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第46話:俺と、空戦の終わり

 アレクシアさんが落ちていく。


 それを放っておくなんて選択肢はもちろん存在しないわけで。


 まだ、体は動く。


 俺は火傷でひきつる大翼に、それでも全力を要求する。


『アレクシアさんっ!!』


 叫びながらに追いすがる。


 いつぞやの再現だった。


 弧を描いて急降下しながら、アレクシアさんをすくい上げられるように尽力する。


 だが……正直なところだった。前回と比べると、助けられるという希望は全く抱けなくて……


 本人も、同様のようだった。


 アレクシアさんだ。


 仰向けに落ちながら、彼女は苦笑していた。首を横にふっているようだった。助けなくてもいい。そう伝えてきているのだろうか。


 満足しているのかもしれなかった。自分の仕事を成し遂げたことに。娘さんが無事助かる道筋をつけられたことに。だからこそ、自分の命などどうでもいいと思っているのかもしれないが……うーむ、なんかすごい既視感。


 絶対にハイになっていらっしゃる。


 一騎討ちの時の娘さんが思い出される。疲れちゃって、状況判断がバカになっちゃって、俺から飛び降りるような蛮行に及んだりしてしまいましたが。


 そんな感じが、アレクシアさんにも多分に見受けられます。


 一連の行動で、心身ともに疲れ果てちゃったんだろうね。


 娘さんが助かったからもういいやぁ、って、そんな気分になっているようですが。


 い、いやいやいや! それはあかんでしょ!


 俺は必死に、落ち行くアレクシアさんに追いすがります。


 それはあかん。本当にあかん。


 これで満足していたら本当にダメ。これからがきっと楽しいんだから。


 娘さんとも仲良くなってさ。今までは辛かったんだろうけど、本当これからなんだから。終始、残念無念だった俺の前世とは違うのだ。なんでここで諦めるのさ、ここで。


 い、いやまぁ、仕方ないかもしれないけどさっ!


 アレクシアさんに助かる術は何も無い。本人としてはあきらめるしかない、そんな状況。


 なので、がんばれるとしたら俺しかない。


 娘さんの位置からではさすがに間に合いようがない。


 俺が本当にがんばるしかないのだ。


 とにかく体を小さくして空気抵抗を軽減。最良の軌道をもって、落ちている自信はあった。だが、遠い。遠すぎる。アレクシアさんをすくい上げることの出来る展望がまるで抱けない。


 これは無理だ。


 もはや奇跡を望むしかない。万策は尽きたのだ。そんな思いが頭をよぎるが、そんなものは大馬鹿者の考えなわけで。


 何かあるはず。


 耳をつんざく風の音の中にあって。そんなことを必死に考えて……不意にだった。気づいた。風だ。そうだ風だ。黒竜から逃げる時に、アレクシアさんは何をやっていた? そうだよ! それだよそれ!


 魔術。


 奇跡あるじゃん! この世界にはあるのだ。俺にも手が届く奇跡が!


 だったらやるだけだ。


 魔力を練る。その感覚はまだ俺の体に残っている。風の魔力。行使するのは、もちろん風の魔術。


 なんとかアレクシアさんの落下の衝撃が軽減出来るように。地上から上空へと吹き上げるように。


 あ、あと何メートル? 十メートルもある? アレクシアさんが終わるまでの距離。時間が引き伸ばされたような感覚。出来てる。出来てますから。魔力は出来ている。あとはそれを現実のものにするだけ。


『ま、間に合ったっ!!』


 そう願って叫んだ。


 そして、行使される。


 風は吹いた。


「え?」


 唖然とアレクシアさんは飛んでいた。


 上空へと。


 で、俺とすれ違います。目が合いました。あ、どうも。ちょっと威力がありすぎましたかね。アレクシアさんはポーンと空へ。で、俺は地面へ。


 なんか順番が前後してしまいましたが。先に行ってますねー、なんて安穏と思えたのもつかの間。


 あれ、これやばくね?


 魔術に集中し過ぎてこの後のことをまったく考えていませんでした。俺の速度はノリにノリ切っている。これ……俺死ぬんじゃ?


