第五話「終戦の日に」前編
記念式典がやってきた。
《世界戦争》の終結し、《ファウストの光臨》が起きた日。
世界各国の《レヴァナント》は、当然この日を盛大に祝っていた。
ルベルギー王国は、どこも賑わっていた。
商店街も、噴水広場の前も、多くの人で賑わっていた。
その手に持った「フクロウの目」の旗印は国王、グリース家のものだった。
街灯、店のガラスにも「目」は貼り付けられていた。
二人は人混みを避けて、商店街を歩いていた。
「全く、趣味悪いな。イスキエルドは。あんなもん振らせてよ」
「……まあ。いつどこで誰が見てるか分からないからな。先を急ぐぞ」
レインは路地裏の方を見やった。
そこでは青い軍服を着た人間があたりを見渡していた。
間も無く式典が行われる。
例年通りイスキエルドはあの噴水広場で演説を始める。
そうなると、彼を狙撃することのできる建造物は限られてくる。
「あの屋上からなら、いけそうだ」
ドラクロアが目をつけたのは広場からかなり離れた、古びた郵便局だった。
郵便局までたどり着くと、ドラクロアはレインに薬莢を一つ渡した。
「なんだこれは」
「お守りさ。まあ受け取っておいてくれよ」
ドラクロアはそう言い残して、立ち入り禁止を敷かれた郵便局の中へ入っていった。
一人になったレインは、計画通り噴水広場を目指した。
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「まだ飲むのですか?」
「たりめーだ。今日は世界が我々に跪いた記念の日だ。誰が上かっていうのを国民に知らしめないといけないからな」
「は、はあ」
アルドラは噴水広場に設営された舞台の袖から観衆を眺めていた。もちろん片手には酒を持ち、大きく仰いでみせる。
──もうすぐ始まるというのに、何をやっているんだ。
「アルドラ。お前に渡しておきたかったモノがある」
イスキエルドは彼を手招きした。
訝しげに国王の隣に立つと、また彼は観衆を見やった。
大勢の人間が、張り切れそうな歓声を上げている。
イスキエルドはネックレスを首からはずした。
ボロボロの、ドワーフのような手で楕円のガラスから青い光がぼうっと輝いた。それは息もつかないような美しさであり、また、純粋な毒のようにも見えた。
「……これは」
「── “死”だ。もうオレには抱えられなくなってしまったからな、お前にやるよ」
アルドラはその美しい瘴気に魅入られ、気を失ってしまいそうだった。
そして気がつく頃には受け取っていた。
青白い光は、瞬く間にアルドラの鼻腔を刺激したかのようだった。
「“あのお方“に言わせてみれば、”死“というのは明確な損失ではないらしい。むしろ通過点であり、物質。簡単に言えば、”死“は消えず、どこかに溜まり続けるらしい」
「旧世界の書物から引用するに、いわばそれは《失楽園》の果実さ。旧世界の神は生き物を作り、自らの庭で愛玩していた。ただ、気づいたんだろうな。生物を作ることは、神ですら罪だということに。結局は神すらも欲深かったのさ。愛玩のために作り出した“生”というのは当然、“死”も発生させた。しかし神はそれを必要としなかったから、どこか貯蔵庫にしまったんだ。そして、貯蔵庫は“死”を抱えきれなくなってしまった」
「その膨大なネガによって生み出された“何か”は爆発──《ルシフェル》を起こし、《アダムとイヴ》を“死”によって被爆させた。つまり、神は一番最初に“平和”を作ることを失敗した存在なんだよ、アルドラ」
「そしてそのネックレスに入っているものは“あのお方”が作り出した貯蔵庫の再現さ。《レヴァナント》はその貯蔵庫を自分の体内かどこかでやってのけるが、これは身につけているヤツに作用する」
アルドラは持つ手が震え出した。
この小さな輝きの中には無数の“死”が閉じ込められている。
そしてそれを今、自分が手にしている。
「どうして今、それを私に」
イスキエルドはふっと、大きく鼻で笑った。
さあな。
「オレはお前に厳しく当たっていたつもりだ。だがそれは全て、“あのお方”の考える“平和”と“秩序”に基づいたものだったことをお前にも知ってもらいたい。今この世界が正しいのか、間違ってるのか、オレが判断することじゃない。よく考えて使うんだ──
──我が息子よ」
今までの国王の粗暴な振る舞いが、焦ったい親心から来るものだったとは。
アルドラは、なんとも言えない気持ちになった。
舞台袖からイスキエルドが現れる。
彼の背中が徐々に小さくなっていく。不思議な気分がした。
「ありがとう。分かったよ、父さん」
あなたが国王としてやってきたように、私もアナタを、アナタを、アナタを──
──殺せる。
次の瞬間、壇上に立ったイスキエルドの背中を、黒い太刀が貫いた。
その太刀からは青い光が止めどなく漏れ出していた。