第50話:俺と、娘さんVSカミールさん
娘さん、すごい表情をされています。
理由はと言えば、えーと、アレです。娘さんがアレクシアさんと仲良くしているのは、褒美につられたからだった。そんなことをですね、カミールさんがのたまってくれたので。
いやまぁ、冗談だろうけどね? カミールさん一流の、敵を増産するだろうタチの悪い冗談に違いないけど。しかし、娘さん。この冗談を受けて、カミールさんに敵対する決意を固められたらしく。
「ノーラっ! やっちゃってっ! このエセ軍神を焼き払っちゃってっ!」
そんな殺人教唆でした。
む、娘さんや、気持ちは分かりますが、その発言はちょっと問題が……カミールさんのお付きの人たちが、守らなければって右往左往されてますし。ただ、殺意を向けられた当の本人は、いたって平然とされていましたが。
「ふーむ、一応言っておくがな。俺にそんな口をきくのは、お前がこの国で唯一無二だぞ?」
「誰がきかせてると思ってるんですかっ! そんなんですから裏切られちゃったりするんですよっ! 本当もうっ!」
娘さんは俺の鼻面をペシペシしながら、ドラゴンブレスの催促を続けられておられますが……い、いやぁ? さすがにそれはちょっとですし、時すでに遅しのような気がしますし。
「……あの、褒美とは何の話ですか?」
アレクシアさん、もう聞いちゃってますからね。首をかしげながらの問いかけに、カミールさんが頷きを返されます。
「まぁ、気になるか。では俺が説明を……」
「いりませんっ! 閣下には任せられませんっ! 私がちゃんとやりますからっ!」
カミールさんへの信頼感ゼロの娘さんでした。強烈にさえぎって、ため息をつきつつ説明を始められました。
カミールさんから手紙が届けられたことをですね、まずは淡々と。内容についても、もちろん説明されました。そして、最後に眼力を込めてです。
「とにかくっ! この軍神とか呼ばれてる無神経な人からの褒美なんて、私は一切期待してませんでしたからっ! それだけは理解して下さいっ!」
カミールさんをディスりながらの、そんな魂の訴えでした。
で、その効果はあったのかどうか。アレクシアさんは苦笑を浮かべられていました。
「……なるほど。そんな経緯があったのですね」
その苦笑の内訳はどうなっているのか。娘さんは不安そうに、アレクシアさんの表情をうかがいます。
「あのー、思い違いだけはしないで頂けると助かるのですが……」
「ふふ。いえ、その心配は必要無いかと。貴女がどんな方なのか。私も少しは理解しているつもりですから」
娘さんはホッと肩をなでおろされていましたが、俺も本当一安心で。よ、良かった……これで変なことにはならずにすんだようだ。
しかし、疑問は残ったようでした。アレクシアさんは不思議そうに、こくりと首をかしげられました。
「ですが、それならば何故、貴女は調査についてこられたのですか? 褒美を期待していなかったのならば、何故?」
別に、疑っているって感じじゃないけどね。
ただただ不思議そうな問いかけでした。まぁ、確かに。褒美を期待していないのならば、その理由はって話になるよね。そこにあるのはラウ家の事情というか、娘さんと親父さんの事情だから、アレクシアさんには察しようが無いし。
しかしこれ、娘さんにとって知られたくない事情が含まれているわけで。
どうされますかね? 娘さんは悩ましげに顔をしかめておられますが。
「……え、えーと……手紙にですけど、アレクシアさんへの協力について、友達を作るぐらいのつもりでどうだって書いてありまして……で、当家の当主が、友達を作ってこいって。あの……私、あまり友達がいないので」
若干ダウトが入っていましたが、娘さんは素直に事情を暴露されたのでした。
で、アレクシアさんですが。
「へぇ。貴女でしたら、友達なんて百も二百も作れそうなものですが」
驚きの声を上げられました。過分な評価だと、娘さんは赤面されます。
「い、いえ。まぁ、その、全然でして。だからこそアレクシアさんと友達になってこいって話にもなるわけでして」
「ふーむ。世の中分からないものですが……しかし友達ですか」
その言葉は、アレクシアさんにとってはむず痒いものだったのかもしれない。恥ずかしげにほほえまれて、そして、
「閣下、ありがとうございます。気をつかって頂きまして。何やら、凝ったこともして頂いたようで」
静かに頭を下げられました。それを受けて、カミールさんは鷹揚に頷かれます。
「ま、手間分の感謝は受け取っておこうか。手紙の中への手紙だがな、厚みでバレないようにするのには苦労したぞ」
「……ふふ。サーリャさん宛ての手紙となると、私が破りかねない。そうとでも思われたのでしょうか?」
「ほお? よく分かっているではないか。サーリャの話をした時のお前はな、無愛想の中にも殺気が見えたぞ、殺気が」
へぇ。なるほどでした。娘さんへの手紙をハイゼさんへの手紙に忍ばせたのは、こんな理由があったらしい。素直に託すとなると、紛失されてしまいそうな恐れがあったようで。
なんか、あれだなぁ。アレクシアさん、本気で娘さんのことを嫌ってたんですよね。そのことを思いますと、本当この現状が一層ありがたいものに感じられますような。
そんな思いはこの人にもあったのでしょうかね?
