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1話

 ◇ 202X年3月29日16時 核爆弾投下から99日 アキハバラ

 

 中央分離帯から左側の道路を、息を切らしながら走り続けていた。

 

「待て、小僧!」

 

 男二人はまだ追いかけてくる。

 

 俺はその声を無視して和泉橋を渡り、北へ走る。

 

「こら、待て!」

 

 俺は道路の真ん中を走り続ける。

 

 橋を渡り終えると、目印となる壊れた本棚が中に見える高いビルが、見えてきた。


 そろそろ生活場所が近いからこいつらを巻かないと。自分の頭の中に焦りがわいてくるのがわかった。

 

 その建物を左に見ながら交差点を左に曲がり、道路の真ん中をまっすぐ走る。

 

 ちょっと走るとカスドと赤字の背景に書かれた看板が右に見えてきた。

 

 走りながら後ろを見ると、男たちと俺との距離差がどんどん縮まってきている。およそ十五メートル、十四メートル、十三メートル……といったところか。

 

 着実に差を縮められていることだけはわかった。

 

 このままでは追いつかれるだろう。巻くなんて無理に等しいだろう。着は乗らないが最終手段を使うことを決める。

 

 そこで、立ち止まって右足を軸足とし、クルっと後ろに向きなおる。


 男たちは依然と止まらない。 俺との距離はどんどんと詰まっていく。

 

 そこで、腰に掛けたハンドガンホルダーから、昔手に入れた拳銃を落ち着いて取り出し、銃口を相手に向ける。

 

 男たちは、キキィーッと音が鳴るくらいの勢いで立ち止まった。

 

 右足を引き、銃を持っている右手をのばし、左手を右手の下からそえて構える。相手は固まっているので、反動制御のしやすい構え方でいいだろう。

 

 しばらく風も止まって静寂が訪れる。俺は、意識を向ける方向を男たちから銃のほうへ変える。


 長く鼻から息を出し、鼻から息を長く吸う。気分の高まりを落ち着かせる。銃を撃つにあたって、興奮は最大の敵だ。

 

 俺は男たちの足元に銃口を向けかえる。 そして、

 

 

―引き金を引いた。

 

 

 銃口から光が噴き出し、地面が揺れたと思うほどの轟音が鳴り響く。同時に反動によって腕が跳ねる。

 

 あたりには硝煙のにおいが立ち込め、薬莢が地面に落ちてカランカラン、という音を立てた。

 

 着弾点を見ると、道路のアスファルトに穴が開いている。

 

 男たちは驚きのあまり腰を抜かしたようだ。立ち上がろうとうんうんうなっている。


 よし、これで逃げられるか。


 生活場所にたどり着く前に敵を巻けたことに、安堵感が生まれた。

 

 人を殺すのは趣味じゃない。だから足元を狙って撃った。

 

 そいつらを尻目に俺は薬莢を拾ってから踵を返して左足から走り出す。

 

「我々はお前が盗みをはたらいたことを忘れないからな! 次にあったときはただじゃ置かないぞ!」

 

 背中に罵声が飛んできた。負け犬の遠吠えって醜いものだな。

 

 時々立ち上がってないことを振り返って確認しつつ走る。依然として、男たちは立ち上がれていないようだ。

 

 そこで次の交差点を右に曲がる。

 

 正面に要塞のような建物が見えてきた。とても大きい建物だ。

 

 あれはちょっと前まで、駅として使われていたらしいが、電車が走っていない今となってはただのでかい建物だ。

 

 UMIQLOと外に向けられたでかい建物を左側に見ながら走っていき、駅のなかに入る。


 ここまでくれば、もう安心だろう。少し安心感がある。

 

 中央改札口と書かれた場所の左側にある駅事務室のカウンターを乗り越え、暗い通路を奥へと息を整えながら歩いて進む。

 

 そして、扉を何個か通り過ぎた先にある非常灯の明かりで照らされた右側の扉を開ける。

 

