捜査のさなかに謎の死因『尊死』によって死者が出たため捜査が難解を極めたんだが
「この三件の被害者と直前に連絡をとってたのは君だけなんだから、なにも犯人だって疑ってる訳じゃあないけれど、彼らに違和感とかそういう少しの心当たりとかはないのかい?」
俺は目の前の小動物のように身を縮めて震える彼にそう問い詰めた。いや、問い詰めたつもりは全くなく、むしろ全くの逆で、話しやすいよう極力笑顔を保ちながら優しい口調で語りかけたはずなのだけれど、尋常じゃない彼の脅え具合を傍から見れば、俺がここ数日間何も飲まず食わさずで彼の心をまいらせ、あることないこと証言を吐かせようと試みる野蛮人に映るだろう。
だけれども繰り返すが俺は懇切丁寧に、最近起きた事件の被害者の事情を聞き出そうとしているだけだし、なんなら彼の方が恐ろしい人物かもしれないのだ。
その事件の容疑者、それこそが彼なのだから。
彼は一見大人しそうな見た目で、学校でもその印象以上は持たないとのことだが、やはり彼が怪しいのは確実なのだ。直接殺したとは言わないにしろ、情報の一つや二つ持っていてもおかしくない。
それに彼が誰かに指示を受けて工作をしていたのだとして、その後ろ盾の尻尾を掴めれば、最近頻発している『謎の死』、その理由が分かるかもしれない。そうすれば俺の親友の死の仇も...。
駄目だ。仕事に私怨を持ち出すな。第一彼が事件に関与しているなど、まだ決まった訳じゃあないのだから。俺の焦りが、そうあればと思う気持ちが、そう見せているだけかもしれない。
「すまなかった。今日のところは帰ってもらって構わない」
俺はそう言って彼を帰らせた。
事件の概要を今一度脳内で整理しよう。
一件目、推似みつぎ。先程の彼と同クラスである。先に開示しておくがここからの三つの事件の被害者、全てが彼の同級生であり、共通してあまり活発な子ではなかったという。
みつぎは不登校気味ではあったものの、不登校であると断言するほどの不登校ぶりではなかったという。サボり気味といったところか。彼が不審死を遂げた場所は自宅の自室。当日は学校には行っておらず、死体は床に寝そべった状態で母親が発見。みつぎは恐らく直前には椅子に座っており、パソコンは直前まで起動していたと見られるが、何者かによって壊されていた。
二件目、阿仁目乱視。彼も彼女と酷似した状況で死体が発見されていること以外は特筆すべき点は無い。彼の場合はベットの上で、直前にスマホが起動していたということだ。こちらも壊されている。そして依然、死因が不明であるのは同じだ。死因がわからないということだけがわかっている。死因が不明だということが明確になっている。みつぎも、乱視も、次の三件目の彼女も、外的損傷は見当たらず、かといって持病持ちなわけでもなく。解剖の結果も至って健康体であったとしか判明しない。
三件目。万颯冊どくは。彼女は冒頭の彼と、親しいなかだったという。もっとも、相対的に見て、の話だが。彼女の場合も自室で死んでいたのだが、やはり周囲にはこれといって鈍器もなければ過剰な違法薬物使用痕跡もあるはずがなく、器用にも床に座ったまま本棚の前で死んでいた。
冒頭の彼とは、死の数時間前にLINEが入っているのだが、ご丁寧にもやり取りが消されてしまっている。連絡をとっていたぐらいではここまで疑いはしなかっただろうが、この消されてたって部分がどうにもきな臭いのだ。消さなくていけなかった理由とはなんだったのだろう。
想像の範疇を出ないが、例えばそれは脅しあるいは誘導の文章で、予め細工を施してあった場所へと移動させ、死に追いやったのかもしれない。または、違法な取引を交わしたあと...これは本当に馬鹿らしい、想像というか妄想、虚言でしかないが、とあるWebページに移動させ、見るだけで死に至らしめる電子信号が組み込まれた画像を見させたとか...いや、本当にこんなんでもないと説明がつかないのだから笑わないで欲しい。
他にも気になる点はある。
死因はさることながら気になるが、彼ら彼女らの死体に妙な点があった。それは、顔の口角は上がり、満足気に目は閉じられ──つまるところ、奇妙なことに笑顔を浮かべていたのだ。三人に例外は無い。
死ぬ間際に笑顔になれるシチュエーションというものを想像してみたのだが、皆目検討がつかない。そもそも彼らは笑顔になったから死んだのか。はたまた偶然か。死後にそう細工されたのか。待てよ、死がわかったから笑顔になったのだとしたら、それはとても恐ろしい事じゃないか?
