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利き手恋愛~左利き至上主義~  作者: さばりん
9/10

クラスの女王様

綾瀬望結と付き合い始めて一週間が経過した。

 俺の学園生活リズムはガラリと変わった。


「おはよう、天馬くん」

「あ、うん、おはよう綾瀬さん」


 せめて朝の挨拶だけはしようという結論に至り、綾瀬さんと挨拶を交わす。

 2、3日は、クラスメイトからの視線が気になったものの、毎日のように繰り返せば気にすることもなくなり、俺たちの挨拶も空気のように扱われた。


 そして今は、放課後のノーと書き写しをやりながら隣の席で望結がスマホを操作しながら何やらニコニコと笑みを浮かべていた。望結は生徒会役員で、放課後はよく生徒会室で会議を行っているそうだが、今日は生徒会活動がお休みのため、一緒にユースの練習場まで行くことになり、こうやって放課後の教室に二人で残って時間をつぶしていた。


「そういえばさ、どうして天馬くんは授業中は右手でノートとってるの??」


 望結が前から思っていた疑問を投げかけてきた。俺は当然のように答える。


「左利きってバレたくないから」

「なんでバレたくないの??みんなに気づかれたくないの?」


 スマホをしまい、今は俺のほうを向いて興味津々といったように聞き返してきていた。俺も写していたノートから顔を上げて、望結の方を向きながら卑下するように言った。


「そりゃ、俺みたいなボッチが左利きなんてバレたら、クラスのやつにバカにされるからに決まってるだろ。『天馬って左利きらしいぞ?』『え~嘘~あの天馬が??キッモ』ってな」


 結局、左利きでもモテるのはイケメンに限るんですよ、はいはい。

 そんななげやりな気持ちで吐き捨てるように言い終えると、望結が悲しそうな目をして俯いていた。


「そんなことないのにな…」

「えっ?」

「天馬くんは、かっこいいよ」


 真っ直ぐな瞳で、望結はそう訴えかけてきた。


「お、おう・・・そうか…」


 俺はどう返していいのか分からずに、苦笑を浮かべることしかできない。

 じっと見つめられたままで、どうしようと困っていると、突然教室のドアがガラガラっという音を立てて開かれた。

 ドアの方へ目をやると、俺と望結の方を鋭い視線で睨みつけているテニスウェアに身を包んだ藤堂麗華とうどうれいかの姿があった。


 俺たちは固まって藤堂麗華を見つめ返していたが、藤堂さんは興味を失ったのか、すっと目線を逸らしてトコトコと自分の席に向かっていく。


 俺と望結はその姿をひたすら目で追った。教室には藤堂麗華の足音だけが響いている。


 自分の机に到着して、机の引き出しの中から何かを取り出すと、クルっとUターンして教室の出口へと戻っていく。

 教室を出る直前に、チラっとこちらの様子を確認したようにも見えたが、何も言わずにガラガラっと扉を閉めて出て行ってしまった。


 再び教室の中には沈黙が訪れ、差しこんでいる西日が二人を照らしていた。

 張り詰めていた空気感が一気にやらわぎ、俺と望結は見つめ合った。


「ふぅ~」

「ふぅ~」


 そして、力を抜くように、お互いにため息をついた。

 藤堂さんは、クラスのトップカースト集団の女子界でのトップ、何か怪しい行動でもすれば、すぐさまクラスでの標的にされてしまう。


「藤堂さん、怖かったね」


 気疲れしてしまったような重い口調で望結が言ってきた。やはり彼女も藤堂さんは少し苦手意識があるようだ。


「そうだな…教室ではもう少しお互いに気を張っておくようにしよう」

「そうだね…」


 いつ誰が放課後の教室に入って来てもおかしくないからな…

 改めてクラス内での立ち位置を確認したうえで、俺と望結の関わり方を再確認することとなった。



 ◇



 ところ変わってユースチームの練習場。

 今日はひたすら走力トレーニングを課せられた。

 週末の試合で、単純に相手に走り負け、戦う気持ちが感じられないとコーチが怒り心頭となり、急遽持久力や走力のトレーニングを課せられていたのだ。ボールを使わない練習ほどつまらないものはない。ただただ、コーチの笛の音と、自分たちの地面を蹴る音だけが鳴り響いていた。


 走りながらチラリと見学席の方を見やると、望結が覗き込むようにこちらを見つめていた。


「はぁ…」


 俺は思わずため息が漏れてしまう。こんな情けない練習姿を見られたくなかった。むしろ、もっとカッコイイ姿を見せたかった。そう虚しさを感じつつ、ひたすらコートの周りをグルグルと走り続けた。


 結局この日は、走り込みと筋力トレーニングで練習は終わりになってしまった。俺はロッカールームに戻り、近くにあった椅子に座り込む。足が攣りそうなくらい張っているのが分かった。こりゃ、明日もハードになりそうだな…そんなことを考えていると、何やら視線を感じた。

 その方向へ目を向けると、稲穂がニタニタとした笑顔でこちらを見つめていた。


「何だよ…?」

「いやっ、お前今日練習中ずっとチラチラ綾瀬さんのこと何度も見てたから、浮かれてるなって」

「なっ…///」


 俺は恥ずかしくなり、みるみると顔が熱くなっていくのが分かった。


「いやぁ~にしても、綾瀬さんが青谷の彼女だったとは…青谷も隅に置けないな」


 ニタニタした笑いを続けながら稲穂が冷やかしてきた。


「う、うるせぇ…黙れよ!」

「へへっ!」


 俺が手でしっしと追いやると、稲穂は逃げるようにシャワーへと向かっていった。


 あれから、稲穂たちにも正式に彼女として綾瀬さんを紹介したのだが、それ以降毎日のようにこうやって冷やかされるようになってしまった。というか、8割は稲穂がやっているのだが…しつこいとも思う時もあるが、正直ネタにしてくれた方がこっちとしても気持ちが楽だった。逆に何も言われなかったら、どう思われてるのだろうと不安になってしまうから。

 そんなことを考えてふと思い出したのは、先ほどの藤堂さんの睨み付ける視線だった。


 クラスのトップカーストのドン、いわゆる女王様である藤堂さんは、放課後の教室で望結と二人っきりで俺がいたことをどう思ったのだろうか…空気のような俺の存在だから、気に留めないで無視してくれていればいいのだが…

 目につけられると、何をされるか分からない、そういった恐怖心みたいなものがうちのクラスにはあった。だから、余計に目撃されてしまったからには不安が頭の中によぎるのだ。

 

 まあ、明日になれば分かることだし、なんとかなるだろ。俺はそう結論付けて、稲穂の後を追う形でシャワー室へと向かった。

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