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第五話/群青の街





夕暮れ時の鮮やかな橙。

橙時色の陽に照らされる街並みは煉瓦造りの家屋が多いが、街人達の姿は少ない。


「群青っつーより橙時の街だな」

「燈時の街はまた別の所だ、知らんのか」

「うるせぇ、感想言ったまでだクソガキ」


夕陽に照らされ、目を細める紅髪の青年。

その隣で同じような細目をしながら、ルイはラールを煽った。


二人の掛け合いはいつも通りなのだろう、そう予想してソラは苦笑いを浮かべる。


「先の街と違って穏やかそうですね。

砂が舞わない分、関節の動きもスムーズです」


ルイとラールの煽り煽られを横目に、機械人形であるソラは手足を振って見せた。

独特の球体関節の動きは言葉通り滑らかで、軽い足取りで意外にも先陣を切って歩き出すソラ。


橙色に染まる銀の髪を揺らし、歩く小柄なその姿に続いて一行も歩を進める。

群青の街は先の灰砂の街と違い、落ち着いた、穏やかな雰囲気がある街の様だ。


すれ違う人々は赤瞳でラール達一行を眺め、目が合えば会釈をしてくる。

夕暮れ時、仕事を終えた男衆が肩を組んで酒場へ入って行く様を見、ラールは声を上げた。


「メシにしようぜ」

「確かに昼はまだだが……朝食を摂ってからまだそう時間も経ってないだろう?」


ラールの声に足を止める一行、彼の言葉にシークは苦笑で答えた。

“旅の扉”を使ったのは昼間、灰砂の街から群青の街へ着いたのは夕暮れ時。


時空間を越えた為に昼から夕へと時間帯は移り変わっているが、一行の体感時間は殆ど経過していない。

だからこそ、食事にしようと言うラールへルイ以外の面々が目を丸くしていた。


「朝ご飯足りなかったの……?」

「流石に空腹では無いですね……」

「ほら、情報収集ってヤツだ!」

「……苦し紛れの言い訳にしてはマシな方だな」


三者三様、一行の様子にシークは頭を一掻きし、酒場の方へと視線を向ける。

 

「情報収集、それもそうだな……」


ーーーーー

 

「やっぱ肉は美味ぇな」


街一番の酒場は大衆食堂も兼ねており、夕飯時もあってかなり混雑していた。

喧騒とまでは行かないが騒がしい店内には相応の人数が食事を摂っており、老若男女が入り混じっている。


そんな中、ラール達は店のカウンター席に横一列で並び座っていた。

入店時はテーブル席も空いていたのだが、シークの提案により一行は並んで座る事にしたのだ。


「日が落ちたら外に出るな、とは?」


五人で並び座るその中央で、シークは女店主から小さな硝子杯を受け取り問い掛けた。

店に入り小一時間、忙しい所が一段落

したのを見計らい、シークは店主から街の話を聞いていたのだが……


「そうさ。

旅人達は、夜になれば陽が昇るまで出歩かない。

なんでかって?街の掟だからだよ。

兄さんら今夜は店の上にある宿に泊まりな」

 

縮れだ金髪と雀斑が浮かぶ赤ら顔は既に酒が回っている証拠だろう。

料理を作りながらも硝子杯を煽っていたのをシークは見逃していない。


「掟、か……」


村の式たりとでも言うのか。

都市とまでは行かないが群青の街の規模は大きく、そう言った類のモノとは無縁だろうとシークは思っていたのだが……逆に言えば“当たり”だろろうか。


群青の街の支配者であり吸血鬼の王。

七大魔王のお膝元であるこの街の掟は絶対なのだろう。


「なら、今日は泊まらせてもらうとするよ」


夜になれば吸血鬼が闊歩するのだろう、女店主の言葉にシークは頷く。

その時だった。


騒がしい店内にも聞こえる程の悲鳴が聞こえたのは。


「悲鳴、女の声か?」


食器の重なる音や話し声、様々な音が入り混じる中でも耳につく甲高い声に真っ先には反応したのはラールだった。

骨ごと齧り付いていた手羽先を皿に置き、紅髪の青年は手拭き布で掌と口元を拭って席を立つ。


「ちょっと見て来るとすっか」


口内に残る肉を麦酒で流し込むラールの口元には笑みが浮かんでおり、悲鳴の先にある厄介事を楽しんでいるのが見て取れた。


「止めておけ。

日が落ちれば外に出るなと、たった今そこの女店主が話していただろう」


その様子にシークの隣に座っていたルイが制止の声を投げるが、そんな事聞いてないとばかりにラールは大股で店の出入り口へと歩いていく。

途中で他の客、街の住人達も制止の声を掛けるもラールは全く意に介さない。


「外で女の悲鳴が聞こえてるんだぜ?

