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終話:俺と、竜の子、人の子

 アレクシアさんはカミールさんに認められていた。


 アレクシアさん自身はそう認識していて、俺と娘さんも、そうなのだろうなって思っていたのですが……それがどうにも、怪しくなってきていまして。


 パン、と。


 娘さんが爽やかな笑顔で拍手を一つ。その意図はまぁ、そうでしょうね、うん。


「アレクシアさん、本当にすごかったんですから。最後の空戦なんて、私はもう心臓が口から飛び出るかと思いましたが、とにかく称賛に値する活躍でありまして。閣下は、どう思われましたか?」


 その話題はナシだ。


 そんな意図でしょうね、はい。


 無神経なところはあれど、明敏なカミールさんである。その話題に触れたらどうなるか分かってるだろうな? そんな感じの、娘さんの殺気にも感づかれたようで。


 別に、殺気に怯まれたわけじゃないんだろうけどね? 面倒を嫌われたのか、カミールさんは娘さんの意図に乗っかるつもりになられたらしい。


「まぁ、そうだな。なかなか度胸があると、俺も驚いたものだが」


「はは、そうですよね。驚いたのは私だけでは無く、他の騎手たちも……」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 で、納得の反応です。


 この人はナシとはいかなかったらしい。もちろんアレクシアさんでした。娘さんと同じく嫌な予感はされているようで、不安そうに眉を八の字にされています。ですが、それでも看過は出来なかったらしく。


 悩ましげな顔をされて、言葉を選びながらにでした。


「え、えー……閣下は覚えておられますでしょうか? もう十年以上も前の話になりますが、あのー……自分に似ていると、閣下はおっしゃって下さったのですが」


 どうやら覚えておられるようで。「あぁ、それか」とカミールさんは頷かれます。


「なるほどな。そのことを指して、お前は俺に認められていると勘違いを……ふむ」


 どうする? って感じでした。

 

 カミールさんは娘さんに、これ以上話しても大丈夫か? って感じで目配せされましたが……いや、もう十割方口にされてしまったような。


「……もういいです。どうぞ続けて下さい」


 こめかみを押さえて、完全にギブアップな娘さんでした。そしてアレクシアさんですが、顔をこわばらせながらに口を開かれました。


「か、勘違い……? それはあの……あの?」


「お前は肯定的な意味で捉えたのだろうがな。俺のように活躍出来る素質があると。俺がお前の素質を認めたと、そう思ったのかもしれんがまぁな」


「そ、それが勘違いだったと?」


「うむ、そうなるな」


 アレクシアさん、かなりのところグロッキーなご様子でした。なんか、ちょっとフラフラされていますが……それはそうだよなぁ。


 カミールさんに認められた。軍神に素質があると認められた。そのことを支えにして、今までがんばってこられたアレクシアさんである。


 それがこう否定されて……ねぇ? とんでもないダメージだろうなぁ。しかし、アレクシアさん。そんなダメージを受けた上ででした。


「……そ、そのですが……では、その真の意味についておうかがいしても?」


 どうにも険しい道を望まれるようでした。何故、カミールさんは自分に似ていると言ってきたのか? そこがどうしても気になられたようですが……虎穴に入らずんばとは言いますがね。


 正直、あまり良い予感はしませんし。踏み入らない方が良い領域のような気はしますが……ともあれ尋ねられてしまいました。


 カミールさんは淡々と応じられます。


「敵を作って回りそうだなと思ってな」


「て、敵?」


「そうだ。俺もたいがい敵を作りやすいタチだがな。これだけ無愛想で可愛げが無いのなら、こいつも敵だけには恵まれるだろうなと。それだけのつもりだったが……おい、アレクシア?」


 アレクシアさん、無表情でふらーりふらりとされていました。精神的支柱がボロボロらしく、それがふるまいにも現れてしまったようで。


 娘さんが慌てて脇を支えにいって、そのついでにカミールさんをきつくにらみつけます。


「閣下っ! そういうのはですね、もっとこう包んで口にすべきですよっ! 空気読んで下さいよ、空気ですよ!」


「まぁ、さすがに俺も思ったがな。傷つけるかもしれんとは思ったが。ただ、別に良かろう。それは勘違いだがな、俺がアレクシアを評価していないかと言えば、それもまた全く違うからな」


 え? と娘さんでした。


 アレクシアさんもまたそうでした。体に落ち着きが戻って、首をかしげてカミールさんに問いかけられます。


「閣下? それは、どういう意味で……」


「お前をただの人間嫌いだとは思っていなかったという話だ」


「え?」


「そもそも人間嫌いであれば、屋敷に閉じこもっていればすむ話だからな。リャナスの一門には娘など余るほどいる。お前がその気なら、政略として嫁がされることもなく、ずっと引きこもっていることも可能だったろう。しかし、お前が選んだのは何故か官吏の道だったわけだ」