死を望んでいたことになる。
なら執行人はさながら救済人気取りか?
そうとは限らないか。笑顔とはすなわち油断。油断させておいてから、死に追いやった可能性もある。
ひょっとして彼ら彼女らの浮かべていたのは笑顔じゃなかったんじゃあないだろうか。筋肉が硬直して、または正しく脳から命令がいかないような、解剖しても見つからないような危険な薬が使用されたのかもしれない。
堂々巡りで一向に答えは出ない。
この思考も何回行ったか覚えていない。
分かっている、どれも突飛すぎているし、なにしろ現場証拠と辻褄が合わない。
錯乱しているのか。
錯乱していると認識している時点で俺はまだ正気なのか。
それとも錯乱していると認識していると思い込んでいることが、そのうえで考えを改めないことが、より錯乱の深みへと誘われていることを表しているのか。
だけれども犯人は突き止めなければいけないのだ。こうなったら俺の私怨だと言われようがもう構わない。とことんやってやる。
もちろん意味もなく他殺と決めつけているわけじゃない。俺だって自殺の可能性も疑ったさ。だけれどやっぱり有り得ないのだ。
みつぎは死ぬ直前に夕食の最速を親にしていたらしい。乱視はネットショッピングで買い物をしていたらしい。どくはは事件の翌日にライブに行くのを楽しみにしていたらしい。どの行動もこれから死のうと思っているものがしない行動だ。
さてどうするんだ、せめてLINEの内容を知ることさえ出来れば推理が進むのだが、彼のおどおどした雰囲気とは裏腹に、口を一切わろうとせずに沈黙を貫くだけだった。
迷宮入りしてしまうのか、そう思いかけた時だった──彼が現れたのは。
******
重い腰を上げ、太陽光の差し込まない暗い部屋から、彼──肝出蓋雄は実に数十日ぶりに外の世界の空気を吸った。解決した事件の数は数しれず、しかし彼の姿を拝めるものは限られており、一般警察の中では幻の存在なのではないかとまことしやかに囁かれている、伝説の敏腕刑事、それが肝出である。
俺も耳にしたことはあるが、いない存在に頼っても意味が無いと、これまで頼るのことなど毛頭考えていなかったのだが、もし、噂が本当ならば、彼なら事件の解決の糸口を発見してくれるかもしれない。俺の弱りきった心は自然と、噂の存在でしかない彼こそがこの硬直した現状を動かすことの出来るピースなのだと、一筋の光明を見出していた。縋っていた、の方が正しいだろうか。
彼の姿を見たことがあるという先輩を小一時間ほど問い詰めると、肝出刑事はとある一室に閉じこもっているという情報を手に入れた。こんな場所があったのかと疑問に思うほど廊下を奥に進んだ先に、彼の部屋はあると。俺はその部屋へと向かった。
彼と部屋の扉をノックをする。
軽快な音を二度響かせ、
「すみません、事件の操作に協力して頂きたく、あなたの部屋を訪れました。入ってもよろしいでしょうか」
「待て、貴様どこのスパイだ?」
「いえ、私はどこの国のスパイもになっておりません。しがない一国民です」
「この部屋に入りたくば合言葉をいえ」
「なんですかそれ。ひらけゴマとかですか」
「そんな陳腐な使い古された合言葉なわけあるか。ほとんどの野郎が本来秘密であるはずの、合言葉というものを『どうせひらけゴマでしょ』と舐め腐ったことをほざきやがる。そんなもんが合言葉だったらそこら辺のオンボロアパートの方がセキュリティが堅固じゃないか」
