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第44話:俺と、落ちた先にて

 基本的に、俺って運がいいんだろうね。


 感覚が遠いながらに、何とか器用に落ちることが出来たようで。異様な木々にひっかかることも無く、その合間に落ちることが出来たようだった。


 ただまぁ、ぐべ、でしたが。


 ロクに体の自由も効かなれけば、落下の勢いを殺し切るなんてどだい無理な話でありまして。


 手足が妙にきしむ。


 あばらにも嫌な違和感。


 体が壊れかけている。そんな感覚が全身にふんだんにあった。


 そもそも、落ちる前から重症感はありましたが。体の正面が妙に熱い。間違いなく雷のせいだが、おそらく焼けただれている。まぶたからつま先まで、まんべんなく焼かれてしまったようで、どうにもこうにも。


 マジで辛い。


 だが、俺のことなんてどうでもいいか。


 娘さんは無事なのだろうか。


 重たい首をもたげて、何とか上空をうかがう。


 そこではいぜん雷鳴が轟いている。忌まわしいことに、黒竜は元気一杯のようだが、同時にそれはアイツにとっての敵の健在を証明していまして。


 いた。アルバだ。


 同じ黒の体躯でもたくましさが違う。視界をよこぎったのは間違いなくアルバだった。一安心だった。娘さんはどうやら無事のようだ。


 サーバスさんの姿も見えたが、これも良かった。二人に二体はまだ飛べている。


 だが、それもいつまで続くかだ。


 こちらの不利は変わらないのだ。今の無事が、将来の無事になりうる可能性は低いと言わざるを得ない。


 だからまぁ、俺もさっさとね。


 よっこらしょ、でした。


 うわ、全身がボキボキ音を立てていて怖いんですけど……でも、立てる。動ける。


 あとは助走路だ。


 現状の俺は、スプリント能力が著しく衰えておりますので。飛び立てるほどに速度を出すためには、それなりの長さの助走路が欲しいところでした。


 とにかく、空に戻らなければ。


 娘さんはまだ空にいるのだ。


 だったら、俺の居場所は空以外にあり得ない。


 でも、この森なぁ。普通の森でもなかなか助走路なんて得られませんが、このウネウネフォレストだと、それもなおさらか。弱ったなぁ。俺はさっさと戻らないといけないのですが……って、んん?


「ノーラっ!!」


 どなたかが俺の名を呼んでいました。


 ……んん? なんか雷撃を浴びた影響か頭がかなりのところぼんやりしていまして。すぐに名前が出てきませんが……これ、アレクシアさんの声だよね?


 俺の頭は、そこまでバカにはなってはなかったらしい。


 ちゃんとアレクシアさんでした。なにやら血相を変えて俺の元へ走ってこられていますが……俺が落ちた場所は、アレクシアさんがすぐに走って来れるような場所だったってことかね?


 だったら、集結地は近いわけだ。


 俺が飛び立った集結地であって、十分な助走路が存在する。


 ほんと、ラッキー。


 やっぱり基本的に俺はツイている。

 

 これならばすぐに空に戻ることが出来そうだった。


 そう思って、俺がのそりと歩き出すのと、アレクシアさんがたどり着かれるのはほとんど同時でした。


「……ヒドイ。これは……」


 俺の前に来たアレクシアさんは、眉をひそめながら俺の全身を眺めていますが、でしょうねー。相当ヒドイ自覚はありますが、あの、アレクシアさん? 前にいられますと、ちょっと進むのに支障があるのですが。


「貴方は、まだ飛ぶ気ですか?」


 俺の進路を妨害しながらでした。


 アレクシアさんは、険しい顔でそんなことをおっしゃいましたが。


 んー、なんだろう。


 優しいアレクシアさんが、俺のケガについてヒドイと口にしての、この発言である。


 止めようとでもされておられるのですかね?


 なんてちょっと思いましたが。


 どうだかなぁ。アレクシアさんの表情にあるのは、心配ばかりでは無いように思えますが。


 ともかく頷きます。


 もちろん、飛ぶ気満々ですよ、えぇ。


 アレクシアさんは不思議な苦笑を浮かべられました。


「貴方は、本当にあの子のことを大切に思っているのですね」


 あの子って、娘さんだよね。


 そりゃもちろん。


 だからこそ、早く空に上がって、せめて盾ぐらいにはならなければ。あと一回ぐらいは、その役目を担えるだろうし。


 そのためにも、アレクシアさんには早くどいて欲しいのですが……一体どうされたのでしょうか。


 アレクシアさんは笑みを浮かべていました。


 緊張されているのか、それはぎこちないものでしたが。


「そんな貴方に提案があります」


 提案? と俺が思わず首をかしげたところででした。


「次に飛び立つ時には、私も乗せていって下さい」


 アレクシアさんはすかさず提案について話してくれました。


 ……ん? でした。


 ぶっちゃけ意味が分かりません。アレクシアさんには悪いけど、何を考えているのかさっぱり分からない。素人に乗られるぐらいなら、俺一体の方がよっぽど実力が発揮出来る自信があるけど。