 カミールさんはこの人にしては珍しく、柔和な笑みを頬に浮かべるのでした。


「戦場にもいるものだがな。他人などどうでもいいと態度で示しながら、しかし誰よりも仲間のために働くたぐいの連中だ。態度で示せずとも、誰よりも人のために生きている。いや、生きるしかない。そんな不器用な連中だ」


 カミールさんは、アレクシアさんのことをそう思っていた。そういうことなのだろうか。


「アレクシア・リャナス」


 あらたまっての呼びかけでした。


 アレクシアさんは背筋を伸ばして、それに応えられます。


「は、はい!」


「良くやった。人に嫌われながらに人を愛し、良く働いた。貴殿はリャナス一門の誇りだ。今後とも、リャナスの名に恥じぬ働きを期待する」


 結局のところでした。


 望みは十二分に叶うことになったのでした。アレクシアさんは黒い瞳を揺らしながら立ち尽くし……深々と頭を下げられました。


「ありがとうございます、閣下。閣下のご期待に沿えられるよう、今後とも全力を尽くしていく所存でございます」


「ふむ、期待しているぞ」


「はい。ただ……私が官吏を目指したのは、閣下に再び認められたいと、そんな邪念が大きかったのですが」


「ふむ? 別にそれで良かろうが。俺だって、褒められるものなら褒められたいと常に思っているぞ。それにだな、今回のお前の働きだ。褒められたいばかりで成し遂げられるものでは無いと、俺は確信しているがな」


「……本当にありがとうございます。しかし、やはり過分な評価に思われます。今回の私の働きは、私一人で成し得たものでは決してありませんので」


 そうして、隣に立つ娘さんを笑顔でうかがわれるのでした。娘さんの協力があってこそと示されておられるようで。カミールさんは「ふふん」と愉快そうに応じられました。


「それでこそ引き合わせた甲斐があるというものだな。お前のような人間にとって、サーリャのような気質の人間は心底ありがたく感じるもののはずだ。大事にしろよ」


 なんか本当、大器って感じ。


 カミールさん、色々と考えられた上で手紙を送ることにされたんでしょうねぇ。


「……はい。もちろん」


 アレクシアさんは力強く頷かれました。なんかもう、今日は娘さんにとって気恥ずかしい日になったようですね。再びでした。顔を赤くされて恐縮されてます。嬉しいのでしょうけど、やっぱり恥ずかしいですよねー……って、ん?


 不意にでした。


 アレクシアさんは俺をチラリとうかがってこられて、小さく頷きを見せられましたが。


 一体なんだったんでしょうか? この流れでコレは……あ、もしかして。俺もってことでしょうか? 俺もって言外に示してくれたんでしょうか?


 恐ろしくうぬぼれっぽいですけどね。アレクシアさんが俺も大事にすべき友人だって、そう示してくれたような気がします。


 まぁ、やっぱりうぬぼれかもしれませんが。ただ、俺にとってはアレクシアさんは好意を抱ける人なわけで。


 俺にとっては貴女も大事な人ですからねー。


 そんなつもりで、こちらも頷いて見せます。どうやら気付いてもらえたようで。アレクシアさんは、嬉しそうに笑みを浮かべてくれました。


「あぁ、そうだ。サーリャ。アレクシアだがな、ラウ家でしばらく面倒を見ることは可能か?」


 唐突に、奇妙なカミールさんの疑問でした。面倒を見る? いや、それはきっと可能でしょうが……


「へ? え、えぇ、はい。当主にうかがう必要はありますが、おそらくは。しかし、あのー……どういう意味の質問なので?」


 娘さんはいぶかしげにされていますが、全くその通りで。面倒を見るって泊めるってことなのだろうけど、そこにある意味は一体?


 アレクシアさんはにわかに不安そうな表情をされていますが。


「まさかですが……今回の私の行動をもって、実家が私を見限ったというようなことなのでしょうか?」


 だから、行き場がなくなったアレクシアさんをラウ家で面倒を見てもらおうとしている。そんな推測なのでしょうが、カミールさんは首を横にふられました。


「違う。ただ、提案に当たって、それを確認したかっただけだ」


「提案ですか?」


「うむ。お前はおそらく、今まで落ち着ける場所も無く、精神を摩耗しながらに生きていたことだと思うが、違うか?」


「それはあの、その通りではありますが……」


「だったら、この辺りで英気の養い方を学んでおくといい。お前のこれからの人生で、その技術は間違いなく必要になってくるだろうし、ラウ家はその学び舎にはうってつけだろうさ」


