第45話:俺と、最後の反攻
急いで集結地に戻りまして。
にわかに準備を進めまして。
「では、いつでもどうぞ」
さすがに緊張されてそうでした。その声音はかなりのところこわばっていましたが、ともあれ。
あとは飛び立つだけでした。
俺の背中には、いつもと違う重みがある。
アレクシアさんが背にいるのだ。黒竜に飛び乗って、穂先をぶっ刺すつもりとかで。
ぶっちゃけ無茶苦茶だよね。
でも、それぐらいしか策が無いから仕方がない。
集結地の人たちも止めとけの大合唱だったですけど、それでもアレクシアさんの意思は固くてですね。
とにかく、こういうことになりました。
俺は手練の早技で鞍と手綱をつけてもらっていました。その双方から、如実に震えが伝わってくる。そりゃまぁ、そうでしょうとも。素人さんだったら、空を飛ぶってだけでビビるところがあるだろうし。その上、やることがやることだし。
だが、アレクシアさんはやる気らしい。
だったら、俺は同志として、それに応えてみせるまでだ。
開けた集落地で空は広い。
上空の空戦の様子も良くうかがえる。
最後の力を振り絞っている。そんな様子だった。娘さんとクライゼさんは必死に手綱を操り、アルバとサーバスさんは何とかその要求に応えている。
そして、黒竜は元気一杯だった。
機敏な動作を見せながらに雷をふるって、二人に二体を圧倒している。
しかし、俺のことなんてさっぱり忘れてるみたいだね。地上になんて、さっぱり関心を払ってはいないようで。
チャーンスですね、これは。
奇襲のしがいがある状況ではある。ただ、上手くいくかねぇ。突貫もこれで三度目。黒竜も慣れてきてしまっているかもしれないけど。
とにかくやってみますか。
いつでもどうぞなんて言ってもらえているので。
最後の反攻と洒落込むとしましょう。
駆け出す。
出だしはぶっちゃけ鈍い。ボロボロの俺の体は、少し動くだけで激痛が走る。
歯をくいしばって我慢する。
速度が乗って、離陸の体勢が整う。
空を見上げれば、視界の中央に黒竜がいる。
思った以上に体は壊れかけている。空戦の最中で肉薄するなんて夢物語。そんな時間はかけられはしない。
初撃にかけるしかない。
上昇と共に奇襲的に肉薄する。
そういうことで、はい、離陸です。
離陸の衝撃が激痛となって襲い、だが、上昇は無事に成功する。
必死に羽ばたいて黒竜を目指す。
幸運にも黒竜は俺とアレクシアさんに気づいてはいない。このまま肉薄して、目的を遂げて……なんて思いましたが。
「気づかれた……っ!!」
アレクシアさんの緊迫の叫び。
ですよねー。
なかなか、そう上手くはいかないよね。黒竜は赤眼でちらりとこちらをうかがってきた。
『まだ来たか。やはり、大した根性だな』
またまた褒めていただきましたが、気づかないで欲しかったなー、ホントになー。
ともあれ雷の迎撃は必至になったわけで。
引き返すか? アレクシアさんのことを思って、そんなことを考えましたが、
「止めは無しですっ!!」
同志殿はそんなお考えで。
じゃあ仕方ないねー。覚悟を決めるか。俺はとにかく上昇を続ける。もう体力なんて欠片も残っていない。愚直に突き進むしか俺には出来ない。
まぁ、俺に出来ることは本当それだけだったんだけどね。
でも、失念していたことがありました。
俺には頼りになるといってこの上ないお方がついているのだ。
「……ふーむ。ノーラに賭けるか」
俺同様に仕方が無いといった感じでしたが、寒空にこぼれたのはそんなクライゼさんの呟きでした。
『どうする、若造っ!! その体で、何を成し遂げてみせるっ!!』
黒竜が俺を見下ろしながらに、愉快そうに叫びを上げて、それが上手いことスキになったらしい。
『ぐっ!?』
黒竜のうめき声が上がった。サーバスさんは『痛い』などとおっしゃっていましたが、そのものズバリな光景が目の前で繰り広げられていた。
体当たりである。
俺が肉薄出来るまでのスキを作ってくれようとしているのだろう。
思い切りぶつかって、しかし案の定雷で迎撃されてしまって、だが距離は縮まった。俺は黒竜までの距離を無事に詰めることが出来た。
いけるか?
