表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/30

褐色の肌の王子と騎士《ナイト》 Ⅲ

「――カルロス様、こちらが中庭ですわ」


「ありがとうございます。素晴(すば)らしい庭ですね」


 この時の二人の褐色肌の青年の態度は、まるで対照(たいしょう)的なものだった。


「私の国には、四季がありませんので。こうして季節の植物に触れられる貴重(きちょう)な機会を頂けて、とてもありがたいです」


 カルロス王子の方は、たいそう上機嫌だ。初めて(かどうかは分からないが)目にする「季節」というものに、気分を高揚(こうよう)させている。


 一方のデニスはというと、とても不機嫌。理由はリディアにも分かっている。この異国から来た、背の高い王子への一方的なライバル意識、だ。


 要するに〝嫉妬〟である。


(やっぱり、わたしがさっき王子に見蕩れてたこと,バレているのかしら……?)


 というか、原因はそれしか考えられない。ジョンの次は、母の故郷の王子か。――自分の恋人がこんなに嫉妬深かったのかと、リディアは愕然となった。


「あの、リディア様。少し疲れました。あそこにある四阿で、少し休ませて下さいませんか?」


 カルロス王子が、あの四阿を指差して言った。途端に、デニスの眉が跳ね上がる。


 どうやら彼は、自分とリディアの二人だけの〝聖域〟を他の男に(けが)されることが許せないらしい。



「ええ、いいですわ。参りましょう」



(……! リディア!?)


 デニスが、表情だけで抗議してくる。リディアはそれを、にこやかな笑顔で封じた。


「デニス、あなたもいらっしゃい」


「王子と二人きりにならなきゃ問題ないでしょう?」と言わんばかりに。


「あ……、ハイ」


 リディアの(あつ)に屈し、デニスは神妙(しんみょう)に縮こまる。


 リディアとデニス、カルロスの三人はそのまま四阿まで移動した。長椅子には両国の皇女と王子が並んで腰かけ、護衛官のデニスは四阿の入口に立ち、カルロス王子に睨みをきかせている。


(本当は、外を見張らなきゃいけないんじゃないのかしら?)


 いいのだろうか? 個人的な感情で、責任を放棄(ほうき)しても。


 ……まあ、何かあってもリディアが責任を負わされるわけではないのだが。恋人としては心配になる。


 そんなデニスを凝視(ぎょうし)しながら、カルロスが彼に質問した。


「君は、デニスどのといいましたね。君もスラバットの出身なのですか?」


 彼の肌や瞳の色に、王子も気がついていたようだ。


「いえ、自分は混血です。母がスラバット出身ですが、父はレーセル帝国の兵士で」


「混血……ですか。――いや、私と同じ肌と瞳の色だったのでね、妙に親近感が湧いたんです。気を悪くしたのなら申し訳ない」


 悪びれた様子もなく王子が詫びたので、デニスは決まり悪そうに「いえ……」と首を振った。


「デニスとわたしは、幼なじみなんです。出会ったのは五歳の時でした。母と、生まれてくるはずだった弟を亡くして、塞ぎこんでいたわたしを元気づけてくれたのが彼と、もう一人の幼なじみのジョンだったんです」


「幼なじみ?」


「ええ。彼はわたしの剣の師匠でもあるんですよ」


 リディアは数日前に三人で港町へ出向き、そこで海賊と戦ったことをカルロスに話して聞かせた。


「その時も、デニスが力を貸してくれたからわたしは戦えたようなものですわ」


 デニスと目が合い、頬を赤らめるリディアを見て、カルロスは何かを(さと)ったようだが、彼はあえてそのことを追及(ついきゅう)しなかった。


「リディア様は美しいだけでなく、お強くもあるのですね」


「ええ、まあ。強くなければ民はおろか、自分の身を守ることすら(かな)いませんもの。――カルロス様は、剣の腕はいかほど?」


「私は……、剣はからっきしダメです。我が国は、(いくさ)とは無縁です。守ってくれる護衛の兵士もおりますし」


 その答えに、リディアは言葉を失った。この王子はどれだけ平和ボケしているのか、そしてどれだけお人()しなのか、と。


 彼の伯父・サルディーノ宰相はどう見ても胡散(うさん)(くさ)い。カルロスがまだ王として即位していないことと合わせて考えても、彼が王位を狙っていることは分かりそうなものなのに。