カミールさんは「ふん」と愉快そうに鼻を鳴らされました。
「しかしまぁ、良い顔をしているじゃないか。人間嫌いのアレクシアはどうした? ん?」
楽しげに皮肉られました。これに対してです。アレクシアさんは、柔らかい笑顔で頷かれます。
「本質は変わっていません。ただ、どなたかのおかげですね。不思議と今は、穏やかな気持ちでいられます」
「そうか。はは、どなたかのおかげか。それは良かったな」
「はい。ありがたく思っております」
気恥ずかしかったからでしょうか。名前の明言はされませんでしたが、明らかにこれは娘さんのことに違いなく。
もちろん、当の本人もそのことは分かっておられるようで。娘さんは、わずかに頬を赤らめながらに身じろぎなんてされているのでした。
「しかしまた、大活躍のようだったな」
その娘さんにですが、カミールさんは不意にそんな声かけをされました。
娘さんは「え?」と不思議の声を上げられます。
「はい? あの、いきなりどうされました?」
「どうされたもクソも無いだろうに。意味のわからん黒竜を相手にしたのだろう? クライゼと共に、良く戦ったと聞いている。トドメを刺したのもお前らしいが、さすがだな。悔しいが、素直に褒めることしか出来ん」
この人にとっては最大級。そんな感じのお褒めの言葉でした。どうやら、黒竜討伐について詳しいところを耳にされていたようで。
急な賛辞でしたけどね。俺はすぐに鼻高々でしたよ。娘さんはクライゼさんと共に、その精神力と技術力の高さを示したわけで。それが認められるのは、俺にとって大満足の事柄でした。
しかし、まぁね。
中心になって戦ったのは娘さんにクライゼさんですが、色々な人だったりが尽力したんだよなぁ。
ハルベイユ候領の騎手の人たちはもちろん、アルバにラナ、サーバスさんもがんばったわけで。
そして、この方だよね。アレクシアさん。ハルベイユ候領としての意思を統一するところから、切り札を用意するところまで。最後にはあんな無茶までして下って、本当頭が上がらない感じで……って、ふむ?
これ、チャンスじゃね? アレクシアさんが褒めてもらえるチャンスなんじゃね?
俺の直感は、娘さんのものでもあるようでした。
「あのっ!」
にわかに声を上げる娘さん。そして、びしりとアレクシアさんを手のひらで指し示します。
「ど、どうぞ!」
直感に身を任せた結果、言葉が追いつかなかったようで。カミールさんが首をひねったのも無理のない話でした。
「ふーむ? お前がどれだけ俺を信頼しているのかは理解したがな。それで察しろというのはさすがに買いかぶりすぎだぞ?」
「信頼なんかしてませんっ! アレクシアさんですっ! 活躍の方は耳にされてますよねっ!?」
娘さんや、もうちょっとこう建前を意識された方が良いと思いますが……
ともあれ驚いたのはアレクシアさんでした。慌てて娘さんを制止されます。
「さ、サーリャさん! いいですから! カミール閣下にそこまでのことを!」
気遣ってもらっていたことを知ることになったからでしょうか。これ以上は過分だと、褒めてもらうなんて恐れ多いと、そんな感じっぽいアレクシアさんでした。
ですが、娘さんに止まるつもりなんて無いらしく。
「活躍の方は耳にされているはずですっ! 閣下の認めたアレクシアさんですよっ! ほら、一言お願いしますっ!」
なかなかの押しの強さでした。ただ、カミールさんはそれに気圧された様子も無く、「うーむ」と一つ唸られます。
「本当にお前は……分かっているのか? 俺はリャナス家の当主だぞ?」
「そのリャナス家のアレクシアさんが活躍されたんですっ! 当主として、口にすべきことがあるはずですっ!」
「あー、分かった、分かった。そう騒ぐな。無論聞いていれば、伝える用意も当然ある。しかしだな、サーリャ。俺が認めたアレクシアなどと口にしていたが、それは一体どういう意味だ?」
心底不思議そうにカミールさんは問いかけられましたが……あれ?
え、そういう話じゃなかったでしたっけ? カミールさんはアレクシアさんを認めているって。カミールさんから俺に似ていると言ってもらえた。アレクシアさんは以前に、そう嬉しそうに語ってくれていましたが……
なーんか、嫌な予感がしますねぇ。
娘さんも同様なのでしょうか。
さて、どうしたものか。
娘さんの無表情からは、そんな思案が透けてうかがえるようでしたが……ど、どうなりますかね、これ?