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第43話:俺と、狂気に似た何か

 黒竜は間違いなく雷を操っていた。


 操れるようになってしまっていた。


「え? な、なんでっ!?」


 娘さんが疑問の叫びを上げていたが、俺は何となく察していた。


 黒竜が何故ドラゴンブレスを自らの後ろ足に浴びせていたのか。


 目的はもちろん足を焼くことではない。そこに深く突き刺さった穂先を焼くことだったのだろう。正確には、そこに刻まれた式を焼くことか。


 ドラゴンブレス程度で、穂先が溶けさるとは思えない。だが、多少なりとも歪むことはあるだろう。そして、穂先が歪んでしまえば式も歪む。式が歪めば、その効果も……そういうことなのではないだろうか。


 戦闘を続ける。


 それを目的とするのならば、まさしく的確な判断だったと言えるだろう。


 だが、しかし、これは……


『な、なんだよそれっ!! どうすんだよ、その足っ!!』


 思わず叫んでしまっていた。


 きっとあの足はもう、どうにもならない。


 少なくともこの世界ではどうにもならないだろう。治療なんて思いもよらなければ、後は腐って落ちるのに任せるしかない。


 いや、それですめばいいが、あれだけの重症なのだ。火傷での発熱もすごければ、感染症なりに冒されるリスクも大きいのではないだろうか。


 死ぬ可能性も十分にあるのではないか。


 それなのにアイツは……本当に何をやっているんだ?


 驚く以上に恐ろしかった。背筋がぞっと寒気だった。あの黒竜が考えていることが心底理解出来なかった。


 黒竜はただ笑っていた。


『心配痛み入るがな。まぁ、未来ある若竜には理解出来まい』


 そう言って、カラカラと笑っていた。


 あぁ、そういうことか。


 何となく腑に落ちた。


 未来無き者。ここで終わるつもりの者にとっては、足の一本や命の危機など大したことじゃないわけか。


『さて、続けるぞ。こちら側の戦士共よ。最高の戦を期待するぞ』


 そうして黒竜は白雷を走らせる。


 騎手たちに戦いを挑む。

 

 俺には分からない充足感に目を輝かせながら。


 そんな黒竜を目にしてだった。


 騎手たちは逃げ出していた。


 異常な怪物の、異常な行動を目にしてなのだろう。自分たちが相手出来るような存在では無いと、怯えをにじませての逃走だった。背後を見せて、雷に打たれながらに地上を目指し、落ちていく。


 空に残ろうとしているのは、俺に娘さん、それにクライゼさんぐらいだった。ラナも残っていた。だが、戦える状況かと言えば、決してそうではないだろう。


 俺は背後に目を向ける。


 俺の軌道にしたがっていたラナだが、その目には明確な恐怖の色があった。


 おそらく生まれて初めての恐怖ではないだろうか。


 飢えたことなど無くひどいケガをしたことも無ければ、命の危険なんてものを感じたことも無い。そうして安穏として暮らしてこられたラナにとってだ。この異常な黒竜は、生まれて初めて直面した脅威と呼べる存在なのかもしれなかった。


 だからこその恐怖。


 ラナは逃げ出したそうに地上をチラチラとうかがっているが、持ち前の強気が災いしているのだろうか。その思いにしたがうことが出来ていないらしい。本当、やっかいな性格をしているよね、君は。


