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人斬り無迅シリーズ

人斬り無迅と悪夢を見る少年

作者: 田中一義

 どうしてこんなことになったのかと――リオ少年は考える。

 しかし考えかけてから、原因はいつも一緒だったと思い至って自分に呆れ嘆息した。そう、全ては自分が悪いのだと。

 チビで、バカで、意気地なし。

 運動神経が悪ければ、芸術的なセンスもなく。

 ほんの13年の人生で得た座右の銘は「長いものには巻かれろ」である。

 だから、虐めっ子に命じられるがまま、神社へ奉納されている妖刀とやらを持ってくることになった。夜中の境内は静まり返っていて気味が悪かった。社務所もまた明かりは消えていて、本殿も暗くなっている。

 神社で盗みを働くなど、気が引ける行為だったがそうしなければ痛い目に遭う。あとでこっそり戻しに来ればバレないし、バレなければ神社の人に怒られることもない。――そう自分へ言い聞かせながらそっとリオは本殿に上がった。


 目当ての刀は本殿の奥で、白鞘に収まって鎮座していた。

 刀掛けへ収まったそれには何枚も、何枚も、重ねられるようにして札が貼られていた。

「まさか――そんな、うん、幽霊なんてね、いないし……きっと……」

 お札の数にビビりながらリオはそっと、その刀を手に取る。想像以上に重く、片手だと落としそうで慌てて両手で持ち上げた。その重さを感じながら、リオはじっと鞘に貼られた札の数々を眺める。

 刀を包むような白鞘には黒ずんだ汚れがついており、拵えもなく振るい続けてきたものだと言外に告げてきていた。それが尚更にリオには不気味に思えたが、妖しい魅力が確かにあった。

 誰もいないと確かめて忍び込んだのに、リオはまた本殿の中をそっと見渡した。それから、ぎゅっと柄を握り、鯉口を切ろうとする。だが糊づけされたかのようにそれは固く、お札を破ってからまた刀を抜こうと試みた。

「む、むむっ……んんん~っ……」

 やはり抜けないだろうかと諦めつつ、力を込めてそれを抜こうと踏ん張る。


 そして――ベリ、とどこかの札が剥がれたような音がし、次の瞬間に刀が抜けた。


 露わになった刀身は水を打って潤っているかのように瑞々しい美しさを静かに放っている。青い金属だと一瞬、見間違うほどでもあった。とても妖刀だとは思えぬ、澄んだ美麗な刀には覗き込んだ自分の顔さえも映し出されてしまう。

「綺麗……」

 その刀身に魅入り、乱れ波紋を目で追う。

 そうして鞘から刀を全て抜き放った時に、ひと際強い光が刀身から発せられてリオは反射的に腰を抜かして転げ回る。

「わっ、え、ええっ? 何、光――?」

 何が光ったかさえも気が動転して分からないままその場で混乱に陥っていると、不意に刀を握っている右手に変な感覚がした。陽炎のように刀を握っている手が奇妙にぐにゃりと歪んでいた。痛みはなく、目がおかしくなったのかとしか思えない。そして今度は変な力へ引っ張られるようにして刀に顔が近づく。

「へっ? え、何、嫌だ、やだやだやだ、これ何て怪現象っ? 妖刀って、こういう物理? 有り得ない有り得ない、こんなのあるはずな――」

 刀へ吸い込まれるようにしてリオ少年の体は消えていった。足が浮き、頭から刀に吸い込まれて姿が消えると刀までもがその場からなくなった。

 あとに残ったのは妖刀がなくなった刀掛けと、本殿へ上がる際に脱いでいたリオの靴程度だった。



 ▽


「行き倒れだあねえ、これは……」

「妙ちきりんな着物だが……売れるかのう」

「剥ぐべ、剥ぐべ……」

「この小僧っ子、刀を抱えとるわ」

「剥ぐべ……ぬ、放さん」

「放さねえこっちゃねえべ――放さん」

()るべ」

「ああ()るべ……。剥げる分は剥いだだ」

 行き倒れを見つけた老いた農民達は、剥げる分だけ剥ぎ取ってその場から立ち去っていく。後に残されたのは下着さえ剥ぎ取られ、抱き込むように白鞘の刀を一本だけを持つ少年だった。


 哀れなこの少年の名を――リオという。

 13歳。本来は中学2年生。身長は157センチ、体重は40キロと年の割には痩身で、ろくに筋肉もついていない、(なま)(ちろ)い貧相な体つきの少年である。

 追いはぎ老人達が去ってから彼は寒さに震え、ハッと目を覚ます。


 そこは林の中だった。下草は生い茂り、低木が葉を広げる。背の高い木々の間から陽光が漏れるのでそう薄暗くはない。しかし衣服を全て剥ぎ取られては肌寒さで粟が立ち、ぶるりと身震いして瞼を開く。

「…………何ここ、何で、裸……? 神社にいたはず、なのに……」

 誰もいないのに股間を手で隠しながらリオは立ち上がり、それから周囲を見渡す。林の中である。持っているのは刀だけ。いつの間にやら札は全て剥がれており、垢なのか汗なのか、血なのか、あるいは違った液体なのか、謎の汚ればかりが目につく。

 それを見てから、そう言えば刀は抜いていたはずだと思って、鯉口を切る。今度はすらりと簡単に抜けて、思わず見とれる美しい刀身が姿を見せる。

「一体、何がどうなって――」

「飛ばされたんだろうよ、神サンなんてえもんは気紛れで何やらかすかも分かりゃあしねえ連中さ。まあ嵐に遭ったと思って諦めるこったなあ、小僧」

 聞こえてきた声にぞっとしてリオは刀を握って股間を隠し、木を背中にへっぴり腰で身構える。

「おうおう、何にビビってやがんだ?」

「な、なな、何って、何って、誰? どこから、声……?」

「どこだあ? 寝ぼけたことを言いやがって、毛も生えてねえ小僧っ子はこれだから……。てめえが握りしめてる俺の愛刀の中だ」

「か、刀?」

 自分の顔が映り込むほど綺麗な刀身へ目を落とす。やはりそこに見えるのは怯え、不安の色だけが浮かび上がっている自分の顔だった。ちっとも大人らしくなれない、たまに小学生に見間違えられるほどの童顔だ。ケージの中で突っつかれて怯える小動物にさえ見えてしまう。

「なーにを見てやがる?」

 ふっと視界を何か影めいたものが遮って顔を上げる。

 そこに着物の男がいた。紺地に藤の花の紋様が入った派手な着物。袴も羽織もつけぬ着流しで、煙管をふかしてリオの向かいの木に寄りかかっている。

「うわああっ!?」

 とうとう腰を抜かして尻餅をつき、リオはぶんぶんと届かないのに刀を振って混乱のままに牽制する。

 それを粋な煙管の男は眺め下ろしてから、ふぅーっと煙を吐き出した。

「おいおい、ビビることぁねえだろう? 俺は(オイラァ)、しがねえ幽霊に過ぎねえ身だぜ? ああ、身なんかなかったか、ハッハハハ」

「ゆ、幽霊? でも、体、透けてないし、足もあるっ!」

「んじゃ、触ってみろ。んん?」

 しゃがんで男は片手をリオに差し伸べる。その手を掴もうとしたが――しかし、すっとリオの手がすり抜けて触れることは叶わなかった。

「え……」

「お前が持ってるその刀――澄水(ちょうすい)ってえんだがな、そいつは俺様の魂も同然の代物だった。

 だからかねえ、つまんねえ理由でおっ()んでからは、それを握った野郎の前へ化けて出られるようになったのさ。

 だがどいつもこいつも、折角、この俺様が姿を見せてやってもビビり倒すばっかでなあ。蔵ん中へ放り込まれたり、神社なんかへ持ち込まれたり、あちこちをたらい回しにされちまったもんだ」

 つらつらと幽霊はそんなことを呆れたように語り、ふぅっと煙を吐き出す。

 話を理解できずにリオは呆然と、ただただ手を上げては下ろしと、差し伸べられたままの男の手をずっとすかすかとしている。さながらお手しか覚えていない犬が褒められたい一心で、何度も繰り返そうとするかのような光景である。――ただし目は引きつっている。

「んでもってなあ、いい加減に俺もこいつはつまらん、どうにか手を打たにゃあならんと思った。一念発起すりゃあ何でもどうにもなるもんで、てめえの前の持ち主が刃を抜いた時に憑りついてやったんだ。

 が、これも仕損じた……。半日くらいは自由を謳歌したもんだが、頭に来た野郎をぶった斬ってやったらそれでちっと油断をしたんだなあ。高笑いしたとこまでは覚えてんだが、それきりで(オイラ)はまぁた引っ込んじまった。

 でもって気がつけばそれから……どんなもんだったか。おい、大正だったか? そんな元号はお前の時代から何年前だ?」

「……多分、100年以上」

「そうか。ま、そんだけの時間が経っちまった」

「……本物の妖刀だ……これ……」

「妖刀だあああ~? ふざっけんじゃあねえやい、澄水は妖刀でなんかじゃねえ」

「でも悪霊がくっついてる!」

「悪霊? どこにいる?」

「……め、目の前に」

「お前、悪霊か?」

「僕から見てだよっ!」

「ハハハハッ、んなもんまるで俺が悪霊みてえな……俺が悪霊だってえのかあ? ああああん?」

「だって、だって、人斬りしたって!」

「……そんなに悪いことかあ?」

「人殺し、最低だっ!」

「フルチンで言われたかぁねえやい!」

「あうっ……」

 股間を隠しながらうなだれるようにリオは縮こまる。

 ふんっと幽霊は鼻を鳴らしてからまた煙管をふかし、紫煙をくゆらせる。

 そうしてしばらく沈黙が続いてから、リオはそうっと顔をまた上げて幽霊を見上げた。


「あのう……ここって、どこか、分かりますか?」

「知らん。が――飛ばされたんだろうよ」

「飛ばされ……?」

「神隠しって知らねえかい? 神サンの気紛れで人が消えたり出たりするってえ話さ。生前から俺はこいつに何遍も遭遇しちまってなあ……。坊主、知ってるかあ? 同じ日の本だと思ってんのによう、さっぱり違うことが何遍だってあったんだぜ?」

「……どういう、こと?」

「数えちゃなかったもんでよくは分からんが、ある日の本じゃあな、何と山を一巻きしちまうほどの巨大な蛇がいた。別の日の下には目ん玉が青くて髪が黄色で肌が白い大男が何百人といる村もあったぜ。火を噴く大蜥蜴、空を飛ぶ魚、ああそうそう、山よりも高いとこに山が浮いてるなんてえのも見たことがあったぜ」

 幽霊の口ぶりを疑惑の眼差しを向けながら聞きつつ、リオは思った。――この幽霊は、頭がおかしい。

「まあそんなわけで、あれこれと面白可笑しく愉快気ままに過ごしたもんだったが、まさか、死んでまで飛ばされちまうなんぞ考えてもみなかったぜ……」

「……つまり、飛ばされたのは、あなたのせい……?」

「てめえは馬鹿か?」

「バ――!?」

「神サンの目の前で盗みを働く太え阿呆だったもんで、目に余って、ついでに俺ごとどっかへ放っちまおうってえ(ハラ)に決まってらあな。ハッ、せいぜい手刀(てがたな)の一本でも切ってちょいと拝借いたしやすとでも口先だけででも言っておきゃあ良かったもんを」

