第39話:俺と、アレクシアさんと軍神
「ぎゃ、逆ですか? それはあの、どういうことでしょうか?」
カミールさんだったら、皆を鼓舞して回っていただろう。
そんなアレクシアさんの意見に対して、逆じゃね? という娘さんの意見がありまして。アレクシアさんは、逆とはどういうことかと、娘さんに尋ねかけておられるのでした。
そして、娘さんですが。
カミールさんを思い起こされているのでしょうか。目を閉じて、「うーん」と思案顔でした。
「……そうですね。鼓舞して回ると言うよりは、ふんぞり返って偉そうにしていそうと言うか……グチグチ何か文句を言っていそうな気も……」
あー、なんかすごく想像出来るような。
俺は思わず頷いてしまいましたが、アレクシアさんはと言えば、どうにも受け入れがたいようで。
「い、いえいえ。軍神ですよ? そんな偉そうに愚痴をつらねるような方では……」
「いえ、やっぱり愚痴ってると思います。あの人、そういう人ですし」
「ま、まさか、あの人がそのような……」
「かなりそのような人だとは思いますけど。でも、それがきっと正解なんでしょうねー」
正解?
俺が疑問に思うのと、アレクシアさんが疑問に首をかしげるのは同時でした。
「正解……ですか?」
「はい。あの方、先日の危機にあってもまるで態度を変えませんでしたから。普段と変わらない態度で、皮肉なんかを口にして。きっと、それがカミール閣下の良いところなんでしょうね。ああもいつも通りにされていると、下が慌てられませんから。冷静にならざるを得ませんから」
「……なるほど」
「アレクシアさんも、それでいいんじゃないですか? いつもどおりに冷静な感じで。ここで、アレクシアさんがハツラツと鼓舞して回られたら、皆さんビックリしてしまいますよ」
「……そうかもしれないですね」
「間違いなくそうです。異常事態だって、マズイ事態なんだって思っちゃうかもです。だから、アレクシアさんは何もされなくても良いと思います。勝つのは当然みたいな顔をされて、泰然とされていれば、それで皆さんは安心出来ると思いますから」
確かに、それはそうかもですねー。
いつも明るい人が妙に静かだったり、冷静な人がやけに明るかったり。
そんなのはやっぱり異常ですし。なにかあるのかと、勘ぐらなければいけなくなるし。
まぁ、危機に際して、いつも通りでいられる人はなかなかいないのだろうけど。そこにカミールさんの軍神たる価値の一片があったりするのだろうけど。
で、アレクシアさんですが、その方向性で貢献することにされたそうで。
「……分かりました。出来ることが無いのに、変にジタバタすることは止めにします。せめて平然していることにしましょう」
娘さんは、笑みで頷かれます。
「それが一番皆さんが安心出来ると思います。私ももちろんそうです。しかし、あれですね。えーと、あれです」
次いで、不明瞭なことを口にされました。アレクシアさん、当然のごとく首をかしげられます。
「あれ? あれとは何ですか?」
「えーと、そう、あれなんです。アレクシアさんですけど、けっこうカミール閣下の名前を出されているような気がしまして。やはり、一門の英傑ということで、思うところがあるのですか?」
そう言えば、確かにそのような。
俺が聞く限りにおいてもそうでした。何やら、アレクシアさんはカミールさんからの評価を気にされているようでして。評価を受けている娘さんに嫉妬しているような、そんな様子も見受けられましたが。
「……やはり、伝わってしまったようですね」
遠回しな肯定……なのかな?
アレクシアさんは気まずそうに口元をかいておられますが、はてさて? そこにある感情は一体何なのか。
「すいませんでした。無用な敵意を向けてしまったようでして」
そしての謝罪の言葉でした。今度は娘さんが戸惑う番になりました。
「へ、へ? いきなりどうされました?」
「貴女には覚えがあるはずです。初対面の時もそうでしたし、ハイゼ家でのあの夜にも言いましたね。カミール閣下に気に入られているからと、敵意を向けた覚えが私にはあります」
「……そう言えば、そんなことがあったような」
すでに半ば以上忘れていそうな感じでしたが、娘さんにも覚えがあったようで。一つ、二つ、納得したように頷かれます。
「ありましたね、はい。確かに、アレクシアさんには敵意があったような気がしますが……カミール閣下がその理由だったんですか?」
「その通りです。本当に恥ずかしいのですが……嫉妬ですね。貴女が、ハーゲンビルでカミール閣下に激賞されていたことは知っていましたので。まことに申し訳ありません」
まさに恥じ入っているといった感じでした。
アレクシアさんはわずかに頬を紅潮させながら、申し訳なさそうにうなだれておられました。
その様子を間近にしまして、娘さんはアワアワとしながらに制止されるのでした。
「い、いやその、あ、謝らないで下さい! 私はまったく気にしていませんから!」
「いえ、貴女が不快に思っていたことは知っていました。本当にすみませんでした」
「え、えーと、確かにちょっと思うところはありましたけど……あの、今は気にしてないですからね? 本当に謝られても困りますので」
「そう言っていただけると、私も助かります。ありがとうございます」
「はい。本当に気にしないで下さい。でも、私はやっぱり気になると言いますか。カミール閣下は、アレクシアさんにとって、そんなに気になる方なんですね」
意外そうに尋ねる娘さんでした。
これに対して、アレクシアさんはすぐさま頷きを見せられました。
「はい。その通りですが、意外でしょうか?」
「正直、はい。アレクシアさんみたいな、真面目な方が気にかけられるような方ではないような……」
まぁ、ですね。
カミールさんと言えば、豪胆な皮肉屋。アレクシアさんはどちらかと言えば、繊細で神経質な方で。
あまり相性が良くなさそうなと言いますか、本当何でアレクシアさんは気にかけていらっしゃるのですかね?
