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第42話:俺と、穂先がもたらしたもの

 ドガンとね、一発かましてやりましたよ。


 効果があると見てふるってみた蛮勇。渾身の体当たり。その結果なのですが。


『ぐ……っ!!』


 鈍い悲鳴を、俺は何とか空中で体勢を整えつつに耳にした。


 雷に焼かれて、しかし痛みはまだ無い。それよりも脳は白熱して、次の展開に思考を向かわせていた。


 さて、どうなるっ!


 スキは作った。次は……来たっ!


 娘さんだった。式の刻まれた長槍をひるがえして、猛然と黒竜の背後に迫っている。


 黒竜の腹部に潜り込むような軌道をしていた。柔らかい腹側のいずれかに穂先を突き立てる。きっと、そのつもりなのだろう。


 タイミングは完璧。


 黒竜に逃れる術は無い。そう思えた。だが、


「……っ!!」


 娘さんの悲鳴が上がる。


 雷による迎撃だった。正確にはめくらましだ。白雷のカーテンを前にして、娘さんはどうしようもなく目をつむり……


 ガンッ!! と甲高い音が響く。


 次に俺の視界に映ったのは、長槍を手放して、だらりと力なく片手を垂らす娘さん。そして、まったくもって無傷の黒竜だった。


 おそらく、娘さんは黒竜の背中側に槍を突き立ててしまったのだろう。手首を痛めていたように見えたのは、その衝撃によるものだろうか。


 ともあれ、黒竜は無傷。


 強襲は失敗と、そうなった。


『……ふん。熟練の戦士が、そうそうスキをさらすものか』


 勝ち誇るような黒竜の呟き。


 まぁ、確かに。大したものだと思いましたよ。想定外の事態であっても自己を失わない。冷静に、奇襲にも対処しきる。そのふるまいはさすがだなんて、思わされたりもしました。


 でもねぇ?


 そんな勝ち誇るのは、ちょっと早すぎたんじゃありませんかね?


 俺は理解していた。


 第三者の視点から、理解していた。


 黒竜の直下からだった。迫りくる影があるのだ。


 俺も散々悩まされたよなぁ。たぐいまれなるドラゴンの馬力に支えられた、熟練の騎手による直下の死角からの強襲。


 すでに黒竜の真下だった。


 黒竜も気づいたようで、慌てて逃げに入るがもう遅い。


 サーバスさんとクライゼさん。


 その稀代の騎手に騎竜のコンビが、黒竜に肉薄している。


 式の刻まれた穂先が閃いた。


『……やるではないか』


 そんな呟きが聞こえたような気がした。


 クライゼさんの閃かせた長槍は、黒竜の後ろ足の膝裏に深々と突き刺さっていた。

 

 やった! と快哉を叫びかけて、しかし思考はこの先に向かっていく。


 雷を封じるための穂先であった。


 その効果は出たのか、どうなのか。


 それはまだ分からないが、黒竜は平然としていた。長槍が刺さったままに、クライゼさんとサーバスさんから距離を取ろうとする。


 だが、それを黙って許すクライゼさんでは無かった。


 追撃で、ドラゴンブレスを二発、三発。


 黒竜は軽く身をひねってそれを避ける。追撃はクライゼさんだけではなかった。片手で手綱を握る娘さんが、アルバにドラゴンブレスの指示を出していた。


 炎弾が黒竜の背を焦がす。直撃は無く、これもまた避けられたわけだが……これは。


「……出せないのか?」


 騎手の一人だった。


 現状に対して疑問の声を上げていたが、そんな声が騎手の間からは次々と上がる。


 雷はもう出せないのだろうか?


 それを確かめるように、騎手たちは遠巻きにだが攻勢を強めていく。


 そしての結果だが、雷鳴が轟くことは無かった。


 雷撃で反撃することは無く、黒竜はただただ回避に専念している。


『……ふむ』


 その黒竜である。


 淡々として、自身の後ろ足に目を向けたりしているようだった。


『槍に術理が刻まれているわけか。それで私の雷術を阻害していると。人間の業であり、技だな。なるほど、人間を乗せることにも、それなりの価値はあったわけだ』


 冷静であり、感心する余裕すらあるようだが……雷を封じられたとしても、何か次の策のようなものがあるのだろうか?


