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「晴明様と千尋さん」シリーズ

安倍晴明の式神

作者: ネコ助




君は本当はなんて名前なんだろう。


女の子らしいのかな、男の子のようなのかな。


俺が想像する君は、まるで『春』なんだ。


冷たい横顔なのに、笑うと途端に花が咲いたように綺麗で。


目が、離せないんだ。







俺が君に出会ったのは、平安時代と呼ばれる時代。


俺は山の神だったから、川の神である君の存在は知っていた。


でも、俺達は関わることがそんなになかった。


なぜなら平安時代は魑魅魍魎が跋扈して、精霊達に襲いかかるもんだから、俺達は自分の守るべき地を守ることで精一杯だった。


来る日も来る日も魑魅魍魎を排除して、浄化して、精霊達を守って。


そんな日々を過ごしていた俺達に転機が訪れたのは、とある人間が俺達の守る地に入ってきた時だ。



その人間──安倍晴明は、俺は風の精霊達から話を聞いたことがあった。


なんでも魑魅魍魎を一瞬で消し去るとか、十二神将と勝負をして勝ち、従えているとか。


それは本当に人間なのか、と思いもしたが、あまりにも風の精霊達が楽しそうに話すものだから、俺はその物語のような話を楽しみにしていた。


そんな安倍晴明が俺達の守る地に入ってきた原因は、まさに物語のような話だった。




ここからは、俺と安倍晴明が出会った時の話から始まる。








平安時代の俺は、いつものように風の精霊達と山の見回りをしていた。


「うん、ここも異常なし。ただ結界が少し緩いな。念のため張り直しておくか」


風の精霊達は同意するかのように俺の周りをふわふわと横切る。


「ここの石に印をつけて、と。よし、次は──」


ガサガサ!


「! なんだ?」


俺は音のした方に警戒をする。すると、草をかき分けて一人の人間が飛び出してきた。


その人間は肌が白く、やせてはいるが一目で男だとわかるくらいにはほどよく筋肉のついた身体つきをしていた。

目は切れ長だが鼻は高く、薄く桃色に色づいた唇。なかなか人間にしては顔の整った人間だった。

服装は紫の狩衣。ところどころに草がついているが、それでも大切に着られているのが分かるものだった。


俺は瞬時に観察し、害する者か単に迷子にでもなった人間か判断した。


(ふむ。危険な気は発していないな。迷子か?)


俺はそう判断すると、どうやってこの人間を元の場所に戻すか考える。


(普通の人間に俺の姿は視えない。誰か動物を連れてきて案内させるか?)


そう考えていると、その人間が声を発した。


「ふむ。お主、我を助ける気か。なかなかに良い心だ」


「!? お、お前、俺が視えるのか!?」


「うむ。はっきり視えておるが?」


「なんだと!?」


その時、風の精霊が囁きかけてきた。


『この人、安倍晴明だよ』


その囁きを聞いた俺は、風の精霊達からの数々の物語を思い出し、戦慄した。


(こいつが噂の……。本当に俺の姿まで視えるんだな。末恐ろしい人間だ)


