⑤ 哀しみの果てに
ふと、気が付いた時には、見覚えのない西洋風の豪華なお城に佇んでいた。
部屋の内装は、現実には見たことの無いような暗くおどろおどろしいもので、映画のセットにしては随分と手が込んでいる。
隣には、銀色に輝く大鎌を携え、黒く大きな羽の生えた女性が立っていた。
目線がちょうど彼女の胸の辺りだったので、自分が座っていたのだと気づく。
その女性――いや、悪魔か堕天使といった方が的を得ている彼女は、メイド服とは少し違うがそれに似たゴスロリの服を着ていた。
まるで、見せつけるように露出した白い肌の豊かな胸元ばかり見てはいけないと思って見上げてみると、その顔には靄が掛かったように映って、はっきりと顔や表情が読み取れない。
モノトーンな色合いの服装の中に、グレーに似た鈍い色の長い髪が見えて、その上には黒い角が生えていた。
じろじろと見ていた俺に向かって何かを話しているようだが、うまく聞き取れない。
でも、咎められたわけでは無いのは分かった。
薄っすら見えた表情の中で、口元が緩んで楽し気に笑っているように見えたからだ。
急に場面が変わると、今度は真っ白いテーブルクロスが掛けられた大きな長テーブルに向かって座っていた。
ちょうどお誕生日席と呼ばれる短側面に座っているようで、他にも数人の男女が席を並べて食事をしている様子が窺えた。
男が1人、女が5人。それ以外にも、部屋の隅にメイドらしき風貌をした少女たちが規則的な配置で立っていた。
先程の女性が着ていた服とはまたデザインが違い、ヘッドドレスやエプロンドレスまで着けていることから、彼女たちがメイドである可能性は高い。
食卓を囲む中には、一人だけつい最近見た覚えのある淫乱女がいた。
他には、何やらプンプンと怒っている雰囲気の金髪美人。
小柄なのに、やたら大食いなピンク色の髪をした可愛らしい少女。
席を立ってこちらに食べ物を向ける色情魔を見て、眉間にしわを寄せているのは、毒々しい色合いの長い髪をしているが一見清楚に見える美女。
気だるげな様子で呆けていて、服装も緩く隙だらけな青緑色の髪をした角の生えた少女。
男の方は、その趣味はどうなんだと思うほど、かなり個性的なファッションをして、ドクロ模様が描かれた帽子をかぶった少年。
はっきり顔は見えずとも、それぞれ楽しそうに、あるいはそうでもなさそうに話していたのは、雰囲気から感じ取れた。
しかし、またも周囲の音が耳に入ってこなくて、内容自体はさっぱりわからない。
だが、どこか懐かしさを感じ、ふとほくそ笑んだ。
深く考える暇もなく、辺りは白く霞んでいった。
何か夢を見ていたような覚えを感じつつ、目が覚めた。
しかし、この顔に当たっている感触は、一体何だったか。
フローラルな香りと、少し重さを感じるその柔らかな感触をどかそうと手を伸ばす。
「んっぅ、…ぅんっ」
手のひらに収まりきらないそれは、手を放すのが勿体ないくらい心地良いものだった。
上の方から声が漏れてきたような気がしたので、頭を引いて改めて状況を見返した。
そこにあったのは――いや、居たのはエスカモアだった。
まだ寝息を立てているエスカモアは、俺を抱き抱えるようにして眠っていたようだ。
つまり、目の前の柔らかなものの正体は…そう、彼女の母性の塊である。
「あっ…、やべっ…」
目の前の状況に驚いて、夢のことなど彼方へ消えてしまっていた。
さて、一体これはどうするべきか。
このまま知らん顔してまた顔を埋めてみようか、それともさっさと起きた方が良いのか。
そんなことで真剣に頭を悩ましていると、彼女ももぞもぞと起き始めてしまった。
「ふぁ…、……あっ、ご主人様ぁ。おはようございますぅ」
「っ!?…お、おはよう、エスカモア。今日も良いおっぱ、じゃなかった。お天気だね」
目の前に聳える山脈のおかげで、危うく言い間違えるところだった。あぶない危ない。
「んっ…ふぅ…。ご主人様、今日はもう大丈夫そうですねぇ」
俺の邪推な葛藤も知らず、優しい眼差しでこちらを見つめながら、安堵の息を漏らした。
「え?な、なにが…?」
「昨日はいろいろ大変でしたから、心配していたんですよ…」
昨日――そうだ、伝説級の竜を手に入れるために……。
「あらあら…また険しい顔していますよ…」
そんな様子を見かねた彼女は、ムギュッと優しく抱きしめてくれた。
それは、まるで温かく柔らかな母性が俺を包み込むようだった。
「そのような顔をしてほしくないですから。リミさんの分まで、わたくしが少しでもご主人様の傷を癒して差し上げたいのです」
「…もう、大丈夫だから。リミのためにも、ここでイジけてる場合じゃない」
心の傷は簡単に癒えるものでもなければ、特効薬があるわけでもない。
でも、リミ以外にも、こうして俺のことを慕ってくれる『仲間』がいるんだ。
だから、立ち止まらずに、前に進まなければ――尚更、リミに会わせる顔が無い。
顔を離すと、エスカモアが服を着ていないことに今更気づいた。
「ところで、なんで全裸?」
言った傍から、薄紫色のパンツが目に入って、一枚だけ身に付けていることは分かった。
「わたくし、就寝時は基本的に衣類は脱いでしまいますので…」
そういわれてみれば、ここ数日もそうだったような気がしないでもない。
「……お嫌でしたか?」
「いや、もう全然。むしろ大歓迎です!」
「んふっ…でしたら、問題ありませんね」
「あっ…、うっぷす」
うっとりした表情を見せた彼女から、またしても抱きしめられた。
「…そうでした。ご主人様、宜しければわたくしのことも愛称で呼んで頂けませんか?」
「言い出すタイミングを色々逃してしまったのですが、わたくしも他のみなさんの様に親しみを込めて呼んでもらいたいんです」
「ぁぁ、ぃぃょ」
窮屈な場所で返事をしたから、随分と声がこもって聞こえた。
「わぁっ…。でしたら、今後はエスカとお呼びください。これからも、どうぞよしなに」
一人だけ、呼ばれ方が違うことを気にしていたのだろう。彼女は、さらに密を極めた。
「将也~、その、大丈夫ですか…、ぁ」
心配そうに声をかけて入ってきたエルは、俺たちの様子を見てその空気は一変させた。
「あ、ドア開いてる。将也さん、その、ご気分はどうですか~、あっ…」
サニーも続いて入って来たが、こちらは怒りを通り越したのかポカンとしてる。
二人がやってきたことで、お互いに身体を起こしたが、それで空気が戻るはずもない。
「……随分と、良いご身分ねぇ。…ご気分も、さぞ良いことでしょうよ」
ピキピキと眉間の皺が動いているエルシーの顔は、まるで般若のようだ。
その気迫なら、一人で竜も退治できてしまえそうに思える。
「えぇっと…」
一発で済めばいいなぁ…と遠い目をしながら、疚しいことがある故に、返答に迷う。
「わたくしが、ご主人様を癒して差し上げていたのです」
一触即発な空気の中、エスカは悪びれる様子もなく俺の代わりに堂々と答えて抱き着く。
「はぁ…。心配するだけ無駄だったみたいね。とにかく、立ち直ったのなら良かったわ」
「そうですね。ある意味、それでこそ将也さんです」
一体キミたちの中で、俺はどういう存在なのか問い質してみたいところではあったが、二人が落ち着いた頃に、また新たに一人入室して来たので、うやむやになった。
「なにやら騒がしいの」
姿を現したのは、特に心配する様子もなく、マイペースなアンナだった。
「いや、何でもないよ」
彼女たちが並んでいるのは不思議な感じがしたが、昨日の敵は今日の友というやつだ。
これからは、この光景が当たり前になっていくだろう。
嬉しいことでもあるが、後が怖そうなので、いい加減エスカモアから離れて、一息つく。
皆が揃ったこともあって、彼女は視界の端でゆったりと着替え始めた。
「これ、リミの…」
ふと見たベッドの傍に、可愛らしいポシェットが置いてあるのに気がついた。
あの時、俺は無我夢中だったし、その後もアンナの対応でいっぱいいっぱいだったので、誰かが持って来てくれたのだろう。
間違いなく、以前リミと二人でショッピングした際に買ったものだ。
中を覗くと、例のピンク色のデジカメと彼女が以前から持っていた使い捨てカメラが入っていた。ポケットには、彼女に買い与えたMelonもある。
そういえば、リミはあちこちでカメラを構えて撮っていたことを思い出す。
彼女との思い出を思い起こすように、デジカメの画像を古い順に観ていく。
「それ…。わたしにも見せてよ」
興味を惹かれたのか、エルシーが覗き込んでくると、他の者たちも次々に覗き見る。
小さな画面に映し出される画像を、みんなで寄ってたかって観ていた。
「これは、リミと会った日だな」
最初の一枚は、彼女の服を買ってきたので、お披露目と称して撮影会をした覚えがある。
確か、デジカメのテストも兼ねて撮ったはずだ。
「幸せそうな顔しちゃってまあ…」
しばらくその様子が続いた後は、ベッドの上での俺とのツーショット。次にエルシーのいたメイド喫茶に行く前に、二人でデートのように街を散策していた時の様子が映っていた。
続いて、アジトとして使っていたラブホ周辺の写真。だらしない顔で寝ている俺。
「…リミの奴こんなのも撮っていたのか」
「ぷすぅっ、だらしない顔」
「でも、ちょっとかわいいです。」
「男にかわいいは…、嬉しくないぞ」
それだけでなく、結構頻繁に色んな場面で撮っていたようで、たった一週間ほどの彼女との生活が色濃く映っていた。
彼女は、俺と出会ってからのこの一週間を――楽しんで過ごしていたのだろうか。
少々、強引に引き入れて契約した出会いだった。
あれから、今まで彼女にとって、どう映っていたのだろうか。
「リミさんは、楽しんでいたと思いますよ。こうして映っている写真にも、笑顔で映っているじゃないですか」
考えが顔に出ていたのか、エスカがその不安を拭ってくれた。
――リミに会いたい。
すぐにでも、リミに会いたい。会って抱きしめたい。
愛おしい彼女を。ずっと慕ってくれた彼女を。
だから、そのために今出来ることをしよう。
デジカメを大事にポシェットへ戻すと、それを持ったまま立ち上がる。
「さぁ、七大悪へ殴り込みに行くぞ!」
ぐうぅぅ~。