 そんな懸念もあり、俺は遠巻きにドラゴンブレスを放つぐらいだったが、多くの騎手はそうではなかった。


 これが好機だと、積極的に攻めかかっていく。


 攻勢を控えているのは、クライゼさんにケガを負ってしまった娘さんぐらいのものだろうか。


 さきほどの攻撃で疲れてしまったらしいラナも今は俺の近くで滑空していたが。だが、少し体力が戻って、その気になったらしい。勢い込んで突撃しようとしたので、俺は慌ててそれを制止する。


『ら、ラナ? ちょっと様子を見よう』


『は? 今が好機じゃないの! なんでさ!』


『あー、いいから、いいから』


 不満たっぷりといった様子だったが、体力が全快したわけでも無いようで。意外と素直に言うことを聞いてくれました。


 一気呵成に攻め込むべきかもしれないけどね。


 本当に雷が使えないのならば、他の騎手の人たちに任せておけば十分だろうし。俺はひとまず静観に徹することにした。


 ドラゴンブレスがなかなか命中しないものであることは、俺も以前に経験したことだった。


 黒竜は身を焦がしながらも直撃を受けることなく飛行を続けていた。


 その最中だが、妙な呟きを静かにもらし始める。


『これで終わり……ふむ。それも悪くは無いような気はするが……』


 わずかに逡巡するような態度。


 次いで、苦笑のような声が上がる。


『ふふ。いや、ならば何故こちらの世まで来たのか。そうさな……そうだった。私はこのためにこの道を選んだのだ』


 その呟きは穏やかで、しかし……なんだろう。物騒な気配を、俺は感じざるを得なかったが。


 黒竜は飛び続ける。ドラゴンブレスを見事に避けながらの飛行だった。


 それに業を煮やしたのだろうか。


 騎手の一人が至近まで迫って、ドラゴンブレスを直撃させようと試みて……


 紅蓮をまといながらに地に落ちていった。


 空に緊張が走ったのがよく分かった。

 

 何が起こったのか。黒竜のアギトから走った豪炎の柱。ドラゴンブレス。間違いなく、そうだった。


『生まれ持った性というヤツだな。これは使えんことは無い』


 黒竜の呟きだった。


 魔術に通じていればということなのか。俺などはさっぱりだったが、魔力の練り方に精通していれば、穂先を食らったとしてもドラゴンブレスは放てるのだろうか。


 間隙を突いてだった。


 不意のドラゴンブレスに動きを忘れた三体が餌食となった。


 燃やされて、落とされる。


 これは……マズイ。


 などと思って、俺はラナを連れてすぐさま距離をとった。だが……思ったほどに、それは脅威とはなり得なかった。


 本当、ただのドラゴンブレスだったのだ。


 三体も落とされてしまったが、それだけだった。クライゼさんに通用しなければ、娘さんも余裕で回避しきることが出来る。


 何か次の策でもあるかと思ったけど、そういうわけでも無いのだろうか。


 そう思って、黒竜を見つめて、不意にだった。黒竜は赤い瞳を弓なりにして、俺を見つめ返してきた。


『まだ、余力は残っているな?』


 それはきっと俺への疑問の声で、しかし黒竜は返答を待つことも無く。


『私はまだ満足してはいない。もう少し、付き合ってもらうぞ』


 そうして、黒竜は自らの後ろ足に、そのアギトを向けた。


 そして、


「え?」


 疑問の声が上がった。


 それは娘さんの口から上ったものだったが、そこにある心情は良く理解出来た。


 アイツは……何をやっているんだ?


 呆然とそう思ってしまった。


 燃やしていた。


 黒竜は旋回しながらに、燃やしていた。長槍の刺さった、自らの後ろ足を。


 呼吸をはさみながらに、とめどなく豪炎が放たれる。長槍の柄などは、とっくに燃え尽きて、黒灰となって消し飛んでいた。


 当然、足自体ももはや……


 遠巻きにしているのに、異臭は俺にまで届いていた。肉と脂が焼ける、べたりとして鼻に残る激臭。


 そして、後ろ足は臭い通りの惨状だった。

 

 火に巻かれて、赤も白も通り越して、黒く染まっていた。炭化しているということなのだろうか。そこにあるのは、どれほどの激痛か。だが、黒竜は止めない。ドラゴンブレスを、ただただ自らの体に注ぎ続ける。


『……な、なんなのよ、あれ。え、なんなの? 本当、なんなの? え……?』


 ラナが唖然と見つめる中で、黒竜はドラゴンブレスを止めた。


『ふむ。こんなものか』


 淡々とした呟き。


 黒竜は不意に視線を、空の一角に向けた。


 そこにいたのは一体の騎竜に、その騎手だ。ラナと似たような感じだった。騎手は唖然としながら、騎竜をゆるやかに旋回させている。


 そして、だった。


 騎竜がまた一体落ちた。


 雷撃を受けて、騎竜が落ちていった。

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