「ふむ。それは光栄なことだな」


「おい、さっきも思ったが、俺の心を読むな」


「良いではないか。いちいち言葉を発さずとも良いのだぞ?」


「余計なことまで聞かれるだろ。……それより、此処になんの用だ」


「あぁ……。少し探し物を、な」


「探し物? 一体それは何だ。あまり此処を荒らされたくないんだが」


「うむ。そうなぁ。それ(・・)は人のようで人にあらず。神のようで神にあらず。妖怪のようで妖怪ではない……そんなモノだ」


「はぁ? 意味が分からないな。はっきり教えてくれよ」


「そう言われてもな。そういうモノなのだ。どれ、我はソレを探さねばならぬ故、失礼する」


「あ、おい!」


安倍晴明は先程来た場所と反対方向へと走り去っていった。


「……変なやつだ。まぁ荒らさないならいい。どれ、次の見回りにいこうか」


風の精霊達は楽しそうにくるくると俺の周りを回った。





──半刻後──




見回りを終えた俺は、一安心して岩の上に座って休んでいた。


そんな俺に、風の精霊が慌てたように囁いてきた。


『大変だよ、大変だよ。川がおかしいの』


「ん? なんだ? 川がどうおかしいんだ?」


『瘴気が流れてるの。川の水を飲んだ動物たちが瘴気に当てられて大変なの』


「川に瘴気が……? 川の神はどうした?」


『わからない。わからない』


「なんだと? しょうがない、川の神のところへ行く。お前達はついてくるなよ。瘴気に当てられたら大変だからな」


そう言って、俺は川の神の住処へと瞬間移動した。


川の神の住処である川の上流にある大きな木の所へ到着した俺は、すぐに異常に気づいた。


(なんだこれは……。まるでここから瘴気が流れ出ているようだ)


普通の人間には目に視えない瘴気。だが神である俺にはどす黒く、そして異臭として認識される。


普段、精錬された空気をまとう美しい場所である川の神の住処は、今や周囲に瘴気を漂わせ、禍々しい気配に満ちていた。


「ちっ、どうなってる。川の神はどうした? おい、川の神! 川の神!」


俺は川の神を呼ぶが、一向に出てくる気配はない。


「……出てこないな。この瘴気じゃ水の精霊達は隠れて出てこれない。何故こうなったのか……。とりあえず浄化だな」


俺は気を引き締めて、瘴気がもっとも濃い場所──大きな木の下へ歩を進めた。


一歩一歩進む度、臭いがきつくなる。俺は神だから臭いを我慢する程度でいいが、普通の精霊や動物は気が狂う程の、瘴気。


俺が木に近づくと、なにやら木の根本に何かがあることに気づいた。


「! なんだ?」


警戒しながらさらに近づくと、黒いもやのような瘴気が人一人分ほどの塊になっている。


「これは……まさか!」


俺はある可能性に気づき、その塊に手を伸ばした──その時。


「触れるでない!!」


何者かが伸ばした俺の手を何かではじいた。


「なっ、誰だ! ……って、お前……」


「その者に触れるでない。お主まで邪鬼(じゃき)になってしまうぞ」


「邪鬼に……? やはりこいつは邪鬼なのか?」


「そうだ。我はこやつを探していたのだ。今はまだ此処にとどまっておるが、いずれ京の民を襲いにくるだろう。だから我はこやつを退治しにきたのだ」


「そう……なのか。それじゃあさっさと退治してもらわないとな」


「うむ。だが、良いのか?」


「なにがだ?」


「こやつを退治するということは、川の神を殺すということだ」


「は? 何故そうなる」


「こやつは強い怨念の塊だが、元は川の神だ。今はもう邪鬼になりつつあるがな。川の神が邪鬼になったのなら退治するまで。しかし、こやつはちょうど良い器であった川の神に怨念が取り憑き、邪鬼となっておる。今こうして我らが話をしていても、襲ってこぬのは川の神が引き留めているからなのだ」


「なっ……。それじゃあこいつはやっぱり川の神なのか!? それに川の神が引き留めてるって……じゃあ殺すなんて駄目だ! どうにか、どうにか川の神から怨念を引き剥がさないと!」


「そうだがな……。これがなかなか骨がいる。こうなった原因は川の神にもあるのだ。川の神の心に、怨念に入り込まれる隙があったのだ。その隙を埋めないことには、川の神から離れまいよ」


「隙を……埋める? どうすればいいんだ?」


「ふむ。我が力ずくで怨念を剥がしにかかる故、お主はその隙に川の神の心に入り込むのだ。そして川の神の心の隙を埋める」


「わかった。だが、そもそも心の隙ってなんだ?」


「それは入ってみれば分かることだな」


俺ははっきり答えを言わない安倍晴明に腹が立ったが、一刻を争う状況のため、感情を抑え込んだ。


「よし……。俺はいつでもいい。始めてくれ」


「良い。まずは結界を張る」


晴明は五芒星が書かれた札を、川の神の周囲に貼り付けていく。


そして右手の人指し指と中指だけ立てて刀印を作ると、口元に指を当てながら何かをつぶやいた。


すると、札と札が白い光で繋がり、川の神を封じ込めるように囲いを造った。


「ふむ。これで良い。どれ、お主の番だ。川の神の心に入り込み、隙を埋めてくるのだ」


「あぁ……。じゃあ、行ってくる」


「うむ」


普通の人間なら他の人間の心に入り込むなんてことはできないが、俺は一応神だ。

だから精神的な肉体のため、他のやつの心──精神に入り込むことは可能だ。

ただし、本当に必要な場合のみ許されてる行為だから、むやみに入り込むと閻魔大王様に締め上げられる。



今回の場合、許してくれるよな?