「そんなので、回避できたの……? で、でも僕は盗みたくて取ったんじゃないし……」

「ほほーう? じゃあどうしてだい?」

「…………と、盗ってこいって、言われたから……」

「ははーん、要するに小僧、お前は虐めに遭ったわけだ。カーッ、(なっさ)けねえったらありゃあしねえ。こいつはあれだな、よう、決めたぜ、(オイラ)はよ。

 着物もねえ、銭もねえ、学もねえだろ? どうせ、自慢できるもんなんざ、何もねえ、チビで無力なガキだろう?」

「酷い決めつけ……」

 しかし否定はできないリオ少年である。

「俺の憑いてる刀を盗っちまったのも何かの縁だ。

 かつてこの地上に、悪名を轟かせたこの無迅様の弟子にしてやろう。

 澄水一本携えて、一丁、この日の本にてめえの名前を広く知らしめてやるとしようぜ?」

「は、はあっ? ぼ、僕に、ひ、ひひ、人殺しになれっていうの……?」

「別にんなことは言っちゃねえだろうが。俺は生前は弟子は取らねえ主義だったが、今となっちゃあてめえの血肉もねえ有様だ。代わりにてめえを鍛えて、俺の技を全ててめえに刻みつけ、染み込ませる。最強の剣客にしてやろう、ってえんだ」

「さ、最強の……けんかく……?」

「そうともさ。いいぞ、流離(さすらい)の風来坊ってえのは。面倒ごとがありゃあさらばと一言告げて立ち去りゃあいい。どこへ行くにも、風の向くまま気の向くままだ。つまらねえしがらみなんぞに縛られず、てめえの思うまま、好きなようにやってりゃあいいだけってえもんだ。どうだ、悪かねえだろう?」

「……もし、病気になったら?」

「んなもん、その時に心配すりゃいいんだ、クソガキが。

 そんなじゃあお前、どうにもなりゃあしねえぞ? おい、いいのか、てめえはそんなんでよう? ああん?」

「あうあうあうあう……」

 幽霊がリオの頭を掴んでぐらぐらと前後や左右に揺らし、リオは揺らされるままに力ない声を漏らす。――が、不意に。

「触ってるっ!?」

「まあてめえ限定でな」

「さっきは! 触れ! なかった! のに!」

「そりゃあ俺の心持ち次第に決まってんだろうが」

「無茶苦茶だ、この幽霊……」

「無迅様だってえんだよ、チビが!」

「痛いっ!?」

 デコピンされて少年は悲鳴を上げた。


 ▽


「ほれほれ、とっとと歩け、チビめ」

 妖刀・澄水に憑く幽霊――こと無迅はぷかぷかと胡坐をかいたままに浮かび、リオの横で煙管(キセル)をふかしている。リオは林の中で見つけた擦り切れたボロと化した着物めいた布を腰に巻いて、鞘に納めた刀を杖のように突きながらとぼとぼと歩いている。

 見渡せども見えるのはどこまで続いているかも知れない広大な葦原(あしはら)である。背の高い(あし)のせいで尚更に先は見通せず、リオの足取りは重くなるばかりだった。何となくかき分けられているように見える葦の間へ足を入れるばかりでまっすぐ進むということさえ放棄する足取りだった。

「もう……ダメ……」

「なーにがもうダメだ。抜かしてやがるんじゃあねえ」

 弱音をぼそりと吐いたリオの肩の上で無迅が煙管の火皿を逆さまにする。小さな火種が肩へ落ち、リオは跳び上がって熱さを感じた肩をさする。

「熱っつ、何するの!?」

「喚けるんなら歩きやがれ」

「スパルタが極まってる……」

「すぱるたってえのが何か知らんが、何も極まっちゃねえやい。

 ともかく人里まで出ねえとつまらねえだろうが、何も分かっちゃねえ野郎だなあ」

「そんなこと言っても……。どこにも人の気配がないし……電信柱もないし、道さえないし……粗大ゴミの1つも、ビニール袋のゴミさえ1つもないんだから……よっぽどのド田舎だよ……。人なんかいないよ……」

「阿呆め、頭を使いやがれ」

 しょげる度に猫背になっていくリオへ苛立つように無迅は言う。

「いいか。てめえは素っ裸で倒れてたってえんだよ。てめえの着物を剥ぎ取ってった野郎がいるってえんだ。だからこの近くには人がいる」

「……そ、そっか」

「それからだ、この葦はな、だいたいが川縁(かわべり)なんかに生えるんだ。つまり近いとこに川やら水場やら、ともかくそういったもんがある。てえことは、水場に人は集落なんぞを作るのが道理。

 だから近場に人里は必ずある」

「そ、そっか!」

「なぁーんでこの程度も分かりゃあしねえんだ?」

「教わったことないもん……」

「俺だって教えられたことなんざあるかってんだよ。

 ともかく歩け、水場に出りゃあ、それに沿って適当に歩けばいずれは人に行きつくのが道理ってえもんだ」

 根拠がなく歩けと言われていたわけでないと分かると、リオは少しペースを上げて歩き出せた。


 ▽


 行き当たった川沿いに水が流れていく方へと歩き続けて、もう日が暮れようかというころに川の畔に開かれた宿場町が姿を見せた。茅葺の迫力のある宿屋が並び、馬屋があり、着物姿の人々がその通りを行き交う。

 リオはそれを呆然と眺めていたが、少年自身もまた通行人に奇異の目でじろじろと見られる。粗末な布を腰に巻いたほぼ全裸の少年。それでいて染みついたような土の汚れは体になく、肌が生白い。髪も結えたところでうなじをちょろりと結べるかどうかといったものでしかない。

 それはそこに住まう人々には奇妙な格好でもあった。無論、服を着用していないというのもあるが、男のくせに肌が白いなんてごくごく一握りの偉い人間程度か、外へ出ることも叶わない病人かといった程度でしかないのである。

 加えて――

「とりあえず宿だ。宿へ行け」

「お金は……?」

「かね? ああ、(ぜに)か? んなもん、いらねえよ」

「一体どうするの?」

「んなもん、後でいい」

 無迅の姿が見える者はリオの他におらず、その声が聴けるのもまた同様である。

 傍目には珍妙な格好の、珍妙な子が、ぶつくさとひとりごとを言っているだけなのだ。じろじろ見ても近づこうとはしないというものである。


 ともあれ少年は無迅に急かされるままに通りを歩いて、無迅にここがいいだろうと指定された宿へそうっと入った。広い間口の敷居を跨げば衝立が置かれている。庭先を掃くように命じた奉公人の仕事ぶりをじっと睨むように見ていた主人がリオに気がつくと、嫌な顔を隠しもせずにむっとしながら少年へ詰め寄った。

「ここは遊び場じゃないから出ておいき」

「え、あの――」

 あまりにも堂々とした邪見な扱いにリオがたじろぎかけたが、少年の無意識に反してリオはずいと主人に近づくなり、いきなり刀を抜き放った。

「オイラは剣客さ。生憎と銭を持っちゃいねえが、いくらでもこの刀で銭なんぞ稼げる。――が、今は持ち合わせがねえ」

「ひ、いぃっ……!?」

「明日の晩までには耳を揃えて返してやらあな」

 勝手に言葉を発する自分の口や、勝手に刀を抜き放った体を、ただただリオは驚愕しながら感じ取っていた。しかし体はまったくもって言うことを聞かず、さながら超現実的な夢を、夢と自覚しながら見ているかのようだった。

 リオの体を勝手に動かし、喋らせているのは無迅である。

「だからとりあえず二晩、部屋をくれねえか? 嫌ってえんならよ、お奉行まで諸共、俺の刀の錆になるだけだぜ? なあ、痛い思いをしてこのままおっ()ぬのと、転がり込むかも分からねえが転がり込んでくりゃあ色もついた宿賃を手に入れるのと、どっちがいいかは分かるだろう? そういうわけだ、部屋を頼むぜ、旦那」

 刀を納めてそのまま上がろうとしたリオ少年の肩を、宿の主人が掴んで止める。

「む――」

「なぁーにを大人をバカにしますか、あなたは!」

「やいやいやいっ、バカになんかしているか! こちとら大真面目だ、ダァホめがっ!」

「誰がド阿呆ですか、まったく親の顔を見たいとはこのことです! あなた、故郷(くに)はどこです? たった1人で旅しているのですか? そもそも、何をどうやったらそんな格好になるのですっ!?」

「だから追いはぎだってえの。夜露に濡れながら木のうろで一晩過ごして、朝に目が覚めたらこの通り。刀だけは、こいつは……おっとうの、大事な形見だ。だから(オイラ)も放さなかったんでい」

「形見?」

「そうさ、(オイラ)のおっとうは野盗の一団から村を守ろうと1人で立ち向かって、この刀だけ残して死んじまったんだ。だから(オイラァ)おっとうの仇を討つために旅へ出たんだ……」

「そ、そうなのですか……。しかし人を脅して無銭で押し入ろうなど、亡くなられたお父上に恥ずかしくはないのですかっ!」

「うるせえやいっ、(オイラァ)他人に情けをかけられんのと説教されんのが一番(きれ)えだ!」

 そこでバッと走り逃げようとしたリオを、主人が慌てて止めるようにして通せんぼする。

「ま、待ちなさい! な、何もそんな格好で出て行かずとも、もう日も暮れてしまいましたし……今夜、今夜の一晩だけ、部屋も空いていますから……特別に部屋を貸しましょう。だから少し、体を休めていきなさい」

「情けはいらねえよっ!」

「ええい、人の親切は素直に受け取りなさい!」

「くっ……」

「さあ、ほら、悪いことは言いませんから」

 いつの間にやら宿を覗き込む見物人は大勢詰めかけていて、主人に肩を抱かれてほろりと涙を流して膝をついて嗚咽を上げる少年の姿にどうしてかもらい泣きをするような人の姿までもがあった。

「強く生きろよ、少年」

「これ少ないけど、何かの足しにしな」

「着物なんてうちの倅のボロで良ければくれてやるよ、今持ってくるからな!」

 人情に厚い人々の声に、さらに少年は大きな嗚咽を漏らして肩を揺する。

 そしてその3分後、空き部屋へ通されて襖が閉まった瞬間に――無迅(リオ)は耳をそばだてた。部屋の中を気にするような気配は感じられないと確かめるなり、刀を壁へ立てかけ、座布団へ尻を下ろして胡坐をかき、耳の穴を指でほじくり、耳垢へふうっと息を吹きかけて飛ばす。

 そして満足した無迅はするりとリオの体から抜け出る。リオはようやく自分の体が戻ってきて、びくんびくんと弾むような謎の動きをしてからじろりじろりと自分の手足を見て、それから横へ姿を出した無迅へ目を向ける。

「うまくいったろう?」

「……ダメだこの悪霊、早く成仏させないと」

 何もかもがでっちあげのほら話で人の好さにつけこんだのだというのはリオもとうに理解をしていた。


 ▽


「ありゃ、値打ちもんに違いがねえやな。あんな刀を持っていた父親(てておや)ってえんなら、もしかすりゃあ、あの小僧っ子、偉い身の上かも知れねえな」

「おうさ。口や態度こそ勇ましかったがな、俺は見たんだよ。右も左も分からねえ土地へ来て、ぶるぶるしたように通りを歩いてたとこを。それがあの川端屋(かわばたや)の敷居を(また)いでだ、主人に出てけと追い払われそうになった瞬間の、あの啖呵よ」

「きっとなけなしの勇気を振り絞ったんだろうねい」

「そうさなあ」

 無迅の策謀でリオが宿泊をすることになった旅籠・川端屋での騒動は宿場町にすでに広く知れ渡っていた。とかく噂というものは広まりやすいものである。

 その騒動を実際に目撃をしていた男達は一杯飲み屋の小上がりで酒を飲みながら、その騒動を見ていなかった人間へ言いふらしている最中である。ちょっとした出来事でも、それが日常と異なるのであれば大事件であり、他の事件が起きぬ限りはそれで話題が持ち切りとなる。――他に娯楽がないゆえに。

