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俺と、ドラゴン冬の陣(1)

黒竜が去った。


それから三日が過ぎて。


そこには負傷に苦しむドラゴンたちの姿があった。

 黒竜を討伐した。


 だからと言って、全てが解決となるかと言えば、そんなことは無いわけで。生じた被害が無かったことになるはずが無いわけで。


 村が襲われ、人が焼かれて。


 それが無かったことになるわけじゃない。焼け出された人々をどうするかという問題は、いぜん領主たちの間に難問として横たわっている。


 そして、ここにも被害は被害として残されていた。


 ハイゼ家の屋敷だった。その竜舎だ。


 そこには、サーバスさんを始めとして、ハイゼ家のドラゴンたちが暮らしている。ただ、今はその限りでは無い。必ずしも竜舎の中でというわけでは無いが、ハルベイユ候領中のドラゴンたちが生活を共にしている。


 その様子は悲惨と言うほか無かった。


 苦悶の声が耐えず響き続ける。現在は晴れの昼間だったが、晴れやかな空気とはほど遠い。ドラゴンの怪我への呻きで、場の空気は暗くよどんでいる。


 黒竜の置き土産だった。


 どのドラゴンも、多かれ少なかれ負傷しているのだ。黒竜の雷撃を受けてだった。中には、ほとんど全身に火傷を負っているドラゴンもいる。すでに三日が経っていたが、いまだ夜も寝られないようなドラゴンも多い。苦悶の声は朝夕の区別も無く、竜舎に充満し続けていた。


 そして今もだった。


 ドラゴンが一体、苦悶の叫びで竜舎の空気を震わすのだった。


『ひーまーっ!!』


 ……コイツ、いつかヒドイ目に会わせてやるからな。


 そんな決意を俺が固めたのはともかくとしまして。


 苦悶の叫びを上げたのは、どこぞの空気読めない系の赤邪竜……ラナでした。


 俺と同じく余っていた竜舎に入れてもらっているコイツですが、何故こんな余裕の叫びを上げていられるのか? それはもちろん、ラナが怪我なんて一つも負っていないからでして。


 怪我をする前に離脱してもらったからね。このままだと大怪我するかもと思ったから、早めの離脱を俺がお願いしたのであって。


 だから、ラナの現状は俺にとってありがたいものでした。怪我も無く、夜もぐっすりでいてくれるのは、俺の願った状況でありまして。


 ただ……ねぇ?


 この状況で、それ言う? 俺は、隣の竜舎に収まるラナを軽くにらみつける。


『ラナ。そういうワガママは言わない。皆、苦しんでるんだから』


 ぶっちゃけね、俺も殺気が湧かないこともありませんでした。


 俺は夜も寝られないドラゴンの筆頭でして。一番黒竜にボッコボコにされたわけで、当然重傷も重傷ですし。安眠出来ているのになんて贅沢なことをって思わないわけでもありませんでした。


 そんな俺の胸中をラナはどうにも察してくれたみたいでして。


『うっ……わ、悪かったわよ。思わず言っちゃっただけ。そんな別に怒ることないじゃないの』


 罪悪感を覚えているようだけど……なんか思わずシミジミとしちゃう。


 昔だったら、何ら悪びれること無かっただろうにね。そうだろうとは思っていたけど、なんかラナもだんだん大人になってきているようで。そこがなんとも感慨深いと言いますか。


 まぁ、そこはともかく。


『俺は別に良いんだけどさ。それでラナに怒っちゃうドラゴンも出てくるかもだから。ちょっと気を付けた方がいいと思うよ』


 一応、注意はさせてもらいます。


 ラウ家のドラゴンたち、それにサーバスさんか。俺が身近にしているドラゴンたちは例外だけどね。でも、それ以外のドラゴンたちは、けっこう感情が薄かったりするのですが。


 それでも、火傷を負ってどうにも機嫌はよろしくないようで。今も数体のドラゴンがラナをにらみつけてきていたりする。ドラゴンのケンカなんて、壮絶な未来しか見えないからなぁ。ラナには是非とも、挑発になり得る物言いはひかえて欲しいものである。


『だが、ラナだからなぁ』


 不意の達観したような発言はアルバのものでした。


 こちらは竜舎の外で、杭にヒモでつながれているアルバです。とぐろを巻きながらに、俺を見つめてきました。


『ただでさえ遊んでいないところに、俺もノーラも怪我したからな。ここのところ、まったく遊べていないわけだ。ラナが不満を訴えるのも同情は出来んが、理解は出来る』


 ラナの生態をよく理解したお言葉でした。そして、それには同調の声が上がりまして。


『……そうねー。ラナだから』


 俺の隣のサーバスさんでした。そこまでラナとの付き合いは長くは無いはずですけどね。それでも理解出来るということだろう。ラナは本当にそういう生き物ですから。


 アルバが再び口を開きます。


『ノーラ。良かったらだが、お前で何とか遊んでやってくれ。俺には方法が思いつかなかったからな。そいつがウダウダ文句を垂れているのは、本当イライラさせられて仕方ないんだ。よろしく頼む』


 そんな、俺と同じく寝られないドラゴン代表のアルバでした。コイツ、寝るのが大好きだからなぁ。それが思うに任せられず、大分ストレスが溜まっているようで。


 アルバのお願いだったら仕方がない。って言いますか、アルバVSラナなんていう怪獣大決戦は引き起こしたくありませんので。ここは俺が骨を折る必要はあるかなぁ。


 気づけば、ラナはふらりふらりと尻尾を振っていました。な、なんか、めっちゃ期待されてるー。どないしよう。目を輝かせて、俺を見つめておられますが。


 遊び……ねぇ?