俺は少し不安になったが、一刻を争う事態のため、一度頬を両手で叩き冷静になった。


俺は川の神に集中し、目を瞑る。

そして次の瞬間には、俺は真っ暗な場所にいた。


(無事入り込めたか? 通常は心の中はまばゆい光の中のように真っ白なはずだが……ここは真っ暗だな。怨念による影響か?)


俺は辺りを見回すが、どこも暗くてなにもわからない。


(怨念が心の奥まで侵入しているのか。だが、まだ誰も襲われてなかったのは、川の神が耐えていたからだ。どこかにまだ川の神の心が残っているはず)


俺は集中して気配を感じとろうとする。


(どこだ……どこにいる……)


その時、なにか(・・・)が後ろから飛んできたのを感じて瞬間的に避けた。


「なんだ!?」


そのなにか(・・・)は俺が避けた場所を通り過ぎると、また俺の方に飛んできた。

俺はそのなにかが何なのかを確認するために、護身刀を鞘ごと目の前にかざしてそいつにぶつけた。


ガンッ


護身刀にぶつかったなにか──。それは、白目をむき血まみれの女の生首であった。


「ちっ、怨霊か。お前のいるべき所は此処ではない。さっさと消えるんだな」


俺は生首に手を翳すと、陽気を込めて怨霊を消し去った。


「面倒だな……周りを囲まれたか」


消し去った生首に気をとられている内に、周囲がおどろおどろしい気配に包まれていた。


「これすべて怨霊か? まったく、怨念の塊になるだけあるな。おい、お前ら! 俺はお前らの相手をするほど暇じゃない。だから──」


俺は抑えていた神気を、少しだけ解放した。


「── さっさと失せろ」


次の瞬間、周囲にいた怨霊達は、一斉に俺から距離をとり、逃げ出していった。


霊体というのは、肉体を持つ人間や動物よりも遙かに感受性が発達している。

つまり、神気を感じると、怨霊のような下級霊は恐怖を感じて逃げ出す。

それを利用し、俺は大量の怨霊達を退散させたのだ。


「ふん。さて……川の神! 川の神! 何処にいる!」


俺は声を張り上げ、呼びかけた。


「少しだけでもいい、気配を感じさせてくれたなら、俺は瞬時にそこに向かおう。俺とお前はたいした仲ではないが、これまで一緒にこの地を守ってきた仲間だ。だから頼む。俺はお前に死んで欲しくはないのだ!」