 しかしそんな酒の席での話へ、ずっと1人きりでちびちびと酒をやっていた男が寄って来て口を挟んだ。

「刀ってえのは、本当に値打ちもんだったのかい?」

 そう尋ねたのは上背ばかりが大きな男だった。乱雑に髪は縛り背へ流しており、彼が立っていると他の男が頭1つは小さく見えてしまう。彼の座っていた卓には長い棒が立てかけられている。持ち手は丸くされているが途中からは六角形に削り出されているものだった。

「そうしっかりとは見えちゃなかったが、初めて刀を見たオイラの目にだって、ありゃあ相当な上物だって分かったな」

「ああ。こう、とにかくこの世のもんとは思えねえもんだった」

「鉄の癖して、今まさに川の中から取り出したかってえくらいに、こう、瑞々しいって言うのか。それでいて、また青く見えるんだな、あれは」

「ほう、それは名刀に違いなかろうな」

「この辺じゃあ見ない顔だが、おたく、旅人かい? 目が利くってやつかい?」

「そんなところだ。……して、その刀を携えたとかいうのは、どこのどんなやつだったか?」

「ハハハ、聞いていなかったのか。それがね、表の通りに旅籠屋が何軒か並んでるんだが、その中でも一、二を争う立派な旅籠の川端屋ってえとこにね、夕暮れを少し過ぎたころだったか。みょうちきりんな格好をした子どもが……」

 何度も同じ話は繰り返されている。それは酒の力であった。

 長身の男はひとしきり酔っ払い達の輪の中で話を聞くと、いつの間にやらふらりと立ち去っていた。


 ▽


「あ――れ?」

 そう言えば眠ったのではなかったかと、ふとリオは思った。

 そこは空がぼんやりと白んでいる、周囲に遥かな山並みの見える草原だった。長くてもせいぜい膝ほどまでの高さしかない草がずっと生えている。

 しかしそんな草の根の間にはいくつもの人の骸が転がっていた。誰も彼も血を流し、手足のないものが珍しくなければ中には頭をなくしたもの、その頭など、無数の人体がパズルのようになってばら撒かれているといった惨状だ。しかしその光景が不思議と怖いものに感じられなかった。

「ようよう、やあーっと夢で合えたな」

「っ……遭いたく、なかった……。どうして夢にまで出てくるんだよっ!?」

 背後から声がして振り返ったらそこには抜き身の澄水を片手にぶら下げ、空いた手で腹をぽりぽりとかいている無迅がいた。

「そりゃあ夢で待ってたからよ」

「うわあ、ロマンチックの欠片もない言い方の癖して、ロマンチック溢れた台詞……」

「ろまんちっく? まあいい」

「良くないよ……」

 流されたものの、ぼそりとリオは未練がましく呟く。

「てめえは昼に俺が宣言した通り、弟子にしてやる」

「けっこうです」

「だが昼日中にやんのも効率が悪いしな。剣を覚える最善の道は、やっぱ切った張ったの経験を積むことだ。そこで俺は(オイラァ)、考えた。よし、いっそのこと、時間をかけずにやってみるか」

「何か無茶なこと言ってる……」

「そこで(ここ)よ。てめえが床についたらてめえが夢見するまでここで待ってりゃあいいんだとな。そうしたらどうだ、お日様が昇って雄鶏がコケコッコーと鳴き出すころにゃあ、てめえはただ起きるだけでもう剣を覚えていやがるんだぜ。最高だろう?」

 一体、何が最高なのかと微塵も理解できないながら、リオにも分かったことはある。――この悪霊には常識や物理なんて通用しない、と。

「そういうわけで、だ。早速、始めるとしようや」

「ま、待ってよ……。本気で僕は弟子になんかならないってば」

「問答無用だ。痛い目え遭いたくなけりゃあ、逆に俺へ痛い目見せてみやがれ。夢とは言えよう、痛えって思い込んじまえば本当に痛いだろうぜ? だが安心しろ、悪夢で死んだ野郎の話なんざ聞いたことがねえ!」

 ギラと無迅の黒い瞳が凶暴な光を放ったのをリオは見た。

 どうしてかリオも手には無迅が握るのと同じ澄水が握られていて、反射的にそれを持ち上げていたが――無迅が草履を履いた足を踏み込んできたと同時に自分の手が跳んでいた。左右の手が澄水を握ったまま、肘の少し下から揃って切り飛ばされていたのだ。その理解が追いつく前に、眼前に無迅がいた。

 澄水が閃き、今度はリオの胴が切り裂かれた。

 血飛沫を見ながらリオは仰向けに倒れていき、その体が倒れている最中にも関わらず――無迅に踏みつけられて、澄水が喉へ突き刺さる。そうして首と地面が縫い合わせられると、ペッと無迅は唾を吐いた。

「何でい、お前――さすがに何かしやがれってんだよ」

 息ができず、切られた箇所が激しい熱を伴った痛みを持ち始める。

 しかし首に空いた風穴からは血ばかりが出て、呼吸もできず、悲鳴も上げられずにただただ息のできぬ苦しみにもがいてリオは絶命した。


 ▽


「うあああああああっ!? あ、ああっ……ハッ、ハアッ、え、ええっ……?」

 汗まみれになってリオは飛び起きる。ぐっしょりと体は汗に濡れて気持ち悪かったが、それ以上に息苦しくて、全身が奇妙な痛みに包まれていた。自分の喉を押さえて、その喉を押さえた手を凝視して、荒い呼吸で部屋を見渡す。

「……ゆ、夢……」

「見込みがねえにもほどがあらぁな。てめえ、一晩で300回も殺されるやつがあるかってえんだ」

「きゅぅぅ――」

 声がした方を見れば無迅がつまらなそうな顔で煙管をやっている。

 しかしその顔を見た瞬間に、リオは変な声を漏らしながら、ばたりと倒れた。

「何でい、二度寝か。だらしがねえ。あと何遍(なんべん)、死にたいのやらな」


 ▽


 げっそりした顔で、布団の上で呆然と座り尽くしているリオを見て川端屋の主人は怪訝な顔をした。部屋へ通してからというもの人が変わったかのように――実際に中身は入れ替わっている――おどおどとした、心底申し訳なさそうにしている少年の変わりようが、だんだんと不安な怖れになってきている。

「随分とうなされていたようですな……」

「はい、すみません……」

「こんなもので良ければと昨日から、近所の人が色々と届けてくれていましてね。こちらで使えそうなものをえり分けて、持ってきてくれた方にもお礼を言っておきましたから、どうぞ」

「もらってしまって、いいんでしょうか……」

「何を仰る、受け取らぬ方がこうなってしまっては失礼というものですよ」

「ですよね……はああ……。ありがとうございます」

 深々と、体が平たくなるほどに土下座をしてからリオは主人が持ってきてくれた葛籠(つづら)を近くへ寄せた。着物と帯、草履がたくさん、それに菅笠(すげがさ)脚絆(きゃはん)といったものもひとしきり揃えられていた。

 川端屋の女中がそれからすぐに朝食を運んできて、味気ない膳に少し箸は進まなかったがそれでも腹を満たす。一晩明けると昨日までは静かな混乱にずっと陥っていたものの、先行きの見えない不安にただただ気持ちは憂うつとなってしまっていた。


「さてさて、今日は銭でも稼ぐか。とりあえず今後のためにも、あと数日はここへ逗留しておきてえところでもあるしな」

 膳が下げられたタイミングで無迅がようやく姿を現して、煙管をふかしながらそんなことを言う。

「銭って……何をどうやって? 大道芸?」

「なぁーに、俺様は路銀に困ったこたぁねえんだ。お前さんがいい子で話を聞いてりゃあ、贅沢な暮らしにゃあ縁遠いが、食う、寝るに困りゃあしねえってこったな」

「寝るにはずっと困ると思う……」

「そうなのか? ああ、それは良くねえなあ。夢え見てもらわにゃ、お前を鍛えられねえ」

 やっぱりこの悪霊には話が通じないのだと思い知りつつ、リオは肩を下げた。

「さあって、そうと決まりゃあ表へ出るぞ。今日は何人切れるかねえ、こりゃ」

 愉しげに無迅は笑いながらリオをせっついて立ち上がらせた。


 ▽


「江戸のころに似た雰囲気だが、こういう川縁の宿場町ってえのは記憶にゃねえな……。どうも知ってる日の本とは違うか、単にオイラの行ったことがなかった場所か……。しかしこの弦江川(つるえがわ)なんてえのは聞いたこともねえな。物を知らねえ田舎もんの言い分にしても、有名な川だなんて言ってたほどだが……お前さんは知ってるか?」

「知らないけど……もともと、地理って苦手だし……」

 広い河川を船着き場の近くから眺めながら2人は言葉を交わしている。川端屋を出てからというもの、無迅に言われるがままにリオはあれこれと人にものを尋ねて回った。

 そして分かったのが弦江川なる河川で向こう岸へ人を渡すために発展した宿場町にいるということ。川を渡ってから数日も歩けば天丘(てんきゅう)という大きな大きな都へ着くということ。その天丘には日の本の統治者である天子様(てんしさま)なる存在と、天子様に任命されて実際に各地を分割支配する八人の将軍の内の1人がいるという。

 つまりこの日の本における首都と呼べるような場所である。

「……絶対にここ、僕の知ってる日本じゃない……」

「んなもん腐るほどにあるって言ったろうがい。今さらだぜ、小僧」

「どうやったら帰れるんだろう……」

「何ぃ? お前、まさかてめえの家へ帰りたいってのか?」

「当たり前だよ! 今ごろ、家族も心配してるだろうし……」

「つっまらねえことを気にしやがるな……。んじゃ、何か? てめえ、そんな大層に大切に育てられたか?」

「…………あんまり……かも」

 答えてからリオは、別にいいのかな、なんて少し思い至る。

 両親とも仕事人間であった。リオにはよく分からないがそれなりのキャリアを夫婦揃って築いて、そればかりを大切にして、家庭なんて単なる飾りも同然だった。彼らにとって子どもなんて、とりあえず用意をしといた方が外聞が良いという程度。むしろ小さい時ほど邪魔で、最近になってようやく放ったらかしにしておけるようになったなんて考えであったのだ――ろうとリオは考えている。

 昔は構ってもらいたがったが、邪魔なんだなとふと気がついてしまってからは与えられた自由と、他の子より少し贅沢な小遣いで手を打っていた。それもすぐ、苦手な虐めっ子にバレて金を巻き上げられることになってしまったが――。


「おい、何だその面は?」

 物思いにふけりかけたリオの頬を無迅がつまみあげ、引っ張られるようにリオは腰を上げた。

「痛い痛い痛いっ!」

「ったく、てめえ、そんなシケた面ぁ見せるんじゃあねえやい!

