コロナ飯 ~銚子電鉄の鯖威張るカレー~
本作は、銚子電気鉄道様の許可を得た上で投稿しております。
錦糸町と言えば、いわゆる夜の街の代表格として有名な場所であるが、緊急事態宣言が出され、飲食店の時短営業協力が呼びかけられる昨今の20時以降は、実に静かなものである。
それがつまり何を意味するかというと、用事が長引き、時刻が20時を回ってしまった現在……私がものの見事に夕食難民と化してしまったことを意味していた。
まあ、仕方があるまい。これも時勢というものだ。
そんなわけで、若干の空腹を抱えつつとぼとぼと駅に向かっていた私が駅近くのビデオレンタル店に入ったのは、今月の新譜でも確認しておこうかという心積もりによるものであった。
が、店に入るなり私を出迎えたのは、まったくもって意外な光景だったのである。
――おいおい。
――今の時代は、ビデオレンタル店でレトルトカレーを扱うのか?
そう、カウンターの一角にずらりと並べられた品々……。
それは、全国各地から仕入れたご当地レトルトカレーだったのだ。
思わず足を止め、それらを眺める。
宮島の牡蠣を使ったカレーに、潜水艦のポークカレー……。
大間のまぐろを使ったカレーに、これは、柳川のうなぎをカレーにしちまったのか。
ちょっとした名物カレーの見本市だぞ、こりゃあ。
考えてもみれば、コロナクライシスの現在、何も飲食店ばかりが被害を受けているわけではない。
ただでさえ、配信に押されているというのに、外出自粛による売り上げ減で大手レンタルチェーンのここもなりふり構っていられないということだろう。
そんな風にしていると、あるレトルトカレーが目に入った。
――鯖威張るカレー。
他がカレーの写真を使っていたり、あるいは海上自衛隊再現カレーならば軍艦の写真を使用しているのに対し、こちらは駅長服に身を包んだ鯖のイラストがでかでかと描かれているだけだ。
よくよく見れば、左上の方に小さく銚子電気鉄道の文字が躍っている。
どれどれ……。
今は誰もが便利な板切れを持ち歩いている時代だ。それでもって検索をかける。
どうやら、この銚子電鉄なる会社……鉄道業が儲かってないため、煎餅を始めとして、このようにやけくそじみた各種商品を販売することで、どうにか食いつないでいるらしい。
しかも、元からそういう経営状態だったところにコロナパンチを喰らい、今ではノックダウン寸前の状態なようだ。
――ビデオレンタル店で見つけた、鉄道屋のカレーか。
私がそれを手に取り購入したのは、この場所における巡り合わせが面白かったからであろう。
--
炊飯器をセットし、ほっと息をつく。
ご飯が炊き上がるまでの時間を潰すのは、発泡酒と……小皿に盛り付けたカレー用福神漬けだ。
一人暮らしでは過剰な量の福神漬けであるが、このような使い道もある。
そうしながらテレビのニュースを見ていると、やはりコロナ関連の報道が目立つ。
私自身、取り引き先の大企業が音頭を取っていた集団接種を、ワクチン確保困難でふいにされてしまっており、これらの報道にはますます関心を深めていた。
これは、ますます今夜にふさわしい品をチョイスしてしまったようだ。
--
パッケージ裏面にはさすがに――ごく小さなものだが――存在した盛り付け例の写真を見つつ、炊き上がった飯の上にカレーをかける。
トッピングは、つまみの余りとなったスーパーのカレー福神漬け。
付け合わせは、同じくスーパーで購入したサラダとカップのとん汁だ。
うんうん、こうしてみると、立派なカレーセットである。
――いただきます。
カレーを食べる際、どこから攻めるかは各種流派によって分かれるとこだが……私は断然、福神漬けから攻める派だ。
ぽり……ぽりり……と、先ほどから酒のつまみにしていたこれをかじる。
いかにも飯やスパイスと合いそうな甘酸っぱい味付けのこれは、さすがカレー用を標榜するだけのことがあり、カレーそのものへの期待感をますます膨らませてくれた。
お次は当然……カレーライスそのものである。
実は、飯にかけていた時から感じていたことなのだが……。
この、圧倒的な鯖の香り……!
目隠しをして嗅がされたならば、さば節そのものと勘違いしかねないほどだ。
これをスプーンですくい上げ――食す!
――おお……!
――これは……!
――鯖って、こんなにカレーと合うものなのか!
鯖といえば、せいぜいが塩焼き、味噌煮、しめ鯖くらいしか知らなかったこの舌には、実に新鮮な体験である。
青魚特有の臭みがスパイスによって完全に消されており、純粋にうま味だけを引き出されているのだ。
しかも、キーマカレー風のこれは、ほぐした鯖の身がふんだんにルーへ混ぜ込まれているのだが……。
香りとして立つほどの量を使われたこれが、どうやらダシとしても作用しているようで……。
これまで食べてきた、どんなシーフードカレーよりも和のテイストを強く感じる。
――美味い!
――実に……美味い!
食べごたえ抜群な鯖の身が、男心に嬉しかった。
ここで、箸休めにサラダをつつく。私はごまドレ一択だ。
――それにしても。
――カレーの時に食べるサラダって、なんでこんなに特別感があるんだろう?
単なる栄養補強食でも、食卓の彩りでもない。
なんというか、すっごく華やかな気分になるんだよな。
ここらでひとつ、とん汁もきめよう。
――うん、あさり汁と悩んだが……。
――とん汁にして、大正解!
海の鯖威張るカレーと、陸のとん汁……。
ここに、海と陸の美味が合わさった。
後はもう、ただ食べるだけだ。
いっそ、貪るだけと言ってもいい。
福神漬けとカレーと白飯のコラボを楽しみ、サラダにさわやかな緑の風味を感じ、これらをとん汁でどっしりと落とし込む!
男の飯って、こういうものだ。
――ごちそうさまでした。
空になった皿へ向けて、手を合わせる。
鯖威張るカレー……。
私も、こんな時代をサバイバルするための力を得た気分だ。
--
後日……。
私は道端で立て看板を見つけ、思わず足を止めていた。
そこに書かれていた文句は、こうだ。
――大会開催のため迂回をお願いします。
――TOKYO2020。
鉄道屋がカレーを作り……。
ビデオレンタル店がそれを仕入れ、販売する……。
そして……TOKYO2020。
鯖威張るな時代だよ。本当。
銚子電気鉄道(https://www.choshi-dentetsu.jp/)
鯖威張るカレーも購入可能な同社オンラインショップ(http://chodenshop.com/)