「えー、そうですね。確かに、私とは縁遠い性格をされている方だとは思いますが」
苦笑しながらのアレクシアさんでした。
「正直なところ、初めて会った時にはあまり良い印象は抱けませんでしたね。粗暴だなんて思ったりもしました」
「わ、分かる! 分かります! 普通そう思いますよね! ですよね!」
娘さん、熱烈な同意を見せられました。まぁ、初対面の時を考えるとねぇ。さもありなんである。
アレクシアさんは苦笑の色を濃くされるのでした。
「まぁ、はい。閣下には失礼な話ですが、多くの方はそう思われるような気がしますね」
「ですよねぇ。でも、何でですか? そんなカミール閣下をアレクシアさんは何で気にかけておられるのですか?」
この質問に、アレクシアさんは困ったような笑みを見せられるのでした。
「それはですね。これまた、情けない話なのですが……似ていると言われたのです」
「似ている……ですか?」
「はい。私の若い頃に似ていると、カミール閣下から」
ちょっと、ん? ってなりましたけどね。
顔がとか、そういう話じゃないのだろう。アレクシアさんは、ほほ笑みながらに言葉を続けられます。
「もう十年も前の話になりますが。あの頃の私も、今と同じでした。無愛想な嫌われ者でした。だからこそ、嬉しかったのです。あの頃の閣下はすでにして軍神として名をはせておられました。軍神に似ていると言われたのです。優秀だと認めてもらえたようで、私は妙に嬉しく思いました」
「……そうですか、そんなことが」
「はい。官吏を志したのは、その言葉が理由でしたね。もう一度と思ったのです。もう一度、カミール閣下に認めてもらいたいと。武人の道は無理そうでしたので、文官として認められたいと……」
ここまで語ってですが、アレクシアさんは「ふふ」と自嘲気味な笑顔を浮かべられました。
「まぁ、結局はこうなってしまいましたが。何もなし得ることなく、今日を迎えてしまいまして……ともあれ、これが私がカミール閣下にこだわる理由ですね」
これで、話は終わりのようでした。
何故、アレクシアさんが娘さんを嫌っていたのか。愛嬌があって、人に愛されて。そんな娘さんへの嫉妬があるのは知ってたけど、そればかりじゃなかったわけだ。
カミール閣下に認められた娘さん。そのことへの嫉妬も大きかったようで。
まぁねー。それじゃあ険悪になるのも当然だったかもねー。本当、良かったなと思いました。今、娘さんとアレクシアさんが、こんな風に話し合えていて本当に良かったなぁ、と。
娘さんはどんな思いで聞いてたのだろうか。
あごに拳をやって、何か真面目に考え込んでおられるようですが……ど、どうされましたかね?
「……アレクシアさん?」
いたって真剣な口調でした。
アレクシアさんもまた、娘さんの胸中が読めていないようで。戸惑いながらに応じられました。
「は、はい。あの、どうされました?」
「これって……絶好機では?」
「ぜ、絶好機?」
「はい。カミール閣下にすごいって言ってもらえるような、そんな絶好機です」
ま、まぁ、確かに。
カミールさんは、そもそもこの事件を気にかけてくれている。アレクシアさんの尽力もあって、この事件が解決したとなれば、褒められることはまず間違いないだろう。
しかし、娘さん、聞いている間にそんなことを考えていたんですね。娘さんらしいなぁと思いましたが、アレクシアさんも同じことを考えておられたのですかね?
「……貴女は……本当に、面白い方ですね」
アレクシアさんは噛みしめるようにして、そんなことを呟かれていました。ですが、娘さんはそれを聞くどころでは無いようでした。
「よし! なんか、めちゃくちゃやる気が出てきました! さっさと黒竜をどうにかしちゃいましょう! それで領民も助かって、アレクシアさんも願いが叶えられて一石二鳥ですよ、一石二鳥!」
さっきまでこの人、「うーん」って不安のうなり声を上げてたんですけどねぇ。すごい変わりようでした。本当この人、誰かのためにがんばれる人だよなぁ。
「……ノーラ」
ドラゴンにしか聞こえないような、そんな呟きでした。
俺にだけは聞こえるようにとのことなのか。引き続き、ささやくように言葉を続けられます。
「……貴方がうらやましいです。私も……もっと早く会っていたかった」
とのことでして。
うーむ、でした。
俺もね、ちょっとやる気が出てきました。
さっさと黒竜をどうにかしてね、二人がゆっくりと交流出来るようにして上げたいものだよね。
本日は曇天でした。
幸先が良いって感じはないけれど、まぁ、晴れ間は自ら切り開くぐらいのつもりでね。
さて、やってやるとしましょうか。