そう期待したが、ああくそ。やっぱり、そう上手くはいかないか。
『……お前が本命なのか? 若造』
体勢を整えながらに距離をとろうとする黒竜。
安全に俺を迎撃する。その心づもりなのだろう。リスクを取らないその戦いぶりは、やはり熟練といった感じですが……ちょっと忘れていることがあるんじゃないですかね?
不意にだった。
黒竜が紅蓮にまかれる。
『ぐぅぅっ!?』
悲鳴の原因は、アルバであり娘さんだった。
姿勢が乱れたスキを突いての最接近。必中を期してのドラゴンブレスだった。
反撃の雷撃をかすめながらに、アルバと娘さんは距離をとっていく。その中であった。
「ノーラっ!! 後は頼んだよっ!!」
俺とアレクシアさんが何をしようとしているのか。
分からないながらに期待してくれている娘さんであった。そんなことを俺を名指しでおっしゃってくれた。
では、期待に応えるとしましょうか。
黒竜は失速し、間違いなく追いつける距離。
ここで俺は何をするのか。アレクシアさんが飛び移るために、俺は何が出来るのか。体当たりなんてしたら、アレクシアさんは多分はずみで落っこちちゃうだろうからなぁ。
ここはね、我が恩師の凶行を見習ってみましょう。
ラナ大先生の教えである。終始食らう方の俺でしたが、それでも学ぶところは多かったのである。
どんな軌道のとり方で、どんなタイミングであればそれが成功するのか、それを体感させて頂いておりましたので。
と、いうわけで。
ガブリといっちゃいましょうか。
黒竜の細い首筋。抵抗感はさすがに今は無い。後はあごの力に任せるだけだ。
黒竜が目を見開く中で、俺は黒竜の首をくわえこみ……噛み潰す。
実際のところ、噛み潰すような意気込みでといった感じでしたが。
首裏の硬いうろこにはばまれて、なかなか思うに任せることは出来ない。
それでも牙が突き立った感覚はあった。
血潮が口の中で溢れ、生々しい鉄臭さが喉の奥にまで充満する。
ここでだった。
俺の全身に衝撃が走る。
もう慣れっこでしたが、雷撃でした。どうしようもなく口を閉じていることは出来なかった。俺は黒竜から剥がれ落ちることになる。
『残念だったな。致命傷にはほど遠いぞ』
勝ち誇ったように黒竜は俺を見下ろしてくるが……うーん、ちょっとマヌケな感じ。
俺に集中しすぎてだろう。
自らの背に残ったアレクシアさんに気づいていないようだが……ざまぁないね、まったく。
アレクシアさんは必死にしがみつきながらに、逆手で穂先を振りかざす。
狙いは黒竜の首裏のようだった。本来は、刃物が突き立つような場所じゃないんだけどね。俺のガジガジの結果、うろこは剥がれた上で、牙で穴が空いている。
突き立てるには、まったくいい感じではないでしょうかね?
その穂先は深々と、黒竜の首裏に突き刺さることになった。
『ガッ!? ……に、人間かっ!?』
ここでようやく気づいたらしい黒竜。
雷撃で落とそうとでも思ったかもしれないけど、アレクシアさんの方が上手だった。
宙に身を投げ出す。
その瞬間だった。爆炎が黒竜を包み込んだ。
最初から、逃げる時の計画は立てていたのだろう。魔術をもってして、黒竜の雷撃を阻止しようと、そんな感じだ。
黒竜は健在だった。だが、雷撃を放つほどの余裕は無いらしく、アレクシアさんは無事に離れることに成功する。
だが、しかしだ。
雷撃から避けて、ここからどうするのか。
落ちるだけだった。
アレクシアさんは、地上へと落ちていく。