隊を組んだままで変針した。

「これで逃げ込める雲でもあれば・・・」

戦場は、無情にも快晴であった。のどかさすら感じさせる、多少の霞がかかった春の空には、中攻隊が逃げ込める断雲のひとひらも、浮いてはいなかったのである。

最後まで、読んで頂けたことに感謝いたします。

続きも、楽しみにしてください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