叫び呼びかけてから、数秒後。


「──だ──」


「! 聞こえた!!」


俺はその声とも言えぬくらいのかすかな声を聞き、瞬間移動した。


移動した場所は相変わらず真っ暗だったが、そこになにかが倒れていることは分かった。


「川の神……か?」


俺は警戒しながらも、問いかけた。


「……うぅ」


そいつは返事をしなかった。代わりに、かすかなうめき声を上げた。


それは、聞き覚えのある声──川の神の声だ。


俺はすぐにそいつを抱き上げようとした。しかし、その瞬間、後ろから声が聞こえた。


「そいつは川の神ではない!」


はっとして振り返ると、そこには何故か発光している『川の神』が立っていた。


「なっ……川の神? どういうことだ?」


「そいつは怨念の塊。私に化けているだけだ!」


俺は混乱した。目の前に倒れている者も、どう見ても川の神。しかし、後ろに立っていたやつもどう見ても川の神なのだ。


「ちっ。どっちが本物だ?」


「私に決まっているだろう! たわけたことを抜かすな!」


「なっ……。たわけって、俺はお前を救いに来たんだぞ!?」


「たわけにたわけと言うてなにが悪い! ええい、たわけ、そいつを早く消し去れ!」


「はぁ? まだ本物がどっちか分かってないのに消せるわけないだろう!」


「だから私が本物なのだ! 私は力をそいつに奪われて消せぬのだ。早く!」


「それでこっちが本物だったらどうするんだ!」


「その時はその時であろう! 今そやつは何かしらの力により動けぬ。今しかないのだ!」


俺は迷った。だが、晴明が張った結界もいつまで持つか分からない。


「くそ……許せよ、川の神!」


俺は力を込めて、刀を突き刺した。


──倒れていた方の川の神に。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ……」


倒れていた川の神は、断末魔を上げて消え去った。


「な……。何故そいつを選んだんだ?」


「直感だ」


「……」


消えなかった方の川の神は、呆れたような顔をした。


「お主というやつは……。もし本物の私を殺していたら、神殺しの罪だったのだぞ」


「お前が『自分が本物だ』って言ったんだろ。それに、俺は今神気を完全に解放している。完全に解放した神気に耐えられるのは、同じかそれ以上の神格の神だけだ」


「ふむ、なるほどな。力を奪われていた故気づかなかったが……お主はただのたわけではなさそうだ」


「はは、まぁな。それより、川の神。俺はお前を救いにきたんだ。はやく怨念の塊を払うぞ」


「……それはできぬ」


「は? 何故だ」


「私は……もう川の神には戻れぬ。私は、この地を守る資格などないのだ」


「なにを……。お前には十分川の神である資格がある。これまで何百年この地を守ってきたと思うんだ」


「だが……私は怖いのだ。今回怨念の塊に入り込まれてしまったように、私はまた周りの者達に害を与えてしまうかもしれぬ。それに、私はもう神であることに疲れてしまった。だから……」


「な……」


俺はその言葉を聞いて、怒りがこみ上げてきた。


『疲れてしまった』だと?


そんな理由で神をやめるのか。この地を危険にさらしていいのか!!


瞬間的に俺は川の神を殴ろうかと拳を握りしめた──その時。


ドンッ


俺は川の神に体当たりされ、数歩後ろに下がった。


「は? なにするんだ、川の──」


唐突なことでぽかんとしてしまった俺は、すぐに状況を理解できなかった。


俺に体当たりしてきた川の神は、そのまま崩れ落ち……倒れた。


川の神は──背中に刀が突き刺さっていた。


「は? ……おい、川の神。川の神!!」


川の神はピクリとも動かない。


その時、今まで真っ暗で闇の中だった空間が、突如真っ白な空間になった。


「なんだ……? いや、今は川の神が優先だ」


俺達は神だ。そのため、血など出ないし、死にもしない。ただひとつ──神殺しの刀により殺される以外は。


俺はすぐに川の神に刺さる刀を抜き、調べ始めた。


「……神殺しの刀、ではない……。だが、なにか変だな」


俺は違和感を感じて、もっとよく調べようとした──その時。


「我が君はなんとお人好しなんだろうな」


「! 誰だ!!」


「口の利き方には気をつけろよ、坊主。お前より神格は上だ」


「神格……ということは、お前──いや、貴方は神ですか? それにしては神気が無いようだが」


「はっ、我がおちおち神気を出したら、お主らが動けなくなってしまうだろ」


「な……」


(言い方は腹が立つが、たしかにその通りかもしれない。それより、何故ここに……?)


「あの、何故貴方様はここに?」


「ああ。その倒れてる奴のことを、我らが(あるじ)が救いたいと言ってな。ちょっとそいつに、今お前が手に持ってるやつを刺しに来た」


「これを刺したのは貴方なのか! 一体川の神はどうしたんだ!?」


「なに、ちょっとした(まじない)をかけただけだ。お前がもたもたしてたから、危うく邪鬼が結界をこじ開けるところだったぞ」


「な……」


「我が主が言っただろ、『心の隙を埋めてこい』とな。埋めたか?」


「う、めて……ない、な」


「だろう。だから、今は強制的にそいつの心の隙を埋めている。その隙に怨念の塊を引き剥がす」


「だが、俺は怨念の塊を消したぞ!?」


「ふん、あんなの一部分にすぎん」


「そんな……」


(じゃあ、俺は結局なにもできていないのか? 川の神を救いたくてここに来たのに、川の神に腹を立てて……。俺は、俺は──)


