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◇202X年3月29日 15時 核爆弾投下から99日 アキハバラ
生け垣の中で息をひそめて、ただ待ち続ける。
しばらくすると目の前のビルから男二人組が出てきた。
「三十分後には戻るよ。その間見張りは誰もいないから戻ってきてくれないか? どうぞ」
「……―――……。……―」
トランシーバーで会話しながら男二人組は左のほうへ去っていった。
ふむふむ。ビルに見張りはいないのか。ここにしよう。
そういって男二人組が去っていき、背中が見えなくなるのを確認して、生垣から出てビルへと走る。
幸いなことに入口の扉は開け放たれていた。
タイムリミットは三十分。それまでにずらかるぞ。
扉の前で深呼吸し、息を整え、ビルに入る。
入口の左側の受付らしき場所の上から、虎の頭だけのはく製に、お出迎えされた。
正直言って、趣味悪いなぁ。
俺から向かって左側に階段、右側に通路がある。
左側の階段は音が立ちやすそうだな。見張りはいないだろうけど一応警戒して音が立たなさそうな通路のほうにいこう。
そう考えて右側の赤く非常灯で照らされた、まっすぐな薄暗い通路を進む。
しばらく進むと、何かが腐敗した匂いがした。
「よし、ビンゴ」
小さな声で少し喜ぶ。
その臭いを頼りに通路を進み、角を何回か曲がると事務机がたくさん置いてある狭い部屋にたどり着いた。
その部屋の奥の部屋には電気がついており、その部屋もほんのりと明るかった。
そこで気づく。ここには電気が供給されている。発電機があるのか?
発電機があるとしたら、この組織はでかい組織だろう。
でかい組織に目を付けられると非常に面倒くさいから、入らなければよかったと後悔する。
周りを見渡すと、ある事務机に缶詰が詰まれているのが見えた。
よし! やっぱり当たった! 腐敗集をたどって正解だったな。
その机に駆け寄り、貪るように缶詰を入れられるだけリュックに詰め込む。
急いで缶詰をリュックに入れ終える。
よし、ずらかろう。
出口に向かおうとしたその時、奥の部屋のほうから声が聞こえてきた。
俺は慌てて事務机の下に隠れる。
見張りはいないんじゃなかったのか?
動揺を落ち着かせるために深呼吸をする。
少し落ち着いた。冷静になってから、慢心していたな、と反省する。
「ヤクの取引の収支状況はどうだ?」
野太い疑問の声が聞こえてきた。セリフ的にリーダー格だろう。
「まぁ、ぼちぼちってとこですかね。明日には外の組織との大口契約の支払いとして、缶詰二百個と五百万円が入ってきますから」
「太玄芯コーポとの取引か」
「そうですね」
返答の声があるということは二人組だろう。
「ヤクってものはいいなぁ。何もしなくても収入が入ってくる。ほんと最高だ」
「ほんとそうですね」
「言っておくが、契約のことは最高機密だからな? だから見張りのやつを外に出したんだ。もし、取引先の情報を知っている奴は殺せよ?」
「了解です。私の手で始末します」
これはここにいるのがばれたら殺されるぞ。
さっき落ち着かせたばかりの心臓の鼓動がだんだんと早くなっているのが自分でもわかった。
「ところで、トーキョーからの脱出資金の一億円はあとどのくらいだ?」
そこで奥の部屋の椅子がきしむ音がした。
「およそ、二千万円かと。このままいけば三か月ほどで貯まるでしょう。すべて順調に進んでいます」
「そうか。俺がトーキョーから脱出出来たら、この組織の次期リーダーはお前に託そう。それまではよろしくな?」
「はい、ありがとうございます……!」
どうやら二人組の会話は終わったようだ。
また椅子がきしむ音がする。
早くいなくなれよ……。
しかしその思いむなしく、二人組が部屋から去る気配はない。
しばらくすると、たばこの匂いが漂い始めた。
タバコを吸うということは、むしろ部屋を去る気はないということだろう。
なら、逃げるしかないか……。
ばれたら恐ろしいという気もあったが、ここに居続けるほうがばれる確率が高そうだ。
そう察し、しゃがみながら、忍び足で、事務机の下から出て部屋の出口を目指す。
なるべく足音を立てないように……。立てないように……。
その時、俺は何かを蹴飛ばしてしまった。
カランカラン……カラカラカラ……。
空き缶を蹴飛ばして転がしてしまったのだ……! すぐさま近くの事務机の下に隠れる。
「誰だ!」
野太い声がさっきとは違ってこちらに向かって飛んでくる。
まずいな……。ばれた……!