 満身創痍の俺でも付き合えるような遊び。となると、どうしてもインドアよりの趣向にならざるを得ませんが。


 うーん、これは……とりあえずだけど。


 俺は目の前の地面に前足でカリカリ。ラナが注視する中、マス目が九つの正方形を描いてみせます。


『なにこれ?』


 ラナの疑問はごもっとも。俺はとにかく説明をします。


 マルバツゲームでいいのかな? そんなものでした。


 ボードゲームの一種なのかな? ゲーム盤は九分割された正方形。駒の役割はマル印とバツ印。


 対戦者はそれぞれマルとバツを担いまして、交互にマスの中に書き込んでいきます。


 書き込む目的としては、タテ、ヨコ、ナナメ。どれでもいいのですが、とにかく印を一直線に並べることです。無事並べきることが出来たら勝ち。そんなゲームとなります。


 ラナと出来そうなインドアゲームということで、咄嗟に思いついたのがこんなゲームでした。しかし、なんだか懐かしいなぁ。思い出としては小学生時代のものだし。あの頃の俺はなぁ、幼いながらに輝いてもないし特に思い出したいことはありませんでした。


 このゲームも他人がやっているのを眺めているだけだったしね。覚えていたのはその結果だし。


 とにもかくにも。


 説明を受けたラナは大きく首をかしげてきました。


『それ、楽しいの?』


 危惧していた疑問でした。アウトドア派と言いますか、流血志向のラナさんなので。


 期待していた遊びじゃ全然無いだろうからなぁ。それでも、俺が出来そうな遊びはこれだけだし。俺は力強く頷きを見せます。


『楽しい。もうね、俺が保証するから』


 とにかく一度遊んでもらいましょう。俺が絶賛して、ラナもやる気になってくれたらしい。


『ふーん。じゃ、一回やってみましょっか』


 と言うことでゲームスタート。


 そしての結果なのですが……


『つまらん』


 十分ほど遊んだ結果でした。案の定の言葉が、ラナの口からもれ……たわけではありませんでした。


 いや、言葉自体は予想の範疇だったんだけどね。


 ただ、思っていた経緯の末に出た言葉では無かったと言いますか。


『やりがいが少ない。なんか引き分けも多いしさぁ』


 そんな文句を垂れるラナでした。


 十分に遊んだ末のつまらんだったのである。意外と楽しんでくれたようでして。


 そのこと自体は嬉しかったのですが、うーん。こやつ、つまらんときましたか。


 確かにそこまで複雑なゲームじゃないし。まぁ、俺やラナが思う以上に奥深いのかもしれないけど、現状の俺たちではこれ以上楽しめない感はある。


『確かになぁ。もっとやりごたえは欲しくはあるな』


 こちらはアルバのご意見でした。


 このドラゴンも、たいがいヒマを持て余していたので。サーバスさんを相手にしてゲームに興じていたのですが……しかしなぁ、客観的に見るとすごい光景だな、これ。ドラゴンがゲームやってるんだよな、ゲームを。


 やっぱりドラゴンって賢い生き物だよなぁ。そんなことを思いつつ、俺は悩まざるを得ませんでした。やりごたえねぇ。まぁ、このドラゴンたちは、ヒマつぶしはヒマつぶしでも、がっつりしたヒマつぶしを望んでいるだろうし。マルバツゲームではどうにも足りないようで。


 じゃあ、うん。次は……これにしてみましょうかね。


 今度もボードゲームでした。適当にマス目を描いていきますが……えーと、タテ、ヨコなんマスずつだったっけ? まぁ、いいや。やっている内に多分思い出すでしょ。


 リバーシでした。


 俺が思いついたボードゲームである。いわずと知れた、多分世界的なボードゲーム。先攻、後攻、それぞれに白と黒のコマを持ちまして。同じ色のコマで囲めば、ひっくり返して自分たちの手駒に数えることが出来る。それが特徴のボードゲームである。最終的に、盤上にある自らの色のコマが多い方が勝利ということで。


 もちろんコマなんて無いので、マルとバツで代用することになりますが。ともあれ、俺が思い浮かべることが出来て、その中で出来そうな遊びがこれでした。


 しかし、これもなつかしいなぁ。社会人時代にはスマホのアプリで、空き時間によくやったものである。あの頃の俺はなぁ、悪い意味で筆舌に尽くしがたいものがあるので。思い出しません。思い出してたまるもんですか、えぇ。


 ともあれ、説明をすませまして。


『ふーん。じゃ、やってみよっか』


 少しばかりワクワクしながらでした。ラナが頷いてきて、いざゲームスタートでした。


 で、その結果ですが。


『つまらん』


 一時間ほど遊んだ末です。


 ラナは俺の目を見つめながらに、真顔で口を開かれました。


『つまらん。アンタの相手は、弱すぎて本当につまらん』


『……申し訳ありません』


 思わず頭を下げてしまいましたが……え、えぇ? なんか戸惑ってしまいます。なに、これ現実? え、嘘? これ、マジなの? マジ?


 俺が……負けた? いや、負けてる? 負け続けている? ラナに? あれ、嘘ぉ?


 これは本当、想像だにしていませんでしたが……えぇ? 本当、マジ?

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