 今は、恐怖にしたがってくれればいいんだけどね。


 俺は視界に黒竜を収めながら、ラナに語りかける。


『ラナ、協力してくれてありがとう。もう戻ってくれても大丈夫だから』


 そう告げる。


 ラナはためらいがちな口調で言葉を返してくる。


『へ? い、いいの、それ?』


『そりゃ、いいって。もちろん大丈夫だから。ここからは俺に任せてくれればいいから』


 本当は、ラナに頼りたいところだったけどね。


 現状のラナでは、撃墜されてしまう恐れは十二分にあった。ラナに痛い目に会って欲しくは無いし、ここは戻ってもらうことしたのだ。


 恐怖に駆られているラナなのだ。


 逃げるための理由を見つけて、すぐに地上に戻ってくれるだろう。そう思ったのだが、ラナは何故か妙な割り切れなさを見せてきた。


『そ、そう? それは正直ありがたいって言うか、そうしてもいいなって思うよ? けど……』


『けど?』


『アンタはさ、大丈夫なの? 私が行っても大丈夫?』


 心配そうにラナはそう言ってくれた。


 ぶっちゃけ大丈夫じゃないとは思うけどさ。痛い目に会ってしまうような予感がプンプンするけど。正直、俺も逃げ出してしまいたいけど。


 でも、娘さんはまだ空にいる。心配はありがたかったけど、返答としては、


『はは。大丈夫だから。じゃ、ラナ。また後でね』


『……うん、分かった。ちゃんと気をつけなさいよ』


 もちろん気をつけますとも。ラナは地上へと離脱していく。俺はほっと一安心でしたが、それを良しとしない者は確かにあった。


『ふむ、それはいかんぞ。戦士ならばな、最後まで戦ってみせるがいい』


 黒竜だった。


 不満の声を上げながらに、ラナの背を追いかけようとしてくる。


 もちろん、俺がそれを許さないけどさ。


 ドラゴンブレスで迎撃。


 黒竜はそれを避けながらに、何故か喜びの叫びを上げてきた。


『そうかっ!! お前が赤いヤツの分まで相手してみせるかっ!』


 んなわけないだろって感じでしたが、結果的にはそうなってしまうだろうか。


 ともあれ、俺一体でということにはなり得なかった。


 黒竜の背を追って、娘さんとクライゼさんがやってくる。この空に残された、最後の二人の騎手。


 もはや残されたのは、二人に三体。だが、俺はともかく、娘さんにクライゼさんは精鋭中の精鋭。


 何とか出来るはず。そう自分を奮い立たせて、俺は黒竜に挑んでいくが……


『はははっ!! 良いっ!! 良いぞ、貴様らっ!!』


 黒竜を喜ばせているだけになっている。


 それが現実だった。


 現状、誰が攻め手で、誰が守り手なのか。


 それすら理解が出来ない。炎と雷撃。その合間をぬっての、混沌とした攻防。


 その中で、不利なのはこちらだった。


 三対一ながらに、決め手をもっているのは黒竜なのだ。


 雷撃は威力も十分であれば、黒竜の視界にあれば精度も速さも十分。


 一方で、こちらにはドラゴンブレスしかない。さしたる速さも無ければ、まず当たる見込みは無い。頼みの長槍も、両騎手の手にはすでに無い。


「……参ったな、これは」


 クライゼさんが疲れをにじませながらにそう嘆息をしていたが……まさしくその通りで。


 悔しいが参ったと言うしか無かった。


 焼き切れたような後ろ足は、何のハンデにもなっていないのか。黒竜は練達の身のこなしを見せて、俺たちの攻勢をさばき続ける。


 こちらはと言えば、決定打も無く雷雨にさらされ続けていて。騎手、騎竜共に、疲労がたまり続けていて。いよいよ、俺たちにも疲労の色が見え初めていた。被弾は、かなりのところ増えてしまっていた。


『はぁ。まったく、散々だな』

 

 幾度と無く雷撃をかすめて、アルバの口からは自然と嘆き節がもれていた。


『……痛いなぁ』


 サーバスさんも同じだった。うんざりとしたような呟きをもらしている。


 俺もまた同様だったが、心配なのはやはり娘さんか。


 片手を痛めて、それでも素晴らしい手綱さばきを見せている娘さんではあった。だが、疲労は人一倍のようだ。片手での騎乗を余儀なくされて、額には珠のような汗が浮かんでいる。


『どうした、黒いのっ!! 動きが鈍いぞっ!!』


 黒竜にも、そのことは明白であるようだ。


 明らかに、娘さんとアルバを標的にしているようだった。弱っている者から減らしていく方針だろうし、その方針は実を結びつつあるように思えた。


 そういう流れに感じられた。


 娘さんが追い詰められつつある。そんな流れだ。


 俺と、クライゼさんのサーバスさんを雷撃で牽制しながらだった。


 黒竜は娘さんの操るアルバを追っていた。雷撃をふるいながらに、明らかに落としにかかっている。


 速度では、俺やサーバスさんの方が黒竜より上だ。


 雷撃の嵐に妨害されながらも、何とか黒竜に追いすがり、ドラゴンブレスをもって娘さんへの攻勢を弱めようと努力する。


 だが、止まらない。


 黒竜はいよいよ詰めにかかっている。弱った娘さんにアルバを落とそうとしている。こうなったら……あぁ、くそ。やるしかないよなぁ。


 雷撃を気にしなければ、俺の方が速いのだ。


 全速だった。全速で黒竜の背を目指す。雷撃の網にかかり、全身が焼けるようだったが、そんなことにはかまっていられない。


 娘さんをね、落とさせるわけにはいかないんですよ。


 もう体当たりしかなかった。


 俺は出来るだけ死角を狙って飛行したつもりだった。出来れば、致命的な反撃を受けずにすむようにとの心づもりだったが……まぁ、そうなるよね。


『二度目はな。甘いだろうよ』


 黒竜は振り返ってきた。


 振り返って、そう笑いかけてきた。


 はいはい、知ってますから。


 覚悟は出来てますから。その点については、アンタの予想を上回ってますから。


 恐ろしい圧力を持って、雷撃が迫ってきた。


 視界が真っ白に染まるが、だから何だって話である。


 痛覚が悲鳴を上げる前にだった。黒竜は目を見張っていたが、ざまぁみやがれだ。俺は全力を持って、黒竜の背に全身を叩きつける。


『……根性だけは、過去の英傑もかくやだな』


 苦しげな声での、そんなお褒めの言葉でした。


 アンタに褒められたって嬉しかないけどさ、苦しそうなことは俺にとって大満足でした。


 娘さんは窮地を脱することが出来ただろうか。


 確認出来るほどに視界は安定しなかった。


 痛みはまだ無いが、体がロクに動かない。


 地面に落ちていく。


 その感覚しか、今の俺には無かった。


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