 いいかぁ、所詮はなあ血肉を分けた兄弟だろうが、てめえの親や子だろうが、どんだけ愛した女だろうが、それはてめえじゃねえんだ。ことごとくが他人、別人、痛みも想いも何一つだって通じ合いやしねえんだぜ。

 ましてやてめえの目の前へいねえにも関わらずに、他人なんかを気にするこたぁねえんだよ」

 あまりに乱暴な無迅の台詞はドライスティックそのものにリオには聞こえた。

 しかし不思議に同調する自分もいた。――所詮は他人。そんなこと口にしたら非難の嵐でとても言えやしないし、口にすることさえもはばかられるが、それでも確かにその通りなんだと、むしろ最初からそういう考えだったじゃないかと腑に落ちる感さえもあった。

「分かったら、とっとと顔上げやがれってんだ。ぼちぼち、お楽しみの時間になるからよ」

「……お楽しみの、時間?」

「あーあ、楽しくなるぜえ? へっへっへ……人斬りだ、人斬りの時間になるぜい」

「やっぱダメだこの悪霊……」

 嘆息してから宿場町へ戻ろうかとリオが踵を返すと丁度、歩いてきていた人が立ち止まった。背中に六角棒を背負った背の高い男で、足を止めるなり六角棒を抜いて構える。

「え……」

「その刀、名刀と聞いた。俺に譲れ。でなければ、命ごと置いていけ」

「ほうら来た、来た、来たぜいっ! さあ、人斬りの――」

「あ、どうぞ」

「ぬっ?」

「おいこら、小僧っ!」

 両手で丁寧に澄水を差し出したリオに男は呆気に取られ、無迅が怒鳴り散らす。

「あのこれ、呪われてるみたいなんで、本当、気をつけてください……」

「あ、ああ、そ、そうか……」

 あっさりと男は六角棒を下ろして片手で澄水で受け取った。

 背中へ六角棒を戻してから、澄水を男が引き抜――こうとしたが、その刃は姿を見せない。最初から一本の棒であるかのように、どれほどの力を込めても刀が抜けないのだ。

「何だ、これはっ!?」

「えっ?」

「舐めているのか、小僧!」

「いやそんな、だって僕は簡単に抜けるし……」

 突き返された澄水を恐る恐る受け取り、リオが抜けばすらりと刀身が姿を見せる。

 うっすらと水を纏ったかのような妖しくも美しい刃だ。西日を受けて尚、その煌めきは引き立てられるかのようで六角棒の男も目を奪われて食い入るようにそれを見つめた。

「フ、フフ――そうか、伝え聞いた話によれば誰しもには扱えぬ類の刀剣があるという。それはその内の一振りということだな」

「たっく、無駄に焦っちまった……」

「もしかして……僕個人が、呪われちゃってる……?」

 ぼそりとリオは恐ろしい推測に背筋を冷たくした。

 が、そんな疑念は目の前の男が再び六角棒を持ち上げ、構えていく様子を見て即座に忘れる。

「ならば――貴様を殺して、この俺が新たな持ち主と認めさせるまでのこと。

 恨むのならばその刀を恨むが良い、小僧!」

「え、ちょっ、待っ――」

 激しい痛みと衝撃がリオの左側頭部を襲った。天地も分からなくなってリオは転げ、目の前がチカチカするのを感じながらようやく地面に転がり倒れたことを知る。しかし酷い頭の痛みと、その衝撃で目の前はもやがかかって、体は酔っているかのようにふらふらとする。

「おら立て、小僧。そのまま殴り殺されちまうぜ」

「っ……じゃ、じゃあ昨日みたいに――」

「ああ、あれムリ。いっぺんやったら、どうも何度も何度も続けてはできねえみてえだったわ。ま、そう腕が立つ野郎でもねえし、まぐれで切り殺せるだろ。やってみろ」

 やっぱり無迅は悪霊で、澄水とセットで自分を呪っているのだとリオはハッキリ悟った。しかしその場で即座に祓ってしまえる方法など分からないし、ムリだろうと思って、膝に手を突きながらふらふらと起き上がる。

「う、痛っ……」

 六角棒には僅かながら血が付着していた。自分の血だろうなと思うとまた力が抜けそうになったが、どうにか奥歯を噛みしめながらリオは手の中の澄水を握りしめる。

 夜に見たばかりの悪夢は生々しく、きっちりと覚えている。何百回と、ほんの刹那の時間で無迅に殺され続けるという忘れがたい悪夢だ。殺し合いというものがいかに苛烈で、いかにあっさりと勝敗が分けられ、いかに理不尽であるか、そしてどれほど苦痛に満ちたものであるかは――夢だというのに奇妙な感覚だが――体が覚えてしまった。


「立つか。無駄に苦しみが増えるだけだぞ」

 勝利を確信しきったままに六角棒の男が告げる。

「でも……速くないし、一瞬で終わらないし……手足もついてて、頭も潰れてないし……」

「何……」

「普通に……生きてるし……痛いだけだし……」

 ああ、本当に無迅が言うように腕が立つ相手ではないのだ。そう、夢で刻まれた体験のせいでリオは思う。

 さすがにあの、一瞬で切り込まれて、反撃ができないように身体欠損させられ、息の根を止める攻撃を繰り出してくる恐怖の剣客と比べてしまえばどうということもないのだと――自分が強いはずもないと自覚をしているのにリオは恐怖が薄れていくのを感じる。

「いいか。返事はしねえでいいから、ただ聞き流しやがれ」

 六角棒は男の身の丈よりわずかに短いかというほどの長さである。

「野郎の間合いは広いが、触れれば切れる刃物じゃねえんだ。ちいと打ち身を我慢する程度であっさりとてめえの間合いに踏み込める。だがバカじゃあねえだろう。一度失敗すりゃあ、二度と間合いにゃあ入れてくれねえと考えろ。だから一度で決めろ」

 もう舟の渡しが出る時間は過ぎていて、船着き場には他に人の姿はなかった。

 砂利が敷かれた道から少し外れれば定期的に刈られているのだろう葦原が広がっている。最初の一撃で殴り飛ばされ、リオはその葦原の中に立っている。

「あの獲物は振り下ろすまでの動きがでかい。でもって見るからに力自慢。力いっぱいに振り上げて、そこからぶん殴るのが基本的な動きだ。躱すか、受けるか、その前に制するかして踏み込め。あとはただ澄水を刺すなり、首へ叩き落とすなりすりゃあ死なずとも手傷を負って撤退するだろうよ」

 吹いた風が葦の頭を撫ぜるように揺らしていった。

「脳天へ振り下ろされるのは分かってんだ。刀を持たねえ肩で受けてもいい」

 男が気合いを乗せたかけ声とともに六角棒を振り上げて迫る。

「目を逸らすな――」

 ふぅっとリオは短く息を吐く。

「踏ん張れ――」

 ダッと地面を蹴ってリオは前へと出た。そうしながら刀を左手から右手へと持ち換えつつ、左肩から相手へ体当たりをしていく。振り落とされた六角棒が左肩を殴打して少年の体が左側へ崩れかけた。しかし崩れない。しっかりと踏ん張った。

「小さな反撃、後退させられりゃあ御の字だ」

 右手の澄水の柄尻で男の脇腹を思い切り叩くと、苦しげな短い息を吐いて男はたたらを踏んだ。そうしながら彼は六角棒を引いて、リオを突き戻そうとしていた。そうして間合いを有利にしようとしたのだ。

 しかしその前に。

「そうら、てめえの間合いだぜ、小僧」

 リオの――澄水の間合いへ入った瞬間に無迅がそれを教える。

 手に感じたのは着物を引き裂き、硬い筋肉に触れたものだった。浅い、ほんのかすり傷程度の反撃に過ぎない。だがリオはそのまま相手へ体当たりを敢行をしていった。

「ぐ、ぬぬっ――!?」

 もつれあうように2人は転がり込み、リオが上を取る。

「よし――殺せ」

 硬い、固い、ゴリと音を立てたかのような感覚さえも手から伝わってきた。

 喉仏の僅かに下へ刃は滑り込むように入り、骨を切り砕き、最後にぎゅっと固まった地面を刺した。そして力任せに、刀を振り払うようにしてリオは喉を横へ裂く。溢れ出た血が顔にかかり、その生暖かさの直後に臭いが鼻をついた。血の臭いだ。

 しかしすぐに冷めていく。ごぼごぼと気泡と血を同時に喉から垂らしながら男は少しだけ痙攣したがすぐに微動だにしなくなる。

「ハッ、ハァッ、ハッ……」

無様(ぶざま)極まりねえが……ともあれ、生きてりゃあそれが勝ちってえもんだな」


 ▽


「よお、よお、いつまでそうしてやがるんでい。人なんぞ、どれほど偉かろうが、下等だろうが、いずれは揃って土へ還るもんだろうに。それをただちいと早めただけのことに、何をそう落ち込むってえんだよ?」

 無神経な無迅の声を聞きながら、努めて聞き流そうとしながらリオはずっと川の水で手を洗い、顔を洗っている。手が痛くなるほどに川の水は冷えていて、しかしその痛みをずっと我慢しながらバシャバシャと水の中で手をこすり合わせたり、飛沫を上げて顔を洗ったりした。

「おい、小僧」

「人なんて殺したくなかった……」

 鼻をすすりながらリオはようやく無迅に答える。

 眉根を寄せながら無迅はリオの着物の後ろ襟を掴んで引っ張り、川から上がらせる。

「やらねえとやられてたんだぜ? そうしてきたのは仏の方だ、一体、てめえが何を悪さしたってえんだよ? てめえさえ良けりゃあそれでいいだろうが」

「良くない……人殺しなんて、最低だよ……」

「何で?」

「っ……死罪だよ、打ち首獄門の死刑になっちゃうよ!」

「なりゃあしねえよ」

「なる、ならないじゃなくって、そうされちゃうくらいの悪さをしたんだよっ!」

「はぁぁー、ったく、こりゃとんだ見込み違いだったか……。ああ、面倒臭え、面倒臭え、しばらく俺は不貞寝してんぜ。そんなに嫌なら今から身投げでもして土左衛門(どざえもん)にでもなっちまえってんだ」


 投げやりに無迅は姿を消し、リオは尻をついて座ったまま地面を力なく叩く。

 されるがままだったらなば本当に今ごろ、死んでいたかも知れない。それでも殺してしまったという罪悪感がリオの胸をかきむしるようにして苦しくさせた。

 小さいころに自分が両親にとって邪魔だと気がついたころから始めた、他人に迷惑をかけないという生き方に明確に背いたことがこの恐怖と苦悩の源泉だった。ほんの13年程度の人生でも、だからこそ、強く固く定められた自分の中の鉄の掟でもあった。

 虐めっ子に強要されて行った悪戯でルールを犯さざるをえないことはあったが、それでもまだ悪戯と呼べる程度のことだったから折り合いはつけられた。だが人を殺したらもう取り返しがつかない。物を盗んだのならば返せばとりあえずは済むし、相手が生きているのならば平謝りでも土下座でも謝れればどうにか折り合いはつけられる。何なら殴られようが蹴られようが怒鳴られようが、そうしてくれるだけで少なからずは楽になれる。

 だが――もう生きていない相手にどうしたところで許しは請えない。許されない。

 膝を抱えて小さく座りながら、ずっとリオは心を閉ざすようにして手に残っている人殺しの感覚を忘れようと努めた。


 ▽


「よおう、やっとこさ、夢見か」

 気づくとまた、夢を見ていた。

 しかしまた悪夢かと、リオは反応もせずに無迅から目を逸らす。

「しけた面ぁしやがってからにこいつは……。いいぜ、今夜は特別だ。身の上話でも互いにしようじゃあねえか。たっぷり時間はあるんでい」

 言いながら無迅はおもむろに腰から澄水を抜いた。しかしそれをリオには向けず、ただ刀を上向けにしながらその刃へ移った自分の顔を見つめる。

俺は(オイラァ)、生まれは忘れたが、どこぞの大名の妾の子だったな。それから出家させられてよ、物心がついた時分にゃあ生臭坊主どもの慰みものにされててなあ。あんまりにも気持ちが悪いんで、暴れてよ、行灯倒して火いかけて寺を出てったクチだ」

 無迅が語り出すと周囲の景色が水墨画の墨が溶けたかのように変わり始めた。

 そうしてリオは幼い――本当に文字通りに小さいころの無迅の姿を見た。年老いた僧侶に組み伏せられて、しかし幼児の力で太刀打ちできようはずもなく欲望のはけ口にされる光景だった。そんな夜が何度も続いて、ある時にとうとう無迅は行灯へ手を伸ばしてそれを使って寺を燃やした。焼ける山寺を一度振り返っただけで、幼き無迅はあとはもう振り返ることもなく長い長い石段をわき目も振らずに駆け下りていったのだ。