 ドォーン!! みたいな。


『……む、むぉぉぉ』


 死ぬ。内臓がね、背中を突き破って出て行きそうでしたよ。


 って言うか、魂の方は絶対抜けてた。一瞬だけど、空より高いところに行ってた。意識がここになかったもん。なんかキレイなところをアハハって飛んでましたもん。


 ただ、助かりましたが。


 完全に魔術のおかげでした。アレクシアさんに行ったことを自分にも行ったのである。コメディ作品のカートゥーンキャラクターみたいな落ち方をしたのですが、それでも命ばかりは助かることが出来ました。ほんと、セェーフッ! って感じ。


 で、自身の健在ばかりに気をとられている場合じゃないか。


 もちろん気にかけるべきはアレクシアさんである。


 アレクシアさんは再び、五メートルぐらい飛ぶことになりまして。上を見上げれば、足からアレクシアさんが落ちてきている。


 ここでも魔術の出番だった。


 風を用いてアレクシアさんを受け止める。うーん、本当便利。ふわりとして地面に下ろすことに成功します。


「……」


 アレクシアさんは何やら呆然としておられました。


 乱れた黒髪を抑えつつ、俺を見つめながらにボーっとしておられます。


「……死ぬつもりでしたので、現状に何の心の準備も出来ていないのですが……」


 そんな心境のようでした。


 とにかく急に生き延びることになって、その戸惑いが強いようで。混乱している感じなのかな?


 無理もないかなと思いますが、そんなアレクシアさんに対してでした。俺は一つ言いたいことがありまして。


《おつかれさま でした》


 ようまぁ、あんなこと成し遂げましたもので。そのことへの賛辞も込めたお疲れ様でした。


 アレクシアさんは「あぁ」と呆然としたままの感じで、頭を下げて来られます。


「えぇ、はい。そうですね。本当お疲れ様で……って、違いますっ! まだ終わってませんっ!」


 意識に芯が戻られたようで。アレクシアさんは血相を変えて上空を仰ぎ見られます。


 まぁ、はい。その通りではあるんですどね。でも、俺はそんな血相を変えるような気分にはなれませんでした。


 耳の良い俺には分かっていました。


 状況はすでに終わっている。そう分かっていました。


 俺はのそりと空を仰ぎ見る。


 そこにあるのは空戦と言えるのかどうか。言い方は悪いが、虐殺とかそんな感じになるのではないだろうか。


 黒竜は飛んでいた。


 だが、それもいつまで続くのか。


 業火が黒竜を包む。それは娘さんの操るアルバによるものだった。背後をとっている娘さんが、しきりに攻勢をかけているのだ。ドラゴンブレスはさらに続き、二発、三発と次々と命中する。


 黒竜はもうされるがままだった。


 ろくな反撃も無い。首裏の穂先があって雷撃は打てないようだが、娘さんを振り払うような軌道すら取れていなかった。角度をつけて旋回する程度が精一杯で、それで娘さんを振り切ることが出来るわけも無く。


 やっと限界のようだった。


 雷撃を封じられて、もはや反撃の手段も無いようで。


 黒竜は空に浮かぶただの的に成り下がっていた。


 そして、終わりの時は来たらしい。


 グラリと黒竜の体が揺れる。


 落ちる。そう思った通りの現実がやってきた。黒竜が地に落ちてくる。まだ羽は動くらしく、弱々しく羽ばたきながらに。しかし……うん? 


 落ちていること自体はいいんだけどさ。あの黒竜、なんかこっちに向かってきてない?


「き、きますっ!」


 アレクシアさんが叫んで、俺は慌てて地面から腹を持ち上げた。


 休んでいる場合ではないのかもしれなかった。アイツは最後の相手として、俺たちを選んだのかもしれないのだ。


 警戒する中で、黒竜は落ちてきた。


 ドスンと鈍い音を立てての着陸だった。その姿を見て俺は……警戒は無用だったかと思い直した。


 警戒するほどの価値が感じられなかったのだ。


 後ろ足は言わずもがなだった。それを除いても、首筋からは血潮が絶えず流れ落ちている。そして、全身の火傷が深刻だった。


 アレクシアさんの魔術も一因だろうが、娘さんが容赦なく攻め立てた結果だろう。全身が白っぽくなって、異臭が漂っている。


 もはや目を開けることも出来ないようだった。まぶたは厚っぽく焼けただれて、開く予感はまるで無い。


「ノーラっ! アレクシアさんっ!」


 空からだった。


 俺たちを心配してだろう。娘さんがアルバを駆って勢いよくそばに降りてきた。


 無事を確認してのことだろう。娘さんの顔に笑顔が浮かぶ。


「良かった。無事だったんだ」


 それは心底嬉しげで、しかし、すぐに目つきは鋭くひきしまる。


 その目は黒竜に向いていた。


「ノーラ、どう?」


 これ以上、黒竜に抵抗する気があるのか、どうか。そのことを尋ねかけてきているのだろうか。抵抗する気があるのならば、早急にトドメを。そういうことになるのか。


 はたして黒竜は何を考えているのか。


 口を開いて来ない限りは分からないが、そもそも、このまま息絶えてしまってもおかしくないように思えて。


『……まだしゃべれるか?』


 一応尋ねかけてみる。


 すると、


『……あぁ。かははは。自らに驚くな。少し寝ていたわ』


 力なく、そう応えてきた。


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