「顔パスじゃあダメですか」
「なんで顔パスならいけると思ったんだ。俺と面識ないよな?そもそも開けなきゃ顔は見えないだろうが」
「私の指紋で良ければお使いください」
「要らねえよ」
「なら開けてください」
堪忍したのか扉はゆっくりと、そして重々しく開かれた。彼の外見が顕になる。
肉付きはふくよかで豊満な肉体美は、少々服におさまりきっておらず、布は最大限肉体を隠そうと伸びているが、しかしお腹の辺りには気が回らないようで、へそが惜しげも無く出されていた。しかもその上大の大人が短パンをはいており、チェック柄の羽織はかろうじて腕が通っている状態。顔に目をやると、頭にはバンダナ、眼鏡、無精髭の三段揃い。とてもじゃないが敏腕刑事とは思えない見た目だ。
「ふっ、俺がいない間に下界ではどれほど時間が経ったのかな、ワトソンくん。おや、この世界線では初めましてだったかな」
「お久しゅうございます主様。主様が引きこもっている間に世界は一巡し、かつて引きこもった直後の時間に到達致しました。レンタルビデオをお借りなのであれば、料金はゆうに国家予算を越しているでありましょう」
「経費で落とすのとも視野に入れていこうか」
「って、馬鹿らしいやり取りをしている暇はないんですよ。俺は急いでいるんです」
俺は彼のペースに持っていかれないようにと、話を本題に戻そうとした。
「まあ待て。生き急ぐんじゃない少年。いや、もう青年になったのか。焦ったって自体は好転しない。求められるのは冷静な判断力だ。もう俺はあらかた自体を把握している」
言っていることだけを切り取れば格好がいいのだが、あくまで言っていることだけだ。実際には疲れたのか鼻息が荒くて聞き取れたもんじゃない。しかし思ったよりかは頼りにはなるようだ。
「肝出さん。それは本当ですか」
「ああ、俺がお前に嘘ついたこと、これまでにあったかよ」
「初対面なんでまだないですね」
「だろ?」
仕草がいちいち気に食わなくて癇に障るけれど、それすら目を瞑れる朗報だ。
「じゃあ教えてくださいよ」
「ああ、その前にもう一度被害者の部屋の写真を見せてくれるか?」
催促に俺は快く応じ、持ち歩いていた三枚の写真をポケットから取りだした。
「まあなんだ。立ち話もあれだし、中に入ってくれ」
お言葉に甘えて俺は彼の部屋へと足を踏み入れた。中は包み隠さず言えば汚らしかった。あちらこちらに食べかけなのか、それとも単にゴミなのか分からない物体が各自思い思いに寛いでいるし、何より匂いがキツい。壁にはどうやら美少女のポスターが一面に貼り尽くされており、よく見ると壁だけでなく至る所にフィギュアだとかのグッズが置かれている。漫画も大量に埋もれているようで、壁だと思っていたものが漫画の積み重なってできた山だったのは気づくのに時間がかかった。
入っておいてなんだが長居はしたくない。
「悪ぃな。資料が散らかっちまっててよ。まあ適当に座っといてくれや」
そうはいうが散らかりが度を過ぎすぎていて、とてもじゃないが座れる場所がない。仕方がないのでたって話を聞くことにした。
肝出さんはいそいそと折りたたみ式の机をゴミの山から取りだし、置く場所がないのでやはりゴミの上に机を置いた。机の上にもお菓子のゴミやら紙くずやらが散らかっていた。
肝出さんはゴミを纏めて手で人力圧縮をした後、ゴミ箱が見当たらないようで行き場のない手に握りしめたゴミの将来を憂いているかと思えば、急に真剣な表情に変わって俺に向かい合った。