その時、今までピクリとも動かなかった川の神が、顔を苦しげに歪めた。


「うっ……くっ……」


「! どうした、川の神。苦しいのか!?」


「う……ああ……。いやだ……置いていかないでくれ……」


川の神は顔を歪めたまま、うわ言のように呟いた。


それを聞いた俺は、昔風の精霊から聞いた話を思い出した。


『あのね、川の神はね、とってもツンケンしてるの。だけどね、とっても優しくて、わたしたちにも笑いかけてくれるの。でもね、でもね、川の神はね、小さい頃に川に置いていかれた、捨て神なんだよ──』


俺はハッとした。

もしかして、川の神は──ずっと寂しかったのだろうか。

俺は生まれてからある程度成長するまでは、親兄弟や仲間がいた。

だけど、川の神は捨てられていたところを先代の川の神に拾われたのだそうだ。

俺は何回かしか川の神に会ったことがないが、たしかにいつも無愛想で無口な奴だな、と思っていた。


だけど──。


「川の神。お前は一人じゃない。水の精霊や風の精霊、そして……これからは、俺が側にいよう。お前が寂しくないように。そして、お前が幸せなら、俺もきっと幸せだ。だから、お前を──幸せにさせてくれ」


俺はそう語りかけると、川の神を強く抱きしめた。

川の神は身じろぐと、涙声で呟く。


「うう……。ほ、んと……か……?」


「ああ。本当だ。今まで、寂しい思いをさせたな……」


「……あ、りがとう……」


川の神は、そう呟いて俺から離れると。



泣きながら、笑った。



それを目にした次の瞬間、俺は大きな木の下に佇んでいた。


「ふむ。お主もなかなかやりおるな」


「! 晴明! ってことは……川の神は助かったのか!? 怨念の塊は引き剥がせたんだな!?」


「うむ。あとは消し去るだけだ」


晴明が顔を引き締めて見た先には、木に寄りかかり座り込んでいる川の神と、結界から出ようと暴れまわる怨念の塊──醜い顔をした小鬼がいた。


「なに、すでに川の神から離れたモノ。我に任せるが良い」


「あ、ああ。頼む」


「良い。……臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


晴明は右手で刀印をつくり、空中を横、縦、横と格子状にに切りながら呪文を唱える。そして扇子を取り出すと、右上から左下に振り下ろし、


「今こそ怨念を消し去るべし。急急如律令!」


と言い放った。


すると見えない何かが小鬼を切り裂き、小鬼は一瞬で消え去った。


「……終わった、か?」


「うむ。後は瘴気を浄化するだけだな」


「それは我にお任せ下さい、晴明様」


「む、青龍か。任せて良いか?」


「はい。一瞬で元に戻してみせましょう」


「良い。任せたのだ」


青龍は川に右手を少しつけると、瞬きをした。


次の瞬間、川に流れていた瘴気は跡形もなく消え去り、元の綺麗な川へと戻っていた。


俺はその光景を見て、流石十二神将は違うな、とのほほんと思っていた。


……のが、間違いだった。


「……凄い」


俺は左隣からいきなり聞こえた声に、不覚にも肩をビクつかせた。


「っ、川の神! 目が覚めたのか!? 大丈夫か、どこも痛くないか?」


「……凄すぎる。やはり私は……」


川の神は俺の言葉を無視して、青龍をジッと見つめている。そして、いきなり駆け出したかと思うと、青龍の前に土下座した。


「お願いです、私の代わりに川の神になってくださりませんか!」


「断る」


「なっ、川の神!? 何を言っているんだ! って、青龍様返答はやいな!」


土下座した川の神を見つめていた青龍は、即答した。その後言い放った言葉に、俺は衝撃を受けた。


「お主も晴明様の式神になれば良いではないか」


「私が……式神に? 晴明様とは……?」


「我が敬愛する主。安倍晴明様だ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 川の神、まず何故青龍様にそんなことを!? 俺が側にいるだけでは不満か!?」