「それは、そのような気はしますが……しかし、私には査問官としての職務が……」


「はん。嫌われ者が休んだところで、誰も困る者はおるまい。むしろ大喜びだろうさ。気兼ねはする必要は何も無い。全てはお前の胸先三寸だが……さて、どうする?」


 本当に思わぬ提案だったのでしょう。


 アレクシアさんはただただ戸惑わられているようでしたが。この人はね、戸惑いとは無縁のようでした。


「と、当家は何も問題はありませんからね! そこへの気兼ねはいりませんからね!」


 アレクシアさんがその気なら、もちろん大歓迎。娘さんは目を輝かせて、アレクシアさんの返答を待ち構えておられます。


 そんな娘さんの態度が呼び水になったようでした。


 アレクシアさんはひかえめにですが、頷かれました。


「それではあの……よろしければお願いします」


「はい! もちろんよろしいので! どうぞいらして下さい!」


 娘さんは満面の笑顔でございました。本当嬉しいんでしょうねぇ。そんな娘さんを見られたのは俺にとっても嬉しいことで。ただ、ちょっとばかり緊張するような……あそこの生活にアレクシアさんが加わるのですか。一体、どんな感じになるんでしょうねー、本当未知との遭遇である。


「しかしだな、陽気であると言えば陽気だが、何でこの季節に外で話し込まなければならないのか」


 急にカミールさんは不満を露わにされました。まぁ、確かに。小春日和とは言え、季節は冬。野外の立ち話に向いているとは、間違っても言えない気温なわけで。


「サーリャ、アレクシア。屋敷に戻るぞ」


 そしての催促でした。娘さんは「はて?」と首をかしげられます。


「あの、私たちもですか?」


「そうだ。黒竜についてな、お前たちからも話は聞きたいからな。だが、俺はこれ以上この場で話し合いたくは無い。だったらどうするという話だ」


 だから付いてこいって、そういう話のようで。


 その意見に、別に不満は無かったらしい。娘さんはすかさず頷かれます。


「確かに、少し寒いような気はしますし。アレクシアさんも良いですか?」


「はい。もちろん閣下の仰せのままに」


 で、そういう運びとなりまして。


 お三方と、カミールさんのお付きの人々は竜舎から去っていかれました。


 その去り際です。娘さんは俺に「またね」と手をふられて、アレクシアさんも「それではまた」と頭を下げてこられまして。


 俺もまた頷きをもって、それに応えて……とにもかくにもでした。


 これで終わりかな?


 そんな実感がありました。娘さんにとっての、この黒竜の事件が終わった。そんな実感でございました。


 まぁね、良かったね。


 去りゆく娘さんとアレクシアさんの背中を眺めながらに思います。本当に良かった。色々とありまして、失われたものも少なからずあるのですが、あのお二方には残るものがあった。それは本当に喜ばしいことで。


 お二方が仲良くなれることが出来まして。


 そして、今度は何やら一緒に暮らすことになるようでして。


 親父さんに、友達がいないことを心配されていた娘さんでしたけどね。そんな心配をされることは無くなるんだろうなぁ。


 きっと、俺の所に居座られることもなくなってですね。娘さんとアレクシアさんの二人で、充実した生活を送られることになるのでしょう。もっとも、アクシデントもそりゃあるでしょうけどね。そこも含めて、まぁ充実した生活ということで。うーん、なんかすごいリア充感。青春ですよね、青春。何ともうらやましいことで。


 良かった、良かった。


 心の底からそう思えます。本当にそう思えます。本当、それは素晴らしいことで……まぁ、それは確かなんだけど。


 ……なんだろう。少しだけね、不思議な感情のわだかまりがあるような。


 娘さんは遠ざかっていかれます。カミールさん、それにアレクシアさんと何ごとか楽しそうに会話をされながらに去っていかれます。人の輪の中にあって、その充実を示されながらに去っていかれます。


 ……そりゃそうなんだろうけどね。


 それが自然なんだろうけどね。それが娘さんにとって、最善のことなんだろうけどね。でも……俺の元を訪れることは少なくなるんだろうなぁ。


 それはきっと、寂しいと思うようなことでは全く無くて。


 俺がドラゴンで、娘さんは人間で。それだけの話に過ぎなくて。


 だから……うん。


 まぁ、そういうことだよね。本当、それだけのことで。


『……空、青いなぁ』


 いつしか視界には人の影はありませんでした。


 ただただでした。


 冬の淡く広がる空の青さ。そればかりが妙に心に残るのでした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 第三章に入っても相変わらず安定して読みやすく、楽しく読み進める事が出来ました。 [一言] ”やる”と決めても、次の回ではやっぱりやっていないノーラw 最後に頑張った甲斐があって、無事に解決…
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