「それから出会っちまったのが山伏だった。またまた寺の野郎かと思うと警戒心しかなかったんだが、こいつは気持ちのいいやつでなあ。名前は小難しいもんで覚えられなかったんでただただ山伏ってえだけ呼んでた。親代わりみてえな野郎で、山ん中に籠って修行してるこいつにずっとくっついて歩いてな、食える野草の見分け方やら、日の本の色んな道やらをあれこれと教わったし、何よりこいつが俺に最初に剣の握り方を教えた」

 その山伏はしっかりした体つきで、顔もいかつい男だった。態度はぶっきらぼうながらちょこまかと後を追いかけてくる小さな無迅を邪見にはせず、山道を歩いて距離が開けば先で追いつくまで少し先で無言で待ち続けるという寡黙ながらもやさしそうな人間にリオには見えた。

「だがまあ、人の世ってえのは何でもありだぜ。坊主にゃ悪党も善人もいて、それでも坊主だからと世間様は手を合わせて拝めあがめる――にも関わらず、ハハハッ、坊主だろうが人間よ、と切って捨てる野郎だっていたわけだ」

 年の頃は10歳前後というほどだろうか。

 背の伸びた無迅はまだ山伏についてあちこちを渡り歩き、霊山へ入って修行する山伏と生活をともにしていた。

 だが突如として山道ですれ違った男に山伏が背後から襲われて切り殺された。下手人の目当ては山伏のその格好だった。山伏は関所や船の渡しで銭を要求されないので、その身分を偽り、騙ってしまえば何かと便利なのだ。

「まあそんなわけでな――これが人の世と悟ったわけだな」

 山伏を殺した男を、無迅が殺す光景をまざまざとリオは見た。

 怒りに顔を赤くして、涙を置き去りにするように小さな体で襲いかかり、噛みつき、振り払われる。山伏を殺した刀を向けられながら、無迅少年は山伏がずっと持ち歩いていた太い錫杖を手に取った。相手の刃を錫杖でかろうじて受け止めたが、錫杖には亀裂が入る。

 それでも力一杯に錫杖を振り回して叩きつける。錫杖は壊れ、しかし中から現れたのは一振りの刃だった。錫杖は仕込み杖で中に刀が仕込まれていたのだ。その刃は山伏の仇を討つべく、心の臓を刺し貫く。

「俺はそれまでよ、山伏に(じん)ってえ呼ばれてた。目ん玉が(はやぶさ)みてえで、その上あちこちひょいひょいと駆け回りゃあ、食うのも寝るのもあんまり動きが速くて落ち着かねえからだ、ってんでな。

 山伏は……ま、何だ。俺もてめえの親父かってえくれえには慕っちゃいたし、山伏といたころは悪ふざけすりゃあ拳骨(ゲンコ)で叱られるんでいい子だった。その山伏が死んじまったと思ったらな。

 俺はもう山伏が迅ってえ呼んでたガキじゃあねえんだと何故だかそう思ってな。

 それから、てめえの名前を無迅と勝手に改めちまった」

 無迅は山伏と唐突に死に別れるまでで、己のいる世界について悟った。

 弱ければ利用をされ、油断をすれば殺される。しかし一握り、気分が悪くない人間もいる。しかし人間に死ぬ順番などは定まらず、気がつけば終わっていく。そんなつまらないものが世界なのだと。無常迅速を悟り、ならばそのように生きれば良いと無迅は流浪(るろう)の旅を始めた。

「執着していいのは今だけさ。

 あとになっちまったもんはどうだっていい。

 今が繋がっていっちまえばよ、それが生きてるってえんでい」

 無迅の語ったその半生は修羅場(しゅらば)愁嘆場(しゅうたんば)、そして濡れ場の連続だった。数え切れぬ人斬りと、数え切れぬ失恋と、数え切れぬ旅路を踏破した。

 この世のものと思えぬ、絶世の美しい刀を――澄水を手に入れてからは神隠しに何度も遭い、本当に見知らぬ世界を、常識の通用しない出来事を切り伏せて、あるいは叩き切って、たまに逃げ出して、しかし生き抜いたのだとリオは知った。

 無迅の最期は――生前、最後の記憶はリオには意外すぎるものだった。

 まだ30台かというころに病に罹って、しかし旅歩きをしてとうとう歩けなくなり、管理する者もいない、名も知れぬ小さな(やしろ)で体を治そうと横になり、そのまま息を引き取ったのだ。


「そんなわけだ。つまらねえ(オイラ)の話はこれでしまいだぜ」

 次はお前だとばかりに無迅がそんな言葉で締め、リオはただ茫然と墨が溶けるように消えていく景色をぼんやりと見た。

「僕は……語れるほどの、人生なんかないよ」

「だがてめえはその背丈まで生きたろうが」

「……時代が違うから、分からないと思うし」

「てめえ、俺様の話を聞いてやがったのかあ? みょうちきりんなことなんぞ、それこそ日常だったんだぜ? まして死んでからも俺は澄水と一緒にたびたび、目は覚ましたんだ。今さら何も驚きゃあしねえよ」

 そうは言われても江戸時代なのか、戦国時代なのか、それより前の時代なのかもリオには分からないころの文明観に終始をしていたのだ。

「じゃあ……話すけど、つまらないよ」

 ぽつりぽつりと、話し馴れないなりにリオは喋った。

 両親が仕事人間であったことや、自分はいらない子どもだったと悟ったこと。人に迷惑をかけてはいけないと思って縮こまるような性格になり、それゆえに虐めっ子につけこまれて、羞恥溢れる玩具にされたり、かつあげをされたり、たまに人間サンドバッグにされたりしたこと。

 そしてある日に、神社へ忍び込んで妖刀と噂されている刀を盗んでこいと命じられ、飛ばされて、悪霊に憑かれたこと。

「悪霊じゃねえってんだ、俺は(オイラァ)よ」

「…………」

「目え逸らして黙るんじゃねえやい!」

(いぃ)っ! たああ……」

 ビシッとデコピンされてリオは額を押さえてうずくまる。

「僕なんて……そんな程度なんだよ……。かっこいい武勇伝もないし、破天荒な話もないし……平々凡々、何ならそれ以下の……」

「それでいいのか? ああん?」

「いいも悪いもないし……」

「あるんだよ、ド阿呆め。てめえ、今ここで死んだらそれで死にきれるか? ええ?」

「……無茶して生きてまで、したいこともないよ……」

「ああダメだ、ダメだな、お手上げだぜ、こりゃあ……。そんなじゃあ、てめえはどうにもなりゃあしねえんだ」

「だからそうだってずっと言ってるでしょ……」

「変われ」

「ムリだよ……」

「変われってんでい、ムリだの無茶だのごたごた抜かしやがって」

「だって、どんな根拠があるんだよっ!」

「この澄水がてめえを選んだ、それが全てだ!」

 怒って顔を上げたリオの鼻先にピタと澄水の切っ先が当てられて少年は顎を引く。

「いいか。澄水(こいつ)は俺様の魂そのものよ。だが俺にだって、こいつに抜かせてえって思おうが抜けねえ野郎はいたし、俺様だってたまに抜けなくなることだってあったんだぜ。

 だがてめえは引き抜いた。澄水に選ばれた。腕が立つ、立たねえなんぞのちゃちな問題じゃあねえ。

 てめえん中の何かが、澄水に抜かせることを良しと思わせたがゆえに、てめえはここへいるんだ。

 人斬りは悪か。殺しは裁かれるから悪か。――んなもん、こいつでたたっ切れ。

 理屈も道義も全てはてめえで決めやがれってんだ。それを邪魔するもんが出てくりゃあ、思うままに切り伏せろ。

 それができるのが澄水、それに選ばれちまったのがてめえなんだよ」

 何度見ても、その度に見とれそうになるほどに澄水の刃は美しかった。

 乱れた波紋を目で追うだけで、胸の内がかきむしられるかと思うほどに惹かれる、そんな妖しい、しかしどうしようもない魅力に胸がうずきざわめく。

「……できるの、そんなこと」

「知るかってんでい。だが、ハナっからできねえなんぞと決め打つてめえが俺は(オイラァ)気に入らねえ」

「でも……どうやるかも、分からないし」

「教えてやるってんならどうだ?」

「……悪霊に?」

「悪霊じゃねえやい。

 天下にその名を轟かし、泣く子ははしゃぎ、悪党は小便ちびって腰をつく、天下無双の大剣客、無迅様たぁこの俺よ!」

「……その言葉、自分で考えたの?」

「悪いか?」

「……天下無双て」

「今から俺を師匠と呼べ。それがてめえの変わる第一歩だ。

 悪霊から師匠と考えを変えちまえ」

「……それはどうだろう」

「よっしゃ、たたっ切る。それが(オイラ)のやり方でぇい!」

「え、ちょっと、待っ――」

 首チョンパされて舞った視界で、リオはやっぱり悪霊だと考えを固く持ち直した。


 ▽


「死んだ野郎は、それがくたばるまでどれほどの悪党だったんだろうが、どれほどのお人好しだったんだろうが、等しく仏様だ。仏は偉いからな、俗界のものなんぞ何も必要とはしねえ。だから仏のものは全部もらっちまえばいいんだ」

「……泥棒と何が変わらないのか分からない……」

「泥棒は拝みゃあしねえだろう? いっぺん、手え合わせておけばそれが違いだな」

 無迅の適当な言葉を鵜呑みにはできなかったが、リオは手を合わせて拝んでおいた。

 そうして手に入れたのは六角棒の男が持っていた金子(きんす)だった。巾着袋の中に二種類の貨幣がたっぷり入っているが、無迅は一目見るなり舌打ちをする。

「ちっ、こりゃ、分からんな……。こんな貨幣は俺は知らん。他に何か持っちゃねえのか?」

「他っていうと……小さい刀、あったよ」

「あー、こりゃあ(なまくら)だが、とりあえず持っとけ。こいつシケてやがんな。他に何かねえか? んん?」

「えーと……あ、これ。変な模様? 紋様? ついてる」

印籠(いんろう)か」

「水戸黄門?」

「あん?」

「え?」

「……薬()れだ」

「そうなの?」

「丸の中に切れ長でまっすぐな細いお月様……か、これは? こりゃあ気になるな。まるで蛇や蜥蜴(とかげ)の目玉じゃあねえか。いいぜぇ、こいつは」

「何がいいの? 気味が悪いよ……」

「こいつは符合ってえことさ。同じ模様の入った道具を見せ合うことで、互いが仲間と認め合うわけだ。だからそいつは持っておいた方がいい。中身は何か入ってるか?」

 リオが印籠を振ってみても音はしなかったが中には折り畳まれた懐紙が入っていた。広げると文字が書かれているがリオにはみみずがのたうった跡にしか見えない。

「こいつはぞんがい、まめな野郎だったようだな」

「何て書いてある?」

羽擦屋(はすれや)……か? そう言えばそんな看板出してるとこがあったな。この印籠に入ってたんだ。何かの落ち合う場所ってえとこかも知れねえやな」

「一体、何をするんだろう……?」

「決まってんだろ、にぶちん小僧」

「何?」

「澄水を受け渡す場所さ。仏はここへ転がしたまんまでいい。明日にでも日が昇りゃあ誰かが見つけるだろうよ。そいでもってこの印籠のお仲間がこいつが死んだことを知り、まだ澄水が小僧の手にあると知る。返り討ちに遭ったってえすぐ気がつく」

「に、逃げないと」

「ド阿呆が、逃げてどうなる。こちとら銭が必要なんでい。盗品をわざわざ持ってくとこなんだぜえ、この羽擦屋ってえのは。きっとたんまり貯め込んでるに違いがねえや。根こそぎもらっちまおうぜ? そしたらよう、おめえ、また人斬りができらあな」

 何度も何度も思いつつ、しかし気づけば薄れてしまう、ダメな悪霊疑念について、リオはふと思った。本当にこの悪霊はダメなやつではあるが、すぐに不思議と気を許してしまう。変な愛嬌のようなものを振り撒いているのかも知れないと、そう思った。