意気込んだ後に、脱力するような音が鳴り響いた。
「もうお昼近いですし、ご飯にしますか」
「…そうしようか」
朝食兼昼食を食べ終え、空腹を満たすと、気を取り直して目的を再確認する。
「さて、六本木の方まで行かなければならないわけだが、ちょっと距離があるかな」
DH内のここからでは、歩いていけない距離ではないが、現状電車も通っていないので、少し時間が掛かりそうだ。
「あたしが、また運んでもいいけど?」
「いや、我が飛んだ方が手っ取り早いのではないか?」
早速、飛行能力を保有する二人が名乗り出た。
マナを補給できている今、再び竜形態へ戻ることも容易らしく、簡単に言ってのけた。
真昼間から黒い竜に乗って都内上空を飛来すれば、明らかに目立つのは承知だったが、出鼻もくじかれた今は少しでも時間が惜しかった。
「分かった。お前に乗って行こう、アンナ」
「うむ。では、行くとしよう」
他の者たちを一度デバイスに戻し、巨大な竜形態のアンナに乗って目的地へと向かった。
サニーの飛行が遅く感じるほど、すごいスピードで空を駆けていく。
おかげで、あっという間に目的地周辺へ辿り着いた。
意外と上からだと高さが分かりにくく、区別がつきにくい上に、馴染みのない六本木のビルを探すのは難しく、例のサーチモードを当てにしてみれば、一か所に反応が集中していた。
強さを表す数字を拡大して確認してみても、リミと同じ程度の数字からインサニアどころかアンナに匹敵する数字まであったので、一筋縄ではいかないのが窺い知れる。
高層ビル群が立ち並ぶ中、レーダーを頼りに目的のビルの屋上へ舞い降りた。
「…よっ、と。こういう時、屋上から入るのも珍しいよな…」
俺を降ろすと、アンナは竜形態から人形態に戻った。
さて、七大悪と立ち会うのに丸腰ってのも危ない。
しかし、切り札は隠してこそ意味がある。
そう考えた俺は、アンナをデバイスに戻すと、代わりにエルとエスカを解放する。
契約者一覧の中で、一人だけ灰色になっている枠を見て、心がズキリと痛む。
――待ってろ、リミ。必ず、また会えるからな。
「わたしたちだけでいいの?」
「主戦力は一応隠しておく。それに、ぞろぞろ連れていても動きずらいだろ」
「そういうことでしたら、了解されました」
「えぇ、任せて」
連れ添う二人に身を預けると、いよいよビル内に侵入する。
特に鍵はかかっておらず、以外にもすんなり入れてしまった。
そのフロアは美術館のようで、空間が広々としている。
しかし、その一方で客は一人もおらず、がらんとした様子だ。
ビル内はしっかり電気が通っており、照明も点いていて、エレベーターも稼働していた。
罠を警戒しつつも、エレベーターに乗り込み48階まで降りる。
そこは、元はオフィスフロアだったようだが、随分と改装されていて、その堅苦しい面影は無くなりつつある。
廊下を少し歩くと、部屋の中から何やら話し声が聞こえてくる。
「準備はいいか…?」
「えぇ。この中にいますわ、強大なチカラを持つ者が何人も」
「いつでもいいわ」
一応、俺もいつでもデバイスから援軍を呼べるようにスタンバイしておく。
「すぅぅ…、はぁ…。行くぞっ」
荒ぶる呼吸を整え、緊張が昂る中、恐る恐る扉を開いた。
静かな登場だったが、気配に気づいた6人は、すぐにこちらを見て睨む。
その中でも、見覚えのある卑猥な格好をした女が、いち早く近づいて飛びついてきた。
そう、ルクスリアだ。
「アハハっ、ホントにあの暗雷竜を手に入れてくるなんて、ビックリしたよ♪」
「なぜ、それを知っている?」
「そりゃ、白昼堂々飛んできたらわかるよ。ってゆ~か、目立ち過ぎ♪」
馴れ馴れしく頬っぺたをツンツンするのは、やめてほしい。
彼女はなぜか喜んでいる、いや楽しんでいるのか。
とにかく笑っているが、他の面子はそうでもない。
訝しんでいる者がほとんどで、一名だけすごい勢いで食べ物を口に運んでいる。
「全く、僕がせっかく呼びつけたのに、横から掻っ攫われるなんてね」
「それに、そこのビッチが情報をリークしたようだし…」
ドクロ模様が入ったフードを被る少年が割って入ってくると、痴女に鋭い視線を向けた。
背丈こそ小さくて子供のようだが、その雰囲気は大人顔負けの凄まじいものだ。
「きゃ~、もう目が怖いぃ~♪」
一方、そんな視線に当てられても、彼女は言ってくることに反して反省の色も見えない。
こんな成りやふざけた言動をしていても、さすが七大悪の一人というわけだ。
「まぁいい。他にも手はある。精々、扱いに気を付けるんだな」
気に障ったものの、大して悔しがりもしない少年は、せめて嫌味ったらしく吐き捨てた。
「えっと、じゃあ…まずは、みんなを紹介した方が良いのかな~♪」
「あぁ、頼む」
「は~い♪まずは~、ワタシ。みんな大好きえちえちボディ、色欲のルクスリアちゃん♪」
なぜ紹介がアイドル風なのかは謎だが、かわいくしなを作ってアピールしてきた。
色欲という言葉通りの男好きする身体に、本人もえちえち思考なのは、重々承知である。
「さっきのちょ~っと怖そうな坊ちゃんが、強欲のアワリティア」
「ふんっ…」
ルクスリアに紹介されても、あんまりいい顔をしていない愛想のない少年だった。
「そこのぼーっとしてるのが、嫉妬のインヴィディア」
こちらのことなど気にする様子もない彼女は、ルクスリアと同様に色気があるが、下品ではない。一見美人な女性だが、その背中から翼や尻尾も生えている。
「で、さっきからむすーっとしてるのが、憤怒のイラ」
その名の通り、イライラした様子でこちらを睨んでいる彼女は、スラッと伸びた色白の脚の曲線美も美しく、長いゴールデンブロンドをなびかせている。
「それから~、そこでさっきから料理を食べまくっている子が、暴食のグラ」
相変わらず食べ続ける少女は、カールさせた撫子色の髪にヘッドドレスを着けていて、その服装もかわいらしいロリータ調だ。
しかし、足元に得体のしれないピンクの丸々とした生物がいて、その上に乗っている。
その生き物も、彼女に負けず劣らず、大きな口で料理を食い漁っていた。
「あとは~、怠惰のアセディアもいるんだけどぉ、多分今も研究室に籠ってるのよねぇ~」
「最後に~、ワタシの愛しのダーリンを~、って言いたいけど…今は訳あって不在なの」
「それで、彼女が今その代わりをしている、ルシファーよ」
不在の者も気になるが、最後に紹介されたルシファーという少女は、大きな黒い羽と角を生やして、モノトーンのゴスロリっぽい服を着ている。
パーチメントの長い髪を下ろし、頭に細いリボンを結んだ姿は実に可愛らしい。
なぜ、こうも彼女が俺好みの外見をしているかは謎だが、残念ながら今はそんな状況でもなければ、好意的に思われてもいないようだ。
その見た目や代理という言葉に反して、その存在感は他の者たちに引けを取らない。
「あ、そだそだ♪ルシファー、ちょっと耳貸して」
これで全員紹介された訳だが、痴女以外は初見のはずなのに不思議と既視感がある。
その違和感に悩む俺を他所に、ルクスリアはルシファーになにやら耳打ちしていた。
そして、ルシファーは一瞬驚いた顔をすると、訝し気にこちらを睨んできた。
さらに、疑いの眼差しを向けたまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あなた、お名前は?」
「…氷室将也だ」
外見も声も可愛かったが、その棘のある圧に気圧される。
「そう。ちょっと失礼…」
一言断りを入れると、いきなり顔に手を伸ばしてきた。
あまりにも意外過ぎる行動を反射的に避けようとしたが、向こうの方が一枚上手だった。
「なっ、あんた!それ以上はっ!」
「大丈夫よ、別に殺しはしないから」
「そんなこと信用できるもんですか!さっさと離れなさい!」
何をしでかすつもりか分からない相手に、エルは実力行使で引き剥がそうとする。
「…誰にものを言ってるの?あなたは、黙って見ていなさい」
その冷たい瞳は、エルシーを蔑むように睨んで、格の違いを思い知らせた。
「わわっ…!」
エスカは飛んできたエルをなんとか受け止めて、手を貸した。
「……くぅっ、なんて馬鹿力なの」
二人がこれ以上手を出さないと悟ると、ルシファーは再び俺に手を向けた。
そのしなやかな手で頬を撫で、ジッと目を見つめてから、首筋を辿って胸に手を当てる。
「なんだか、それだけ見るとエッチぃ感じだね~♪」
邪魔するわけでは無かったが、近寄って様子を見ていたルクスリアは相変わらずだった。
一方、ルクスリアとは違い、ルシファーの表情は先程から真剣そのものだ。
ほんの数秒が異常に長く感じられる間も、ルシファーは一瞬ピクリと眉を動かしただけ。
結局よくわからないまま、その後背中も触ってようやく満足したらしく、俺から離れた。
俺たちの疑問も残る中、件のルシファーは再び頭を悩ましているようだ。
少し離れたところで、ルクスリアと何やら言い合っている。
「おいオマエ、結局こんなとこまで来て何の用なんだ?」
「あのな、僕たちは誰とも知らないオマエたちに付き合っているほど、暇じゃないんだぞ」
アワリティアに本題を急かされ、いよいよだと思うと、声が震える。
「…頼みがある」
「なんだ?言うだけ言ってみろ」
深呼吸して、震える手を抑えつけると、話を切り出す。
「先日の暗雷竜との戦いでリミが――リミニスが犠牲になった」
「俺が不甲斐無いばかりに…。そして、俺を守るために」
「俺は、彼女を取り戻したい。闇の世界には、死者を蘇生させる手段に精通してる者もいると聞いた」
「だから…なんとか救い出したい。取り戻したいんだ、彼女を」
「そのために…頼む、手を貸してくれ。…いや、手を貸してください!お願いします!」
普段、誰に対してであっても、頭を下げることなんて嫌で嫌で仕方なかったことなのに、リミのことを思うと自然に出来てしまっていた。
付き添っていた二人も、同じように頭を下げる。
「なんだ、そんなことか」
一世一代の心の叫びをした俺の言葉へ返事は、あまりにも素っ気なかった。
「そんな事は簡単だ。だが、僕がわざわざそんな事をオマエのためにしてやる義理もない」
――簡単…だと?
