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第49話:俺と、思わぬ来訪者

 吉報を期待している。


 そんな娘さんの発言を受けてでした。


「吉報……ですか?」


 不思議そうにアレクシアさんが尋ねかけて、娘さんはにわかに表情をひきしめられます。


「そうです。吉報ですよ。カミール閣下に褒められたいって、そんなことをおっしゃっていたじゃないですか」


 あぁ、確かにそんな話もありましたねぇ。無事成果を認められて、カミールさんに褒めてもらうことが出来ました。そんな報告を、娘さんは次回の対面に期待しているようでした。


 アレクシアさんは納得したように頷かれます。


「あぁ、なるほど。その話でしたか」


「ちゃんと言わないとダメですよ? 言わないと伝わりませんから」


「えー、はい。確かにその通りですが……い、言うのですか? 活躍したから褒めて下さいって、自らですか?」


 困り顔のアレクシアさんでした。


 あー、アレクシアさんの戸惑いは分かるような気がします。褒めろなんて要求するのは、普通のコミュニーケーション能力を持つ人にとっても難易度が高いような。なかなかの面の皮の厚さが要求されるような。冗談半分で言える人ならいいんだろうけど、アレクシアさんはその手の社交性とは無縁ですし。


 ん? と娘さんでした。その行為の難しさに思い至ったようで。


「……確かに。それは恥ずかしいですね」


「ですよね? 私には、正直それは難しいと言いますか」


「う、うーむ。私がついていけたら催促出来るのですが、それは現実的じゃないですし……」


 悩ましげな空気が二人の間に漂っております。


 俺も思わず首をひねるのでした。なかなかの難問のような気がしますねー。現状は、成果が自然とカミールさんに伝わって、向こうから褒めに来てくれることを待つしかないようですが。本当、他力本願しか方策が無い。


 ここに来てくれたら楽勝なんだろうけどなぁ。


 当のカミールさんがである。ここに来てくれればね。娘さんが働きかけることが出来るし、アレクシアさんが褒められるような状況にまず持っていけるのだろうけど。


 まぁ、ね?


 あの人も、おそらく忙しい人だし。手紙を出して気遣ってはくれましたが、わざわざここを訪れてくれるようなことは……って、はい?


 人間の時だったら、目をゴシゴシとこすっていただろう。


 なんか、来てね?


 緋色の外套をまとった、なんかそれっぽい人。ハイゼ家の屋敷から、大勢の人を引き連れてやって来ていますが……


《あの》


 慌ただしく地面に記しまして。お二方が「ん?」と注視されたところで、俺は鼻先でくだんの方向を指し示します。


 二人がそろって、俺の示した方向に目を向けられます。そして、


「へ?」


 娘さんが呆然と声を上げます。


 アレクシアさんはと言えば、驚きなのでしょうか。ビクリとしてピクリとも動かなくなりましたが……


 や、やっぱりそうですよね?


「おう。久しぶりだな、英雄。ドラゴンの方の英雄もな」


 さすがに見間違えじゃなかったらしくてですね。


 やはりカミールさんでした。竜舎にやってきた軍神さんは、いつもの皮肉な笑みでそんな挨拶をされたのでした。


「か、閣下? あの……何故? 何故ハルベイユ候領におられるので?」


 英雄と呼ばれた娘さんです。驚きを露わに尋ねかけられます。カミールさんは鷹揚として頷きを見せられました。


「まぁ、気になるところだろうな。有りていに言えば、査察だ。ドラゴンが手ひどくやられたようだからな。俺が様子をうかがいに来たところで不思議はあるまい」


 確かに軍神さんなので。総大将として戦陣に立つことも多いだろうし、手勢となりうる味方の様子を見に来たところで何もおかしくは無いのだろうか。


「ま、そればかりでは無いのだがな」


 はい? と娘さんは首をかしげ、しかし娘さんは無視されることになり。


 カミールさんは、直立不動のアレクシアさんに、ニヤリと笑みを向けられました。


「お前とは久しぶりというわけでもないがな。王都を発った時以来か。元気そうだな、アレクシア」


 緊張感たっぷりでした。


 アレクシアさんは、ぎぎぎと音が出そうなぎこちなさで、深く頭を下げられます。


「か、閣下も、ご健勝のようでして……は、はい。再びお会い出来て嬉しく思います」


 本当に憧れの人なんだろうなぁ。どうにも平常心とはいられないようで。表情もホントがっちがちでした。


 そんなアレクシアさんに、カミールさんはそっけなく頷きを返されます。


「ふむ、それは良かった。しかし、仲良くやっているようだな」


「……はい?」


 俺もそうだけど、とっさに理解出来なかったようでした。緊張のためか、表情も無く首をかしげられます。


「閣下? 仲良くとはその……何の話でしょうか?」


「そこのサーリャ・ラウとの話だ。なんだ? 話に聞くほどには、そうではなかったのか?」


「い、いえ、仲良くさせてもらっているとは思いますが……」


「では、話通りだな。いつも一緒にいて、まるで姉妹のようだと聞いていたからな。ふむ、そうか」


 どこか満足げに頷くカミールさん。


 一方で、アレクシアさんは戸惑っておられるようでした。何故、そんなことをカミールさんが気にするのか。それが分からないための戸惑いのようですが……俺と娘さんはね、訳知り顔にならざるを得ませんでした。


 これが理由の一つなのでしょうね。


 カミールさんがハルベイユ候領を訪れられた理由である。気にかけられてましたもんね。手紙まで送るぐらいにアレクシアさんを心配しておられて。


 だからこその、カミールさんの満足顔でしょうが……伝えて上げたいなぁ。この一連の事実を、アレクシアさんにである。


 カミールさんに気にかけられていた。その事実は、アレクシアさんを恐縮させちゃうかもしれないけど、おそらく喜んでもらえることにもなるだろうし。


 でもまぁ……うーん。難しいかなぁ。娘さんへの手紙の内容がねぇ。褒美を上げるから仲良くしてくれって内容だったし。


 褒美があったから仲良くしてくれたのか。実際はそうでは無いのに、そんな邪推が発生しかねないし。


 大丈夫だとは思うけどね。アレクシアさんも娘さんの人柄は分かっているだろうから。褒美につられて人と仲良く出来るような、そんな器用な人じゃないって分かっているだろうし。でも、一応である。このことは黙っておいた方が良いかもですね。


 って、俺は思ったのですが。


「ならば、褒美をやらんとな」


 カミールさんでした。


 娘さんに皮肉の色の濃い笑みを向けられます。


「存外な、お前も器用なヤツだな。褒美につられて、あの人間嫌いを落とすとは。その手法について是非ご教授いただきたいものだが、実際どうなんだ? んん?」


 で、この発言である。


 いや、貴方はこういう人なのでしょうが……こ、ここでそれはなぁ。


 娘さん、すごい顔をされていました。


 コイツ、やりやがった。


 そんな声が聞こえてきそうな、眉根を寄せたしかめ面でございました。


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