 ▽


「これ、少ないですけれど色々とご迷惑かけた分も入れて……とりあえず、納めてください」

「ど、どこでこんなに、稼いだんですか、きみは? 昨日も暗くまで帰りませんでしたし……」

「……仏様の、お導きで」

「はあ、仏の……」

「ああ、それと今夜も、お願いします……」

 そそくさと主人に金を押しつけてからリオは今日も川端屋を出た。

 相変わらず今日も寝不足である。睡眠時間は取れているし、夢もちゃんと見た。しかしその夢のせいで頭の中はまったくもって休まらず、どころか起きていても首がちゃんと繋がっているのか、喉に風穴がいくつか空いているのではないかと不安になるほどであった。

 無迅は勝手に師を名乗って夢へ乗り込んでくるが、大したことを教わっている覚えはない。ただただ、ひたすらに、一方的に、何百と一瞬で殺戮(さつりく)されるばかりである。そのくせ、夢であるはずなのに痛みが生じる。現状は死んでいないのだから、きっと勝手な思い込みの痛みで死ぬことはないだろうし、痛いのは夢の中で死ぬまでのほんの短い間であったが、それでも精神衛生上はよろしくもない。

 まったくもって悪夢そのものである。

「とりあえず羽擦屋の場所だけ確認しておくかい。昨日見かけたんだから探せ」

「どっちだったかな……」

「あっちだろ」

「こっちだったよ」

 正反対を指し示した2人だったが、無迅が指した方から回らざるをえないリオだった。

 そうして見つけた羽擦屋は結局、2人のどちらが指した方でもないがとりあえずは見つかった。何の店かは分からないが看板だけは出ている。しかし表の扉は閉ざされ、まったくもって怪しい構えだった。

「これは、どっちだった?」

「気にしなくていいんじゃないかなあ……? で、どうするの?」

「場所を知るだけでいい。あとは、ぷらぷらとしてろ。釣りでもするか。竿を支度しろ、竿」

「竿って……」

 人生で一度だって釣りをしたことも、釣り竿を握ったこともないリオには無理難題としか思えなかった。


 ▽


 釣果はまったくもって、なしだった。釣り竿を調達するまでは良かったものの、餌のミミズを地面をほじくって針に刺せと言われてリオは絶対にムリだと猛反発をした。結果、餌もなしに糸を川面に垂らし、何かが釣れようはずもない結果と成り果てたのである。

「餌もなしに一体(いってえ)何を釣るつもりだったんでい?」

「ミミズなんて触れないよ、ばっちいし」

「何がばっちいんでい。てめえの股座(またぐら)の方がよっぽどばっちいんでい」

「綺麗にしてるよ、洗うし。ほんとにもう、下品な話好きなんだから……」

「へいへい、そうですかい。つっまらねえなあ、お(めえ)さんはよう。とりあえず、あれだ。あの、よく分からねえ店にまた行け」

「どうして?」

「頭の(わり)い野郎だな、つくづく……。いいか、ああいうお天道様(てんとうさま)に面と向かって、気質(かたぎ)の商売をしていますと言えねえような連中はだな、総じて夜に動くんだよ」

 そういうイメージはないわけではないが、それにしたってそう単純なものだろうかと勘繰りながらもリオは月明かりを頼りに宿場町へと戻っていって羽擦屋を目指した。


 ほんの数軒だけある一杯飲み屋や、娼館の他にはもう明かりを外へ漏らすような建物というのはなかった。昼間とは打って変わって人気のない町の中をリオは歩き回って羽擦屋のある通りへと来る。そこも明かりはないだろうと――そう思っていたら、丁度、羽擦屋の戸が開いていて中の明かりが外へ漏れていた。

「よう、言った通りだろう?」

「行って、何するの?」

「んん、ま、昨日の顛末を打ち明けて、だ。刀はやれねえがお前さんのとこの一味を1人、仏へしちまったわけだから何か手伝えることがありゃあ請け負うぜと、そう言うだけさ」

「何それ、仲間になるってこと?」

「バカ野郎、んなわけあるかってんでい。その場、その時、その一件だけのつきあいってえやつさ。蛇の道は蛇と言ってだな、俺達(オイラたち)のようなヤクザ(もん)はそういう繋がりを多少は持っておいた方があちこちで利用して利用されと便利になるんでい」

「ヤクザ者……」

 いつの間にそんなものになってしまったんだろうとか、入れ墨なんて体に入れろとかいずれ言われるんじゃないかとか、そんなことを気にしながらリオは重い足取りで羽擦屋へと歩いていった。そうしてあと少しというところで漏れていた明かりに影が差して人が出てくる。

 六角棒を持った男よりも、さらに背が高い男だった。背中に太刀を背負い、これからどこかへと向かうのかという雰囲気であったがリオを見るなり足を止める。

「こっ、こんばんは……」

「へへへ、ばっちりじゃあねえかよ」

「……川端屋へ逗留中(とうりゅうちゅう)の小僧というのは、貴様だな。出向こうとしていたところだ」

「ようし、酒はあるか、肴はあるかと聞け」

「……酒と、お魚は、ありますか?」

「バカ野郎、肴は泳いでる魚のことばかりじゃねえやい!」


 肴と魚の言い間違いに恥ずかしくなって顔を少し赤くしつつ、努めて顔に出さないようにしながらもリオは羽擦屋の中へと招き入れられた。どうもこの羽擦屋というのは材木問屋のようでだだっ広い倉庫のような造りをしており、その奥にあった茶の間にリオは通された。

「拙者はこの界隈では鬼熊と呼ばれている。羽擦屋の主人であられる清右ヱ門(せいえもん)殿のご厚意によってここへ厄介になっているのだ」

 鬼熊とはまたゴツい名前だと顔をひきつらせながら、リオは中にいた人相の悪い若い衆に睨まれながら座布団へ正座をする。澄水は腰の帯へと差していたが鞘ごと抜いて体の横へとそっと置いた。

「ようし、お(めえ)は見てろ。(オイラ)(なし)をつけてやらあな」

 いきなりですかと、そう口にすることも叶わずにリオは金縛りへ遭ったかのように体が動かせなくなった。しかし勝手に体は動く。奇妙な感覚には馴れなかった。苦労してどうにかこうにかつけた褌が丸見えになるほどに大胆に胡坐をかいて無迅は座り直して口元へ笑みを浮かべる。

 ただ座り直しただけでも気配が変わったのを察してか、鬼熊は僅かに目を細めた。

「鬼熊とやら、蛇の目ん玉みてえな印にゃあ何か知りゃあしねえかい。昨夜(ゆんべ)(オイラ)んとこへ来てなあ、刀を寄越せなんぞとのたまった。力ずくもやむなしってんでい、襲ってきやがったんで仏へなっちまった木偶(でく)みてえな大男よ。お前さんの方がでかいようだがな」

「あれを殺したのは、やはりきみかね」

「おお、そうさ? もつれあった末に喉へグサッとやっただけだがなあ」

 丸坊主だが頭に痛々しい傷跡のある若い男が酒と肴を乗せた盆を持ってくる。ぐい飲みが2つに片口(かたくち)。肴は芋を煮転がしたものだった。鬼熊が片口を取る前にリオ――ではなく、その体を操る無迅が取り上げて、自分のぐい飲みへ注ぎ入れてしまう。それから鬼熊の手にしたぐい飲みへと雑に注ぎ入れる。

「くぁぁっ、ああ、久しぶりだぜ、酒はよう……。はあああ、いや、しかし、酔うな、こいつは」

 何だか熱いものと臭いをリオも感じてしまう。しかしこれがいいものとはまったく思えないのに無迅は立て続けに3杯も手酌してかっ食らった。それから芋へ手を伸ばし、そのまま手づかみで口へ放ってむちゃむちゃと咀嚼する。

「おお、こいつはいけるぜ」

「……まるで別人だ」

「おうともさ。(オイラ)はこの体の小僧とは別もんだぜぃ?」

「別もの?」

「この刀の前の持ち主でい。とうに死んじまったぜ。だがどうやら地獄へ落とされることもねえようで、この刀ん中へ居候をしてるようなもんでい。たまにこうして小僧の体を使って娑婆(しゃば)を楽しむってえわけよ」

 指をちろと舐め、また無迅は一口、酒を含んで飲み下す。

 生前の無迅は蟒蛇(うわばみ)さながらに酒などぺろりといくらでも飲み干したものだが、リオの体は未成熟な子どものものでもあってすでにして酔ってきているのを感じていた。

「んで、蛇の目ん玉は、ありゃあ何でい?」

「……その通りに、(じゃ)()という。拙者もその蛇の目の1人。我々は力を求める。それゆえに有力な刀剣、呪物、特異な力――あらゆるものを収集しているのだ」

「ほおう、そりゃあさぞ陰気な集まりだろうなあ?」

 手を後ろへつきながら無迅が周囲を取り囲む若い衆を睨みつけていく。中には腕まくりをして今すぐにでも痛めつけようと動きかけた者もいたが、鬼熊の一睨みを受けてすごすごと引き下がった。

「ま、いいさ。そんなもんはいい。だがまあ、あの六角棒を持った野郎を仏にしちまったのはこちとら、そうしてやろうと思っていたわけじゃあなかったからな。言葉はタダってえもんで詫びの一つでも入れておこうかと思っちゃいたんだ。悪かったな」

「心にもないことを……」

 ふっと笑いながら鬼熊もぐい飲みを傾ける。

「ああそれと、まだあったんだ。忘れてたぜ。

 よう、鬼熊ちゃんとやら――てめえ、銭ぃ持ってたらあるだけ寄越しちゃくれねえかい?」

「てめえっ、兄貴に舐めた口ぃ利いてんじゃあねえぞ!」

 とうとう若い衆がキレて無迅へと襲いかかった。だが無迅は動じた様子もなく、澄水を持ち上げると抜きもせず、襲ってきた男を見もせずにただ座ったままに短く相手の額を突き打った。

「ハハハ、座敷遊びかい? 綺麗な遊女の1人でもいりゃあお上品に遊んでやるとこだが、生憎と汚え、むさい野郎どもしかいねえのかい。だったらお(めえ)よう、一丁、血でも噴いて鮮やかに飾っておかにゃあ興覚めしちまうぜ?」

「ふざけやがってえ!」

「ハハハッ」

 激昂している男達に無迅はおかしそうに笑った。しかし次の瞬間、掴みかかろうとしてきた男の右手が消えた。手首から先だけが瞬時に抜かれた刃に切り飛ばされたのだ。激痛にもんどりうって倒れた男の顔面を踏みながら無迅は血を滴らせる澄水を振りかぶる。

 ほんの30秒にも満たぬ一瞬で、羽擦屋にいた男達は14人からたったの4人にまで減った。脳天を叩き割られた者、心臓を一突きで絶命した者、両腕を肩から失った者、胴切りにされて内臓を巻き散らかして血の池へ沈んだ者――惨状としか言えぬ、酷く赤い空間へと塗り替えられた。

 むせ返る血の臭いを胸いっぱいに無迅は吸い込み、それから座布団へと座り直して抜き身のままに澄水を脇へ置いて芋を口へ放り込む。ぐい飲みに残っていた酒へ、指先から滴っていた血を数滴入れてから飲み干す。それからまた片口で酒を注ぎ入れた。