 机がいくつかあり、紙が散乱した、高い位置に小さい窓が一つだけある部屋にたどり着く。 俺はここをリビングと呼んでいる。

 

 電気はついていない。非常灯で照らされている程度の明るさで動物の気配がしないほど静かであった。

 

 部屋に向かって声をかける。

 

「ミィ、俺だ。出てきていいぞ」

 

「おにいちゃん?」

 

 そういって茶髪の顔立ちの整った女の子がそおっと机の下から顔を出した。


 ミィが無事なことを確認できて、ほっとする。


「そこに隠れてたのか。待たせてごめんな」


 肩の力を抜きたい気持ちがわくが、ミィに心配をかけたくないので、少し我慢する。

 

 そこでリュックの中から、鯖缶を出してミィに投げてあげる。ミィはそれを飛び上がってキャッチする。着ているワンピースがふわりと広がる。

 

「ありがと!おにいちゃん!」

 

 ミィは飛び切りの笑顔で返してくる。 この笑顔を見ると、今までの疲れが吹き飛んだように感じた。

 

 本当にかわいい妹だ。


 危ない目に合わせたくないから、ミィにはここで留守番してもらっている。

 

 治安が悪く、暴力、略奪が横行しているアキハバラに、女の子一人で外に出したら、どんなことをされるかわからない。

 

 俺も、略奪は平気で行っているから、人のことは言えないけど。

 

 盗まなければ、妹も俺も生きていけないから盗みをしているだけだ。

 

 自分さえよければそれでいい。他人の人生なんて知ったことか。


 ヤクの取引でぼろもうけしてるやつの人生なんて、もっとどうでもいい。

 

「おにいちゃん、隠れて。誰かいる」

 

 そこに、ミィが小声で俺に告げた。

 

 静かにしながら机の裏に隠れる。 前に怒られたから、なるべく物音も立てないようにする。

 

 しばらくの沈黙が流れる。人が近くにいるとは思えないほどの静けさだ。息をひそめ静かにする。

 

 一分ほどたった後、ミィが口を開く。

 

「もういいよ?おにいちゃん」

 

「ふう」

 

 安堵の意を込め、息を長めに吐く。

 

「多分おにいちゃんを追いかけてた二人組だよ」

 

「そうか」

 

 どうやら、ミィは俺が逃げてるところも聞いていたらしい。


「なんかそいつら話してたか?」


「きちょうな缶詰を盗みやがってどこ行きやがったとかなんとか」


「そうか。ちょっとめんどくさい組織につかまったかもしれないな……」

 

 すこし後悔する。これからの行動も制限されるだろう。これは困ったなぁ……。


 ミィはそんな俺の気持ちを差しおいてテーブルの前の椅子に座って俺に向かって言う。

 

「おにいちゃん、缶切りちょうだい」

 

 ミィは紅葉のような小さい手を俺に突き出してきた。

 

「あ、ごめん」

 

 ミィが今持っている鯖缶は缶切りがないと開けられないタイプのやつなのを忘れていた。 少し配慮が足りなかったと反省する。

 

 缶切りは投げると危ないので、ミィのもとに行き、手渡ししてあげる。

 

「ありがとう」

 

 ミィは満面の笑顔でそれを受け取った。

 

 ミィが手より大きい缶詰を開け始める。でも、暗いせいか開けづらそうだ。

 

 明かりをつけてあげよう。

 

 棚にしまってあるろうそくを取りだす。そして、下に陶器の受け皿が置かれた、机の上にある燭台に差す。

 

 周りに散らばっている紙類はまとめて部屋の隅っこに置いておく。燃え移ったら危ないから。

 

 ライターでろうそくに火をつける。

 

 すると、周りが暖かいオレンジ色の光によって照らされた。この光は、お父さんとお母さんに見守られているように暖かい光だった。


 それは、細々とした炎だったが、気持ち的には頼もしい炎であった。

 