リミを救い出すことが、彼女と再び会うことが容易いだと?
「できるんだな、リミを助けることが!」
「さっきから、そう言っている」
必死な俺に対して、面倒くさそうな態度のアワリティアだったが、ここは頼るほかない。
「なら、ケチくさいこと言わないで助けてくれよ!簡単なんだろ!?」
「なぜ、たかが人間一人の為に、僕のチカラを使わなきゃいけないんだ」
「そんな意地悪しないでさぁ~♪それくらいのことなら、してあげたら?」
頑なに意見を変えないアワリティアだったが、意外にもルクスリアが加勢してくれた。
「はぁ!?オマエ、何コイツの味方してるんだ!」
「いいじゃん、いいじゃ~ん♪パパッと助けてあげなよぉ~♪」
「おい馬鹿、引っ付くんじゃない!このビッチ!いいから離れろ!」
「えぇ~、じゃあ助けてあげるんなら、離れてあげるよ~♪」
「あぁもう!わかった、わかったから、さっさと退けよ糞ビッチ!」
「しょうがないなぁ♪…イェイ♪」
うまいこと承諾させた彼女は、勝利のピースと共にウィンクまでこちらに向けてきた。
ルクスリアの考えはよくわからないが、おかげで助かったようだ。
「うぇっ…ビッチ臭い。前から散々言ってるのにくっついてくるな、低俗なビィィッチめ」
「はいはい♪それじゃ、約束は約束よ♪」
「はぁ…、まぁ助けてやるには助けてやる。…が、代わりにこちらの条件をのんでもらう」
「もぅ……。でも、それくらいはしょうがない…のかなぁ?」
結局、このルクスリアという痴女は、どっちの味方なのかさっぱりわからない。
「わかった。俺にできることならやろう」
「そうか、ならそっちは後で話そう。…本来はこんなことしたくはないが、こっちが先払いでそっちの要望を叶えるとしよう」
ルクスリアが再び機会をうかがっていたのを捉えた彼は、渋々そう言った。
「本当か!?」
「あぁ…。それで…リミニスだったか?そんな名前を昔聞いたような…どうだったかな」
「追憶の悪魔、といわれる下級のアビスデーモンですね」
さっきから静かだと思ったら、調べてくれていたらしいルシファーが口添えした。
「はぁぁ…。そんなヤツがあの竜に立ち向かおうものなら、こういう結果になって当然だ」
「仕方ない。さっさと済ませるか…」
アワリティアは面倒くさそうに姿勢を正し、片手を前に出して目を瞑った。
何かをブツブツと唱えているのはわかるのだが、さっぱり聞き取れなかった。
エルがリミに何かした時のように、人間に理解できる言葉ではないのかもしれない。
やがて、彼の周りを不思議な光が包み、辺りは暗く幻想的な雰囲気に包まれた。
これで、リミに会えるんだよな…。
会ったらまず謝りたい、そして感謝を示したい。
今まで本当にありがとう、そしてこれからもよろしく――って。
「……ない。いないぞ」
辺りが一瞬白く染まり、やがて元に戻った。だが、そこにリミの姿は無い。
「どういうことだ、この僕でさえ見つけられないなんて」
「どうなってるの?」
「分からない。確かに、僕のチカラで救い上げられる命には限度がある。でも、それは僕と同じか、それよりも強い存在くらいなものだ」
「たかが下級アビスデーモンの一人くらい、本来は容易いはずなのに…」
ルクスリアも混じって事態を把握しようとしているが、彼らでも予想しえない結果を前に難航しているようだ。
「あの、一つ心当たりがあるんだけど…」
身体の痛みがようやく引いたようで、エルシーは一人で立って会話に加わる。
「なんだ、言ってみろ」
「あの時…彼女が消える間際に、わたしがコアを取り出したんです」
アワリティアは、その言葉を聞いて鼻で笑う。
「そういうことか。なら話は早い、そのコアを渡せ」
「ええと…、それが……」
エルが彼にその時の状況説明を始めた。
アワリティア曰く、コアさえあるのなら、あとはもうひと手間かけるだけだという。
しかし、そのコアが俺の身体に入り込んでしまったようで、手が出せないようだ。
「オマエの身体を真っ二つにすれば、造作もないが…、それでは意味がないんだろう?」
「当たり前でしょ!」
エルは最上級のアビスデーモン相手でも怯まず、臆せずに突っ込んでいく。
俺も、ここまで来て引き下がるわけには行かない。
「しかし、そうなると僕たちにも手が…」
首を横に振って諦めようとするアワリティアの背後から、一つの影が差し迫った。
「ぅ、なんだよルシファー」
「先ほど彼の身体を調べた際に、中から反応が……。それに……。ですから、ここは…」
「確かにこいつは……と同じ…をしているが……」
今度は、アワリティアとルシファーがコソコソと喋り出した。
やはり、時折単語が聞き取れる程度で何を話しているのかはわからなかった。
「申し訳ありませんが、先にこちらの件を済ませていただいてもよろしいですか?」
「どういうことだ?簡単に済むんじゃなかったのか?」
「…少々複雑な事態になってまして。今すぐに、というわけにはいかないんです」
「どちらにしろ、こちらの条件をのむという話だったはずだ。それが、前後しただけだろ」
「…本当に、リミニスは助かるんだな?」
「あぁ…。オマエたち次第、ではあるけどね」
「わかった…」
俺が渋々頷いて了承すると、アワリティアが概要を説明する。
「最近、自然の世界のテリトリーで巨大な竜が現れてね、それが厄介で困っているんだ」
「正直な話、先日もイラが討伐に出向いても結果は芳しくなく、大量のアダマが周りを囲んでいて、突破さえ簡単にはいかなかったそうだ」
まるで自分の無力さを暴露されたようで、イラはさらに苛立ちをみせる。
「っ!…悔しいけど、その通りよ。私のチカラをもっても、楽にはいかなかったし、本体に辿り着くことさえできなかったわ」
「そのために、こちらも暗雷竜の手を借りようとしたのだが、まぁ結果は知っての通りだ」
「そこで、暗雷竜を手に入れた俺へ代わりにその役目をやれってことか」
「その通り。暗雷竜のチカラを解放しきる勢いでいけば、可能性はある。全てを滅ぼしかねないチカラがあるからな」
「わかった。それでこちらの要求ものんでくれるってんなら、やれる限りのことをやろう」
「倒してくれれば、こちらも万々歳だからな、それくらいはしてやろう」
「早速準備して、明日にでも向かうさ」
「相手は、暗雷竜よりもさらに大きい。空からいけば、嫌でも分かるさ。だから、道案内はふよぅ――」
「いいえ、私が一緒に行きましょう」
意気揚々と話していたアワリティアの言葉を退け、ルシファーが前に出た。
どうやら、彼女が道案内をしてくれるそうだ。
「明日、準備ができ次第、またここへ来てください。それと、必要でしたら、このビル内で一泊していってもらっても構いませんが…」
「へぇ。それなら、ありがたく使わせてもらうとしよう」
「では、ルクスリア。案内してもらえますか?」
「はぁ~い♪ほ~ら、こっちだよ~♪」
部屋に残る5人の様子を最後まで気にしつつ、ルクスリアに先導されて部屋を出た。
「これで、良かったのか…?」
「えぇ、きっと大丈夫です。彼がホンモノなら…」
不安を拭いきれないアワリティアとは対照的な面持ちで、彼女は空虚を眺めていた。
ルクスリアに案内されて、下の階にある部屋に連れてこられた。
そのホテルのような一室は、きちんとベッドメイクまでされていたので、彼女たちもここに住んで利用しているのかもしれない。
案内を終えても無駄にひっついてくる彼女を引きはがし、今は相手にしている暇は無いからと言って戻らせた。
その後は、翌日の決戦に向けてマナを補給すべく、エルやサニー、エスカ、アンナたちみんなと夜を共にする。
それもあってか心身ともに疲れ果て、早々と深い眠りについた。
そして迎えた、決戦当日。
特に寝坊することもなく、適度な緊張感を持って万全の状態だった。
エルたちも、マナを溜め込めるだけ溜めたというこれ以上ないほど満たされた状態だ。
気合十分といった面持ちの彼女たちは、実に頼もしい。
少ない荷物をまとめて、いよいよ現地へ向かうべく、再び七大悪のいる部屋へと赴いた。
出迎えてくれたのはルシファーただ一人で、他の面々の姿は無い。
「準備はできたようですね、それでは、早速屋上から出立するとしましょう」
俺たちに比べれば緊張感の皆無な彼女に先導され、連れ立って屋上へ向かう。
エレベーターで最上階まで上がると、来た時と同じように美術館の裏口から屋上へ出た。
日が昇った空は明るく、この高さでは風を遮る建物もほとんどないので、びゅーびゅーと音をかき鳴らしながら風が吹いている。
「一先ず現地付近に着くまでは、この竜だけでいいでしょう。失礼ながら、私も同乗させていただけますか?」
「…その羽は飾りなのか?」
天使の羽が真っ黒に染まったような羽を持つ彼女も飛べるだろうと思っていたので、つい聞き返してしまった。
「失礼な。これは、飾りではありません。ですが、私とこの竜では飛行速度が違います。それでは案内の一つも出来ないと思うのですが?」
さすがにカチンと来るものがあったようで、口調にトゲが出てきた。
羽を動かして見せる彼女だって、見た目は可愛くとも七大悪と肩を並べるような猛者だ。