「そいで、銭ぃ、くれねえかい?」

「……凄まじいな」

「あんちゃんはこの程度、できるんだろう?」

「……まさか、鮮やかだ。あまりに、美しかった。人間の技ではない」

「そうかい。まあいいやな。

 どうでい、このまま刀の錆になるか、それとも銭ぃ恵むか。

 あるいは、そうさなあ――銭はちいとでいいから、もうこれからは蛇の目とやらを辞めて、大人しく材木売って暮らすか。

 好きなもんを選ばしてやらあな。鬼熊ちゃんよ、どうしたい?」


 今さら、彼らは無迅に立ち向かおうなどとは思えなかった。

 目の前には見たことのない悪鬼がいるのだ。酒を飲むのも、話をするのも、人を斬るのも、そのどれもが日常の仕草であるかのように淡々とやってのける。糞を垂れてから尻を拭くかのように、人を斬っては次の標的を定めて刀を振るうのだ。

 しかし慄いている若い衆とまったく違う感想を抱いているのは鬼熊だった。

 どうしたいと問われ、彼の脳内に浮かんだのは目の前にいる小さな少年の姿を借りた悪鬼が、一体どれほどの強さを持っているのかをはかりたいという欲求だった。

 鮮烈なほどの強さにまるで脳が痺れたかのような心地なのだ。


「銭など、何も惜しくはない。

 また同様に、命などは必要とさえ思わぬ」

「ほう?」

「拙者との果し合いに応じてもらいたい」

「いいぜ」

「明晩、川縁に一本だけ松の木が生えている場所がある。そこで」

「おうともさ。ついでに銭ぃ、ありったけ持ってきてくんねい。

 そいじゃあ邪魔したな。ご馳走様(っそさん)っと」

 芋をまた口へ放り込み、指を舐めてから無迅は立ち上がって澄水を振った。刃に付着していた血は一振りで全てが弾かれるように飛び散る。それからゆっくりと白鞘へ納められた。


 ▽


「よう、とっとと寝やがれ」

「考え事してる最中なんだから、黙ってて……」

 羽擦屋を出てすぐにリオは体を返されて、酒のせいでふらふらした足取りで川端屋へと帰った。幸い、主人にも他の宿泊客にも見つからず風呂場へ行けて、そこで返り血を洗い流せた。部屋へ戻ると冷めた膳が用意されていたが、少し箸をつけただけでリオは布団へ寝転がってしまっている。

「何を考えてるってんだい?」

「……明日、果し合いとか約束してたけど、できるの?」

「そりゃあお(めえ)――おおう? んー、どうだろうなあ」

「そういうとこだよ……」

 勝手に約束までして、また出てくるなど本当にできるのかという心配がまずあった。しかも案の定である。そうなると今度はまた新たな悩みも出てくる。逃げられるだろうかとか、ちゃんと説明すれば分かってくれるんだろうかとか、仮に無迅がまた勝手に体を操ったとして本当に勝てるのかとか、それで死んだら元も子もないとか、そもそも死生観が違いすぎるだとか、とにもかくにも不安だらけだった。

「だが考えごとなんてえもんは、お(めえ)、頭のいい野郎がすることだぜ? 無駄だからやめちまえ」

「うるさいよ……」

 それでも考えてしまうのだから仕方のないことだ。

 考えて結果が出ないなんてリオにも分かっているが、それでも不安で仕方がない。

 そもそも、勝手にまた体を使われて、それであんな大惨事を引き起こしたのだ。体には人を斬った時の感覚が残っているような気がしておぞましくもあった。しかし無迅が人斬りをしている時の高揚もまたリオは感じ取っていた。心地良く心臓は跳ね、まるで晴れた良い天気の日にスキップをしているかのように気分が良いのだ。――それは無迅を通じてリオに確かに感じられた、見つけたくなかった発見でもある。

 肉へ刃が食い込む感触。

 筋肉の繊維をぶちぶちと抉り切り、硬い骨へ刃が触れる。

 それをどうやっているのか、感覚があるのに分からないながら――ぷつんと、弛んだ糸へ鋭利な刃を乗せ引くように断ち切ってしまうような手応え。

 浴びた生暖かい血はぬくいシャワーかのように気持ちが良かった。

 耳の奥でかきむしるような悲鳴は、拍手の喝采でも浴びているように聞こえた。

 その連続を、ギュッと短い時間で次々と繰り返していく。悲鳴が上がり、血が噴く。その度に際限なく昂った。脈動は熱く、強く。脳天が痺れたし、股間まで硬く熱くなっていた。

 それほどまでに、人斬りが愉しかった。

 これまで感じたことがない快楽でもあった。


 だからこそ、考えてしまう。

 人殺しなどは償いようのない罪悪であると理性が知っているのに、しかし、もう一度、あれを体感してみたいと疼きを感じる自分もいる。

 このまま無迅に憑かれ続ければきっと、いずれは無迅のように何も人斬りについて思わなくなる。そうなってしまうことが恐ろしかった。何より理性というものが無迅を見ていると何なのかが曖昧になっていくような気さえしていた。

 無迅は根っからの悪人ではない。

 自分本位なだけかも知れずとも、何だかんだで無迅のお陰で野宿をせずに済んでいるし、裸に刀一本だけで放浪していたのが着物や草履、銭まで手に入れられた。

 だが、人斬りである。人を斬り、殺すことに快楽を感じる魔性の剣士だ。

 救いようのない人間性の中に愛嬌めいたものがあるのか、それともカラッとした心地良い性格の中に鬼が棲んでいるのか。

 何もかもを包括しているようで、その実、中身は空っぽのようで。


「ねえ……」

「おう、何でい?」

「無迅は、自分が悪党か、善人か、どっちだと思う?」

 そう小さな声で尋ねると無迅は呆れ返ったと、これみよがしに大きなため息をして答えた。

「んなもん決まってんだろうが。

 俺は(オイラァ)な、そんなくだらねえこと気にしたこともねえやい」


 ▽


 悪夢を見て、また起きた。

 ぐっしょりと濡れた汗が自分の血かと思って、一瞬、ビクついた。

 しかしすぐ、もうこれは夢ではないと気がついてほうっと胸を撫でおろす。


 いつものように朝食をもそもそと食べてから、リオは鬼熊と約束をした果し合いの場所まで朝から向かった。確かに葦の原っぱの中に一本だけ松の木が生えていた。大きな松の木で横へ長く突き出るように生えた太い枝がひと際立派だった。

 そこで刀を抜いて、リオは何度も何度も剣を振った。

 悪夢で殺されまくる夜も数えて3日。無迅がどう剣を振るのか、どの順番で斬るのか、昨夜の感覚と夢でやられた感覚とを重ね合わせて確かめるようにして剣を振った。

 たまに無迅が、そこへ口を挟んだ。

 ――やい、肘を引け。

 ――やい、懐を開くな。

 ――やい、一息ついてから剣を振れ。

 短い言葉をたまに投げかけるだけで、それ以上に詳しくは教えてくれなかったが頭に入れながらリオはずっと、ずっと、剣を振った。

 太陽が少し傾き始めたころに川端屋でもらってきたおにぎりを頬張りながら川を眺めた。リオが知る、リオの日本の川とは違っている。水が綺麗で、魚が泳いでいるところを見られるほどに透明度は高かった。だが水面がお日様を反射してキラキラと光る様子は何も違いがなかった。

 おにぎりを食べてから松の木へ登って、太い枝の上で足をだらんと下げながら少しだけ居眠りをした。夢は見ずに目が覚めて、欠伸を噛み殺しながら空を見れば夕暮れが近づいていた。

 日が落ちるまで、また剣を振り続けた。

 そして辺りは闇へ包まれていき、月が出る。

 鬼熊は月にかかっていた雲が去り、少し明るくなった時に現れた。


「我が名は、鬼熊。名乗れ」

「…………」

 太刀を抜いた鬼熊に名乗れと言われてもリオは黙って澄水を向けるだけだった。

 その沈黙を受けて鬼熊は肩へ担いできた荷物を放り投げるように置く。

「いいだろう、元より我らは武士などではなかったのだ。

 いざ、尋常に――」

 太刀が月光を反射してギラついた。

 自分へ向けられている殺意を肌身に痛いほど感じ取りながら、リオは両手で澄水を握る。強く握ることに意味はない。ただ常に切っ先を相手へ向ける。振り上げたりして切っ先が一時的に外れても、戻っていくべきところを定める。そんな意識でリオは刀を構える。

 歩幅にして大人の足で7歩か、8歩といった距離で2人はじっと構えたままに動かなかった。

 もう1000回以上も悪夢で殺されたリオは悟った。ただただ一方的に切り殺されてきたわけではない。どうにか先手を取って打ちのめそうと何度も何度も先んじて動いたが、無迅はその(ことごと)くを瞬時に捌いていた。それを繰り返しながら、自分が先に動くものではないのだとリオは理解をした。

 迎撃。後の先を取ること。

 それが基本であると悟った。

 まして対峙している相手の獲物はこちらよりも長い。

 先に動こうものならば、リーチの分だけ簡単に後出しで対処をされる。

「……っ」

 先に痺れを切らしたのは鬼熊だった。

 太刀を腰溜めにして地を蹴り迫ってくる。突き出されるのは分かった。上や下、あるいは横から逸らせるかと逡巡したが無迅ほどの技量もなく、力だって絶対的に劣っているのが分かっている。

「前へ出ろ。擦り上げろ」

 どうするかと判断に迷い、ただ串刺しにされそうになったリオへ無迅の声が届いた。

 迷わずにリオも前へ出て下から剣を振り上げる。そうしながら太刀を側面から擦り上げた。擦れ合う鋼が僅かな音を立てる。

「チビにゃあ、チビの利点があるんでい」

 動きの小ささ。大男と小男が同じ動作をして剣を振り上げた時の、その刃の軌道の小ささ。それは距離が近づくほどに大きな差となる。ギャリンと音を立てながらリオが振りかぶるとすでに鬼熊にはやりづらい間合いとなっている。足を地面へ縫いつけて待っていたらこの距離で剣を下ろすことはできなかった。

 力任せにリオは澄水を振り落としたが鬼熊は両手で持っていた太刀を片手だけで持ち、空いた腕につけていた篭手で刃を受けた。そのまま力任せにリオを薙ぎ払い、姿勢を低くしながら大円を描きながら尻餅をついたリオに振るう。

 バサリと葦を刈り上げた太刀はリオを掠められなかった。反射的に起き上がらず、息を殺して仰向けになって顎を引いたリオの鼻先の上を通過していったのだ。一振りした鬼熊はすぐに後ろへ下がり、様子をうかがう。

「……別人か。昨夜のを出せ」

「ハッ、三下に出ていくほど俺は(オイラァ)安くねえんだと言ってやれ。

 殺し合いだろうが喧嘩だろうが、相手を激情させた方がやりやすいもんだ。挑発しろい」

「ええと…………お、おじさんなんて、僕で充分だって」

「ならば――宿主の命の危機には出てくるか。容赦はせんぞ」

「下手くそめ。もっと挑発しろ!」

「…………えと、子ども相手にさせられて、悔しいですか? あとで、頭ぽんぽんってしてあげましょうか?」

 鬼熊の中で静かに何かがぶちぶちとキレて、僅かな間を置いて無迅がゲラゲラと笑い出す。

「ダハハハハッ、いいじゃねえか、その意気だぜい! ――っと、(やっこ)さんは笑えねえらしいなあ!」

 腹を抱える無迅と裏腹に鬼熊は大股で走っては大きく太刀を振りかぶっていた。力任せに振り落とされた一撃をどうにか転がるように避けるが、すでに横薙ぎに太刀はまた振られている。どうにか澄水で受けてもまたリオは弾き飛ばされて葦の中を転がされた。起き上がらずに這うようにして葦の根元をリオは移動しながら、懐から短刀を出す。それを抜いて鞘は捨てながら、葦の合間から鬼熊を窺う。だが動いた葦でリオの居場所にはあたりをつけているようで八双の構えを取りながら猛進してきている。肩まで太刀の峰が迫り、振り上げようとする様子を観察しながらリオは右手に小刀を握りしめる。