「何を言うておる、不満などない。だが、より強い者がこの地を守るに越したことはないだろう」


「そ、それはそうだが。いや、そして青龍様、川の神が晴明……様の式神になったら、この川は誰が守るのです!」


「そんなもの、探さずともいくらでもいる。見知らぬ者に代わるのが嫌なら、我が信頼する者を紹介しよう」


その言葉を聞いた川の神は、顔を輝かせた。


「なりまする! 私、晴明様の式神になりまする!」


「お、おい! ちょっと待て。そうなったら俺が側にいれないだろ!」


「ではお主も我の式神になるか?」


それまで傍観していた晴明が、声を発した。


「なっ……。俺もって、おま……晴明様には、すでに十二神将様達がいらっしゃるではないですか!」


「なに、確かに十二神将達はおるが、十二神将はそれぞれ忙しい身なのだ。なんせこの世は魑魅魍魎が蠢く世。猫の手も借りたいくらいなのだぞ」


「だからって、何故俺も……」


「猫の手も借りたい、とは言うたが、誰でも良い訳ではない。我がお主らを気に入ったから、なのだ」


「気に入った?」


「うむ。だめか?」


そこで青龍は声を潜めて、俺に囁いた。


「お主は川の神が好きなのであろう?」


「なっ!」


俺は、言い当てられて動揺した。

俺は、川の神が泣きながら見せた笑みに……惚れていたのだ。


「なっ……は、いや……ち、ちが……」


「隠さずとも良い。晴明様の式神となれば、必然的に行動を共にする。恋が結ばれることもあるやもしれぬぞ」


俺はその甘い甘い言葉に、無意識に行動を起こした。


晴明の前に片膝をついて頭を下げ、こう言った。


「これから先、全力でお守り致します、晴明様。そして川の神……これからも宜しくな」


「う、うむ。私も宜しく頼む」


「ふむ。良い良い。では二人を名で縛らせてもらうが、良いか?」


「「はっ」」


「では山の神は『る魔』 、川の神は『ろ魔』とする。良いか?」


「「承知致しました」」


こうして、俺達は安倍晴明の式神となった。





それから数年後。



俺は、衝撃の事実を知ることになった。



俺はその時いつものように晴明様の就寝を見守り、側に控えていた。


そこにろ魔がやってきて、交代の合図を送ってきた。


俺は頷き、ろ魔の方へ歩みを進めた──のだが。あろうことか、目測を誤りこけ、ろ魔の胸に自分の顔がぶつかってしまった。


「っと、すまん!」


「ああ、いや、大丈夫だ」


俺は焦って謝ったが、意外にもろ魔は普通に返事をしてきた。


(何故だ? ろ魔なら、「破廉恥!!」とか言って頰を叩いても良さそうなものだが)


俺は気になり、ハッキリ聞くことにした。


「怒らないのか?」


「なにがだ?」


「いや、だから、今胸に顔がぶつかっただろ。怒らないのか?」


「別に。事故だし、気にすることないだろう?」


俺はそういうものか。と思って納得しかけた……が、その考えを覆す言葉が聞こえてきた。


「ああ、る魔。明日の夜、共に風呂に入らぬか? 少し相談があるのだ」


「は? 風呂?」


「うむ。ダメか?」


俺は硬直した。

瞬間的に沢山の事を考えたが、まず女性が男性にそんなに軽々しく裸を見せてはいけないということを教えねば、と思い至った。


「あ、あのな、ろ魔。お前は女性だろ? 女性はそんな簡単に異性に裸を見せてはダメだ!」


「は? ……からかっているのか?」


「からかって……? いや、至って本気だ。お前はあまり人と関わってこなかったから知らないと思うが、そういうものだ」


「……。私は男だ」


「そうだな、男だ。だから──ん? 男?」


「そうだ。男だ」


「…………」


俺は思考が止まった。


それから上から下までろ魔を見て、また下から上までろ魔を見て。

そして、先程胸に顔がぶつかった時、硬い……貧乳だとしても硬すぎる感触だったことを思い出した。


「……えっ。え、えぇぇえー!!」


「な、なにが起きたのだ!?」


俺の叫び声によって晴明は飛び起き、ろ魔は呆れた顔をしていたのだった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] キーワードにボーイズラブ?と記載されていたので、冒頭を加味してもむしろそれを想定していただけに、最後のどんでん返しには驚かされました。 結局、彼らの恋模様がどうなったか分からないままですが…
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