これ以上、要らぬ波風を立てないように気を付けた方がいいだろう。
「悪かったよ。そういうことなら、別に一人くらい増えても平気なんじゃないか?」
「少々癪だが、特に問題ない。せいぜい寝首をかかれないようにだけ、気を付けることだ」
「…だとさ」
「そんなことしませんよ。…では、行きましょうか」
「うしっ。頼んだぞ、アンナ」
デバイスに3人を戻すと、竜形態に変わった暗雷竜の背中によじ登って乗りこむ。
それに続いて、ルシファーは真っ黒な羽でふわりと宙に浮くとスマートに後ろへ乗った。
「では、行くぞ。しっかり掴まっていろ」
合図と共に、その黒き竜は青空の広がる東京の空から北へ北へと、飛んでいくのだった。
空を高速で飛んでいく暗雷竜に乗って、1時間足らずで目標が遠くに見えてきた。
彼女よりも、さらに2回りほど大きな体格が森の中でひときわ目立つ。
その青々とした鱗は森と一体になっているが、アホほど大きな角が嫌でも目を引くのだ。
「あれですよ、問題はここからです」
その緑竜がまだこちらに気づいた気配はないが、その大きな身体を動かすだけで、人間は地震や強風に見舞われそうなほどだ。
緑の竜にあっけにとられていると、いつの間にか正面から大きな影が迫り来る。
「…第一波がきますよ。あれは、スーパーインセクトの群れのようですね」
後ろでご丁寧に解説してくれるルシファーの傍らで、試しに例のアプリのサーチモードでも確認してみると、前方からびっしりと無数の赤い点が押し寄せていた。
彼女言う通り、その大きな影の正体は、大量の小型アダマだった。
赤い点の中に表示される数字を少し確認しても、2~4程度のものが連なっている。
一個一個が小さくても、集団でいると大きく見える現象は、小魚の防衛策を思い出す。
相手に自分たちの姿を大きく見せて、追い返そうとしているのだろう。
「あの程度、問題ない。一気に蹴散らしてくれる!」
暗雷竜が宣言すると、青空が慌てたように曇り始め、あの時のように雷雲が空を覆う。
「降り注ぐ死の光!!」
一瞬ホワイトアウトすると、正面から飛んでくる蟲の群れを雨のように降り落ちた無数の雷が襲い掛かった。
その眩い黄色の光と共に、あの惨劇がフラッシュバックするが、今は頼もしい味方だ。
すごい音を立てた轟雷によって、大量にいた小型アダマの群れは一瞬にして崩壊した。
黒焦げになった影が、こちらに届かぬうちにそのまま落ちていく。
だが、その雷すらも避けて、新たに近づいてくる敵影があった。
「っ、今度はなんだ?」
まだ少し距離があるが、ライオンとサイのようなアダマを筆頭とした獣の集団が見えた。
地を張って進む彼らの猛進は、砂埃を立てて木々を避けながら、一直線に進んでいる。
「スーパーインセクトの次は、エボルビーストですか」
「仕方ない。まだ距離があるが、みんなを呼び出して…」
「いや待て。ここは、我がなんとかしよう。彼女たちを呼び出すのは、少しでもあの竜に近づいてからの方が良い」
「でも、かなりの数だぞ。確認できるだけでも、大型アダマ2体と中型が何体も…」
レーダーで見ても、先陣を走る2体が9。後続も6や7、8までチラホラ見えた。
サニーと同等かそれ以上のアダマが、レッドカーペットのように押し寄せているのだ。
アンナでも大変なのはもちろん、彼女たちの手も借りなければ、手に負えないのでは…。
そう考えているうちにも、先頭の首領の咆哮に続いて、中型アダマが列を成す。
猿に犬、バッファローやゼブラに果てはカンガルーまで。
まるで、動物園から一斉に脱走した動物たちを見ているようだ。
しかし、進化して二足歩行で駆けている彼らの迫力は、既にその比ではない。
「どちらにしろ、残りの3人ではタイマンでやり合うにも辛い力量の差がある。一気にマナを消費する故、あまりやりたいことでもないが、ここは攻めるぞマイロード」
「…よし、わかった。お前の本当のチカラを、今ここで俺に見せてくれ!」
「イエス、マイロード」
「ルシファーとやら、不本意だがロードを頼む。少し下がっていろ、巻き添えを食らうぞ」
「わかりました。…存分に」
「あぁ、ではいくぞ!……グァアアアアアアアア!」
ルシファーに抱き抱えられ、宙を舞って後方に下がると、アンナの勇姿を見届ける。
普段よりも、さらに濃く禍々しい瘴気が広く身体中を駆け巡り、一帯を飲み込んでいく。
地を走る敵も、それを見て一瞬怯むものの、負けじと雄たけびを上げると再び詰め寄る。
獣たちの周囲は疎か、緑竜にまで瘴気が届かんばかりになったその時、暗雷竜は叫んだ。
「全てを滅ぼす暗黒の光!!」
先程の比ではない轟音と紫色の凄まじい光、そして獣たちの悲鳴がやかましく響く。
激しい紫電の落雷と暗黒の瘴気を受けて、生き残る者などいなかった。
「暗雷竜イビル・サンダーストームは、狂気が生んだ滅びの化身ともいわれています」
「彼女が本気になれば、生あるものはもちろん、概念や運命、法則のような目視不可能な存在すら滅ぼすことが可能かと…」
空爆などの被害以上に悲惨な光景だった。
敵のアダマはもちろん、周囲の森も枯らして、まるで世界が滅びたかのようだった。
しかし、そんな中でも緑の竜の周りは無傷無害だった。
「あの竜までは届かなかったか…。しかし、これで一気に詰め寄れるぞ、マイロード」
「もう残りマナも著しく少ない。急ぐとしよう」
なんとか竜形態を維持している彼女に再び乗り込むと、枯れた森の上空を進んで、さらに緑の竜に近づく。
とはいえ、先程からの騒動でさすがにこちらへ気づいたらしく、長い首を伸ばし、畳んでいたアホみたいにでかい翼を羽ばたかせ威嚇してくる。
「グウゥゥオアアアアアァァアァ!!」
それでも、暗雷竜はそんな威嚇を無視して突撃する。
「んんっ…?あやつめ…、小癪なことを」
しかし、ある程度の距離まで近づくと、先へ進めず立ち往生する。
緑竜による強力な向かい風の力で壁を作っているようだ。
体格差から生じる力の差があり、緑竜に劣る大きさの暗雷竜では太刀打ちは難しい。
しかも、こちらは先程からマナを消費しているのに対し、向こうは動き始めたばかりだ。
これでは、尚更正面から挑んで力を浪費するのは無謀といえる。
「これ以上は、空から行けそうにないな。一旦降りるぞ」
仕方なく下降を始めた暗雷竜だった――が、妙な音に気づき急上昇する。
「うぉっ、なんだ!?」
「新手だっ!」
その音の正体は、背後から忍び寄り奇襲をかけてきたアダマだった。
鬱陶しいくらい長いホワイトブロンドの髪をしたそのアダマは、サラシのように緑の大葉を巻いた筋肉質な女で、その胸部の膨らみは、果たして乳房なのか筋肉なのか判断が難しい。
さらに、赤紫のマントと風変わりな甲冑を着て肩や手足を覆っており、その手には柄の両端にゴツい刃が付いた両剣を持っていた。
「あんたたち、リミトレス・バーデリー様を狙うだなんて、言い度胸してるじゃないか」
「あたしが相手になってやるよ。…うん?どうした、かかってきなよ?」
勇猛果敢に対峙し、あまつさえ挑発してくる女が、恐れや力量差も分らないバカならいいが、これが自らの力量と自信に基づいたものだとしたら、相当な手練れだ。
「いけっ、アンナ。蹴散らしてやれ!」
状況を察したルシファーに再び抱き抱えられ、乗り手不在の竜は一直線に襲い掛かる。
「邪魔をするな!この植物人間めっ!」
その巨体から打ち出される大きく鋭利な爪での攻撃、そして尻尾での薙ぎ払い。
体格差は圧倒的だったが、相手はそれをものともせず、その得物でいなすと反撃に出た。
「戯言をっ!はぁっ!とぅ!」
その巨体からは想像つかない反応速度で反撃を躱し、攻撃を続ける暗雷竜だったが、さらにカウンターを狙って撃ち込まれた剣をもろに腹へ喰らい、悲鳴を上げる。
深手を負った暗雷竜は、竜形態を維持できなくなって人の姿に戻ってしまう。
「おい、しっかりしろ」
飛ばされてきたアンナを抱き起こすと、初めて弱々しくなった姿を目撃する。
「ぐぅっ…、すまぬ、ロード。我としたことが、もうあまりチカラが…」
「いや、十分やってくれた。後は、エルたちに任せて今は休め」
ルシファーにひとっ飛びしてもらい、すぐに高台へ移動し、疲れ倒れたアンナを寝かす。
武士道の精神を持っているのか、遠ざかる分にはあの勝ち誇った女は追ってこなかった。
俺たちが辛くも勝利したあの暗雷竜相手に、タイマンで押し切ったあいつは何者なのか。
「何ですか、あのデタラメなパワーは…」
ルシファーはその女を睨んで、気配以外にも何かが見えているような言い草をしていた。
俺も彼女に倣ってアプリで確認してみると、脅威の20という数字が叩き出されていた。
暗雷竜の強さでも、10だったのに対して、あの女は20。
インサニアと暗雷竜の差が、数値上では僅か2であったにも関わらず、あれだけの差があったというのに、その2倍ものチカラがあるというのか。
傍にいるルシファーすら9であり、彼女であっても一人で対処するのは無謀なのだろう。
しかし、ここで引くわけにも、負けるわけにもいかない。
総力を結集してヤツを倒すしか、道は残されていないのだ!