 ろうそくからミィに視点を移す。ミィは鯖缶を開け終わり、鯖缶を食べ始めていた。

 

 オレンジジュースが入った缶ジュースを棚から取り出し、ミィの近くの机の上に置く。

 

 そして、自分の分の缶詰を開ける。俺のはバケボノサケだから、缶切りはいらない。

 

 さすがだな。マルハゲツロ。

 

 開け終わってミィを見ると、幸せそうな顔で鯖缶を食べている。

 

 それだけ鯖缶が食べたかったのだろう。

 

 鯖缶はとても貴重で食べられる機会なんてほとんどない。この顔を見ると盗んできてよかったと、苦労が報われたような気持ちになる。俺は鯖缶食べたことがないけど、それほどおいしいのだろう。

 

「そういえばミィ。ほんと耳がいいよな」

 

 ミィは鯖缶から俺に顔を移す。

 

「そう?」

 

 特に普通じゃない? という顔を見せてくる。普通じゃないよ。その耳の良さは。


 少しうらやましく感じている。

 

「どのくらい聞こえるんだっけ?」

 

「近くのコーサテンぐらい? 集中すればあそこまでははっきり聞こえるよ?」


 よく考えると、ここからさっきの交差点は百メートルくらいだから、集中すれば百メートルは鮮明に聞こえるのだろう。


 ミィはオレンジジュースの缶を開け、コクコクと音がする勢いでのどに流し込む。のども相当乾いていたのだろう。

 

「へぇ。やっぱりすごいな」

 

 ミィは鯖缶に目を戻す。

 

「はっきりじゃなくていいなら、もっと遠くまで聞こえるよ」

 

 そう言ってからミィは鯖を口に運んだ。

 

 ふと気づくと、ろうそくが短くなってきている。棚に残っていたろうそくは六本しかなかった気がしたから、買いに行くか盗みに行くかしないといけない。


 ちょっと面倒くさいな。さっきの組織の件もあるから、あまり出歩きたくないっていうのもある。

 

 そういえば、ミィの靴も買わないといけないことに気づく。


 それなら、ろうそくもその時一緒に買いに行くことにしよう。ろうそくごときを盗むほうが効率が悪いから。

 

 リュックを開けて缶詰の個数を調べる。


「いち、に、さん、し、ご」


 五個のグループを作って数えていく。


 すると五個のグループが四つ出来て、四個余ったので今回盗んできたのは五×四+四で二十四個だと計算できた。

 

「食べたのを除いて、今日手に入れたのが二十五個だから、三十九個の備蓄分入れて、えっと、六十四個か」

 

 計算は得意なほうだ。小学校に行ってた頃は算数は毎回満点で、皆に頭がいいと褒められていた。もう小学校なんてものは核爆弾のせいでなくなったけど。

 

 靴は大体缶詰十個、ろうそくは十本で缶詰三個だから、ろうそく三十本買うとすると、缶詰十九個か。

 

 必要な缶詰の計算を済ませる。ここでミィに声をかけてみる。

 

「ミィ明日買物一緒に行くか?」

 

「いきたい!」

 

 ミィは元気よく答える。

 

 買物の場所はそこそこ遠いからミィを一人にしておくと逆に危ない。あの組織の件もあるからさらに危ないだろう。

 

「わかった。いっしょにいこうか」

 

「やった!」

 

 ミィは元気よく跳ねる。ミィはこの場所からあまり出ないので、唯一外に出れる買物が楽しいんだろう。

 

 盗んできた大き目のリュックに余分な量を足した缶詰やその他雑品などを入れておく。

 

 リュックには実弾の予備を入れておく。いざというときにミィを守れるように。

 

 使った実弾を補充した拳銃をハンドガンホルダーにしまっておいた。

 

 黙々と作業をして、荷物整理が終わったころ、ミィが欠伸をした。

 

 一日中集中していたから疲れたのだろう。

 

「じゃあ、もうねようか?」

 