普通は見に行くだろうよ、俺はこの街の住人じゃねぇから掟とか知らねーなぁ」


郷に入れば郷に従え、そんなモン知るかとラールは木製の両開き扉を蹴り開け、店の外へと躍り出た。


ーーーーー


日は既に落ちており、街は橙から紺碧の夜に染まっていた。

少し冷えてきた空気に紅髪を揺らし、ラールは翡翠の瞳で眼前を見据える。


「流石に人の肉は美味くねぇと思うけどな」


ラールの視線の先、石畳の路面には人“だった”物が転がっていた。

うつ伏せで倒れる長い黒い髪を見るに恐らく女性、先の悲鳴の主だろう。


腹部は無残にも抉られ、赤々しい内臓が湯気と臭気を立てて昇っている。

背骨は半ばから折られ、赤に混じる白い骨がラールの足下へと転がってきた。


乾いた音を立てて転がる骨を踏み砕き、ラールは惨劇を起こした主を見つめる。

切り揃えられた銀髪の下には妖しく輝く赤い瞳、小柄な少女が浮かべるのは血染めの笑顔。


「そう?

意外と美味しいんだけど」


少女の右腕は真っ赤に染まっており、恐らく倒れる女性を腕の一突きで貫いたのだろう。


「街の住人以外は夜の外出禁止、知らなかった訳じゃないし掟を破ったから……」

「殺して喰ってんのか」


血に染まる凄惨な笑みを浮かべる少女の言葉を遮り、ラールは夜空を見上げた。

紺碧の空には幾多の星が輝いており、月の形はほぼ円形、満月に近い。

 

街の掟、それを破れば……死ぬ事となる、否、殺され喰われてしまう。

だからこそ女店主や酒場の客は一行に教え、ラールを止めたのだ。


「人喰い、屍喰い、いや……吸血鬼か」


輝く月から少女へと視線を戻すラール。

翡翠の瞳は笑みを浮かべる少女の口元、牙の様に伸びた犬歯に向かっていた。

 

「そうよ、私……いや、この街の住人はみーんな吸血鬼。

吸血鬼同士の共喰いも禁止されてるけど、掟を破った人間は喰らっても良いの。

だからね、お兄さんも……」


自ら吸血鬼を名乗る少女は血染めの口元を拭い、言い終わる前にラールへと駆け出した。


「やらねぇよ」


小柄な姿からは想像出来ない程の速度、僅か三歩でトップスピードへ乗った少女は笑みを浮かべたまま、ラールへと貫手を繰り出した。

恐るべき速度、だが、遅い。


勢いのまま繰り出される右手が喉元まで迫るも、ラールは左手で少女の右手首を掴む。

そして掴んだ手首を捻り上げ、そのまま腕を横薙いで少女を投げ飛ばした。


「殺して良いのは殺される覚悟がある奴だけだ、ってな」


手首を掴まれ、投げ飛ばされた少女は煉瓦造りの家屋の壁面へと勢い良く叩き付けられ、赤茶色の破片と共に地に落ちる。

しかし、少女は倒れ付すと同時に跳ね上がり、大きく前進。


砂埃を巻き込んで走る少女の右腕は折れており、痛みに顔を歪めながらも小柄な影がラールへと迫る。

しかし、ラールもまた同じく前進。


十メートル程の相対距離を一瞬で走破するラールは、先と同じ様に繰り出される右の貫手が届くよりも速く、握り締めた自らの右拳を走る勢いのまま突き出した。

それは単純な右拳による一撃だが、少女の放つ貫手の倍以上の速度と威力を秘めており、爆発音と共にラールの拳が吸血鬼の少女の頭部を打ち砕いた。


「まぁ、掟破りもペナルティ受けねーとだけど」


まるで割られた西瓜の様に砕け散った少女の頭部と、駆けた勢いで倒れ込んで行った身体を振り返って一瞥し、ラールは息を吐く。

そして、翡翠の瞳は吸血鬼の死体から周囲に……視界に映る若い男達、吸血鬼の一群へと、ラールは声を掛けた。


「ほら、餌だぜ?

そう簡単に喰われるような安い肉じゃーねぇけどな!!」







 

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