「頼んだぞ!エル、サニー、エスカ!全力であの女を倒せ!」
一括召喚で残りの3人を呼び出すと、3対1で応戦させる。
「やるしかないわ!」
「キァーハハッ!よくもやってくれましたネ…っ!」
「悲願を果たす為にも、ここでやられるわけにはいきませんね!」
相手がどれだけ強くとも、臆さず立ち向かっていく彼女たちに尊敬の念を覚える。
一方で、この状況下でも手を貸さず、傍観を貫いているルシファーに嫌気が差した。
しかし、考えてみれば、それもある種当然のことだ。
彼女の立場からすれば、他人同士が争っているだけで、どちらが死のうと関係ない。
そう、他人がどうなろうと気に留めなかった俺と同じなのだ。
因果応報。自分がしてきたことが、今度は自分に降りかかってきたというわけだ。
つまり、彼女を除いた俺たちでこの場をなんとかしなければならないということだ。
だが、高パワーのアダマに対し、三人がかりとはいえ真正面からぶつかるのは分が悪い。
エルも、それを当然わかっていたようで、最初から鍵の能力を使う。
「ロックっ、よし…って嘘ぉ!そんな簡単に…」
しかし、うまいこと異空間に嵌めても、馬鹿力の所為でもはや役に立たない。
チカラこそパワーだ、と体現しているかのようなバカさ加減だ。
そこで、サニーは翼がある故の機動力を生かして、ヒット&アウェイで削りにいく。
「キャハハッ!脳筋女め、くらぇっ!!」
「誰が脳筋だ!吸血鬼ぃっ!」
筋肉質故かあまり攻撃が深く通らないものの、ダメージは確実に溜まっているはずだ。
さらに、エスカが優雅にけれども激しく舞うと、たちまちいくつもの火柱が上がり、中遠距離から彼女たちを援護する。
「追福の送り火!!」
だが、その立ち上った火柱の間をぬうように躱され、決定的なダメージを与えられない。
それでも、相手に休む暇を与えず、それぞれが攻撃を繰り出し続けた。
しかし、相手は弱まる気配すらない。むしろ、追い込まれているのはこちらの方だった。
「あんなになるまで必死に戦っているのに…、俺には何もできないのか」
傷ついたアンナを抱いたまま、己の無力さを再認識させられて、思わず拳を握り締めた。
ギュッと握った手の中に、固い感触があって、ふと目を向ける。
この騒動の――いや、彼女たちと出会い、行動を共にするきっかけとなったデバイス。
デバイス…、改良…、ADUMA's contract…。
「そうだ!確か、デバイスからでも、マナの供給ができるはずだ」
今まで試したことはなかったが、本来、正規品にも備わっていた機能だったはず。
アプリを開いて、該当する箇所を隈なく探す。
契約者の一覧から、アダマの個別のページへ移ると、ようやくそれを発見した。
色々思うことはあるが、愚痴を溢す前に補給と書かれたボタンを押すと、充電中を表すような画面が映し出され、マナが移動していく様が視覚的にも捉えられた。
「これで…。アンナ、お前を治してやる」
「ふぅ…。ロード、恩に着るぞ。これで、まだ我も戦えるっ!」
しかし、デバイス経由の供給はあまり効率が良くないらしく、大量にマナが必要な竜形態になれるほどではなかったが、傷は塞がったようで、なんとか息を吹き返し、立ち上がった。
「あぁ、頼んだぞ。俺には、これくらいしか…」
鱗を鎧の様に変化させたアンナが再び戦地に赴く姿を、歯痒い思いで見送る。
俺は体内のマナを限界まで渡したせいか、立ち上がることすら難しくなっていた。
「こっちだ!愚かな自然の世界の住人よ!」
「あんたは…、さっきの竜か!まだこんなチカラが残っていたとは」
アンナは威勢よく切り込んでいき、今度は人の姿となって、怪力女と再び対峙する。
だが、すでにボロボロになっている三人にアンナが加わっても、相手はなかなか折れそうもない。4対1の状況でも、巧みに得物を振り回して互角以上に押し込んでくる。
「んっ?そうか、あいつか…」
「今ですっ!」
一瞬、筋肉女がこちらを見て、目が合った気がした。
そして、その隙を見逃さず、アンナとエスカは前後から同時に仕掛ける。
だが、背後からきたアンナを薙ぎ払い、分裂させた剣の一つを投擲してエスカを狙った。
彼女はぎりぎりで躱したが、剣の勢いは止まらず、俺の方へ真っ直ぐに向かってくる。
「…っ!」
「しまった!将也ぁっ!!」
目で辛うじて捉えても、人間が銃弾を避けれないのと同じで、それを躱す暇はなかった。
エルシーの叫んだ声が届くよりも早く剣が腹部に突き刺さり、俺の身体を貫いた。
「ぐはあっ……!」
ドクン…っ!
一瞬にして襲い掛かる激痛。その激痛が腹部から全身に広がり、意識が飛びそうになる。
「ぐあああああああああああああああぁぁっっっ!!――ぁ」
しかし、急に痛みが無くなり、嘘のように楽になった。
あまりの痛みに即死したのかと思ったが、どうやら違ったらしい。俺はまだ生きていた。
そして、痛みが無くなったのと時を同じくして、自分の身体から暗黒の瘴気が放たれた。
「こ、これは…っ!」
瘴気は濃度を増して、やがて闇となって拡散すると、身体に刺さった剣をも覆い尽くす。
そして、闇は飲み込んだ剣と共に身体から離れると、緑竜に向かって高速で飛んで行く。
あっけにとられる俺の身体の中から、異物と共に何かが出たような感覚があった。
そして、その闇はそのままリミトレス・バーデリーに風穴を開けて貫き、さらに全身を毒々しい色に蝕んで超巨大な竜を一撃で葬り去った。
倒れた衝撃で一陣の風が飛んでくる中、その光景に、誰しもあっけにとられた。
剣の片割れを失った敵も例外ではなく、口をあんぐりと開けて固まっている。
やがて、放たれた闇がその禍々しい輝きを徐々に失わせながら、俺の元へと帰ってくる。
――いや、闇だけではない。何かが、その闇を纏っている。見覚えのある、誰か。
その姿は――追憶の悪魔リミニスだった。
「マスターぁぁぁぁっっ!!」
そのままの勢いでやってきた彼女は、大きく声を張り上げて俺を呼び、抱きついてくる。
超ダイナミックなハグを回転しながらなんとか受け止め、最愛の彼女の存在を噛みしめるようにギュッと抱きしめ返した。
ああ…、この匂い。この温もり。少し身体が大きくなっている気もしたが、間違いない。
「リミっ!リミなのか!?」
「そうっ、そうよ!あなたのリミニスよっ!マスターぁぁっ!」
彼女は感極まって泣き出してしまい、その姿に見かねて唇を重ねる。
「一体どうなってるんだ?さっきの闇もそうだし、こうしてリミも戻ってきた。でも、どこから…どうやって…?」
「うん…。とりあえず、なるべく簡単に説明するね」
「まず、さっきの闇の瘴気はマスターのチカラを借りて使えた限定的なチカラ」
「皮肉なことに、私が一度殺られて、マスターの中に取り込まれたことで扱えたもの」
「俺に、そんなチカラがあったとは思えないが…」
「知らなくても無理ないわ。でも、私が追憶の悪魔って呼ばれてるのは知ってるでしょ?」
「私の能力は、触れた者の記憶を知ることができる。マスターの中に取り込まれたことで、より深い過去の記憶や思い出――そして、あなたも知らない記憶すらも知ることができたわ」
「いや…なんか、恥ずかしいな」
黒歴史を紐解かれたようで、裸になるより気恥ずかしい思いだ。
「恥ずかしがることは無いわ。おかげで、マスターのチカラを分け与えてもらったことで、以前より成長して強くなれたのよ」
「ほら、背も少し伸びたでしょう?もちろん、それだけじゃないけどね?」
抱きついたままのリミは誇らしげに胸を張ると、かわいくウィンクを飛ばした。
「やっぱり、気のせいじゃなかったんだな」
「ええ。マスターの恐るべき前世のおかげでね」
「前世?」
「そう。マスター、あなたは――傲慢を司る七大悪の一人。『七大悪の長』、『闇の世界の王』ともいわれた、スペルビア様の生まれ変わりよ」
「はぁ?……な、なんだってー!?」
大真面目に話すリミが、嘘を吐いているとは思えない。
しかし、この俺が七大悪の一人だったというのか。
超が付くほど意外な前世を知り、その恐るべき真実にただただ驚くばかりだった。
「やはり、そうでしたか…」
しかし、意外にもルシファーは腑に落ちた様子で口を開いた。
「あの時感じた…あなたの中に存在していた、二つのアダマの反応」