「キイエエエエッ!」

 裂帛の気合いとともに鬼熊が太刀を振り落とす。――その前に、リオは小刀を投げた。互いにもう姿は見えている距離だったが、地面へ伏せるリオが小刀を隠し持っていることまで鬼熊は見て取れなかった。突如として放たれた小刀は急所へ当たろうはずもなかったが反射的にそれを払い落とすために鬼熊は太刀の軌道を変える。

 同時にリオは跳び上がり、太刀の峰へ右足の親指を乗せるようにして踏みつけた。そうしながら澄水を振るい上げる。鬼熊の首筋から右耳の下ほどまでに赤い線が浮かぶ。浅かった。

 力ずくで鬼熊は太刀を持ち上げ、リオはたたらを踏むように地面へ足をつく。

 今度こそ鬼熊は渾身の力で太刀を振り落としたが距離が近かった。

 力は乗り切らず、太刀の根元に近いところで真横にされた澄水で受け止められる。そのまま体重をかけるように押し切ろうと鬼熊は力を込めていく。

「真正面からバカのように受けるこたぁねえ、いなせ」

 澄水を傾け、柄を握る手を上げる。刃を滑り落ちていくようにして太刀は地面へ切っ先をめり込ませた。その反対側へリオの体は抜け、鬼熊の側面へ回り込みながらもう一度、刀を振るう。とっさにまた鬼熊は篭手をつけた腕で防ごうとしたが、上がった腕を見てリオは澄水の切っ先を僅かに振るようにして軌道を変えた。

「ぐ、ううあっ!」

 食いしばった歯の内側から鬼熊が痛みをこらえる声を発する。

 左手の指――小指と薬指が澄水に引っかかって半ばまで切れたのだ。

「畳みかけろ、下がるんじゃあねえぞ!」

 手傷を負わせたところで仕切り直そうかと腰を引きかけたリオだったが、後ろから無迅にその腰を押さえられて下肢に力を込めた。

「ううううあああああっ!」

 両手で、拳をつけて握った澄水をリオは遮二無二に振るう。

 技もなく、非力なリオの腕力のみで振るわれた稚拙極まりない攻めだったが、それでも鬼熊は太刀で必死に受けるばかりとなる。刀ではなくバットで滅多打ちにスイカでも割ろうとしているかのようなリオの猛攻が鬼熊の足元を狂わせた。

「頭ぁ冷やせ、そこで決めろ――」

 そのまま闇雲に澄水を打ち落とそうとしたリオは無迅の言葉でグッと体に力を込めて止まる。即座に鬼熊は体勢を持ち直そうと起き上がろうとしたが、そこに大きな隙はあった。

 太刀を杖のように地面へ刺し、それを支えに鬼熊は膝を上げようとしていたのだ。ただただ上げては落とすだけの攻撃を続けていれば見落としていたか、有効に使うこともできなかった大きな隙。

「殺せ」

 奇妙な震えが足元から昇ってきたのをリオは感じる。

 ぶるりと瞬時にそれは伝わってきて、目につく何もかもがゆっくりに見えた。

 剣を振り落とせば鬼熊の首へ刃を食い込ませることができる。その肉を割いて、骨に当たった刃がゴリとそこを削る手応えまでもが想像できた。それですぐに死ぬことはないだろうが、しかし致命傷となる一撃になる。

 リオとて自慰の経験はある。あの達する前の、一番心地良い感覚に支配されているのを自覚した。

 きっと、気持ちがいい。

 無迅ではなく、自分の力でその快楽を得られる。

 だがそれでいいのかと逡巡している。この一振りが、鬼熊ではなくて自分を殺すような気さえした。自分が殺されそうだから殺し返したという正当化さえできない行為に思えた。

 脳みそが沸騰するのではないかというほどに、猛烈に頭が熱くなっていく。

 やめろ、やめろと脳みそは弱りきって助けを求めるかのように言っている。


 ()るか。

 ()らないか。


 突然の衝撃でリオは火花が弾けたのを見た気がした。

 チカリと目の前が白く弾けて、かと思えば痛みと衝撃が追いついて葦の中へと倒れ込む。

「ハァ、ハァッ……」

 鬼熊が起き上がっていた。どうやら太刀でぶっ叩かれたらしいと気がついてリオは膝をつき、手をついてどうにか立ち上がろうとしたが力が入らずに四つん這いになるのが精一杯だった。

「何故……斬らなかった……」

 息を荒げながら鬼熊が苦しそうに問いかけてくる。

「分からない……斬れば、きっと、すごく……気持ちが良くて……そうだろうなって、思ってた、のに」

「情けをかけたのか……」

「かけて、ない……」

 もう少し、鬼熊の反撃が遅かったら、今ごろはもう斬っていたという確信さえあった。

 しかし刹那にも満たぬ迷いの最中に反撃されてしまった。

「殺せ。――でなければ、死ね」

 膝に手を突きながら鬼熊は一歩を踏み出し、そして太刀を振りかぶって迫る。

 腰に提げたままだった鞘を杖のように使ってどうにかリオは立ち上がると、鞘を投げ捨てて澄水を構えた。美しい刃は夜闇に紛れても尚、惹きこまれそうになるほどに美しい。

「殺すか、殺されるかじゃあ、ない……」

 ぼそりと呟いたのはリオの中のまとまらない思考そのものだった。

 しかしそう口にして少年は気がつく。まったくもって、殺す、殺さないとは違う問題なのだと。


 それを肯定してしまったらもう、後戻りができないと直感でリオは知っていた。

 あるいはそんな、身の上話を聞いていたからかも知れなかった。


 きっと迅という少年は殺したくて殺したのではない。

 そこには親のように慕っていた山伏への愛情の分だけの復讐心があったわけではない。怒りや、悲しみも多少はあったかも知れないが――その業に引きずり込まれたのではないか。


 人を斬る。

 刀という道具のその使い方に、普通ならば理解のできない魅力を、憧れを見出してしまった。

 研ぎ澄まされた刃で。

 肉を裂き、骨を切り、命を断つ。

 そんな行為に憑りつかれてしまったのだ。


 刃が二度、閃いた。

 初めの一閃は鬼熊の篭手を断ち斬った。腕までもを斬り飛ばされて鬼熊は目を見張る。痛みはまだ追いつかない。澄水は極上の刀である。斬られたことにさえ細胞が気づかず、痛みを置き去りにする。

 そして二振り目。刃の根元まで鬼熊の腹部を貫いた。背の低いリオが少し上へ角度つけて突き刺せば腹部から胸の裏まで刃は貫通をした。


 ずぶり、ずぶり、と内臓をかき乱すように刃は立てられていた。

 車のキーでもひねるかのように手首を使って、刺さったままの刃を返しながらリオは澄水を引き抜いていく。刃を抜かれ、力なく鬼熊はその場で膝をつく。


「最後に……出て、きたの、か……。

 ああ……心地良い、死も、あるものだ――」


 ひきつらせながらも笑みを浮かべて鬼熊は倒れ、死んだ。

 リオはその死骸を見下ろしながら澄水を振るって血を払う。


「勘違いしながら死にやがったぜ、こいつ。

 そんで、どうでい。一思いにやった心持ちってえのはよう」

「……うん……」

「また浮かねえ顔しやがって、けっ、つまらねえの」

「違うよ」

「おう? 違うだあ?」

「うん……もっともっと強かったら、もっと、気持ち良く、斬れたかなって。

 人を斬るって、悪くないなって思えた……褒められることじゃないって思うから、何か、変な気分……」

 はにかむようにリオは笑い、無迅はニィィッと嬉しそうに、意地悪そうに笑みを浮かべる。

「ようよう、お(めえ)もやあっと分かったかあ?」

「生きてて向かってくるから、だよね……」

「おう、そうともさ。死体なんぞをいくらバラしたとこで何も楽しかあねえのよ」

「最後にね、ああ、これでもう、この人は死ぬんだなって、そういう手応え感じたら……」

「絶頂もんだろう? ヘヘヘッ、若い内はそんだけで何遍だってイケちまうやなあ! よっしゃあ、この調子であの宿場町、全員たたっ斬るか!」

「そんなことはしないから!」

「何でい、つまんねえの」

「ほんとに発想が悪霊だよ……。そこまでは、僕はならないもん」

「んじゃあ何を斬るんでい?」

「……強い人か、悪党か、かなあ」

「ようし、よく言った。このままてめえが街の住民ぜぇーんぶ皆殺しだなんて言っちまってたら、俺は(オイラァ)興覚めするとこだったぜ」

 自分で言ったんじゃないかとはあえて指摘せず、リオは無迅を疑わしそうに見つめる。

「いいか、覚えておけ。俺は(オイラァ)、人斬りだが殺し屋じゃあねえ。刀は持つが侍じゃあねえ。

 斬るべきは斬りてえもんだけよ。てめえの斬りてえもんを、片っ端から斬っちまいな。

 その人斬りが頼られてよ、無力でバカで度胸もねえような連中の、溜飲を下げてやれるもんになりゃあ、それが立派な剣客ってえもんよ。一丁、お(めえ)さんがいっぱしの剣客になれるまでは見守っててやんよ」


 ▽


「お世話になりました」

「こ、こんな、お金……また、一体どうやって?」

「仏様のお導き……です!」

 言い切ってリオは鬼熊が約束通りに持ってきた財産の一部を取り分けた大金を川端屋の主人に押しつける。何やら生傷が増えている少年に川端屋の主人は良からぬものを嗅ぎ取るが、しかし、今朝は随分と晴れやかになっている表情でどうしてか詮索ができなかった。

「これからどちらへ向かうんですか?」

「ええと……とりあえず、天丘、でしたっけ? そこへ行ってみます」

「そうですか……。道中、お気をつけてください」

「はい。……ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げてからリオは風呂敷で包んだ葛籠を背負って川端屋を出る。

 その足取りはこの街へ踏み入った時と打って変わり、軽やかだった。


「さあーて? どうもこの日の本は(オイラ)達の知ってるもんとは違うようだしなあ。それに鬼熊の野郎が、刀剣の類の他に、何だったか。呪物に、特異な力? そんなもんまで蛇の目が集めてるだなんて言ってやがった。――てえことは、だよなあ。思いもよらねえような、火ぃ噴く刀やら、思い込みと何が違うんでいなんてえしょっぱい呪いなんて、そんなもんとは一線を画すような摩訶不思議もきっと山盛りなんだろうなあ」

「ちょっと信じられないけど……」

「んで、八人の将軍がいるんだろう? 聞いた話によりゃあ、そいつらは武力をちゃんと持ってるってえ言うじゃあねえか。まずは八人、全部ぶっ殺そうぜ」

「ええええ……?」

「そのくれえの調子でやらねえでどうするってんでい。

 あとは女だな、女。どこぞに美女でもいねえもんかい? お前さん、女の経験はねえんだろ? まあ人斬りには代えられねえが近いもんはあるしな。案外、チビな感じがかわいいってんで入れ食いかも知れんぜ?」

「そ、そういうのは、いいんだよ……まだ……」

「何を耳赤くしてんでい? 恥ずかしがってんのかあ?」

「うるさいなあ、本当に……。摩訶不思議があるんなら悪霊も成仏してくれたりするのかな……」

「だからてめえっ! やいやいっ、俺様は悪霊じゃあねえって何度言わせる気だ!

 天下にその名を轟かし、泣く子ははしゃぎ、悪党は小便ちびって腰をつく、天下無双の大剣客、無迅様たぁこの俺よ! ――って聞けえい!」

 口上の途中でぴゅーっと逃げるように走っていたリオを無迅が追いかけていく。


 悪霊憑きの妖刀を携えた少年は、人斬りに目覚めた。

 その深い業はまだ片鱗も見せてはいないが、確かに少年は人斬りに成り下がった。


 その果てにあるものは未だ、誰も知らない。




 <人斬り無迅と悪夢を見る少年・了>

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