第二話/目的地
「まさか火を吹くとは思わなかった、あれは焦ったよ」
「ソレはこっちの台詞だって、耐えられた時は驚いた」
歓声轟く決勝戦から数刻後、夕暮れの橙時から夜の帳が降りた頃。
喧騒に満ち溢れる酒場の一角で、武闘大会優勝者と準優勝者が酒瓶を片手に笑い合っていた。
“兄ちゃん食え食え”と威勢の良い声に続いて出され続ける料理が円形のテーブルを埋め尽くしており、ラールはそれらに勢い良く食らいついていく。
「うめぇ、蜥蜴の丸焼きより遥かにうめぇ」
「共食いしてる様は中々面白かったがな」
「共食いじゃねーよ、龍と蜥蜴は全然違うのがわからねーガキンチョは黙ってろ」
「お前より遥かに年上だ」
勿論、席に着居ているのはラールとシークだけではない。
円テーブルを囲むのはラールの同行者であるルイと、同じくシークと行動を共にしているリィゼ、そしてソラと自己紹介した機械人形の青年。
五人がそれぞれ料理に箸や匙、肉叉を伸ばしていく中、リィゼが切り出した。
「あの、ラールさん」
「ラールで」
「蜥蜴だな」
「黙れ」
「えっと、あの……」
ラールとルイのやり取りに言葉を止めるリィゼ、それを見てシークが続ける様に促す。
「あの、お二人の付き合いは長いんですか?」
「んー、結構長いかも」
騒がしい周囲の中でもラールはしっかりとリィゼの声を聞き取り、続ける。
「旅は道連れ世は何とやらってヤツだな。
リィゼは何でこの街に?」
「私は……旅をしてるんです、シークとソラさんと一緒に。
修学旅行みたいな。」
「シューガクリョコー?わかんねぇな」
「学問を修める旅行だ、蜥蜴には縁な無いモノだ」
「うっせーな、蜥蜴蜥蜴しつこいしぶん殴るぞ」
修学旅行。
ルイが言う補足、知らぬ言葉とその意味にラールは笑って酒瓶を煽った。
暴力的な返しをするもラールは上機嫌であり、煽るルイもまた近い気分なのだろう。
「お姫様のお目付役と使用人、と言えば分かりやすいだろう?」
空の酒瓶から手を離し、結局ルイの頭を叩くラールへとシークが声を掛ける。
シークは闘技場での姿とは打って変わっての軽装で、シャツのボタンを緩めていた。
重厚な鎧兜を脱いだ金髪の青年が笑う。
「お目付役も偶には酒を飲むのさ」
目に掛かる程の髪を掻きあげるシークの青い瞳は悪戯めいた色が浮かんでおり、その隣でソラも笑っていた。
「シークさんが酔っても私が居るので大丈夫なんですよ、機械人形は酔いませんので」
そう言ってソラは右手を上げ、球体関節の手首を振る。
「ははは、初めて見た。
面白いヤツらも居るんだな」
その様子にラールも笑い、リィゼも微笑む。
頭を叩かれたルイは無言ながらも薄く微笑んでいるようで、切り分けられたステーキの最後の一切れを口に運んでいた。
「あっ、てめぇ最後の肉食べただろ!?」
それを見逃さずラールは声を上げる。
そして、それに続いて申し訳なさそうに……そしてソレをしっかりと示すように酒場の店主が声を出した。
「悪いな兄さん方、今ので料理も酒も打ち止め……店の食材がスッカラカンだ!!