「禍々しく規格外なほど強大な魂と、それに寄り添うようにあった純粋で小さな魂」
「それが、スペルビア様とリミニスだったのですね…」
予見していた彼女の言葉で、あの時身体のあちこちを触られた謎の行動に合点がいった。
「だとすると、あなたのその目も、本物で間違いなさそうですね」
「やっぱり…」
ついでのように放った彼女の一言で、周りの女性陣も納得したように頷いている。
「どういうことだ?」
「あなたの瞳には、スペルビア様の魔眼と同じ『服従の魔眼』が宿っています。その身体と同じように、魔眼も本来の力を発揮できていない状態ですが、間違いありません」
「そうは言われてもな…。十数年生きて来て、今までそんなことできた覚えはないぞ?」
「今言った通り、力不足もありますが、その魔眼の効果があるのは、アダマだけです。人間には効果がありませんからね」
一転して冷静に周囲を見渡していたリミが、得物の片割れを失った敵を睨んでいた。
「まだ、パワー馬鹿の化け物染みたドライアードがいるみたいね」
「でも大丈夫。マスターが本気を出せば――スペルビアとして再び覚醒すれば、あんなの一瞬で片が付くわ」
「えぇっ、マジか…。暗雷竜のアンナでも、苦戦してるのに」
「マスター。今の私なら、前世の記憶を呼び戻して、スペルビアとして覚醒させられるわ」
「チカラが欲しかったんでしょう?何物にも屈しないチカラ。圧倒的なまでのチカラが…」
「…あぁ、そうだ」
そう。俺はチカラを求めて、こうしてアダマと契約し、使役する旅を始めた。
そして今、欲していたチカラ――それも、最上級のチカラが目の前にある。
「だから、ね?私に任せて」
「分かった。リミ、頼んだぞ」
決意した姿を見て嬉しそうに微笑んだリミは、俺の額に触れると何かを詠唱していく。
そして、俺の視界は過去の記憶に覆いつくされる。
初めてアダマにあった頃、学生時代、幼少時代を過ぎ、そして雰囲気がガラッと変わる。
見知らぬ景色のはず…、でもどこか懐かしい。今見ればわかる、これは闇の世界だと。
他の七大悪の面子を始め、俺たちに仕えていた殺人冥土に、アビスデーモン、リーサルデバイス、ヘルビーストにアンデッド。様々な種族のアダマ達。
いつか夢に見た光景も、前世の記憶だったのか…。
ハッとして気づいたときには、記憶の旅を終えて、もう現世に帰っていた。
前世の記憶をほとんど取り戻した今、身体の奥底に眠っていたチカラが再び湧き溢れる。
黒紫色の毒々しく悍ましい狂気が、身体から満ち溢れ、放たれていく。
「そう、マスター。そのチカラに身を委ねて…」
足から上半身にかけて、徐々に身体全体が狂気の渦に呑まれていくのがわかる。
だが、不思議と怖くはない。どこか懐かしく、それでいて安心する。
心が闇で満たされていく…。
冷たく、禍々しく、畏怖さえも、そっと寄り添ってくれるようだ。
闇は怖いものではない。恐れるものではない。そう、闇は俺と共にあるもの――。
カッ!!
闇の波動と同調して目を見開くと、突風が巻き起こり、自身を中心に黒き波紋が広がる。
すると、まだ健在だった辺りの森も、その波に飲まれて朽ち果てる。
緑に覆い尽くされていたこの場所も、一瞬でその面影も残らず荒れ果てた大地と化した。
森を駆逐して得たマナが次第に一か所に集まり、自らの身体に吸収される。
そして、その身体にも変化が起こっていた。
七つの星が刻み込まれた漆黒のマントを身に纏い、その瞳に光るは紅血の瞳。背中には大きく広がった漆黒の翼、その手に携えるのは断罪の大鎌。
その姿は、得てして死神のようだった。
「…全盛期に近いパワーです。問題ないでしょう」
再臨したスペルビアを誰よりも待ち侘びていたルシファーは、初めて笑顔を見せた。
「そして、何よりも強力なのは…その能力」
ルシファーの解説も聞かぬ内に、未だ戦闘を繰り広げるドライアードの元へ飛び去る。
覚醒したときの波動に身体が蝕まれていたようだが、まだ余力があるらしい。
未だ、バカみたいに高いパワーは健在だ。
「あ、あんたは一体…。だが、あたしが負けるはずもない!」
得物が半分無くなっても、果敢に勇み突っ込んでくる脳筋女へ、大鎌で塞がっていない左手を前に出し、真のチカラを解放する。
「うっ…!?何だ、今のは…んぐっ!」
すると、みるみるうちに呪縛を受けた女から、マナが溢れ出してくる。
体内貯蓄量をオーバーした分が行き場をなくし、漏れ出しているのだ。
「そ、そんな…。くそっ、何をしたんだ!」
既に増大していたパワーを失ってしまった癖に、未だ強気な女だ。
俺たちに傷をつけた上に、力任せで脳が足りない女は、俺の配下に加えるまでもない。
「オマエに教える価値も、必要もない。オマエに待ち受けるのは…『死』のみ」
「はっ、なにを偉そうにっ……!」
「灰は灰に、塵は塵に」
己との力量差も分からずに反発する女へ、大鎌を振って斬りつける。
ただそれだけで、彼女の首は胴体から離れ、飛んでいく。
それは噴水のように血を吹き出し、長くないうちに塵となって消滅した。
「絶対的強者。その傲慢さ故に、敵の能力を無効化する。それが、スペルビア様の真の強さを誇る能力」
独り言のように呟いたルシファーの一言は、誰に言うでもなくその強さを知らしめた。
こうして、敵を全滅させたことで、自然の世界の竜討伐戦は終わりを迎えた。
「マスター、やったわねっ!」
「将也さ~ん」
「将也ぁ~!」
あれよあれよと彼女たちが周囲に集まってくる。
負傷者はいたものの、今度は死者無く激戦を終えて、緊張の糸が切れたようだ。
ワイワイと俺を取り囲むようにリミニス、エルシー、インサニア、エスカモアが到着し、アンナも傍らでその様子を見ている。
そして、ルシファーがゆっくりと俺の元へとやってきた。
目の前にいたリミとエルは、二人の空気を察すると、自然に一歩下がって道を開けた。
「この日を待ち侘びていました。スペルビア様」
俺の御前までやってきたルシファーは、恭しく膝をついて言葉を述べた。
「長き日に渡り失った主君をようやく迎えられ、再会できたことを心から喜んでおります」
彼女は、前世で俺の秘書的な役割を担って、パートナーとしても長い時を過ごしてきた。
その彼女がずっと俺の事を想い続けてくれたのは、涙を見ずとも、姿を見ればわかる。
俺の好みを押し付け、それを了承した彼女が当時と遜色ない恰好をしているのだから。
その意味を理解できないはずもなく、堪らなくなった俺は、そっと彼女を抱きしめる。
「ルーシー」
「…っ、スペルビア様ぁ!」
懐かしい愛称で呼んでみれば、彼女はそれだけでぶわっと涙を浮かべる。
尊大な名とは裏腹に華奢な体付きをしていて、あまり力を入れては壊れてしまいそうだ。
この匂い、この感触、この温もり――ああ、酷く懐かしい。
「辛い思いをさせてしまったな」
「もういいのです、また会えたのですから」
喜びを噛みしめ、さらに涙を溢れさせると、もっと強く抱きしめ返してきた。
「また、私と…血の契約を結んでくれますか?」
「……」
血の契約とは――。
弱肉強食の闇の世界において、強者と弱者が主従関係を結ぶ際に用いられる儀式の事だ。
これは、今持っているアプリを用いた場合の契約と違って、強制力や拘束力がある。
それでも、彼女は再び俺との特別な絆を結ぼうと言っていることになる。
「…スペルビア様?」
「いや、勘違いするな。その前に、一つ言っておきたいことがあるんだ」
「確かに、前世ではお前と血の契約を交わし、一緒に過ごしてきた」
「でも、今の俺はこの世で人間として生まれ、これまで生きてきた。そして、そんな人間である俺を慕ってくれるアダマ達がいる」
渦中のリミやサニーの頭を撫でながら、エルとエスカ、アンナを見回す。
「俺は人間としての氷室将也であり、覚醒した今は転生したスペルビアでもある」
「だから、二つの存在である俺が、どちらか片方に寄ってしまったら、それぞれを慕ってくれるお前たちに申し訳ないと思うんだ」
「人間として生きたら、スペルビアを慕っていたルシファーは拠り所を無くす」
「スペルビアとして生きたら、今まで慕ってくれていた彼女たちはどうすればいい…」
数奇な運命を辿り、二つの異なる存在が共存している状態の今、どちらかを選ぶことはできなかった。
「…マスター」
「それは気にし過ぎよ」