「――あの、カルロス様。あなたとの、縁談のお話なのですが……」


 もしかして、宰相が言い出したことではないかと、リディアは言おうとしたのだが。


「分かっていますよ、リディア様。断るおつもりなのでしょう?」


「えっ?」


 自分から断らなくてはならないのに、王子にズバリそれを言い当てられ、リディアは虚をつかれたように目を瞠る。


「他に愛する方がいらっしゃるのですね? もしかして、デニスどのですか?」


「…………ええ。でも、どうして分かったのですか?」


「先ほど、お二人が見つめ合った時の雰囲気で、そうではないかと」


「ああ……」


 思いっきりバレていたのね、とリディアは天を仰いだ。


「あのっ! このこと……、父にはまだ言わないで頂けませんか? 父には、わたしから直接話すつもりでおりますので……」


「もちろん、お約束します」


(よかった……)


 リディアはホッとしたのと同時に、覚悟を決めた。もう、デニスとの関係を父に打ち明けてしまおうと。


 二人はもう成人なのだし、法律上は何の問題もない。壁は二人の立場だけだが、それだって何とか越えられそうな気がする。


「実は私も、まだ結婚までは考えておりませんでした。あなたの噂を耳にして、恋をしてしまったのは事実ですが」


「えっ? ――だって父が、この縁談は王子のご希望だと……」


 リディアは頭が混乱した。この縁談は父が決めたことでも、王子が望んだことでもない?


(どういうことなの?)


「この話は、伯父が仕組んだことなんです。伯父は私を皇女殿下――つまり、リディア様に婿入りさせることで、自らも権力を握ろうとしているのです」


「やっぱり、そうでしたか……」


 リディアにはそれで納得がいった。


 皇女に子息を婿入りさせ、姻戚(いんせき)関係を結ぶことで自らも権力を手にしようと(たくら)む王族・貴族は多い。サルディーノ宰相もそういう(たぐい)の人間だということか。


「でも、伯父上様も王族なのでしょう? なぜ自ら王になろうとしなかったのでしょう? あなたもまだ、即位されていないようですし」


「我が国では、王妃の親族に王位継承権は与えられないのです。ですから、私をリディア様に婿入りさせ、スラバットを帝国の領土として差し出すことで、実権を握ろうとしているのだと思います。そしていずれは、帝国の権力も奪う気なのでしょう」


「そんな……」


 彼の伯父が野心家だろうとは、リディアも思っていたけれど。まさか、帝国の未来をも揺るがしかねないことを企んでいたとは!


「では、カルロス様が即位していないのもそのせいですか?」


「はい。あなたは聡明(そうめい)な女性のようなので、大丈夫でしょうね。私のように(あやつ)られる心配はない。何せ、女性でありながら、皇帝になろうというお方ですから」


「……はあ」


 〝操られる〟とは。もしや、先ほどリディアが懸念(けねん)していたことは、当たっているのだろうか。


「我が国は表向き、両親亡き後は私が治めていることになっていますが、実際に政治を執り仕切っているのは伯父です。私はいわば、伯父の操り人形なのです。情けない話ではありますが」


 カルロスは(あざけ)るように、肩をすくめた。


「でも、私がリディア様に恋をしたのは決して打算ではありません。伯父に唆されたからでもありません。私はただ、一目あなたにお目にかかりたかった。ただそれだけなんです。信じて頂けますか?」


 カルロスは、リディアの目を真っすぐ見ている。それは嘘をついている人間の目とはとても思えなかった。


「ええ、信じますわ」


 リディアは断言した。彼はとても純粋な人間だ。純粋で、真っすぐな。


「それにしても、あなたの伯父上様は(あわ)れな方ですね」


「はい?」


「権力を握ることしか頭にないなんて、本当に哀れな方ですわ」


「……私も、同感です」


 意外にも(おい)であるカルロスが同意したことに、リディアは目を瞠った。


 よく考えたら、彼が一番の被害者なのかもしれない。自身の恋心を、伯父の野心のために利用されて。王位を継ぐこともできずにいるなんて。


「こんな私に、あなたを幸せにする資格はありません。伯父上には申し訳ないが、むしろ縁談を断られて、私はホッとしています」


「カルロス様……」


 リディアには、彼のこの言葉が強がりなどではなく、本心から言っているのだと確信できた。なぜなら、その顔には安堵したような笑みが浮かんでいたから。


「リディア様、どうかデニスどのと末永(すえなが)くお幸せに」


「ええ。ありがとうございます」

 

リディアは何だかデニスとの仲が、父にすんなり認められそうな気がしてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