第三話「雨と街、私を流して」
土砂降りの日だった。
泥が巻き上げられ、土の匂いがした。
そこに僅かな、血の匂いを《レイン》は嗅ぎつけた。
今日は街の外からの依頼だった。
葬送人への依頼は、風の噂によってたどり着く。
《レイン》はその噂を聞いて、向かっている途中だった。
それはある一軒家からだった。
木造の平家。オレンジの暖炉の灯りが家の中から外へ向けられていた。
コンコン。
戸を叩くと、若い女が出てきた。
「あ、あの……」
一目見た瞬間にわかった。
女は目が泳ぎ、動転していた。
間違いなくこの家の中に「居る」。
「ゆっくりでいい。私に話せ」
リビングには女くらいの年齢の若い男がいた。
男は仰向けに動かなくなっていて、その腹には包丁が刺さっている。
間違って、喧嘩の末、刺してしまったらしい。
レインは男のそばへ跪いた。目が開いている。
──瞳孔が開いている。
「葬送を始め──」
ゴッ
レインが女の方を振り向こうとした時。
側頭部を鋭い衝撃が襲った。
「この女!?気絶しない!!」
「クソ!もう一発だ殴れ!」
額から血を流したレイン。
自分にも未だに解っていない。
そもそも200年も生きていられること自体、おかしな話だった。
「……すまない」
ひどい頭痛がする。
レインは手持ちの金をすべて、床に置いた。
男女は睨んでいた。もしかしたらこわばっていたのかも知れない。
「すまない」
レインは扉を開け、そのまま外へ出て行った。
裏庭には、別の若い女が横たわっていた。
元の住人だろう。
「……すまない」
何も手につかないくらい頭が痛かった。
何もしてあげられなかった。
雨は彼女の頬を伝って流れ落ちた。
▽
△
病院につくと、中は荒らされていた。
レインが廊下を歩いていく。とにかく散乱していた。
突き当たりに、見覚えのある男が倒れていた。
とにかく嗚咽が酷かった。咳が止まらない。
喉奥が腫れ上がっているようだった。
「ああ……クソ」
やがて視界が閉ざされ、レインはその場に倒れた。
▽
△
目を覚ますと、さらに暗い場所だった。
薄い蝋燭の明かりが、かろうじてここが寝室であることを教えてくれた。
『──頭を縫っておいた。発熱があったから抗生物質も投与した』
部屋の隅に“何か”がいる。
“何か”はゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてきた。
──雄鹿の頭骨で顔を隠した、細身の死運び人だった。
『災難だったな。レイン』
「……グールのお前に何がわかる」
“雄鹿”は、ハハハと笑った。
籠った声とカラカラと骨が鳴った。
『こうすればいいか?』
「……?」
“雄鹿”は頭骨に手をかけた。
ゆっくりとその仮面を外した。
露わになったのは、凛とした顔つきの女性だった。
レインはその金髪をよく知っていた。
「……ドラクロア……?」
「レイン。協力してほしい」
陽炎に照らされた寝室の揺めき。
《レヴァナント》の一人、ドラクロア・エコールの姿がそこにはあった。
▽
△
ルベルギー王国、王室。
金を大量にあしらった頑丈な扉が開くと、甲冑姿の男が現れた。
男は天蓋付きのベッドに向かって跪いた。
しばらくすると天蓋付きのベッドから、巨漢の男が出てきた。
「イスキエルド国王。スラムへの攻撃が完了しました。間もなく大量の難民が生まれるかと思います」
イスキエルドは、ニヤリと笑った。
だらしない腹を掻いて、両脇に引っ付いた女を引き剥がした。
彼はムクっと起き上がって、窓際に立った。
「ああ、愉快〜〜!!」
「あそこにデカい街を作って、国を繁栄させようぞ。アルドラ。大変愉快だと思わないか?住めなくなった男には力仕事をさせ、女子供には体を売ってもらおう。さすればこの国も大きくなり、“あのお方”に認めていただける。どうよ、なんと抜け目のないッ!!!!!」
イスキエルドは大きな口を開け、喉を震わせた。
甲冑を着た男──アルドラは冷静に膝を落としている。
「どうした?アルドラ。お前の出世記念だ。そこの女を選べ。上モノだぞ」
「大変感謝しておりますが、私は女なぞ……」
イスキエルドは黙ったまま、顔をニコニコとさせてアルドラを睨みつけた。
仕方なくアルドラはベッドの右にいた女を指さす。
「よーし、お前だな」
イスキエルドはその女を睨みつけた。
──その瞬間、彼の“眼光”が、青い光を纏い始めた。
「……ッああああああああ!!!!ああああ!!!!!」
女の体から、青い光が煙のように立ち上った。
もがき苦しむ女を、アルドラは静かに見届けていた。
やがて嬌声も潰れると、跡形もなく女は消えてしまった。
「アルドラ。お前が殺したんだぞ。覚えておきな」
「……はっ」
アルドラは顔を俯けさせたままうなづいた。
国王の首には確かに、《悪魔の痕》があった。