意外な言葉が出てきて驚いたのは俺だけで、彼女たちを見てみれば皆一様に頷いている。
「将也だとしても、スペルビア様だとしても、どっちもあなたであって、どっちも私のマスターであることに変わりないわ」
「自分がどっちであるか――なんて、そんな事気にしないで、マスターを慕ってくれるみんなを愛せばいいのよ」
彼女たちの言い分を、全てリミが言ってくれたようだ。
ルシファーも同じ考えだったようで、優しい表情を浮かべている。
「そうか、それでいいんだな…」
「えぇ。だから、彼女も受け入れてあげるといいわ、マスター」
リミたちに促され、改めてルシファーと向き合う。
「あぁ、受け入れてやる。全てを」
「再びこの地で、あなた様と共に…」
みんなが見守る中、彼女の柔らかな唇と触れ合って、身体が麻痺したように甘く痺れる。
短いキスを終えると、ルシファーは俺の首元へ噛み付いた。
鋭い牙をそっと立て、俺の血を少しずつ吸い始める。
堕天した彼女は、以前の契約で体質が変貌し、今は吸血鬼でもあるのだ。
吸血鬼の血を飲めば、その者は眷属となる――それが、血の契約といわれる大本だ。
吸血鬼であるスペルビアの血を飲んだことで、契約は無事に完了し、ルシファーとの不可視な繋がりを感じる。この感覚も、懐かしいものだ。
「さあ、それでは戻りましょうか。あなたの帰りを待ち侘びている、6人の元へ」
体内のマナの量が爆発的に増えた俺は、アンナを回復させて、再び六本木へ戻った。
すると、赤紫色の艶やかで高級そうなドレスを身に纏った一人の女が屋上で待っていた。
パッと見で判断できずいた俺に、マゼンタの髪をした彼女は迷いなく飛び込んでくる。
「スペルビア様ぁ~♪」
この甘ったるい声と押し付けられた豊満な胸、そして無駄に振りまく色気とぐいぐい迫る押しの強さ。こんな性の権化のような女は、一人しか思いつかない。
「んん!?もしかして『ルクス』か…?」
「そうだよ~♪もう、愛しのルクスリアちゃんを忘れちゃダメでしょ~♪」
「でも、そう呼んでもらえるのも久しぶりだぁ~♪嬉しい♪チュッチュッ♪」
喜びのあまり強く抱き付いてきて、頬に何度もキスされてしまう。
「あ、そうだ。もうね、みんな待ちくたびれちゃってるよ。早く行きましょ♪」
「えへへ♪ワタシたち、スペルビア様の復活記念パーティーの準備してたんだ♪」
「はぁ?そんな事してたのか。俺たちが戦ってる間に…」
「そうだよ♪待ちきれなくって…、てへぺろ♪」
「なにしろ、20年近く経っていますので…、大目に見てあげてください」
ルシファーが一応フォローを入れても、肝心のルクスリアは特に反省している様子もなく、鼻歌を歌い、上機嫌にスキップして、大きな胸を大きく揺らしている。
ただ、ルクスリアも悪気があったわけではないと、薄々気付いていた。
きっと、待ち望んていた再会に、浮き足立っているだけなのだろう。
「え~っとねぇ、それじゃあ…お連れのおんにゃの娘たちは、パーティー用のドレスに着替えるために一旦お借りしま~す♪ほらほら、みんなついておいで~♪」
ルクスリアに先導されて、リミたちはさっさとエレベーターで降りて行った。
「私たちは、一足先にパーティー会場へ向かいましょう」
一人残された俺はルシファーに案内され、隣のエレベーターを使って降りて、会場となっている52階の展望フロアへと踏み入れた。
会場内には、大皿に盛り付けられた数々の料理と、それを用意したであろうメイドたちも端に控えていたが、見覚えのある顔ぶればかりだ。
アホほど用意された料理も、たった一人で平らげてしまいそうな少女に覚えがあるので、残ることはまず無いだろう。
メイドたちも、もしかしたらルクスのように再会を喜んで飛びつきたい衝動があったかもしれないが、さすがにこの場では遠慮していた。
なぜなら、既にドレスアップした4人とタキシード姿の男が一人待っていたからだ。
目敏くこちらに気づいたのはイラで、その優雅で情熱的でもある真っ赤なミニスカートのドレスを翻し、真っ先に駆け寄ってきた。
「スペルビアっ!」
普段見慣れたぷんすか怒っている顔ではなく、喜びに顔を歪め涙を堪えながらも、ゴールデンブロンドの美しい髪をなびかせて、勢いそのままに抱き付いてくる。
彼女は首に手を回してきて、そのまま熱い抱擁と接吻を交わす。
俺も腰に手を回してギュッと抱きしめ返したが、一方で、悪戯心が芽生えてしまった。
「んぅ、ちゅっ、…おかえりなさい」
「……ただいま、イラ」
静かに猩々緋の瞳と見つめ合って抱き合うものの、俺の手は彼女のキレイな太ももやお尻を撫でたりしていた。
「あのねぇ……、どうして感動の再会をしている時にっ…、あんたはさっきから…っ!!」
勢いよく振り上げられた彼女の怒りの拳は、制裁を与えるべく飛んでくる。
これは、キッツいビンタが飛んでくるかな――そう覚悟していたのに、予想は外れた。
「バカ…」
彼女はその右手を優しく頬に添えて、一言呟くように罵倒すると、唇で口を塞いできた。
「一回死んだくらいじゃ、あなたの悪癖は治らなかったみたいね、クスッ」
キツい言動も多いが、彼女も俺を慕ってくれていた者たちの代表的な一人だ。
再び見られたその自然な笑顔に魅入ってしまい、彼女の魅力を再確認した。
「普段からプリプリ怒ってるのが勿体ない。こんなに素敵な笑顔なのに」
「またそんなこと言って…、でも嬉しいわ。ありがとう」
そのちょっと拗ねた顔も、やっぱりかわいいなと思ってしまう。
だが、良い雰囲気に浸っている暇もなく、横からポカポカ叩かれた。
「あたしだって、ずっと待ってたのに…」
「…イデア」
そこにいたのは、イラとは対照的な青いドレスに身を包んだインヴィディアだ。
『イデア』というのは、俺が以前つけたインウィディアの愛称である。
こちらを上目遣いで見つめる彼女のチェリーピンクの瞳は、少し涙ぐんでいた。
「あなたのいない世界は退屈だった。あの世界も、こっちの世界に来てからも…」
「そうか…。済まなかったな」
「そんな退屈な世界で、ようやくあなたに会うことができた。なのに…、それなのにぃ…」
「気づいてるのかどうなのか知らないけど!どっちのほっぺにもキスマークついてるし、よく見たら首元にも塞がりかけてる噛まれた後あるし!」
半べそのまま、憤怒のイラよりも嫉妬に狂って怒り散らす姿も、懐かしくて愛おしい。
「なぁ、イデア」
「なに…?」
「ただいま」
「ぐすん…、おかえりなさい」
藍色から紫色に変わるグラデーションが鮮やかな長い髪を撫でて、そのまま抱きしめる。
彼女の羽がさらに俺たちを覆うように包み込むと、彼女は俺の胸の中で言葉を漏らす。
「いっぱいいっぱい心配してたの。もう会えないんじゃないかって。でも、ルシファーはまたきっと会えるっていうから、その言葉を信じて…、あれからずっと過ごしてきた」
「闇の世界中を探して、それでも見つからなくて」
「こっちの世界に来てからも…自然の世界とか、他の世界の情報も集めたりしていたの」
「きっと、あたしが見つけ出したら、あなたがいっぱい褒めてくれて、今まで以上に愛してくれるって思って。ずっとずっと…、頑張ってきたのよ」
「でも、まさか人間に転生してるだなんて…思いもしなかった」
「あぁ、お前はよくやった。よく頑張った。ありがとう」
「じゃあ…、いっぱい愛してくれる?他の誰もが、嫉妬するくらいに」
「それはどうかわからないけど…。でも、今までの空白を埋めるくらいには…」
「イヤ。…もっともっと愛してよね?スペルビア様」
「…善処するよ」
「もぅ。でも、忘れないでよね。あなたのことを一番愛してるのは、このあたしだって」
別に、俺だって彼女を愛するのは吝かではない。
見た目は清楚な成りをしているし、大人びていて、スタイルも良ければ色気もある。
俺の好みに合わせるつもりはあるみたいだし、ルシファーを参考にして彼女に寄せているのも、頭のカチューシャをみれば薄々察することができる。
そして、他の男に目もくれず、誰にも負けないほど慕ってくれているのも理解している。
ただ、イデアは誰よりも嫉妬深くて、愛が重いからいろいろ大変なんだ。
柔らかい唇の感触を感じながら、そんなことを改めて思った。
「にぃ~さま~!」
ぴょん、ぴょん、ドンっ!