 ミィに優しく尋ねてみる。

 

「まだねむくないもん」

 

 ミィは変なところで意地を張っている。これは眠いんだろう。

 

「明日買い物行かないよ?」

 

 ちょっと意地悪くいってみる。

 

「うぬぬ...」

 

 ミィはなにか苦いものを食べたような顔をして唸る。

 

 そういってミィをドアを開けて寝る部屋に促す。ミィは渋々としたがって、仮眠室と書かれたプラスチックの札が、入口にかかげられている部屋に入る。

 

 寝るためだけの部屋で本当にベッドしか置かれていない。

 

 ミィをベッドに寝かせて、布団代わりの布切れをかけてあげる。

 

 しばらく近くにいて、ミィが眠るのを待った。最初こそ目を覚まして、手遊びなどをしていたが、やっぱり疲れていたのかミィは寝息を立て始めた。

 

 ミィが完全に寝たことを確認して、さっきの部屋に戻る。

 

 ろうそくを消すと、部屋は暗闇に包まれた。月明かりが部屋をほんのりと照らす。


 暗闇に少し不安感を覚えるが、月明りがあることによってそれはいくらか軽減された。


 物がいろいろしまってある棚に鍵をかける。


 缶詰入れとリュックは寝室にあるから、缶詰が盗まれる心配はないだろう。

 

 そして、紙類を散乱させる。これによって生活感を申し訳程度に隠す。

 

 生活していることがばれて、殺されるのは嫌だ。


 缶詰のごみもゴミ袋に入れ寝室に置いておく。

 

 そして、一通り片付け(散らかし)が終わったので、寝室に入り、寝室の扉に鍵をかける。

 

 それによって寝ていても安全性が保たれる。安心感も得られた。

 

 ミィのベッドとつながった隣のベッドに入って、ミィの寝顔を見る。幸せそうな顔をして眠っている。

 

 この幸せそうな寝顔を守るため毎日頑張っているといっても過言ではない。

 

 天井に顔を向け、目をつぶる。眠気に襲われ始める。

 

 しかし、その時にミィがうんうんとうなり始めた。

 

 俺はミィの近くによってみる。するとミィは涙を流しながら寝言をつぶやく。

 

「パパ、ママ……。うぅ……。」


 ミィはお父さんとお母さんが出てくる悪い夢を見ているのだろう。

 

 ミィはお父さんとお母さんにもう一度会いたいのかもしれない。もしそうだとしたら、俺も同じ思いだ。

 

 もう二度と会えないと知りながら、いつか会えると信じている。

 

 二人の顔が暗闇に浮かび、近づいてくる。頼もしい父と優しい母の顔。

 

 ミィにとって俺という存在は親以上の存在でないといけない。

 

 だから、俺が弱い部分を見せてはいけないだろう。

 

 そう考えると親の顔がだんだんと俺の目の前から遠ざかっていく。お父さんとお母さんのこともだんだんと頭の中から離れていった。

 

 悲しさは和らいだ。しかし、顔が見えなくなったことですこし寂しくなった。

 

 うなされているミィの頭を右手でなでながら、左手でミィの手を包んで言う。

 

「大丈夫だよ……。俺がついてるから……。俺がミィを守るから……」

 

 ミィの顔から悲しみがだんだんと薄れていくように感じた。

 

 俺はミィの頭をなで続けてあげる。しばらくするとミィはすぅすぅと寝息を立て始めた。

 

 ミィの左手を握りながら寝ることにする。

 

 もう一度目をつぶる。さっきと違うのは左手にミィのぬくもりを感じていることだ。

 

 ものすごく安心する。近くに人のぬくもりを感じることがこんなに安心するなんて今まで知らなかった。

 

 眠気が俺を眠りのほうへ引っ張ってくれる。

 

 だんだんと意識が遠のいていく感覚が心地よい。

 

 そうして俺らは一日の疲れをいやすことにした。

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