「おい、お前。見てこい!もし人がいたら殺せ!」
殺される。そう思うと恐怖で心臓の鼓動が早くなっていく。
「了解しました」
そういって、足音が近づいてくる。
いやだ! 殺されたくない! 俺には帰らなきゃいけない理由があるんだ……!
冷静になるために一つ息を深く吸い、息を整える。
何かしらいい方法方法があるはずだ。考えろ。考えろよ。俺……。
一ついい案が思いついた! 賭けのような手段だが、一番生き残る確率が高そうだ。
リュックのサイドポケットから懐中電灯を取り出し、構えて持つ。
男が目の前に来た時、急に事務机の下から出る。
「ガキ……? かぁ?」
男はこちらを見て一瞬硬直する。
男が俺の手元に目を向けてきた瞬間、懐中電灯のスイッチを入れ、その光をを男の目に向けて放つ。
「ぐあっ! まぶしっ!」
男は目をつぶってその場に倒れこみ、うずくまる。
いまだ! いまなら逃げられる!
俺は男が目をくらませている隙に出口へと走る。
「まて!」
背中に声を浴びたが無視して走り出口にたどり着き通路に出る。
薄暗い部屋だから、まぶしい光を浴びせれば、視力を一瞬失わせることができるだろう、と思ってめちゃくちゃに明るい懐中電灯の光を放ったが、うまくいったようでよかった。
一泡吹かせてやったという達成感が湧き上がる。
通路に出てから、落ち着いて一つ一つの曲がり角を思い出しながら、入った時と同じ道を走ってたどる。
焦って間違った場所を曲がって時間をロスするよりも、正解の道を落ち着いて考えて曲がり角を曲がるほうが得策だろうと思ったからだ。
暗い通路を通り抜け、何度か曲がると明るい光が見えてきた。
多分あれが外の光だろう。間違いはなかったようだ。少し安心する。
俺は開け放たれた扉からビルの外に出る。いきなり眩い光が目に入ってきて、視力を失ったように錯覚する。
しかし、そんなことを気にするより早く、建物から出て右の方向に走り始める。走らないと捕まるから。
視力が回復してきて、一つ目の交差点に差し掛かったのがはっきりと分かったところで、
「まて! 泥棒ガキ!」
右側から罵声が飛んできて、俺のほうへ走ってくる。
さっきのビルであった人間とは別の人間だ。
交差点をまっすぐ進む。しばらくして後ろを見ると、男も交差点を曲がって、俺を追いかけてきているのが見えた。
距離は結構離れている。
こいつらしつこいな。何人組織の構成員いるんだよ。
つかまりたくないから、逃げるしかない。結構差は開いてるからまだ大丈夫だろう。
しばらく走ると昭和通りに出た。
そこで俺は、昭和通りと今まで走ってきた道路の交差点を右折し昭和通りを進む。追いかけられていること以外計画通りに進んでいる。追いかけられてること以外は。
「おい、そこの見回り! こいつを捕まえるの手伝ってくれ! 捕まえたらこいつが持っている缶詰をすべてくれるらしいぞ? 報酬は半分ずつでいいから!」
そこで、後ろから追いかけている奴が道路の反対側を歩いているちっこい奴に、どなり声をかけた。
その声に気づいたちっこい奴は、
「おうよ! 持久力は自信あるぜ!」
といって、俺の後を追って走り出した。
追いかけてくる奴が一人増えたのだ。正直一人でもいっぱいいっぱいだ。二人になるとか聞いていない。
ふと気づくと、岩本町と書かれた地下鉄の駅への入り口が横に見える。どうやら方向はあってるみたいだ。
俺はそのままの方向を維持して昭和通りを走り続ける。
男たちはまだまだ俺を追いかけ続けそうだ。
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