「ぐふっ、いいタックルだ、グラ」
今度は、可愛らしい声と共に腹部へ突進された。これは、ちょっとばかり効いたぞ。
「ごめんなさい、遅くなって。この子が夢中で食べてるから、つい今さっき兄様のお帰りに気づいたところで、それで慌てて…」
足元に控えるピンクの丸い塊を従えながら、撫子色の髪をカールさせた少女は謝罪した。
「まぁいいさ。それより大きくなったなぁ、グラ」
成人女性としては小さめな身長だが、俺の覚えている頃と比べると随分成長したものだ。
抱きついてきた彼女を、軽々と抱き抱える。
「あはっ。でも、ワタクシだって兄様のいなかった数十年の間、ずっと精進していたのですから、兄様の隣に立っても恥ずかしくない立派なレディになっているはずですわ」
人間よりも遥かに寿命が長いアビスデーモンだが、さすがに20年近く経てば、お菓子に明け暮れていた少女もレディといえるお年頃になったようだ。
「そうだなぁ。昔も可愛かったけど、今はちょっと大人びた感じだな」
「えへへ♪嬉しいです、お兄様♪では、ワタクシも再会を祝したキッスを…。ん~ちゅっ」
唇ではなく頬へのキスだったが、それでも彼女はご満悦だ。
「兄様、お姫様抱っこをして頂くのも良いんですけど、やはりレディとしましては、男性である兄様をもてなさないと…」
やり遂げた顔のグラが一丁前にレディを語るのが少し面白かったが、何やらまだ彼女としてはやるべきことがあるようなので、その場にゆっくりと下ろした。
ちなみに、グラが俺のことを兄様と呼ぶ理由だが――。
昔、先代の暴食である今のグラの父親が、アンデッドとの紛争によって死んでしまった。
暴食の継承者であるグラは当時まだ幼く、面識があった俺の元へと引き取られたことがきっかけである。
それからというもの、最初のうちは紆余曲折あったが、次第にグラは俺のことを兄様と慕い、一緒に過ごしてきたのであった。
「ニィも久しぶりだな。相変わらず、文字通りグラの尻に敷かれてるようだが…」
ピンク色のマシュマロみたいな身体をして、耳が生えた単眼の悪魔に手を伸ばして撫でようとすると、身体の半分ほどまで開いた大きな口に歓迎されそうになった。
「兄様っ!その子はニィじゃありませんわ」
噛みつかれる前に手を引っ込めたことと、料理を持ってきたグラもヤツの尻尾に繋がった鎖を引っ張ったので事なきを得た。
「お兄様がいない間に、ニィは死んでしまったのです。その子は、二代目のガブガブですわ」
「そうだったのか。そっくりだったから、区別がつかなかったよ」
「ごめんなさい、お兄様。ワタクシの躾がちゃんと行き届いていないばっかりに…」
「いや、気にするな。初対面なら、馴れ馴れしく触ろうとした俺にも非がある」
「お兄様…そう言っていただけると、ワタクシもガブガブを処分せずに済みますわ」
「ほら、ガブガブ。スペルビアお兄様ですよ。今度お兄様に失礼な態度を取ったら…食べちゃいますからね♪」
幼い見た目ながら、いざという時に出る凄みはさすが暴食を司る現在のトップと言ったところだ。
ニィやガブガブのような最底辺の悪魔は知性も犬くらいのものなので、グラのようにペット同然の扱われ方をすることもある。
「はいっ、兄様。あ~ん♪」
グラは気を取り直していつの間にか取って来ていた山盛りの料理の中から、肉を一切れ差し出してきた。
「この国でも最高級の…貴重な部位なんですって。美味しいですよ、ほら兄様、あ~ん♪」
「あ、あ~ん…。おおぅ、こんな蕩けるように柔らかい肉…今まで食ったことないぞ!」
「お気に召しまして?まだまだ、いっぱいありますよ。色んな高級料理も取り寄せたり作らせましたから、好きなだけご堪能ください♪」
言ってる傍から、自分もバクバク食べ始めたグラを眺めていると、また声が掛かる。
「やぁ、スペちー。久しぶりだね~」
のろのろとやってきたのは、先日ここに来た時には顔を見せなかったアセディアだ。
チリアンパープルの瞳は眠そうに半開きのままで、そのあどけない表情は仲間内にしか見せないものだ。
他の者たちと違って、久しぶりという言葉のニュアンスが、僅か一週間程度会わなかった友人に声を掛けるような雰囲気だったので、これでは感動の再会の『か』の字もない。
普段ラフな格好でいる彼女が、珍しく着飾った緑色のドレスを着ているので新鮮に映る。
「…この際だから、その不本意な呼び方は止めてもらいたいところだ」
「えぇ?いいじゃん、スペちー。かわいいでしょ?」
「俺は、かわいいと言われたくないから言ってるんだ」
「またまたぁ…、好きなくせにぃ~」
馴れ馴れしく脇腹を突いてきたことで、より近くで彼女の姿を見ることが出来た。
牛の様に生えた角が俺に刺さりそうなのはともかく、ミントブルーの髪は綺麗に梳かされていて、ドレスアップした際に誰かが苦労したのだろうことは頷ける。
体付きが良いわりに面倒くさがりな彼女は女としての意識が低く無防備なので、露出した肌やそこから見える谷間、深いスリットの入った足元から無意識に色気を発していた。
「ん…?アディー、お前少し太ったか?」
「あー、そうかもね。そういえば、腕とか足とか、あっちこちに肉が付いた気もするな~」
「スペちーがいないと、運動する機会も無かったからね~」
「運動…?あぁ…、そうか」
運動なんてした覚えは無かったが、一つだけ思い当たる節があって少し安心した。
「でも、スペちーが戻ってきたなら、またいっぱい運動して、そのうち痩せるでしょ」
「ふっ…、そうだな」
彼女はちょっぴり頬を赤らめると、俺の肩に手を置いてつま先で立ち、そっと口づけをした。
「ちゅっ…。おかえり、スペルビア」
不意に女の顔を浮かべて、ちゃんと名前を呼ぶものだから、余計ドキッとしてしまった。
もしかしたら、こういう男のツボを心得ている確信犯かと疑ってしまいそうだ。
しかし、それも一瞬の事で、もう次の瞬間には元通りになっていた。
「あ、そうそう。スペちーがいない間に、新しいシリーズを開発してさ~」
「こっちに来てから、色々刺激を受けてねー。早くスペちーにも見てもらいたいもんさ~」
「ほう。それは楽しみだ」
得意げに語っているのは、新たなリーサルデバイスのことだろう。
彼女は闇の世界では天才発明家としても知られていて、俺と一緒にいた頃から既にリーサルデバイスの開発に携わる第一人者でもあった。
「やぁ。本当にこの時を待ち侘びたよ、スペルビア」
最後に、トレードマークであるドクロ模様の帽子がない少年が、その珍しい姿を現した。
さらに、珍しいことにタキシードを着ているので、一見お坊ちゃまのようにも見える。
薄色と秘色のグラデーションをした髪の全体像を見るのは、一体何十年ぶりだろうか。
前髪で赤紫の左目を隠すのは相変わらずで、苅安色の右目と目が合う。
「ルシファーから聞いたぞ。俺が不在の間、お前が指揮を執ってくれてたんだってな」
「まあ、大したことはしてないよ。それに、問題はこれからさ」
「詳しい話はまた今度するけど、これから僕たちは――この世界を滅ぼそうと思ってる」
これが、中二病の戯言なら盛大に笑ってやるが、彼の目が笑っていない。本気の目だ。
「キミも、それに賛同するってことでいいのかい?」
「元よりそのつもりだ。俺が信じ、俺を信じる者たちさえいれば、後は何もいらない」
「そう。でも、キミはそういう人だったね」
「お前こそ良いのか?こっちには、闇の世界にはなかったものが色々あるだろうに」
「僕も、最初はそう思ったよ。でもね、結局大抵のものは大したものじゃなかったのさ」
「そして唯一、今僕が欲しいのは…、ディメンション・ヘミスフィア」
「まだこの国に3か所ある他のDHも手中に収め、やがて平行世界の全てを手に入れる」
「どうだい?実に心躍る展開だろう?」
「そうだな。それでこそお前らしいよ、アワリティア」
実に愉快なことだと笑う彼を尻目に、ぞろぞろと着替え終わった女性陣がやってきた。
「はぁ~い♪おっまったせ~♪」
先導するルクスに続くのは、リミニスだ。
リミは普段の可愛らしい感じから一変して、キレイな感じの大人なドレス姿だ。ダークな印象を持たせるその紺色の色合いに負けず、色白の肌を艶めかせ怪しく微笑む。
サニーは伸びっぱなしの髪を随分切ったようで、前髪が短くなり顔全体が見栄えする。全体的に恐怖感が抜け落ち、その分、ドレスが映えて美人の素質を引き立たせている。
エルとエスカは着なれている様子で、それぞれ独創的なドレスに身を包んでいる。
そして、二人ともこれはサービスなのかと思うほど、立派に育った胸をひけらかしていた。というか、もういつポロリしてもおかしくない。
アンナも人型のまま慣れない黒いドレスを着こんでいるが、新鮮で楽しそうだ。しかし、こうして鱗の鎧も消してドレスアップした姿を改めてみると、結構美人な竜である。
スタイルも良いので、翼や尻尾を除けば、全体的なシルエットがスリムなのも高評価。暗雷竜の面影が威圧感を感じさせる風貌ではあるが、竜であることが勿体ないくらいだ。
「マスター、お待たせ」
リミを先頭に、それぞれが俺に魅せるようにアピールしながら歩み寄ってきた。
「みんな似合ってるよ。随分見違える子もいるし」
「うぅ…結構張り切って選んで、思い切って髪も切ったのに、扱いが雑ですぅ……」
「まぁ、そういうなって」
全員が揃うと、それぞれにワイングラスが手渡され、飲み物が注がれた。
「では、…僕たちの未来に」
アワリティアは七大悪を代表して。
「私たちとマスターの未来に」
リミはスペルビアの率いるアダマ代表として。
「俺の信じる者、愛する者たちとの未来に」
そして、俺はその全ての代表として。
――目指す未来に、幸あらんことを。
「「「乾杯!」」」
闇の世界編 おわり