「いいかい?何も言わずに君にこれを受け取って欲しい。きっと今は役に立たないけれど、いつかこれが君を救う時が訪れるから」
そう言って俺の右手と熱い握手を交わし、俺にゴミを押し付けた。本当にこのゴミが俺を救う展開は訪れるのだろうか。そうは思えない。俺は渋々受け取るふりをして、すぐ後ろに放り投げた。
「で、君はなんの報告に来たんだっけ」
「? あなたに真相を聞きに来たんですよ」
「いや、それの他にさ、何かの賞の受賞の報告があるんじゃない?」
「いや、ないですけど」
「ほらさ、ノーベル文学賞とかそこら辺に今年こそは俺が選ばれたんじゃないかなって」
「いや、選ばれてないですけど」
「うっそー。ハガキあんなに出したのに当たんないのかよノーベル賞。まじかー、次は赤痢菌あたり攻めとくか」
なかなか本題の話が聞き出せない。わざと話をそらされている気さえしてきた。俺は遊びに来たわけじゃないのだ。俺が文句を言おうとすると──
「──わかったよ。ちゃんと話そう」
今度こそ真剣な面持ちでそう言い出した。
「まず今回の事件──結果から言ってしまえば単なる不慮の事故で片付けられる」
「そんなはずは...」
「まあ落ち着け。これは『表向き』の話にすぎない。真相は別にある」
一体どういうことか。言葉通りに捉えると、まるで警察が真相を隠蔽しているかのような言い草だが。
「その通りさ。警察はこの事件の真相を隠蔽する。警察だけじゃない、国絡みの話だ。それにこの事件に限った話でもない」
そんなの、そんなの、何故だ。おかしいじゃないか。真実を暴くのが警察の役目であり至上命題なのに、その警察が隠蔽だなんて。
「この世界は歪なのさ。そう、清楚系びっちというジャンルの存在ぐらいに歪なのさ」
「もっと詳しく話してくれないとわかりません」
「わかってるって。ちゃんと話すさ。けれど聞く覚悟はできてるんだろうな。この国の、世界の真実を、聞く覚悟は。」
俺は無言で頷いた。
「ふっ、さすが俺が見込んだ男だ。ゆくゆくは君に俺の座を譲るのも悪くない。
さて、時に我々が生きている中で一番隣合わせである死因とはなんだと思う?」
「事故死ではないかと」
「そうか、ではこの国でいわゆる『不審死』を遂げている人数は何人だ?」
「毎年約15万人です」
「まずその2つが情報操作によって与えられた誤った情報だ」
どういうことだ。もっと身近に死があるのか?そしてそれが不審死の人数に関わってくるのか?だとしたら...これは俺が思っている以上に国はとんでもないことを隠しているのではないか?
「今の時代はオタク飽和社会。ここ数年でオタクは増え続けている。そして──」
俺はゴクリと唾を飲んで、次の言葉を待ち受けた。
「そして、死因堂々の第一位は『尊死』なのだよ。聞きなれないかい?無理もないだろう。尊死とは世間一般には開示されていない情報であるからな。
さらに、不審死の大半はその『尊死』であり、事故として処理されたものの中にも『尊死』であるものは紛れ込んでいる
被害者の部屋の写真をよく見てほしい。どれもこれもオタクグッズ満載の部屋ばかりじゃないか。きっとみんな推しの配信とか百合アニメとか見てたんだろうね」
『尊死』?なんだそれは。それがこの国の死因の第一位なのか?不審死は原因が不明なのではなく、本当は『尊死』だと?