ガハハハハ!!」
ーーーーー
群青から闇夜の黒へ、空の色が変わり月が昇った頃。
「一晩一緒に過ごすのも悪くねーな」
酒場の食材と酒を食らい、飲み尽くした後。
ラールとルイ、リィゼの一行は同じ宿屋に足を運んでいた。
酒場の飲食代は武闘大会での優勝賞金で支払い、宿代も“めんどくせぇ”とラールが金貨の入った革袋を宿の主に投げつけている。
数ある宿の中でも一番格式高く、広い部屋のバルコニー。
夜風が吹くその場所で酒瓶を片手に紅髪の青年は笑っていた。
「旅は道連れ世はなんとやら、酒は美味いしその、なんだ。
リィゼも可愛いし良い気分だ」
酒場の酒を飲み尽くし、更に数本の酒瓶が足元に。
延々と酒を煽るラールの隣、バルコニーの手摺に腰を預けてリィゼも微笑む。
「ラールさん、良い人ですね」
「ラールでいいって、さん付けされると気持ち悪ぃ」
「じゃあ……ラール、君」
ラール君、と呼ばれ青年は更に笑う。
紅い髪に白の上着、左上腕には銀の腕輪。
足下は革のブーツ、濃紺色をしたジーンズ地のパンツとラフな出で立ち。
対するリィゼは既に寝間着で、薄桃色のネグリジェ姿。
砂漠に拓かれた街の夜は冷え、リィゼは肌寒さを感じつつも顔には出さない。
だが、ラールはそれを感じ取り、上着を脱いで少女の肩に掛けつつ更に酒瓶を煽った。
「俺も寒いのはあんまり好かないけど、リィゼが風邪引くのは面白くねーなぁ」
上着を脱ぎ、半裸で酒を飲むラール。
筋骨隆々ではないものの、引き締まった身体が月明かりに照らされ、筋肉に沿って陰影が浮かび上がる。
「……ねぇ、ラール君。
旅は道連れって言ったよね。
もし良ければ、私達と一緒に旅をしませんか?」
大胸筋から続く八つに割れた腹筋、酒瓶を掴む前腕と逞しい上腕、浮いた鎖骨に続く首筋と、整いつつも少年のようなあどけなさが残る顔。
紅い髪と翡翠の瞳、犬歯なのか牙なのか、尖った歯を見せて笑みを浮かべるラール。
「旅か、俺はずっと旅をして来た。
武者修行つーか、なんつーか。
独りでも良いし二人でも良い、今はルイと一緒だけど……リィゼと一緒に旅するなら、何を目指してるか聞かなきゃならねーよ」
龍神の子、龍の里を出たのはどれほど前かわからない。
だが、ラールには目的地、武者修行と言う名の旅のゴールがあった。
旅は道連れ世は情け、されど共に旅をするならば同じ方向を目指さなければ意味はない。
「何を、目指すか……」
ラールの言葉に、リィゼは目を伏せる。
バルコニーに吹く風がその黒髪を揺らし、月光が色白い肌を照らす。
伏せられた瞳、長い睫。
黒の帳がゆっくりと開くと同時に、リィゼは答えた。
「私はね、ラール君。
私は、七大魔王と友達になりたいの」
ーーーーー
「機械人形も寝るのだな」
広い寝室、ベッドとは別に拵えられた革張りのソファ。
黒の牛革の手触りを感じながら、ルイは口を開いた。
久方振りの宿、ここ暫くは野宿が続いていた為にソファの座り心地はとても良い。
格式高い宿だけはある、と口にはせずにルイはシークへと話し掛けていた。
「機械人形と邪険にしないで欲しい所だな。
ソラはまだ機能不全だ、古の技術を直せる程の腕を俺は持ってないよ」
閉められたバルコニーの硝子戸の内側、暖色の薄明かりに満ちた室内。
ソファとは別の椅子に腰掛けて金髪の青年が答える。
話題の人物であるソラは部屋の片隅で膝を抱えており、紅と蒼のオッドアイも閉じられていた。
微動だにしない銀の髪、薄汚れたローブからルイは目を離す。
「あの娘、何者だ」
暗い橙色した照明が照らす紫紺の瞳を
シークへと向けるルイ。
闇夜の様に深く、しかし鮮やかな紫を真っ向から受け止め、シークは答えた。
「すまないが昨日今日の仲には言えない。
俺は彼女のお目付役……いや、護衛だ。」
自身を護衛とするシーク。
この街で行われた武闘大会において準優勝を果たした青年の力量は、“本気を出さなかった”としても凄まじい。
「ラールは馬鹿だがそれなりに……いや、強い。
それこそ、この多次元世界において名を轟かせる事も出来る程に」
多次元世界。
それは七つの世界が次元を越え、混ざり合い一つに成った世界。
広大な、果ての見えない一枚板。
多種多様なイノチアルモノが生きるパレットワールドと呼ばれるこの世界で龍神の血を引く紅髪の青年は間違いなく“強い”
そして、そのラールと渡り合った白銀の騎士……シークも同じ。
「あの馬鹿蜥蜴に引けを取らない強者が護衛をする生娘。
貴様もそうだが、あの娘にも何かあるのだろう?」
鎧を脱ぎ、シャツとスラックス姿のシークへと視線を刺すルイ。
姿格好だけ見れば小型な少年だが、言葉や瞳は少年のソレではなかった。
だが、その鋭い視線をシークはあえて受け流して口を開く。
「ルイ、だったか。
あの青年と行動を共にする目的を聞きたい。
質問に答えず、此方が聞くのは失礼なのは承知だ。
だが、だからこそ……教えて欲しい。
俺の、いや、あの娘と目指す方向が同じならば共にと思ってな」
その口調は酒場でのモノとは違い、酷く真剣なモノ。
強者であるラール、彼と共に放浪しているであろうルイもまた、“何か”ある。
その“何か”を確かめる為に、シークはルイの答えを待った。
「目的か。
俺の……我が目的は只一つ。」
シークの問い掛け、そこに隠された意味を知り、吟味し、更には一拍の間を置き、紫紺の少年は答えた。
「果てなき流浪。
我が目的は、七大魔王を殺す事だ」