 この人のことだから、無策にこんなことを言い出したわけじゃないのだろうけど。そう思っていたらでした。


 よく思い出しますと、最初から握っておられたのですかね。


 アレクシアさんは何か刃物のような物を手に握っておられまして、それを俺に見せてきます。


「式の刻まれた穂先、その最初の一本です」


 あー、ちょっと見覚えがありましたが、なるほど、そうでしたか。式がドラゴンに効果があるのか。それを俺で試した最初の一本なのだろう。他の穂先とは違って、短い柄をつけられてナイフのようにも見えますが……


 で、それが何?


 俺はさっさと空に向かいたいのですが。ちょっとイライラとしてきたところで、アレクシアさんは核心を語り始めました。


「私を乗せて、なんとか黒竜に肉薄して下さい。あとは私が飛びついて、これを喉元にでも突き刺します」


 アレクシアさんは笑みのままで、そうおっしゃったのでした。


 んな無茶な。


 俺の感想としては、そうなりましたが。


 バカバカしいとすら思えた。こんな危急の時に、本当にバカバカしい。


 んなこと出来るわけないでしょ。


 アレクシアさんは魔術師ではあるけど、戦える人じゃないんだし。俺が肉薄出来たとして、飛びつく? で、喉元に穂先を突き立てる? それを空中でやるの?


 無理でしょ、そんなの。


 黒竜だって、対抗して来ないわけが無いんだし。


 ということで、申し訳ないけど無視させてもらいます。


 空では雷鳴が轟いている。そこに一刻も早く俺は戻らないといけないのだ。


 結集地はアレクシアさんが来た方向だよね。体は重いけど、とにかくだった。アレクシアさんの脇を抜けて、俺は結集地にある助走路を目指す。


「それで、貴方は何が出来るのですか?」


 アレクシアさんが俺の目前に立ちはだかって来る。


 笑みはもう無かった。目つきを鋭くして、俺をにらむようにして見つめてきている。


「そんなケガをして、何が出来ますか? もう一度、あの子の身代わりになりますか? あの子が落とされるのを先延ばしにするために。結局あの子が落とされることが分かりながら」


 ……ふーむ。


 なかなか痛いことをおっしゃってくれる。


 そんなことはさすがに分かってるっての。俺が空に戻ったところで、盾になるぐらいしか出来ないって。それは決して状況を打開するものでは無くて、娘さんが落とされるのを先延ばしにするだけだって。


「貴方も分かっているはずです。挑まなければならないのです。あの黒竜を討ち果たすための何かに。貴方には何の策も無い。だったら私の策に乗るしかない。そのことも分かっているはずです」


 アレクシアさんは淡々とまたまた痛いことをおっしゃってくれました。


 そんなことも分かってますってば。


 状況を打開するためには、何かに挑まなきゃいけないって。でも、その策は無いでしょ。


 貴女はどうなるんですか、貴女は。


 まず雷に焼かれるかもしれないし。飛びつくのに失敗すれば、後は地面だし。仮に穂先を無事に突き立てられたとしても、その後はどうすんの。俺が拾って上げられるとは限らないしさ。そうしたら、やっぱり地面だし。


 そんなことになったらさ、娘さんが悲しむでしょうよ。


 貴女のことをさ、多分友達ぐらいに思ってるんだしさ。


 だから、やっぱり無しだ。


 そう結論づけたところででした。


 アレクシアさんは不意に苦笑を浮かべられました。


「もっとも、優しい貴方は承服しがたいかもしれませんが。でも、貴方は一つ失念していることがあります」


 失念? 


 首をかしげる俺に、アレクシアさんは頷きを見せてきます。


「そう、失念です。私があの子のおかげでどれだけ救われたのか。貴方があの子の盾になりたいと思う心と同じです。私は貴方に守られる側じゃない。貴方と一緒のはずです。あの子を助けたいと願う、そんな同志のはずです」


 アレクシアさんはじっと俺の目を見つめてきます。


「あの子を見殺しにしたくないのなら、私たちに出来ることは限られています。さて、どうしますか?」


 どうしますか? なんて言われてもなぁ。


 俺はアレクシアさんを見つめ返します。


 答えなんて決まってますよね? そんな顔をされていました。瞳に迷いは無く、ただ俺が頷くのを待っている。そんな感じである。


 うーむ。


 野暮なのかもねぇ。


 同志らしいし。


 俺がバカバカしくもただ盾になるために空に上がろうとしているのと同じらしいし。この人だって、無駄だって分かっていても、やらざるを得ない心境みたいだし。


 だったら、止めるのは無いか。


 バカの同志として、死ぬ気で一緒に挑まさせてもらうとしましょうか。

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