話が飛躍しすぎている。
それにまだ疑問は残っている
「ならばなぜその情報は開示されていないのですか」
「それはな、国のTOPのキモオタが、その情報は余計な混乱を招くからと、開示を禁止したからだ。また、結局詳しいメカニズムは研究されていないからだ。研究したものは全員、例外なく『尊死』を遂げている。研究するために萌えアニメとか配信とか見るほどに、『尊死』が間近なものになるんだから皮肉なものだ」
「おかしいじゃないですか!それでもちゃんと伝えるべきです!俺は一人でもこの真実を世間に公開します!」
「ふっ、俺もそう息巻いていた時代があったなぁ。お前を見ていると若い頃の自分を見ているみたいだ」
過去の自分を重ねるような目線を俺に送って来たが冗談じゃない。一緒にしてもらっちゃ困る。くるぶしかち割るぞ。
俺は一刻もはやくこの事実を伝えるべく、扉から出ていこうとした。その時、肝出さんは冷たい声でこう言った。
「本当に、それが正しいのかよく考えてみたのかい?」
「...どういうことですか」
「いくら上層部が情報を制限したって、隠し通すには無理がある内容だとは思わないかい?」
「......」
「もうひとつ、重要なことがある。それは、明らかに『尊死』の死者は証拠を残していない、ということだ。実際、この被害者の子らもLINEの会話を消していたり、パソコンが破壊されていたりしたんだろう?」
「あれが自分の意思でやったってことですか?それはいくらなんでも納得できません。そんなことしてなんの得になるんですか。それじゃあまるで被害者全員が共同で『尊死』という死因の存在を隠してるみたいじゃあ──」
「なんだ、わかってるじゃないか」
は?じゃあ『尊死』の死者は、『尊死』だと発覚しないように行動してたっていうのか?なんのために、理解不能だ。
いや、考えてみよう。
隠していたということは、バレたら不利益があるからだ。誰にだ。自分はもう死ぬのに一体誰を庇っているんだ。
もし『尊死』が明るみになったら、どうなるのだろう。まずは...そうだな、関連するコンテンツは全て制限されるだろう。そして間接的にとはいえ、殺人に関わったのだからそのコンテンツの製作者は──
「あっ」
「そう、『尊死』を遂げるオタク達は、それらのコンテンツが消されることを望んでいないのさ。何故なら彼らはオタクなのだからな。それが原因でアニメ、漫画、動画、配信、ゲーム、映画諸々が制限されるのは望まないし、推しを犯罪者にしたいと望むやつもいない。彼らの──死にゆくもの達の望みによって、嘘によって、新たに『尊死』は起こっていく。
今回の被害者たちのLINEの内容もおおかた予想がつく。多分『布教』と呼ばれる行為だ。そして彼らは常日頃からそれらの形跡を残さないように精進していた。いつだって『尊死』は突然訪れるからな」
「そ、それじゃあ、国民は、薄々『尊死』の存在に勘づいていたということに...」
「ああ、この国には二種類の人が存在している。そもそも『尊死』の存在に気がついていない人。そして、『尊死』の存在に気づいていながら、気づいていない振りをする人。
だから言っただろう?この国は清楚系びっちだって」
「そんな...」
「もうひとつ、確実に言えることがある──『尊死』はとても幸せなことだということだ。苦しんで死ぬことはない」
死が幸せだなんて、そんなこと有り得るはずがないのに。こんな時に本当の幸せとはなんだろうと、哲学的なことを考えてしまう。確かに今回の三人は苦悶の表情どころかとても幸せな顔で死んでいたし、俺の親友も死ぬ直前はとても幸せそうだった。
「もう一度、考えてみるんだ。死者たちが紡いだ膨大な嘘を、正しくないと切り捨ててお前の正義を執行するのか、嘘で成り立つこの世界を受け入れて、また変わらない日常を国民全員が送るのか、どちらかを選べ。どっちを選んでも何も言うまい」
俺が真実を告げたとして、幸せになる人はいるのだろうか。俺は過去の『尊死』での死者が総出で創り上げたこの「嘘」の重みを背負えるだろうか。正しい在り方か、幸せな在り方か。嘘を暴露するか、現状維持か。
俺は──
「賢明な判断だと思うよ」
俺は力なくその場に座り込んだ。
「やはり君に託すとしよう。これからの『嘘』を紡ぐ役割を。俺もいつ『尊死』が訪れるか分からない。この『嘘』を理解するにはある程度の娯楽に対しての理解が必要だからね。今日からビシビシ布教させてもらうよ。あわよくば『そういうのもう通り越しちゃった人』になれれば『尊死』は回避できるんだけどね。目指すはそこだ」
******
「おや、肝出氏。今日漫画新刊発売日ではないでござるか」
「そういえばそうだったね。買ってきてくれるかい?」
「拒否権を行使するでござる!拙者他人にこき使われるのを大の嫌いとするでござる」
「わかった、行ってくれたらこの星5キャラあげるよ」
「いくでござる。吾輩たちの仲ではござらんか。遠慮など無用!どんどんこき使ってくれて構わんでござる」
おいらは、部屋を小走りで出た。最近運動していないせいか転びそうになるが何とか体勢を保つ。久しぶりの日光が肌に染みる。
依然この国は、世界は姿を歪めたまま回り続けている。今でも答えは出ていないけれど、少なくとも、この在り方が間違っているとは思えないのだった。
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